◆今夜も枕投げ◆ -9ページ目

むがー

 途中まで書いてた下妻物語の感想が消えた。しょんぼり。

また描き直す気力が今日は無いので、子ネタで紛らわすことに。(マガミさんとこのパクリとか言わないでお願いしますおねg

◆1五分で見直すオリエンタルラジオ  

 

 こうやって見直すと、やっぱり面白いなと思う。

◆2.カーテンコール

((;;゚□゚))ガタガタ

◆3

 今日の飲み会は皆さんお疲れさまでした。急な参加でも快く招いて下さり、ありがとうございました。皆さんガンガン飲んでいく中、その雰囲気に引っ張られたようで僕は5杯位飲んでしまい、少しまだふらふらしています。

 う、なんか気持ち悪くなってきた。胃薬のんどこう。

 帰りにラオックスで、マガミさんがソウルキャリバーと種のソフトをレジに持って行って、レジにあった種の攻略本を、さりげなく取り、値段も見ずに「これも」と店員さんに渡すのを見て、大人の凄さを実感しました。

 大人って・・・!と大人のふりかけの子供の如く自分の財布を覗き、咽び泣く僕がいるのでした。


 

つづき

 あれからバイト帰ってきて、丸一日と、半分寝てたと思って下さい。そう僕が言うのですから事実です。多分。

 続き、廃棄がとにかく多いのです。レジの履歴から、廃棄入力をした時間と入力した金額を調べる事ができるのですが、ざっと計算すると一日に出る量は6万、家の店の平均売り上げは7万なので、ただ引き算するだけでも、1万円しか儲けて無いことに。仕入れ原価はそれぞれ違うのでしょうけど、なかなかこれは素人目に見てもやばいのではないでしょうか。

 という事を書こうとしたら、あの日からどうやら仕入れの抜本的な見直しがあったようで、僕の廃棄担当時間に二万円ほどあった廃棄の量が6千円ほどに。これは驚き。それから今日まで、余りそこから値のズレも少ないようで、一安心です。

 そういえばこの間読んだ東洋経済に、コンビニと百円ショップを同系列に持って来る事によって、どういった有益が会社にあるかの記事がありました。

 簡単に説明すると、ドンキのような安売り店や百円ショップに流れてくるような品物は、コンビニで売られるはずだった商品が、コンビニ側の都合等で、売られる前にコンビニの物流センターから卸業者へ戻された後、安売り店や百円ショップへと卸される。という仕組みで流れてきます。それをコンビニと百円ショップを同系列の会社に持ってくる事によって、一旦卸業者に戻す手間を省いて、そのまま自社系列の百円ショップへ、余った品物を持っていく流れを作る事ができます。

 そういう所から、僕のバイト先の百円ショップはつまり、余った品物の処理係という位置づけにあると見る事ができます。そこから考えると、家の店は余り儲からなくても、特に本社は困らないという事になります。

なんていったって、系列の廃品処理みたいな物と見てもよいのですから。便利にできてますね。

キャラクター作り

 相方にほんのちょろっとだけ、話の設定を話したりしたら、なかなか良い具合にダメだし。色々聞くとキャラ設定をちゃんと考えてから書いた方がよい。との事。ジャンプマンガでもあるまいし、途中から色々な要素を追加していくのは危険だよなとも思う。ジャンプマンガじゃあるまいし。

 一番の問題は、ちゃんとプロットを考えていないという点。今の出来具合は大体の流れは考えてはいるものの、綿密にまだ設定を詰めていないという状態。話を作るってやっぱり難しいな。相方にはキャラクターとおおまかな流れは教えたので、お互いの意見を取り入れて考えて生きたい所。

 今現在の時間はバイトへ出かける10分前位なのですが、そのバイト先の廃棄の量がやばいんじゃないかという位多い事に気付きました。バイト先は一応売れているのか、一日の売り上げは7万円程。生鮮100円ショップなのでこれ位売れれば御の字なのでしょう。しかし生鮮ともなると、食べ物なのですからやはりそれなりの廃棄が一日に出るわけで、っとタイムオーバー

また帰ったらノシ

日記みたいな日記

 WBSが終わり、時計を見ると11時58分。ああ、今日も一日終わるなと思っていると。メッセに反応が。

文月からだ。「さぁオラタンだ」そういえば明日はオラタンの大会がある。僕は出るつもりだったけど、彼も出るのだろうか。「明日の大会?」と聞き返すと「それだけじゃ足らないだろう、ならば週末オラタン合宿だ!ぬ、今からやるか?よし、ならば家に来い。」と言う。たった今家の時計が午前0時をお知らせしたばかりなのだがこれは気のせいか、そういえばこの世には終電という世にも恐ろしい物があったようにも思えたのだが、よし、気のせいだ、気のせいという事にしておこう、ならば僕は君の家へ行く事にしよう。

