こんにちは。

 

先月、江戸川乱歩さんの長編探偵小説を三島由紀夫さんが戯曲化した作品「黒蜥蜴」がデヴィット・ルヴォーさん演出で日比谷の日生劇場で上演されたので友人と観てきました。

 

今日はその感想を書いておきます。

 

『黒蜥蜴』は1934年(昭和9年)、月刊誌『日の出』1月号から12月号に連載された、耽美で「美しいもの」に執着する美貌の女賊・黒蜥蜴と名探偵・明智小五郎が繰り広げる官能的な愛のミステリーです。

 

江戸川乱歩さんの小説の中では唯一の「女賊」ものです。

 

三島由紀夫さんは、戦前にこの小説を読み、強い印象を持たれて、昭和32年にバレエ用に脚色することの許可を乱歩さんに申し出られたのですが、バレエ団の都合によりこの企画は流れてしまいます。

 

その数年後に、フリーランスの演劇プロデューサーとして活躍されていた吉田史子さんの委託を受け、念願の戯曲化を果たされたのです。

 

戯曲版「黒蜥蜴」は大筋は乱歩さんの原作をなぞってはいますが、舞台が大阪から東京へ、時代も戦前から昭和30年代へと変わり、大胆な脚色が試みられています。

 

三島さんも初演の舞台製作前の記者会見でおっしゃったそうですが、この戯曲の面白さはミステリーとしての謎解きの面白さはあえて狙わずに、女賊と探偵の恋愛をメインにし、メロドロマにしたところだと思います。

 

原作者の乱歩さんは、三島版「黒蜥蜴」をこう評されています。

 

「私の昔の長編小説は、パラドックス(一般に容認し難い結論を導く論説)の衣装はとても織り出せないので、チェスタトン(イギリスの作家、カトリック教会に属するブラウン神父が遭遇した事件を解明するシリーズが探偵小説の古典として有名)のトリッキイ(巧妙)でアクロバチック(曲芸のよう)な筋だけを追ったもようなものが多いが「黒蜥蜴」もその一つである。したがって、そこには、裸のままの荒唐無稽が露出しているのだが、三島由紀夫さんは、その私の筋の骨組みに、新しく織り出された立派な衣装を着せてくれた。チェスタトンのそれとは違うけれども、やはりパラドックスとアイロニイ(皮肉)に富む『三島織り』の美しい警句衣装である」

 

これを読むと、原作者の乱歩さんは戯曲版「黒蜥蜴」を気に入ってらしたのが分かりますね。

 

戯曲「黒蜥蜴」は発表された翌年、昭和37年に、松浦竹夫さん演出、初代・水谷八重子さん(黒蜥蜴)、芥川比呂志さん(明智小五郎)で初演されました。

 

舞台公演中には、大映製作の映画版、井上梅次さん監督、京マチ子さん(黒蜥蜴)、大木実さん(明智小五郎)も公開されました。

 

この映画版は僕のDVDのコレクションの1枚で、井上監督流の外連味にあふれた、何故かミュージカル風な味付けで(笑)僕は好きなんです〜。

 

井上梅次監督は後に、1977年から1994年まで17年間放送されたテレビ朝日系の2時間ドラマ「土曜ワイド劇場」で天知茂さん主演の「明智小五郎シリーズ」のほとんどを手がけられました。

 

この初演舞台と映画版はともに今一つ芳しい評判が得られなかったようで、(何故だろう?)初演から6年後の昭和43年に、三島さんの懇望により、美輪明宏さん(当時、丸山明宏さん)が黒蜥蜴に抜擢されて再演され、これが大評判を呼び、松竹製作で深作欣二監督により映画化されこれも大ヒット。これ以降、「黒蜥蜴」と言えば「美輪さま」というイメージが定着したのでした〜。

 

