数字と数字
僕は数学が嫌いだ。数字の羅列にめまいを感じ、方程式で気絶する。おおげさとはいえそれほどまでに数学は嫌いだ。だというのに理系でありなおかつ工学科所属というのは、傍目から見ると奇異にしか思えないようにも見えるのだけど、自分の選択の結果、今の自分があるのだから、やっていくしかない。しかしどうしても、数学だけはできる気がしない、浪人中の一年、数学に大して向かい合って、結局何も解らなかったという事も踏まえ、僕の価値観の中で変わらないものだと思う。
今日テレビで放送されていた、たけしの教育白書。その番組内で、たけしと石原慎太郎が対談をするというコーナーがあったのだけども、たしか表現に関する話題になった際だったと思うけど、たけしが語った話に、「XがAとBとCという人を殺す」という内容の話しを作る際、犯人Xが直接AとBとCという人間を殺すシーンを作る必要は無いという。XがAをナイフで刺し殺した後、その血塗れのナイフをBとCに向ける、というシーンで終わらすだけでも良い。なぜならそれ以上のシーンを作らなくても、受け手側がそれ以降のシーンを補完する余地を残す事で、想像力を使わせる事ができる、という理由かららしい。そういった数字ではない計算を出来るようにならなければ、そういった物を書くのは難しいという事を、たけしは言いたかったようである。以前、たけしがスタジオで高校生の質問に答えるといった内容の番組で、「学校の勉強が無駄にしか思えない」という高校生の質問に対し、「勉強を、一つの教科という枠組みの中でしか考えて無いのならそれは間違い、学校で教わっている事はいわば世の中で生きていくために必要な思考のための基礎なんだ」といった答えを返していた。
数学はどうしたって嫌いだけど、苦手なものとはいえ、最低限とはいえ、その中から汲み取って、自分の物にしなきゃならないものもある事位は解っている。それを示すかのように、周りの社会に出ている人達は口を揃えて学生の頃に、もう少し勉強をしておくんだったと言う。そうならないための勉強といったモノはやっぱりやっておくべきなのだろう。
とはいっても、やっぱり数学だけは苦手だ