 ツインスティックをかばんに詰めてこんな時間に出かける僕に奇異の目を向ける家族に対する挨拶もそこそこに、駅までの道を急ぐ、まったくバカをしてるものだ。この時間になると、駅へ向かう人々より、駅から出てくる人の方が圧倒的に多い。金曜の深夜なんてのは飲み会の後だったりして、終電ギリギリに帰って来る人も多いわけで。そこに逆行して歩く自分の姿は全くもって滑稽だ。しかもその急ぐ理由がゲームで対戦するためなんていうのだから、面白いったらありゃしない。

 終電間際の列車に載って、文月の最寄り駅につくと、向かいのホームにある帰りの列車の電光掲示板が、もうここから家までは引き返せない事を数字で正直に表示していた。

 少し歩いて文月の家に、またひたすら朝までオラタン。スペでしかそれなりに戦えない腕の差を実感する。そのスペも結構ぼろぼろだったりするのだけども。長年使用キャラとして使ってきたライデンより、なぜかスペのがどのように自分が改善すれば良いのかとても解り易い。目的が持ちやすいというのは気分的にも楽なのは、チャロンも他の事も一緒。すこしずつやってこう。

 途中、近所の有名ラーメン店へ、このラーメン店、昼から夕方まではいつ来ても行列が耐えない超名店、どうやら朝まで店はやっているというので、穴場である真夜中に、食いに行こうと言う事に。余り人がいないだろうとたかを括っていたら、金曜夜の終電を逃した人達が、その暖かそうなラーメン屋の赤色灯に引き寄せられるかのように集まってきていて、店は以外と大繁盛。外に列はなかったものの、店内で数分ばかし待たされる事に。ふと壁に貼られる短冊を見ると、ここのラーメンはとんこつスープのようだ。僕の今日の昼飯はCOOPのとんこつヌードルだったので、つまりこれを食べると一日に二回とんこつラーメンを食べる事に、うんとても不健康、デブるぞ。とはいってもラーメン好きな僕にしてはそんな葛藤は0.3秒で過ぎ去るわけで、食べる事に。これが旨い。僕は麺とスープが好みで設定できるラーメン屋では基本的には固め濃いめで頼むのですが、それが見事にフィット、チャーシューも味がしみこんでいて簡単にくずれる、これがまたよし。とても美味しくいただきました。また今度食べにこよう。

 結局朝6時に、眠くなったので家に帰る事に。外の空気が、余り厚着をしていない体にしみる。ここ最近、本当に寒くなった。まだ息が白い、というのは最近では経験していないけど、それも時間の問題だろう。

 家に帰り、そのまま力尽きて倒れる。おやすみなさい。

 

 と、いう坦々とした日記みたいなのを書いて見る。

じゃじゃ丸!ピッコロ!!

◆1

 一昨日から、僕の前に「ある現象」が、なぜか頻繁に起こる。その現象事態は、元々僕自身が起こす事がとてもとても多いのだけど、ここ最近は少しなりをひそめていた。

 僕は通学時、行き帰り含めいつも学校の最寄り駅前の商店街を通る。今日朝いつも通りにいつもの商店街を、いつものように寝不足のぼーっと歩いていると。目の前をわりと良い服を着た気品の良さがにじみ出ているお爺さんが、ちょっとふらふらと僕の進行方向から歩いてきた。この辺りは高級住宅街のため、そういったお爺さんも珍しくなく、大して気にもとめず、寝ぼけた頭で今日の授業だるいやらなんやら考えて、すれ違おうとした瞬間。

 おじいさんがありとあらゆるカードをぶち巻いた。人の数だけ十人十色というが、カードに至っては人の数以上に多種多様、紙やら鉄やらプラスチック、その束がおもいっきりお爺さんのお財布からバラバラと飛び出した。それが僕の目に、とてもスローモーションに映りこむ、朝日を浴びてキリモミ回転しながら輝くヨドバシゴールドポイントカードは、『そういえば1575ポイントあったっけ、「ワンダと巨像」かいてーな、でもあれ6000円台か、今月auに変わって事務手数料かかって支払額約二倍だったな、金ねーよ』といった事を瞬時に思考させるには十分だった。あれだけ見事な長方形の数々が描く冬花火は、僕は隅田川でも見た事ない、しかも中心にはお爺さん、気品のよさげなお爺さん。そりゃ頭も目が覚める