この映画版は国内ではDVD化されていなくて、以前、WOWOWで放送されたものを録画し、保存してありますが、映像化された「黒蜥蜴」でこの作品を超えるものはまだお目にかかったことがありません。

 

「黒蜥蜴」は色んな素敵な女優さんが演じられて、ドラマ化されていますが、僕を満足させてくれたものはありませんでした。生意気なことを言うようですが…。

 

女優さんのせいではなく、作る側にセンスがないだけなんだと思いますね。

 

以降、舞台では美輪さまの他に、小川眞由美さん、坂東玉三郎さん、松坂慶子さんらが黒蜥蜴を演じ、上演され続けています。

 

玉三郎さんは1990年、新橋演舞場で上演された松坂慶子さん主演の「黒蜥蜴」の演出もされています。

 

オペラ化もされていて、「黒蜥蜴」は日本の演劇界にとって大切な戯曲の一つなのです。

 

僕が初めてこの作品に触れたのは、小学校の頃の読書の時間に、学校の図書館で読んだポプラ社から刊行されていた「少年探偵シリーズ」の中の一つとしてでした。

 

乱歩さんの書かれたものを、少年少女向けにリライトしたシリーズで、僕は熱中して読んでいました。クラスでは、シャーロック・ホームズ派か、明智小五郎派かで別れてましたね〜。僕は断然、明智派でした。

 

タイトルは『黒蜥蜴』ではなく『黒い魔女』だったと思います。

 

少し、大きくなって読んだのが高階良子さんが描かれた漫画『黒とかげ』でした。これも良かったんですよ〜。今手元にないのが残念なのですが。高階さんは乱歩さんの「パノラマ島綺談」や横溝正史さんの「夜光虫」も漫画にされていて、子供心に深く印象に残っています。

 

僕が初めて舞台で「黒蜥蜴」を観たのは、1993年、大阪厚生年金会館中ホールでの公演でした。今から25年前です。

 

主演はもちろん美輪明宏さん、明智小五郎が榎木孝明さんでした。美輪さんは演出・美術・音楽・衣裳も手がけられていて、美輪美学炸裂の舞台でした〜(笑)。

 

ずっと観たいと熱望していた舞台の一つでしたし、大好きなキラキラ輝くような三島戯曲を、台詞ではなく自分の言葉として、歌うように語られる美輪さんの演技者としての力量に感動したことを覚えています。

 

今回の舞台を演出されたデヴィッド・ルヴォーさんは、2006年にも麻実れいさん主演の「黒蜥蜴」を演出されています。この舞台は観たかったな〜。この舞台により麻実れいさんは、第6回朝日舞台芸術賞舞台芸術賞と、第14回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞されたんです。

 

玉三郎さんの「黒蜥蜴」も観てみたかった〜。またやってくれないかな〜(笑)。

 

演出のデヴィッド・ルヴォーさんはイギリス出身です。世界のあちこちを飛び回っている方で、ストレートプレイ、ミュージカルと垣根を超えて仕事をされています。

 

「デヴィッド・ルヴォーさんから演劇を教わった」という俳優さんはたくさんいると思いますよ。

 

世界的に有名な俳優たちから指名される演出家でもあります。

 

フランスの女優、ジュリエット・ビノシュは、ルヴォーさん演出、ハロルド・ピンターの『背信』でトニー賞にノミネートされていますし、アントニオ・バンデラスは『ナイン』に主演しましたし、ジェシカ・ラングは『ガラスの動物園』、オーランド・ブルームはブロードウェイ・デビュー作である『ロミオとジュリエット』でルヴォーさんの演出をうけているのです。

 

ルヴォーさんは1982年、『日陰者に照る月』で、ウエスト・エンド演劇賞を25歳で受賞し、イギリス演劇界に衝撃を与え、1984年、同作品をブロードウェイでも演出し、アメリカ演劇界で最も権威のある賞といわれているトニー賞の、最優秀演出賞を含む4部門にノミネートされたのです。

 

