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我が家のイヌヌワン、『バニラ』。わんわんしっぽフリフリ

 

最近は、イヌヌワンことワンパチの進化系である『パルスワン』がビーグル犬にそっくりだと思うのも目立ち、バニへの親近感がさらに湧いたのを覚えている。音譜

 

その表れといったら、バニを包むような感じで抱いたり、それこそサトシくんがイヌヌワンにやった事みたいな事をやったりと、イヌヌワンの影響はこういうところにも表れている。

 

 

そんな中、私はふとある事を思いついた。

 

ジェネレーションは一旦前に戻り、サンムーンの方に移る…

 

サンムーンにおいて、ひそかに印象に残ったのはルガさんだった。

 

特に、たそがれの姿ことトワイライトルガさんのルガさんのイメージからは想像できない色んなひょうきんさがメインとして目立つ事が一番印象に残っているのは語るるに及ばずである…

 

 

 

そうした中、私はある記事に投稿されていたトワイライトルガさんのあるシーンの事を思い出した。

 

…今ならまさしくバニで再現出来るかも…

 

 

そう思った私は意を決してそれを実行する事にした。

 

 

 

私はバニにおやつとしてあげているわんこ用の一口サイズのパンを持ってきた。

 

そして…

 

 

 

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片方の手でカメラを持ちつつ、もう片方の手でそのパンをバニの方に出した。

 

すると…

 

 

 

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見事バニはそれを食べてくれた。クラッカー

 

何より、コン回も何とかという形だったが、見事バニのその瞬間を撮影する事に成功した。OK

 

無論、コン回は瞬間規模のシーンという事のもあり、『連続撮影』をうまく使ってその中の特にいい瞬間を厳選してこうしたシーンを撮ったのは語るるに(省略)

 

 

 

 

 

コン回のバニの再現は、アニポケで戦いの後にサトシくんが『手皿でトワイライトルガさんにご飯をあげていた』シーンがもとになっている。

 

色んな印象を残しているトワイライトルガさんだが、その中でもあのシーンは間違いなくトワイライトルガさんはわんこである事をまた一つ証明した瞬間を基本に、トワイライトルガさんへの好感度をだだ上げするほど大きな印象を残したシーンだった。

 

ひそかにトワイライトルガさんがしていた事は、私自身がバニで再現しようとしていた事が目立っており、コン回の事もその表れだったと言えるであろう。

 

ちなみに、トワイライトルガさんは普通にオスだが、バニは『メス』である。

 

 

 

 

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これはまた撮影しようとした瞬間に偶然撮影出来たシーンである。

 

パンを食べ終えた後、バニは満足そうに舌なめずりしていた。

 

動物において、わんこやにゃんこ系の動物の舌なめずりはケモノの魅力をさらに引き立たせるのはリアルでも同じというわけで…

 

普通にアニメのトワイライトルガさんのようにガバっと食いついてくる形で食べたので、その後の私の左手がバニのよだれでべちょべちょになったのは語(コン回それが多いな)

 

 

 

今のポケモンのジェネレーションでは、すっかり代名詞規模で定着してるに等しいほどイヌヌワンことワンパチが人気になっている。

 

そのワンパチが進化してパルスワンになると、それこそバニと同じビーグル犬に近い感じの姿になっているわけだが、それでもやはり姿の面ではワンパチの方がいいのだろうか…

 

わんこの魅力の基本である『マズルの長さ』があるビーグル犬も忘れないでほしい。

 

戌年にとどまらず、パルスワンの誼も込めて、バニを通してビーグル犬の魅力がワンパチに負けないくらいさらに伝わってほしい次第である…

 

今日もそう思う中で、私にはバニの鳴き声が『イヌヌワン』と聞こえるように思えるのだった。

 

前回訪れたのはコン年度の夏頃だったっけ…

そう思いつつ、私はその日以来の舞台へと足を踏み入れた。

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10年前の春、ポケモンへの本格的復帰のきっかけとの出会いを機に、いつしか多くのゆかりを持つようになった場所、錦糸町である。