 即座にかがみこみ、大慌てでカードを拾い出す、僕も手伝って拾い出す。ふとお爺さんが出てきた先を見ると、そこには写真の現像屋、そして手に持っていたのは写真の入っているらしい紙袋。ああ、そうか、お爺さんはきっと運動会で孫を撮った写真が現像できたと聞いて、店に取りに行った帰りに違いない。

 『出来上がった写真の束を受け取り、中身を確認。『こちらでよろしいでしょうか?』という店員に微笑みながらうなずくお爺さん。支払いを終え、さぁ家に帰って、首を長くして待ちわびているお婆さんに、このかわいい孫の写真を一刻も早く見せてやろう。と帰ろうとしたその時、店員からの魔の言葉が、お爺さんの命運を分ける事となった魔の言葉が。

 『ポイントカードをお持ちですか?』

 ああ、そうだお婆さんから頼まれたのだった。この写真屋では現像何枚分につき、ポイントがつくのだ。ついつい忘れていた。店員さんに一言待ってもらうように言い、財布を覗く。見当たらない、これはなぜだろう。

断ろうかと思ったが、店員さんを待たせてる手前、待たせるわけにもそうそう行くまい。財布の中を探す事にする。しかし探し始めたは良いものの、財布の中にカードが多すぎて、どこに仕舞ったのか皆目検討がつかない、出発前にお婆さんから受け取ったはずなのだけれど。そういえば昔から、店員さんからカード作成を勧められると、ついつい作ってしまう事がよくあった。殆ど行かないような所でも、勧められるとついつい作ってしまうため。(海外出張の際に、お婆さんのお土産のためによった女性向けブランド用品のカードなんてのもある。)財布の厚みの半分が、そのカードでできてしまうというのもざらなのだ。カードを探している間に、随分と私の後ろに待ち列ができてしまっている。通学途中の学生のようで、焦っているようだ。そういえば今は通学時間のピークだ、もうすぐ授業が始まるのだろう。これは急がなければいけない。

 しかし焦れば焦るほど、見つからないというのは、よくある事で、どうにも見つからない。

 するとその様子を見かねた店員さんが『ポケットの中をご確認されました?』とたずねてきた、おお、そうかそんな事もあるかとコートのポケットを探すと、あったあった。二つ折りの紙のカードが出てきた。

ポイントを押してもらい今度は忘れまいと、写真の紙袋に入れる。散らかしてしまった財布の中身を整理したい所だが、後ろに並んでいる若者をこれ以上待たせるわけにはいくまい、カードの束を持ちながら、私は店を出た。』

 といった所だろう。僕は拾い上げたカードの束をお爺さんに渡す。「ありがとう」そう言って恥ずかしそうにお爺さんはカードを受け取った。

 そんな具合にここ数日僕の前で物を落す人が急増しているのだ。最初は電車の中、一円玉を落すおじさん。即効拾って返す。次は学校、授業中に突然携帯を落す前の生徒。そしてカードの束を落すお爺さん。なにやらどんどんと落す物のグレードが上がっていくような気がするのだけども。まさか最終的にクレーンから鉄骨が落ちてくるみたいな事ないだろうなとか、おっかなびっくりに考えて歩いている日々だったりするわけである。

誰か僕の前で100万円落してくれる人募集。せつに

ネコラジ(下)

西尾 維新
ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言遣い

 あれだけ多くの戯言を綴り続けた故の最後の最後の最後の結末が

これである。名を体で表すというか。この結末こそ、正真正銘、まじりっけ無しの戯言だ。

 僕の周りは殆どと言って良いほどこの結末に異を唱えてはいるけれど、こういった形の結末になるのは、この戯言シリーズの完結編であるからこそではないだろうか。

数字と数字

 僕は数学が嫌いだ。数字の羅列にめまいを感じ、方程式で気絶する。おおげさとはいえそれほどまでに数学は嫌いだ。だというのに理系でありなおかつ工学科所属というのは、傍目から見ると奇異にしか思えないようにも見えるのだけど、自分の選択の結果、今の自分があるのだから、やっていくしかない。しかしどうしても、数学だけはできる気がしない、浪人中の一年、数学に大して向かい合って、結局何も解らなかったという事も踏まえ、僕の価値観の中で変わらないものだと思う。