1988年に、麻実れいさん主演の舞台『危険な関係』で初来日されます。この舞台は1993年に再演されて、僕はこの再演時に観ているのです。

 

その後、麻実れいさん主演で、ジャン・コクトーの『双頭の鷲』も演出されて、この舞台も本当に良くて、感動して、僕の心にデヴィッド・ルヴォーという名が深く刻まれたのでした。

 

1993年に東京で、プロデューサーの門井均さんと、ベニサン・ピットを拠点に現代演劇の実験プロジェクト、『シアタープロジェクト・東京(tpt)』を結成されて数々の名舞台を観せてくれました。

 

ベニサン・ピットというのは今はもう無くなってしまったのですが、隅田川沿いにあった染色工場「紅三」の工場跡を利用した客席数176と小規模な劇場です。

 

演者と観客の距離が近くて、いいお芝居がたくさん観れた素敵な空間だったんです。

 

亡くなった蜷川幸雄さんや坂東玉三郎さんなどが稽古やワークショップをされていた場所です。

 

ここで観た、ルヴォーさん演出、佐藤オリエさん主演の「ヘッダ・ガブラー」は本当に感動しました。

 

三島さんの近代能楽集から「葵の上」、ギリシャ悲劇「エレクトラ」も色んな演出家の舞台を観ましたが、ルヴォーさん演出のものを超えるものはまだ僕は出会っていません。

 

そんな大好きな演出家デヴィッド・ルヴォーさんが『黒蜥蜴』を演出すると聞いて、絶対観に行くと決めていました。

 

一年の幕開けに、本当に素晴らしい舞台を観せていただきましたよ〜。

 

日生劇場の舞台機構と空間を熟知したルヴォーさんの演出が冴えに冴えていました。

 

三島由紀夫さんが描く世界に魅了されたことが親日へのきっかけの一つだったと語っているデヴィッド・ルヴォーさんですから、日本人でも中々掴みきれないを三島文学の精神を的確に彩やかに表現して魅せてくれました〜。

 

ルヴォーさんのインタヴュー記事の中で、僕の目がパッと開けたような文章がありました。こんな内容です。

 

『黒蜥蜴』に関して言えば、そこには三島の美をめぐる葛藤がよく表れています。黒蜥蜴は恋をすると人間らしくなり、不完全になってしまうという理由で、明智への愛を抑えようとしています。完璧でなくなってしまうことは、傷つきやすくなってしまうことを意味するから。それでも彼女は明智という男に惹かれてしまう。そこがいかにも三島らしいなと思うのです。絶対的で純粋でありたいのに、実際にはそうなれないことへの大きな悲しみ。それこそが、三島が抱えていた内的葛藤なのではないでしょうか。

 

僕の心の中で長年モヤモヤしていたことをルヴォーさんが答えてくれていたのです。

 

「絶対的で純粋でありたいのに、実際にはそうなれないことへの大きな悲しみ。それこそが、三島が抱えていた内的葛藤なのでは…」

 

この部分を読んで僕は深くうなづきました。

そうなんだよね〜。僕も長年三島文学を読んできて、感じていたことになんです。

 

ここまで三島文学を理解されている方ですから、「黒蜥蜴」が面白くないわけがありません!(笑)。

 

美というものの概念は人それぞれ違います。完璧な美などこの世にあるはずはないと僕は思っていますが、「黒蜥蜴」は完璧な美、真の美を求めて生きているのです。

 

美しいものを手に入れたい、それが物であれ、人であれ、側に置きたいという思考に取り憑かれた女性です。

 

そんな女性ですから「黒蜥蜴」は誰が見ても振り返るような絶世の美女でなければいけないと僕は思っています。さらに、エロティシズム溢れ、冷酷でありながら、燃えたぎるような情熱も秘めた、謎めいた魅力を放つ持ち主だと。

 