前回も同じ目的の寄り道で通ったっけね…

その時は確か、ちょうど恒例のポケモンスタンプラリーをやってて、錦糸町のスタンプだけは記念にとっておこうと思い、台紙とスタンプを貰ったんだよね…





もちろん、私がここに来た理由はコン回も寄り道であり、遠出をした目的は『PowerPointの試験を受けるため』で、それまでかなり時間があったので通ったのだった。

そして、コン回は帰りが遅くなる分、だからこそ出来る事をやろうという事で、ひそかに数年ぶり規模になる事をせっかくなのでやる事にした。

それが『ヒトカラリハーサル』だった。





故郷に戻ってからずっとカラオケとは疎遠状態で、コン日までそれが出来ないままでいたのである。

これからに向けた事がだいぶ進みつちある事と、コン回の余裕があるのを機に私は意を決してヒトカラリハーサルを決行しようと数日前に思ったのだった。

とはいえ、久々というのと寄り道というのもあり、コン回は控えめにしておく事にした。

ひとまず一番歌いやすいのと、新たにリハーサルしようと思ってた楽曲でいこうかしら…

というわけで、錦糸町に到着した後、私は早速カラオケ館に向かった。





コン回リハーサルしたのは、以下の通りである。



歌に形はないけれど

恋愛勇者

leia

ハイドアンドシークNEW

glow

fix

alternateNEW

外見と内面

crack

鳥の詩NEW





コン回は1時間だった事もあり、それほど多くリハーサル出来る状態ではなかった。

他にも新たにリハーサルしたい楽曲はあったが、やはりそれなりに時間をとったので、その中で特に歌いたい楽曲を厳選した。(『End of the world』と『厨病激発ボーイ』、『サイバーサンダーサイダー』、そして以前からリハーサルしてる『メテオ』と『ブラックロックシューター』をコン回諦めた)

わずか30分だけでこんなにも違いが出るのがカラオケというわけで…



またコン回、私は初めて『うたスキ動画』にも挑戦した。

これはカラオケで歌っている様子を録画してそれを共有する事が出来る機能である。

以前から知ってはいたのだが、やはり顔や姿を見せるのは抵抗感があったのでずっと躊躇っていた。

しかし、行動範囲が広がったのを機に、『顔さえ映らなければ、歌声は聞いてもらいたい』と思い、コン回意を決してやる事にしたのだった。

…ところが、ここで予想外の事が起きた。




『うたスキ動画』って、対応してるのとしてない楽曲があるんですと…?

特に、私が一番自信のある楽曲が対応していなかったという事がかなりの痛手になった。

幸いにも、それなりに同じ感じで歌える楽曲があったのでそれで対応をとる事ができ、顔を映さない形で撮影する事もできたのでひとまず『うたスキ動画』は事なきを得たのだった。

やはり、披露するのは『本番』による直がいいという事なんだろうね…

必ず『本番』を再開出来るようにしてみせよう。






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この光景は実に何年ぶりだろう…

将来の本番を意識した中で、ヒトカラを『リハーサル』として本格的な事に活かしていた頃が懐かしいように思えた。

…そう。

これこそが私のやりたかった事の一つなんだよね…


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動画サイトで聞いてはそれをスピード○ーニングのように聞き流しつつ歌い方をさりげなく練習している中で、私はいつもこの時の事を思い浮かべていた。

最後にやったのが少なくとも数年前規模だった事もあり、わずか1時間でも久々に充実した時を過ごせたと私は実感した。

この実感を今とこの後にさらに続けてみせよう。







夕方になり、私はあらためてPowerPointの試験を受けた。

結果は、975点で見事合格。

1ヶ月弱の期間だったにもかかわらず、歴代最高得点で合格を果たした。

これでひとまず、PCの基本は出来るようになったと言う事が出来るであろう。

これに続いて、コン度はJavaScriptやPhysonをメインにした『プログラミング』をやりたいものである。






コン回の事は、今この時もひそかに現れているように、私の新たなこれからへと通じる糧となっていると私は確信している。



私の新たな始まりはここからである。

『アルケミスト』。

 

正式名称は『アルケミスト ~夢を旅した少年~』である。

 

