女優・小川眞由美さんの訃報に接し、とても寂しい気持ちになりました。華やかなスター女優というよりも、作品そのものに豊かな奥行きを与える女優でした。

 

どんな役を演じても、その人物の感情を強く印象づけ、映画が終わったあとも長く心に残る。そんな稀有な女優だったように思います。

 

私が小川眞由美さんを思い出すとき、真っ先に浮かぶのは野村芳太郎監督の『鬼畜』(1978年)です。

 

この映画というと、岩下志麻さんの鬼気迫る演技や、緒形拳さんの苦悩を思い浮かべる方が多いでしょう。もちろん、その二人の演技は圧巻です。けれど私には、この映画を最後まで支配していたのは、小川眞由美さんだったように思えてなりません。

 

小川さんが演じた菊代は、物語の冒頭に登場し、三人の子どもを置き去りにして姿を消します。母親として決して許される行動ではありません。

 

しかし、彼女が去った瞬間から『鬼畜』という物語は動き始め、残された子どもたちは宗吉とお梅の人生を少しずつ狂わせ、菊代は画面から姿を消したあとも、その不在そのものが最後まで映画全体を支配し続けます。

 

小川眞由美さんには、わずかな登場時間で映画全体の印象を決定づけてしまう不思議な力がありました。

 

野村芳太郎監督は、小川眞由美さんを何度も作品に起用しています。『鬼畜』だけでなく、『配達されない三通の手紙』や『影の車』でも、決して出番の多い役ばかりではありません。

 

しかし監督が彼女に託した人物は、どれも作品の空気を決定づける重要な存在でした。それは野村監督が、小川眞由美という女優なら、限られた登場時間の中でも、作品に深い余韻を残してくれると信頼していたからではないでしょうか。

 

監督の求めたものを忠実に演じるだけではない。その役に、さらに奥行きと複雑さを与え、映画全体へ静かな影響を及ぼしていく。私は、小川眞由美さんにはそんな力があったように思います。

 

『実録三億円事件 時効成立』の向田孝子。

『八つ墓村』の森美也子。

『復讐するは我にあり』の浅野ハル。

 

1970年代後半、小川眞由美さんは数々の作品で、強烈な印象を残しました。

 

たとえ登場する場面が多くなくても、その人物が確かにそこに生きていたという深い印象だけを観る者の心に残し、作品そのものへ豊かな余韻を与えられる俳優は、決して多くありません。

 

映画を見終えたあと、不思議と心に残り続ける人物がいます。小川眞由美さんが演じた人物たちは、まさにそうした存在でした。まるで一本の映画に静かな残り香を遺していくように、その存在は物語が終わったあとも、観る者の心の中で生き続けます。

 

だから私は、『鬼畜』を思い返すたびに、物語の冒頭で静かに姿を消した菊代の面影を思い浮かべます。それほどまでに、小川眞由美さんは、一本の映画に忘れがたい余韻を刻むことのできる、かけがえのない女優でした。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。