 今日テレビで放送されていた、たけしの教育白書。その番組内で、たけしと石原慎太郎が対談をするというコーナーがあったのだけども、たしか表現に関する話題になった際だったと思うけど、たけしが語った話に、「XがAとBとCという人を殺す」という内容の話しを作る際、犯人Xが直接AとBとCという人間を殺すシーンを作る必要は無いという。XがAをナイフで刺し殺した後、その血塗れのナイフをBとCに向ける、というシーンで終わらすだけでも良い。なぜならそれ以上のシーンを作らなくても、受け手側がそれ以降のシーンを補完する余地を残す事で、想像力を使わせる事ができる、という理由かららしい。そういった数字ではない計算を出来るようにならなければ、そういった物を書くのは難しいという事を、たけしは言いたかったようである。以前、たけしがスタジオで高校生の質問に答えるといった内容の番組で、「学校の勉強が無駄にしか思えない」という高校生の質問に対し、「勉強を、一つの教科という枠組みの中でしか考えて無いのならそれは間違い、学校で教わっている事はいわば世の中で生きていくために必要な思考のための基礎なんだ」といった答えを返していた。

 数学はどうしたって嫌いだけど、苦手なものとはいえ、最低限とはいえ、その中から汲み取って、自分の物にしなきゃならないものもある事位は解っている。それを示すかのように、周りの社会に出ている人達は口を揃えて学生の頃に、もう少し勉強をしておくんだったと言う。そうならないための勉強といったモノはやっぱりやっておくべきなのだろう。

とはいっても、やっぱり数学だけは苦手だ

こんな経験ありますか?

 本当に大変な事っていうのは、なんで大変な事になってしまうかっていうと、一番の理由はやっぱり、大変な事になるまで気付かない、という所にあると思うわけで。

 「鏑木くん、ちょっと」

 「はい?」

 講師の先生が気付いて、教えてくれるまで、僕の履修が、学校のシステムバグのせいで無茶苦茶になっていた事に気付くのが、もう後期が始まって一ヶ月経っていたなんてのは、大変な事に含まれてもいいんじゃないかなと思う。

 僕の学科は不思議な構造になっていて、三年四年になり、分野わけされたからと言って、強制的に研究室に入らなければいけないわけではなく、入りたくなければ卒業するまでは入らなくても良いという事になっている。なら卒論はどうするのかというと、卒論にはそれ専用の授業があって、それを受講する事によって、卒論をきちんと書けるという仕組みが出来上がっているのだ。僕は分野分けされた後、その仕組みを利用して、その分野の研究室(ここではA分野とする)に入らず、やってみたかった分野の研究室(前述に合わせB分野)を選ぶ事にした。それ以降はいままで書いたとおり、少し込み入った事情が出てきてしまうのだけど、それは別の話。で、僕は分野分けではA分野に、決まっているため、A分野の実験を受ける事になっているはずなのだけども、なぜか今学期、『履修する実験が、B分野の実験になってしまっていた』のである。

 普通、一年前から決まっている専攻分野が突然変更されるなんてありえないし、さらに言うと、履修登録票を記入する際、実験も含まれる必修科目は、その登録に関する旨を記入しなくてもよいという事になっている。つまりここから、今回の勝手な登録の変更は、僕のミスではない、いや在り得ないという事が証明されるのだ。

 ただここで、この登録のずれの原因ではないかと思われる事が一つある。今期、僕は外書講読という海外の初歩的な専門書について和訳授業を登録しようとした。この授業は必修でなく、自由選択科目なので、履修したい場合は登録用紙に、その旨をマークシートで記入しなければならない。この授業の特殊な所は、その授業内でどのような内容の文書を扱うかを、それぞれ各分野に分けられている所で、A分野の授業もあればB分野の授業あるといった形になっている。

 僕は本来ここで専攻分野であるA分野の外書講読をとるべきなのだろうけど、ここは研究室に入っているB分野をとろうかと思い。『B分野の外書講読を選択した』のである。

 しかし今回の履修トラブルが起こって、登録票を見直した際、その『B分野の外書講読が、登録されていなかった』のだ、ここで僕の履修に起こった事を簡潔に纏めて見ると、『B分野の選択をした授業が登録を消され、本来A分野であったはずの実験がB分野に書きかえられている。』

 ここから、この二つの科目の関連性が見えなくもない。が、実際何があったのかなんていうのは、この履修表を作成したプログラムを弄った学生支援課の人間だけだろうし。その事について相談しても、全く関心を持とうとしなかった支援課の人に、期待は全くしていない。

 最後の頼みと、両分野の教授に相談した所、二人で話し合ってくれると言ってくれました、本当にありがたいです。ご迷惑をおかけします。

 実は一昨日昨日とこんな事もあったわけで、少しばかり日記を書く余裕もなかったりもしました。ネタとして自分の頭の中だけで起こるのなら問題は無いのですが、実際に自分に起こるとこれまた大変なわけで。学校のプログラムか、人為的なミスか、どちらか予測つきませんが、もう二度とこんな事が起きないよう、本当気をつけてください、お願いします。