私がこの書籍を知ったのは、数年前の事。

 

錦糸町のくまざわ書店をぶらついていた時に、ふと気になる帯の内容があり、手に取った。

 

開いてみると、それはノベルだった。

 

『なんだ、ノベルだったか…』と思った私だったが、それでも当時はまだわからない理由のもとでそれが気になり、試しにかじってみた。

 

内容は普通に一人の少年(とはいっても、ぶどう酒を飲めているところから少なくとも、二十歳は過ぎていると思われる)が、夢のお告げのもとでピラミッドの近くにあるという宝物を探しに行くものだったが、それはただの冒険譚ではないようだった。

 

それは、当時の私からすれば『私が共感するような何かが込められている』内容のように思えたのだ。

 

結局、当時の私が目的にしていた内容ではなかった事と、『立ち読みでは到底読み切れるものではない』という理由でその時はそれっきりになっていた。

 

しかし、その後も何かと『アルケミスト』の事が気になり、時折見かけては手にとって読み漁る事をするわ、ウェブで内容についてのレビューを調べるわと、存在を知って以来、それっきりに出来ないほどあの書籍の事が気になり続けていた。

 

そして存在をしってから数年後…

 

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私はついにそれを購入した。

 

存在を知った時は、小さめのハードカバー版だったが、他にもいくつかの書籍があった中で私はこの角川文庫版の書籍にした。

 

私的には内容の雰囲気から見ると、この表紙の方が雰囲気的にいいような気がしたからだ。

 

最初存在を知った時に見かけたハードカバー版もそれなりによかったのだが、その後に知った角川文庫版の方がそれ以上によかったと感覚的に思い、意を決してこれにしたのである。

 

あえて言うなら、ゆくゆくはこの書籍のハードカバー版とシンプルカバー版を買おうと思っている。

 

 

 

 

『アルケミスト』には、時に万人に当てはまるような多くの名言がちりばめられている。

 

それは時に、詩文のように『1回読んだだけでは本質がつかめない』名言もあったりする。

 

その中で、私がある時に気になったのがこのフレーズだった。

 

 

『幸福の秘密とは、世界のすべてのすばらしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ』(アルケミスト 40ページから抜粋)

 

 

このセリフが意味するものをあらためてつかんだ時、私はある事に初めて気づいたのだった。

 

私はこのセリフの意味を、まさしく『今の私自身に投影する事が出来る』のに気づいたのである。

 

ここで言う『世界のすべてのすばらしさ』とは、私なりの考えで言うなら、『新たに知り、そして気を向けた事』。

 

そして、ここでいう『スプーンの油』というのは、私なりの解釈で言うなら、『既に持っているもの』を言うのだと思う。

 

その後に書かれていた内容がこのセリフの意味をわかりやすく説明していたが、それを通して私はこのセリフの事がまさしく今の私にも当てはまる事に気づいたのだった。

 

特に、一番それを実感したのが『スプーンの油が意味するもの』だった。

 

故郷に戻ってやり直しの時期を過ごしていく中で、私は市川にいる間に『スプーンの油』に相当するものをひそかに忘れていた事にあらためて気づいたのである。

 

このセリフの意味を通して、私にとっての『スプーンの油』とは、『故郷の事』と『市川にいる間に忘れていた存在全て』だったのだとあらためて実感した。

 

 

 

 

今思えば、私は市川にいる間、やがて限界が訪れるとひそかにわかっていながら、それをどうにかしようとせず、ずっとそこから逃げていたのだとあらためて思う。

 

そしてそうした中で、いつしか狭い世界に閉じこもり、しがみついたまま、『やり直す事に通じるためにやるべき事』が出来る場所として既にあったところ…いつでも心の隅に残されている形で持ち続けていた『大切に思える存在』…その全てがある、『私の故郷』というスプーンの油の事を私はずっと忘れていたのである…

 

 

 

 

 

今私は故郷に戻ってよかったと思っている。

 

戻って早々は色々と地獄を見るような日々を過ごしたが、それもいつしか乗り切り、ようやく2015年に誓った『本当の生き方』に向けた事に向かって進んでいる。

 