演じたのは中谷美紀さんです。2011年でしたか、中谷さん初舞台の「猟銃」が素晴らしかった印象があるので、「黒蜥蜴」も期待をしていました。

 

やってくれました〜(笑)。

 

見事に「女賊」を演じ切ってくれましたよ〜。申し分ありません。衣裳の前田文子さんの素敵なドレスに身を包んだ中谷さんは闇の世界に生きる女王としての存在感と、耽美的な美しさに彩られて、舞台上でキラキラと輝いて見えました。

 

明智小五郎役はミュージカル界のプリンスと呼ばれる井上芳雄さん。本当のことを言うと、僕は今まであまり興味のある俳優さんではなかったのです。

 

インタヴュー等をテレビで拝見しても、なんだかとても気取っていて、カッコつけているように見えて、プリンスとか呼ばれちゃって勘違いしてんじゃないの〜?なんて思っていました。ファンの方ごめんなさい(笑)。

 

自分にはないものを持っている同性としての嫉妬ですよね。多分(笑)。

 

なので観る前はどうなのかな〜、明智だよ〜と思っていたのですが、観て印象が変わりました。

 

井上さん、素敵でした〜(笑)。

 

演出家がいいと役者って本当に輝くんだなあとあらためて思います。

 

僕が子供の頃から持っている明智小五郎のイメージは長身でスマート。いつもスーツ姿で、清廉で知的と言うものです。

 

逆にキザだなと思っていた印象が、明智というキャラクターに井上さんはピッタリでした。

 

「黒蜥蜴」は愛してはいけない者同士のラブストーリーでもありますから、今回の舞台は、明智、黒蜥蜴、2人の愛に対する葛藤が上手く表現されていました。

 

黒蜥蜴は恋をすると人間らしくなり、不完全になってしまうという理由で、明智への愛を抑えようとするのです。完璧でなくなると、傷つきやすくなってしまうからです。

 

それでも彼女は明智という男に惹かれてしまう…

 

抑えれば抑えるほど、溢れ出す熱い熱情に押しつぶされそうになる…。黒蜥蜴も愛に飢えた1人の女性なのです。

 

三島さんが描きたかった純粋でありたいのに、実際にはそうなれないことへの大きな悲しみ…。

 

デヴィッド・ルヴォーさんがこの作品の真のテーマを描いてくれたと、三島ファンとして嬉しくなりました。

 

明智も事件解決に情熱を燃やすあまり、やがて黒蜥蜴の魔性に魅入られていくんですね〜。

 

自分が求めているものは、「黒蜥蜴」を捕まえることなのか? それとも黒蜥蜴の心を奪うことなのか〜。

 

美に憑かれた女と、犯罪に憑かれた男、2人の心はやがて激しくかき乱され、もつれ合い思わぬラストへと突入するのです…。

 

相楽樹さんは、誘拐事件に巻き込まれる令嬢を爽やかに、愛らしく好演されいてましたし、黒蜥蜴の忠実な下部・雨宮潤一役の成河さんは「黒蜥蜴」に対する歪んだ愛情やその裏に暴虐的な顔を隠した男を上手く表現していました。

 

音楽も良かったです。江草啓太さんの生演奏が素敵でした。

 

撮影所にある巨大なサウンドステージを模した伊藤雅子さんの舞台美術も、シンプルなのにどんなシーンになっても違和感がなく見事だと思いました。

 

ラストの死んだ黒蜥蜴を抱きかかえながら明智が言うセリフがまたいいんですよね〜。

 

ルヴォーさんの演出された舞台は皆ラストシーンがとても深い余韻があって僕は大好きなんです。

 

僕が観劇した日の終演後、井上芳雄さんと成河さんのアフタートークショーがあり、2人のルヴォーさんへの熱い愛が語られて楽しかったです。

 

いつか、デヴィッド・ルヴォーさん演出で『鹿鳴館』が観て見たいな〜。

 

実現することを夢見ています。

 

 

 

 

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