◎作詞:松井五郎

◎作曲:玉置浩二

◎編曲:安全地帯/星勝

 

恋をしている時にしか、本当には分からない歌があるような気がします。普段なら、少し大袈裟に聞こえる言葉も、本当に誰かを好きになっている時には、不思議なくらい素直に胸へ入ってくる。

 

安全地帯の『碧い瞳のエリス』を聴いていると、私はそんなことを思います。1985年に発売された『碧い瞳のエリス』は、安全地帯の10枚目のシングルです。

 

当時の安全地帯は、『ワインレッドの心』『恋の予感』と次々にヒット曲を送り出し、この曲の直前には『悲しみにさよなら』を発表しています。

 

『碧い瞳のエリス』も大ヒットし、『ザ・ベストテン』では5週連続1位を獲得しました。

 

けれど、そうした記録とは別に、この曲には安全地帯のほかのヒット曲とも少し違う、不思議な空気があります。最初に心を奪われるのは、やはり「碧い瞳のエリス」という題名でしょう。

 

エリスとは何なのか。人の名前のようにも聞こえます。この曲は大王製紙「エリス」のCMソングとして使われているので、商品名との関係があることは確かです。

 

けれど、松井五郎が歌詞の中で使った「エリス」という言葉が、具体的に何を意味しているのか。そこから先は、聴く人が想像するしかありません。

 

私は、それでいいのだと思います。むしろ意味がはっきりしないからこそ、「エリス」という言葉は、この歌の中で不思議な輝きを持っているように感じます。

 

泣きたい夜に開く古い箱、少女だった頃の記憶、髪を切る日、涙はこぶ風、そして碧い瞳。松井五郎の詞には、はっきりとした物語が語られているというより、記憶や夢の断片が浮かんでは消えていくような美しさがあります。

 

どこか幻想的で、少し寂しい。まるで昔見た夢を、目を覚ましたあとで思い出そうとしているようです。そんな幻想的な言葉の中に、突然、とても真っ直ぐな愛の言葉が現れます。

 

自分は、あなたに出会うために生まれてきたのだという思い。恋をしていない時に聞けば、少し大袈裟に感じるかもしれません。

 

人は誰か一人に出会うためだけに生まれてくるわけではない。冷静に考えれば、その通りでしょう。けれど、本当に誰かを好きになっている時には、そんな理屈などどうでもよくなってしまいます。

 

この人に出会うためだったのかもしれない。これまで生きてきた時間も、寂しかった夜も、傷ついたことも、遠回りしたことも、すべてこの人に辿り着くためにあったのかもしれない。

 

恋をしている時、人はそんな途方もないことを、本気で信じることができる。だから私は、この歌が好きなのだと思います。

 

そして、もう一つ好きなのが、誰かを愛することで、人はやさしくなれるのだと歌っていることです。

 

恋をしたから幸せになれる、ではありません。誰かを好きになったことで、自分の中に、それまで知らなかったやさしさが生まれる。

 

相手の悲しみを知りたいと思う。苦しいことがあるなら、自分に話してほしいと思う。自分のためではなく、その人のために何かをしたいと思う。

 

恋をするということは、誰かを手に入れることではなく、その人を思うことで自分自身が少し変わっていくことなのかもしれません。

 

そんな松井五郎の言葉を歌う玉置浩二の声が、また素晴らしい。玉置浩二は、圧倒的に歌のうまい人です。けれど、そのうまさをこちらへ押しつけてくるところがありません。「どうだ、うまいだろう」と技巧を見せつけることもなければ、自分の歌声に酔っているような自己陶酔も感じさせない。

 

むしろ『碧い瞳のエリス』では、感情を抑えるように静かに歌っています。それなのに、声にはなんともいえない艶があります。

 

少し息を含んだ声。言葉の終わりをそっと手放すような歌い方。声を張り上げなくても、ほんのわずかな揺らぎだけで、歌の中に色気が生まれてしまう。

 

玉置浩二は、自分がどれほど歌えるのかを聴かせる人ではなく、歌そのものをこちらへ届ける人なのだと思います。

 

だから、うますぎることを忘れてしまう。聴き終わってから、やっぱりこの人、とんでもなく歌がうまいんだなと思う。でも『碧い瞳のエリス』では、その歌唱力以上に、玉置浩二の声そのものに惹かれます。

 

松井五郎の詞は、どこか夢の中にいるように輪郭がぼやけています。その一方で、玉置浩二の声には人間の体温がある。

 

幻想的な言葉と、艶のある生身の声。その二つが重なった時、『碧い瞳のエリス』という、どこにもない世界が生まれるのではないでしょうか。

 

こうして何度聴いても、結局「エリス」とは誰なのか、私には分かりません。碧い瞳をした一人の少女の名前のようにも思えるし、遠い記憶の中に残された面影のようにも感じられます。けれど今では、その正体を無理に知る必要はないような気がしています。恋だって、本当は似たようなものなのかもしれません。

 

なぜこの人だったのか。なぜこれほど好きになったのか。いくら考えても、きれいな答えなど見つからない。

 

ただ、その人に出会ったことで、それまでとは違う自分になったことだけは分かる。誰かを愛することで、少しやさしくなれた自分がいる。

 

そして恋をしている時に『碧い瞳のエリス』を聴くと、普段なら照れてしまいそうなほど真っ直ぐな愛の言葉が、不思議なくらい胸に沁みてきます。

 

もしかしたら私は、この人に逢うために生まれてきたのかもしれない。

 

恋をしている時くらい、そんなことを信じてもいい。『碧い瞳のエリス』を聴いていると、私はそう思うのです。