これも全ては、私がずっと忘れていた『スプーンの油』である『私の故郷』に戻り、『故郷にある大切な存在』を思い出せたからである。

 

忘れていた『既に持っている大切な存在』を思い出せた事と、それを通して気づいた事は私にひそかな幸福を実感させる事に通じていったのだった。

 

それを今まで以上に実感出来たのならもうやるべき事は決まっている。

 

今この時から、私の全てを変え、新たな私へと進んでいくもと、『スプーンの油』と共に『世界のすべてのすばらしさ』を味わえるようになる事だ。

 

コン度は『スプーンの油』も大事に持っていき、それと共にさらに新たな世界を広げていく形で『世界のすべてのすばらしさ』を味わっていこう。

 

その時は『スプーンの油』のように、もう既にそこにあるようにもうすぐ訪れるのだから…

私、狐音ナオの出身地は、千葉県。

 

そして飼っているわんこは…

 

 

 

 

 


 

 

 

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スヌーピーのモデルである『ビーグル犬』である。

 

柴犬においては、私が生まれて初めて認識した飼い犬として一応飼ってはいた。

 

 

 

現在の飼い犬のビーグルで、名前は『バニラ』

 

名前の由来は、買ってきた帰りに立ち寄ったミニストップで食べたバニラアイスを母が気に入ったからだった。(当時、私を含む名付け親はそれぞれの舞台にいていなかった)

 

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バニラは、歴代で言うと、柴犬の後に飼っていたコッカ―スパニエル(と思われる感じだったはず)以来のメスのわんこである。

 

メスのわんこといえば、オスと比べておしとやかなイメージがあると思うが…

 

 

 

 

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バニラにおいては見ての通りである…

 

ビーグル犬は、活発な性格なのだが、バニラにおいては誰かがいないと基本的にこんな感じでいる事が多いのである。

 

無論、誰かが近くに来れば一気に活発モードにはなるが。

 

ビーグル犬の場合、自由に走り回れるドッグランが必要なのかしら…

 

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バニラはどうも写真が苦手らしく、他のアングルに行こうとすると決まって同じ方向に向いてしまう。

 

バニラのフォトで正面からが多いのはこれが理由なのである。(他にも、カメラを向けるとメスゆえの事なのか、顔を下に下げてしまったりする)

 

 

 

そうした中で、私はどうにかバニラの隙を狙って正面以外のところを撮影しようとした。

 

その結果…

 

 

 

 

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バニラのお尻、通称『バニけつ』を撮った結果に通じたのだった。

 

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寝転がってる時もそれを狙って撮影した結果がこれである。

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このアングルは、バニけつと大食漢なバニラを象徴するポッコリお腹を同時に撮影していたアングルである。(ビーグル犬は

猟犬ゆえによく食べる)

 

ちなみに顔の方はというと…

 

 

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見ての通りである。(どんな通りだよ)

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誰かがいる時にバニが横になっていると、大概こういう状態になる。

 

直に構ってくれるのが私だけという事と、メスであるからなのかしら…?

 

 

 

 

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もちろん構う時は、こういったスキンシップも忘れずに。

 

こうやって撫でまわす事が基本ではあるが、時に『ミンクシップ』のようなガルチュー状態になる事もある。(伝わる人には多分伝わる…はず)

 

 

 

 

バニラの正面以外のアングル撮影を目指した中で撮影したバニけつは他にもある。

 

 

 

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通称『バニラもち』

 

遠くから離れたところでズーム撮影したがためにブレているが、こうしなくては近づいた瞬間に気配を察知して起きてしまうのでこうなったのである。

 

ぽっちゃりしたボディはお尻にも現れているのを強調している『バニラもち』。

 

バニラの貫禄を伝えているおもちと言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

わんこというのは基本的ににゃんこのようにお腹を防御するために丸まって寝るのが多いが、安心しきった状態になると人間のようにお腹を見せるように寝る事がある。(アニメでのトワイライトルガさんがその例)

 

そしてそれはバニラもそうである。

 

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そのトワイライトルガさんもしていた『お腹を見せるような体勢』で寝ているバニラのお腹を映したフォト。

