1975年に東映がオールスターキャストで制作し、パニック映画の金字塔と呼ばれる『新幹線大爆破』が、主演:草彅剛さん、監督:樋口真嗣さんにより、新作リブート作品として、世界最大級のオンラインエンターテインメントサービスを提供するNetflixで制作され現在配信中です。
先日、Netflix版『新幹線大爆破』(2025年)を鑑賞したので、今日は『新幹線大爆破』について呟きたいと思います。
僕が最初に『新幹線大爆破』(1975年)を観たのは…高校生の頃かなぁ…TVで観た気がします。その後、DVDや配信で何度か観ています。
『新幹線大爆破』は、「新幹線が走行速度80km/hを下回ると爆発する」という状況下で、犯人グループと警察、国鉄の間で繰り広げられる、架空の事件を描いた佐藤純彌監督によるパニックサスペンス映画です。
町の零細工場の経営に失敗した男、過激派崩れの男、集団就職で都会に来た沖縄出身の青年がなぜ犯行に至ったのか…犯人達の人生背景にもちゃんとドラマがあり、光が当てられていて、昭和の日本映画らしい緻密な構成です。
極限の緊張状態に晒される運転士を演じた千葉真一さん、国鉄の運転指令長を演じた宇津井健さん、そして爆弾を仕掛けた犯人を演じた高倉健さん、3人のスリリングな攻防が骨太なタッチで力強く描かれていて、映画の作りとしては荒っぽいところもあるのですが(東映ですから)、逆にそこが魅力になっていて、汗臭い(いい意味で)昭和の名優たちの熱演に僕は胸を打たれた作品です。日本の映画史に残る名作の一つだと思います。
『新幹線大爆破』が、新作リブート作品として、Netflixで制作され、配信されると発表された時は楽しみ半分、不安半分でした。どうしてかと言うと、ファンの人には悪いけど、樋口監督って僕の中では「どうしてこんな映画作っちゃったの⁈」という『日本沈没(2006年)』、『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS(2008年)』の監督だったからです。特技監督としての腕は一流なんでしょうけど、ドラマ部分の演出がね〜とちょっと不安だったんですよ。
でも今回の『新幹線大爆破』は最初は「どんなもんかい」と思って観始めましたけど、最後まで一気に観ることができました。楽しめましたよ。
Netflix映画『新幹線大爆破』
《出演》
草彅剛、細田佳央太、のん、要潤、尾野真千子、豊嶋花、黒田大輔、松尾諭、大後寿々花、尾上松也、六平直政、ピエール瀧、坂東彌十郎、斎藤工
《スタッフ》
◎監督:樋口真嗣
◎脚本:中川和博、大庭功睦
◎原作:東映映画『新幹線大爆破』(監督:佐藤純彌、脚本:小野竜之助/佐藤純彌、1975年作品)
◎エグゼクティブ・プロデューサー:佐藤善宏(Netflix)
◎プロデューサー:石塚紘太
◎ライン・プロデューサー:森賢正
◎准監督:尾上克郎
◎脚本:中川和博 大庭功睦
◎音楽:岩崎太整、yuma yamaguchi
◎撮影:一坪悠介、鈴木啓造
◎照明:浜田研一
◎録音:田中博信
◎美術:佐久嶋依里、加藤たく郎
◎スタイリスト:伊賀大介
◎編集:梅脇かおり 佐藤敦紀
◎アクション・コーディネイター:田渕景也
◎VFXスーパーバイザー:佐藤敦紀
◎ポストプロダクションスーパーバイザー:上田倫人
◎Compositing Supervisor:白石哲也
◎リレコーディングミキサー:佐藤宏(molmol)
◎音響効果:荒川きよし
◎ミュージックスーパーバイザー:千陽崇之
◎特別協力:東日本旅客鉄道株式会社
株式会社ジェイアール東日本企画
◎制作プロダクション:エピスコープ株式会社
◎製作:Netflix
今回の『新幹線大爆破』は、「リメイク」ではなく「リブート」として制作されていました。
基本的には同一原作の再映画化で、原作に忠実であることが重視され、内容やストーリー構造を変えることなく、現代の技術やキャストで再現するのがリメイクで、過去作品では再現できなかった表現を現代の技術で演出・解釈・再構築し、同名キャラクターや同名作品であっても、異なるコンセプトで再スタートさせることをリブート(再起動)と言います。
オリジナルの『新幹線大爆破』が発表された1975年から50年もの月日が経ち、現在では複雑かつ劇的に社会状況が変化していますし、日本の安全神話の象徴とも言われた新幹線も、1975年当時とは比べ物にならないほど高度に発達した運行システムになっているわけですから、当時のままの設定で映像化するのは意味がないと思いますね。
『犬神家の一族』や『砂の器』のような名作はリブートできない作品なんですよね。
新幹線に爆弾を仕掛けるというオリジナルの設定は尊重しつつも、物語をなぞるのではなくて、令和の時代に相応しい作品にするために、オリジナルを一から再構築する方法を採用したと監督は仰っているので、それは正解だったと思います。1975年版への深い愛情と敬意に溢れたリスペクトも感じましたし。
今回は「JR東日本」が特別協力してくれて、実際に本物のはやぶさ60号が撮影に用いられ、細部に至るまで監修が行われたそうです。それはしっかり映像に現れてましたね。前回は「そんな新幹線を爆破するような映画に協力なんかできない」と国鉄に拒否されたそうですから時代は変わりましたねー。
『新幹線大爆破』のリブート企画を樋口監督は日本の映画会社各社に持ち込んだそうですがどこも手を差し伸べてくれなかったそうです。唯一、手を握ってくれたのがNetflixさんだったそうです。
