コラムなタイム -31ページ目

本との気持ち58

「生きている 蒸気機関車」清野喜八郎
(秋田鉄道新聞社刊)
 
 著者は大正7年に15歳で奥羽本線の新庄機関庫に就職し、昭和34年まで機関士として勤め上げた人である。本書は退職後の昭和50年10月に発行された。300ページに及ぶ自身の奮闘と蒸気機関車のすべてが綴られた貴重な記録である。発行当時は定価が1800円であったが、おそらく絶版であろう。ここに記して記憶に留めておきたい。
 著者の幼い頃の蒸気機関車の思い出に始まり、憧れた機関士となり初めて運転台に立った時の感動やその後に多難な経験を積んでゆく軌跡はドキュメンタリーそのものである。蒸気機関車の仕組みや運転法、機関区の組織や機関車の整備、安全などについての体験を交えた一挙手一投足の記録で、その説得力には圧倒される。ブレーキ、空転、煙、吹雪…、長い急勾配を走る時、前方を見誤らない機関士のハンドルと助士の焚火のショベルの運転はまさしく真剣勝負だ。雪で線路も見えない先を吹きだめを蹴散らし突っ走ってゆく。トンネルでは煙が舞い何も見えなくなる。しきりに警笛を鳴らし、信号の確認のために徐行したり、時には一旦停止もしなければならない。雪国の機関士達の苦労は体験者でなければ理解されないであろう。
 また、本書の記録性の高さは運転競技会の成績表の掲載にも見ることができる。運転はもちろん、石炭をくべたり吸水したりする大会があり、その成果が走行の安全や世界一の時間の正確さに繋がっているという。著者は機関助手の4年目で一等賞になって以来、常に優勝もしくは上位入賞を果たした。論文も多く発表し、山形機関区長などを歴任、巻末の略歴には挑戦をあきらめない著者の輝かしい「ぽっぽや」の人生が見て取れる。表紙の大きな車輪の写真には重厚な印象を受けるだろう。

$コラムなタイム-蒸気機関車

本との気持ち57

小説「静けさの中で思い出された感情」井上一馬
(新潮社1995年発行・定価1200円)

 1970年前後の大学闘争がほぼ終息した後の大学生がアルバイトに明け暮れながら外国旅行先で出会う女性達との恋愛や友情を描いた、いわば自分探しの中編小説。しかし、こうとだけ言ってしまうとあまたの青春小説とたいして違わないことになってしまうが、この小説の読み応えは、むしろその甘酸っぱいストーリーよりも19世紀末から20世紀にかけてのパリを中心とした文学や美術などへの憧れが底辺になっているところにある。文学ではヘミングウェイとフィツジェラルド、美術ではジェラルド・マーフィとユトリロ、そしてゴッホなど。終盤ではエミール・アジャールの『大きな甘えん坊』で冒頭の孤独な人生の意味を問うテーマに帰ってゆく。
 大学生の「僕」は、ヘミングウェイなど芸術家達がたむろしたパリのカフェなどを訪ねたり、ルノワールの絵を見ては「こんなふうに人生を賛美して生きることができたら、どんなにいいだろう」と思ったりする。ゴッホの足跡をたどる小旅行ではアルベール・カミュの「創造するとは、みずからに与えられた運命にひとつの形を与えることだ」という言葉を想起し、それが「生きる」ということなのではないかと人生を肯定的に考え始めようとする。そして、アムステルダムのゴッホ美術館から帰ると、パリでめぐりあった恋人からの知らせが届く。彼女は悩んでいた父親との再会を果たし、自分の居場所を見つけた。そして「僕」は…というわけだが、芸術家達の生き方に自分の生き方を照らして描いているところにこの小説の良さも面白さもあるというふうに読んだ。かつて柴田翔の『されどわれらが日々』や三田誠広の『僕って何』などを読んだような懐かしい読後感に浸ることができたのもよかった。

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本との気持ち56

「以下、無用のことながら」司馬遼太郎
(文春文庫・750円)

 この随筆集を読もうと思ったのは、鴨居玲のことが書かれているということを知ったからである。鴨居玲とは、戦後創設された金沢美術工芸専門学校で宮本三郎に師事し、1969年に「静止した刻」で安井賞を受賞した画家である。その後、スペインやフランスそして神戸などで画業を続けたが、表現法の壁に何度もぶつかり精神を患ったせいか、作品は暗く鬼気迫るものが多くある。1985年、57歳の時に自死ともいわれる死に方をしてこの世を去っている。

 本書は340ページに及ぶ文庫本であるが、ほぼ後半に1987年の個展図録に掲載された「鴨居玲の芸術」と題した一文がある。司馬遼太郎がなぜ鴨居玲について書いたかは、鴨居がデビューする前の年の1968年に鴨居が初めて司馬家を訪ねたことがあったからだという。その時の印象を司馬は対座してまるでヨーロッパにでも来ているようで、その「風貌に異彩があった」と書いている。そして、鴨居家の先祖が東シナ海から南海に至る貿易などで活躍した長崎平戸藩士だったことを知ると、いよいよ司馬は鴨居の風貌がその混血の子ではないかと想像をめぐらす趣向に傾く。もちろん「本気でおもっているわけではない。」とそこは結んでおいて、後は鴨居の絵について述べている。
 
 司馬が鴨居玲の絵を見たのは初めて会う3年前の1965年の夏のことであった。紹介してくれた人は「このひとは、自殺しようとしているんだ」と言いながら絵の写真を見せた。すると司馬は、「自分が描きたくてたまらない絵を、無我夢中で描いている」「その描写のすばらしさと、卑しさのなさにおどろいた。」といい、ゴッホになぞらえてもいる。
 酔っぱらいの絵を「人間としての威厳の最後のかけら」と評し、その卓越した描写に「絵をほめながら、言い足りなさにあがく思いがした。」とも書いている。抽象画がもてはやされる美術界の流れの中で、どこにも属さずに悩んで果てる思いを海外から姉に書き送っていたということも、司馬はその席上で初めて知った。

 この本を読んで、あらためて鴨居玲の絵を見ると、司馬の「一作ごとに自己破壊がともなう」という言葉がしきりとするのである。どの絵にも瞳がなく、口を開いて暗いのに妙に動きがあるのは言葉でない何かを伝えたかったのだろうし、してみればどれも彼の生命そのものなのだ。司馬はこの鴨居玲の章を、そんな想いを綴って〆としている。
 本書にはその他、自らの作品についてや旅をした思い出、日ごろ想うことなど多くの随想が載っている。司馬の豊かな世界に触れることのできる一冊である。


以下、無用のことながら (文春文庫)/司馬 遼太郎

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