 

見ての通り、バニのポッコリお腹が伝わるだろう。

 

このお腹は正直、叩き甲斐のあるものでボディーパーカッションにもなる事が出来る、(ただし、バニは数秒で嫌がる)

 

 

 

ちなみに…

 

 

 

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お腹のフォトがあるなら背中のフォトもある。

 

背中からも自然とぽっちゃり感を思わせるような貫禄を覚えると言っていいだろう。

 

これほどの貫禄は、間違いなく歴代飼い犬最大である…(メスですけど、一応)

 

 

 

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再びご披露、バニけつを基本としたバニの後ろ姿である。

 

バニは時折他の事に気を向けてカメラを向けていても後ろを向いている状態になる事があり、その時が正面以外のアングルを撮影できるチャンスなのである。

 

それでも結局これが精一杯ではあるのだが…

 

 

 

 

 

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ここを離れていた頃からわんことのスキンシップに憧れていた私にとって、バニの存在はそれをあらためて実感させてくれる存在でもあった。

 

バニとのスキンシップは歴代の飼い犬を超越するほど、それ以上にわんことのスキンシップの良さを実感させてくれるものだった。

 

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わんこは表情をしっぽで表す動物だが、撫でてる時のバニの表情は間違いなく、表情を顔で表していると実感できるものである。

 

 

 

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撮影の瞬間にバニが舌を出したのを偶然に撮影したフォト。

 

バニはこれまでの飼い犬と違って、なぜか舌でなめてこない。

 

わんことしては、私達で言えば『手で撫でる』事を意識していると思われる形で顔ペロを基本に舌でなめてくる仕草をするはずなのだが、バニはなぜかやってこないのである。

 

それでも、舌を出してくる仕草でも十分かわいいのは事実だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

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マズルの長いわんこ系統の動物は何かと『横顔』に魅力を覚えたりする。

 

バニもその一人。

 

横顔からも表情としての顔が伝わってくるのがわかるであろう。(ただし、個人の感想です)

 

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こういった黄昏ているような表情でも魅力が伝わるのがマズルの長いわんこ系統のいいところなのだ。

 

 

 

 

 

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バニとのスキンシップは、バニの顔の表情を基本に癒しを与えてくれるものである。

 

それはきっとバニも同じ…

 

 

 

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バニのこの表情。

 

これこそが『笑顔』というものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

先ほどお腹だけを見せたバニが寝転がっている状態。

 

それだけというのも何なのでどうにか全体像を撮影した。

 

何せ、寝転がってる状態で撮影しようとすれば、その瞬間に起き上がってしまうというお約束がありまして…

 

少しの間起き上がる気配がない瞬間を狙い、私は何とか撮影した。

 

 

 

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先ほど載せたフォトにもあるように、バニは仰向けの状態でそうなるのだが、こういう時は決まって寝返りをうってしまうのでどうにか寝転がってる状態を撮影出来たのでコン回は精一杯だった。

 

それでもコン回は、どうにかバニの寝転がりシーンが初めて全体規模で撮影出来た方だと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

One more thing…

 

 

バニラも歩けば…

 

 

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『もう歩きたくない』と地面に這いつくばる。

 

活発に動く身でありながら、散歩でしばらくしていると決まってこうなるのである。

 

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私達人間よりは歩いても疲れにくい足ではあるにせよ疲れる時は疲れるのが生き物というものなのだろう。

 

とはいえ、元々活発なわんこであり、もとい歴代飼い犬を超越する貫禄ありありのポッコリお腹なんだから、普通に歩いてほしいぜよ~!

 

 

 

そう遠くないうちに、バニが自由に走り回れるドッグランに相当するスペースを作るのがいいかな…

 

 

コン回の撮影とバニの貫禄を前に私はそう思ったのだった。

 

 

必ず今よりももっといい環境にしてあげるから待っててね、バニ!

今日は9月27日。



昨年からここで宣言した通り、9月27日は



9= 2= 7=





…という事で、『狐の日』である!