肉肉

 バイト先の先輩が奢ってくれるというので、池袋のモーパラに。この店はしゃぶしゃぶとすき焼き、ランチタイムは両方980円で食べ放題という破格の値段。その安さに引かれてか、高校生までもが食べにきていました。

 どちらにしようと迷いましたが、すき焼きは作れる人がいないと大変な事になるという話なので、適当に食べれるしゃぶしゃぶに。席に付くと、ごまだれとポン酢の壷に、それぞれのたれを入れる皿。薬味の万能ネギとさくらおろしご飯。だし汁の入った鍋、そして野菜とメインディッシュの肉の皿が、結構な速さでおかれます。この待ち時間の短さには驚きです。店の雰囲気も、暗い店内に暖色系の明かりがついていて、すこしおしゃれな飲み屋の空気。女の子でも安心して食べにこれる環境でした。

 食べ始めると、先輩がすごい勢いで食べて行きます。早い早い。僕もそのペースに送ればせながらもついていってばくばくと食べる。一皿あっという間に平らげて、即効注文。まだ僕食べきってないですよ!

 食べてる間に色々と話を。先輩とこうして飯を食うというのはバイト中に廃棄を食う以外にした事もなく、なかなか話す機会もありません。なのでこうして席を落ち着けて話すのは初めてでした。こうした時に話す共通の話題はやっぱバイト先の話で、8年ほど同じ所に勤めている彼からは、なかなか面白い事を聞く事ができました。準夜勤の姉さんが、なかなかすげぇ性格をしてるとか、昔はバイト仲間にK1選手の卵がいたとか。家のバイト先にはなかなか面白い人が多かったらしく。中でも印象に残ったのは、いつも一緒に組んでいるおじさんについての事でした。今僕が水曜日に組んでいるおじさんがいまして、コンビニバイトをはじめて早数十年のベテランですが、背筋もしっかりとしており、細くがっしりした体つきで、歳を感じさせない若々しさがあります。どうやら彼は過去、なんとJAC(ジャパンアクションクラブ)にいたとの事。生真面目でいつもいかめしい顔をしている彼が、戦闘員の格好をして「イー!」と叫んでいるシーンを思い浮かべると、なかなかシュールな感覚になります。

 結果一人4皿は食べたと思います。先輩のペースにのせられてついつい食べ過ぎました。お陰で夕飯が喉を通らないというハメに。久しぶりに山ほど肉を食べたという感じです。誰かまた一緒に食いに行きましょう。たまには肉をつつきながらする会話も、よいものですよ。

室内の闘争

東宝
笑の大学 スペシャル・エディション

 久しぶりに、素直に面白いと言える邦画を見た。

 昭和15年、戦争真っ只中の中、検閲官である向坂(役所広司)と、喜劇作家の椿(稲垣五郎)が、一つの脚本を巡って繰り広げるコメディ。場面の殆どが、一つの室内で行われるというところに、脚本家である三谷幸喜の出身である舞台っぽさが出てると思ったら、96年に実際賞を受賞した事もある、それはもう立派な舞台劇だった。

 会話がメインで話が進んでいく話だけに、両者の台詞の巧みさといったら本当に舌を巻くほどで、その台詞一つ一つの情報量に感服。一流の脚本家は仕事が違う。こういった、面白い台詞というのが書けるのは、それだけキャラクターをしっかり作り上げているからこそ出来るのだろう。

 演じきっている二人の実力もまたすごい、特に役所広司の演技力は、まさしく神業。複雑で頑固な向坂が、少しずつ笑いを理解し、楽しみはじめていく感情の移り変わりを、極めて自然にこなした。本当に素晴らしい。

 この向坂というキャラクターは、造詣上陥りやすい、頭の悪いキャラクターというものになってない。というのが脚本家の実力を感じさせた。主人公、この場合では椿の事をあらわすが、それと敵対するものというのは、大概の場合、どこかしら思考に弱点がある場合が多く、殆どの場合その弱点をついて主人公が切り込むという、パターンを踏むのだが、向坂の場合、そういう弱点は殆ど無く、寧ろ頭の良いキャラクターになっている。そこを椿は、巧みに会話を使い、本を使い、向坂に合わせた笑いを作っていく。そういった、笑いを武器に世間と戦う。しかし笑いで戦うというのは相手を叩きのめしたりするのではなく、相手をも笑わせる事が、本当に笑いで勝つという事なんだと、そういうメッセージをこの映画からは感じる事ができた。


 そのうちこの映画は自分でDVDを買おうと思う。それほどまでに面白い映画だった。おすすめです。