Netflixは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作『山猫』を原作に忠実にドラマシリーズ化して現在、配信していますし、他では出来ないような企画を形にしているから底力のある会社だなぁと思います。『風と共に去りぬ』も原作に忠実に映像化できるのはNetflixだけなんじゃないかとちょっと期待しています。
本作の撮影のために通常の新幹線とは別に、撮影専用の1編成の車両を手配してくれて、特別ダイヤルを組み、東京―青森間を走行したんだそうですよー。合計7往復も掛けて臨場感溢れるシーンが撮影されました。
Netflixの日本の映画ランキングでは1位になっているようです。ランキング集計サイトの速報値を見ると、日本だけでなくタイやマレーシアなど7カ国で1位に入っているほか、80カ国以上の国や地域でトップ10入りしていて、Netflixにおける世界の映画ランキングで2位に入っているみたいです。
Net!ix版『新幹線大爆破』(2025年)における最大のリブートポイントの一つが、主人公の視点を“犯人”から“車掌”へと大きく転換した点ですね。
1975年に公開されたオリジナル版では、爆弾を仕掛けた人物・沖田哲男(高倉健さん)が物語の中心であり、高度経済成長の波に乗り切れず、生活が破綻した男の社会に対する怒りや苦悩が描かれましたが、リブート版では主人公が乗客の安全確保という極限の責任を背負いながら、的確な判断と行動を迫られる乗務員である車掌・高市和也(草彅剛)に置き換えられ、テーマそのものが大きく変化しています。
その中で「鉄道人としての心構え」を体現する車掌・高市を演じたの草彅剛さんは、実直さと不器用さ、安心感と危うさを同時に内に含んだキャラクターで、イメージにビッタリだったのではないでしょうか。でももう少し、人としての熱い部分も見せて欲しかったかなとも思いました。
1975年版は、高倉健さん演じる沖田や山本圭さん演じる古賀勝といった犯人に感情移入できるストーリー展開と、東映作品らしいハードボイルドな物語で、警察との騙し合いや追跡劇が大きな見どころでした。そしてあの時代特有の昏さと淋しさが魅力でしたね。
爆弾を仕掛けた犯人・沖田たちの方がただ時代に取り残されただけのが真っ当な人間として描かれていて、逮捕するためなら汚い手でもなんでも使う組織として警察が描かれているのも印象的です。
まだ観ていない人の為に、Netflix版の犯人は言えませんが、今回の犯行の動機が1975年当時の警察の汚さがきっかけになっているという意味では正当な続編といえるでしょうね。その発想はなかなか巧みだなと思いました。Netflix版の犯人の父が、1975年の事件の関係者だったという設定が物語に深みを与えているように感じます。
1975年版は時代の移り変わりに取り残された犯人たちの絶望がメインに描かれ、Netflix版では世代間の負の連鎖をなんとか止めようとする人々の希望が描かれていました。
全体的に観て「あぁ面白かったなぁ」とは感じたのですが、キャラクターの造形や、ただストーリーを彩るだけに見える人物描写が残念だったかなと感じました。もったいない。俳優さんたちは誰も悪くはないんです。責任は演出ですよー。はっきり言いますけど。
要潤さんが演じた、お金のことしか考えていない動画配信インフルエンサー・Youtuber、等々力満。尾野真知子さんが演じた、スキャンダルにまみれた加賀美裕子衆議院議員。松尾諭さんが演じた、過去の過失に苦しんでいる観光企業の社長・後藤正義。皆、どこかで見たような、型にはまった個性や特色が見られないキャラクターに感じました。
遠隔から状況を監視し指示を出す、新幹線総合指令所の笠置総括指令長を演じた斎藤工さん。物語のキーとなる「命に対する感謝も希望も持っていない」女子高生・柚月を演じた豊嶋花さん。
皆さん、良い演技をされているんだけど、彼、彼女らの人間くさい部分や心に抱えている精神的な問題を、もっと細かい描写でストーリーの中で見せてくれればよかったのに…と感じました。セリフだけで片付けちゃダメですよ。
運転士の松本千花を演じた、のんさん。車掌・高市の後輩、藤井慶次を演じた細田佳央太さん。この二人ももったいない扱いでしたねー。なんで細田佳央太さんを後半、大怪我をさせて寝たきりにしてほっとくんだろう。のんさんも出演シーンがわずかだし、もっと若い二人に見せ場を作ってあげれば良いのに…、セリフだってもっと胸を打つセリフ喋らせてあげなよと思いましたよ。扱いが雑すぎる。
脚本にも、いくつか問題があるように感じました。ネタバレに関係する部分なので具体的には言えませんが、犯人や動機がリアリティに欠けているところですかねー。
新幹線に爆弾を設置する際、いったいどうやって乗務員が手を出せないような位置にまで忍び込んで設置作業をおこなうことができたのかが謎なんですよ。ここって肝心要じゃないですか?
新幹線の整備基地や車両基地には厳重な警備システムが張り巡らせてあるはずだし、外部の人間が自由立ち入ることって困難だと思うんですけど…。
リアルな犯行の過程を描いてしまうと、映画を真似たよからぬ輩が爆弾を仕掛けたりするかも知れないという判断がJR東日本側にあったのかも知れませんけどね。
1975年版は犯人たちの視点で物語が進み、観客は彼らの行動を追う形で物語が描かれています。Netflix版は、犯人の正体がラストまで明かされない構成で、サスペンスに加えミステリーの要素が強調されていて、犯人の動機が家族との関係や精神的な闇に根ざしていて、現代的な視点で描かれていたことは今風だなぁと思いました。
でも、そんな理由でこんな事件を起こされて、巻き込まれたらたまったもんじゃないと思いましたよ。
面白い作品だとは思いましたけど、手放しで傑作とは言えない微妙さが樋口真嗣監督らしいと思いました。
でも観て損はないですよー。