これについては以前から気づいていたのだが、昨年あらためてここで公表した。

鳴き声を語呂合わせした形では5月5日と5月8日もそうなったが、コン回は『名前を語呂合わせした形』での日である。

 

ちなみに、そういう形で当てはめるなら犬においては『1=い 7=ぬ』で1月7日、猫の場合は『7=ね 5=こ』で7月5日にする事が出来る。(これを書いてる時にリアルタイムで思いついた)


コン回は、私がきつねさんに目覚める事に通じた中で行った事を述懐する。キラキラクローバー



私がきつねさんに目覚める2か月前…

 

 

 

私は『あの挿絵のイラストでもっときつねさんを描いてもらいたい』という望みのもと、意を決してきつねさん関連の話を本格的に創作しようと決心した。

そのイラストがこれである。

 

 

 

 







あらためて思う事は、やはり私がきつねさんに目覚める事はこのイラストなしには語れなかったという事である。

 

実際、キツネノベル本編と、目覚めに通じる決定打になったのは別の方にあるのだが、それさえも『このイラストというきっかけを介さなければたどり着けなかった』という意味で、このイラストの存在は大事なのである。

 

もしも『このイラストできつねさんを描いてもらうためにきつねさんの話を本格的に創作しよう』と思った事がなければ、『きつねさんへの関心そのもの』さえないまま終わっていたであろうと今となってあらためて思う。

きつねさんへの目覚めも、それに通じるキツネノベルの創作も、全てはこのイラストあってこそなのである。


そして8月…ヒマワリしし座キラキラ

 

 

 

私はあらためて創作をスタートした。

当初はエブリスタに投稿しようと思っていたのだが、『リアルでやった方がこれからのやる気に通じるかも…』と思い、私は意を決してリアルでの執筆を決意した。

展開のプロットはピンキリでまとまっていたので、書き進める事が滞る事はなく、その中で新たな内容を思いつく事もあって創作はスムーズに進んでいった。


その時に、作業用BGMとして『keeno』さんの楽曲を聞いていたのは、今でもそれを聞くとあの時の感覚を思い出すほど鮮明に覚えている。

それを考えると、keenoさんの楽曲も2015年を象徴するものの一つとして言っていいのかも…


当時は、働きながらというのもあり、創作はそれなりにだいぶ時間をかけて進める事になった。

 

とはいえ、働きに行ってる時も、思いついたその後の内容をすかさずメモしておくという形で進めていたのでそれなりに意味はあった。(マイペースにやれる状態だったのも功を奏したと言っていい)


それでも、何かとペースの浮き沈みが激しい中で創作は進んでいたのだけは事実だった。

その背景としては、今となって思い当たるのはやはり『取り組む事』にあったのだと私は思う。

私の場合、『最初のスタートを切れるか』で物事を進める事の全てが決まると言っていいのかもしれない。

 

一度始めればそこからはゾーンに入ったように没頭できるのだが(実際夜中の1時まで書いてた時もあった)、肝心のスタートがなかなか出来ないというのが私が物事をやる事においての欠点だった。

 

そしてそういうスタートの遅れや、内容が予想外に広がったものあり、書き上げたのは4週間後だった。

しかし、それでも、見事私は最後まで書き上げる事が出来たのである。



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これが当時書き上げたキツネノベルの原稿である。メモ本


書き進めていくうちに展開や内容が広がっていき、書き終えた時には『246枚』になっていた。

今思えば、よくここまでリアルで書けたものだと私は思う…

これ以前にもリアルで書いた事はあったのだが、結局途中で中絶してしまった。

それを踏まえれば、これは間違いなく『初めてリアルで書き上げたノベル』だったと言えるであろう。


この話の内容は大まかにざっくり言うと、『それぞれの心の傷を抱えたきつねさんと青年が救われるまでの話』で、着想元となった話の内容に対して『こういう感じできつねさんを悲しみから救ってあげたい』という思いのもと、きつねさんの心の救済と、それを通じた青年の生き方の救済を描いたノベルである。

この話は、『相手を救ってあげる』という事をテーマにしたもので、『私だったらこうゆう感じで救ってあげたいなぁ…』という着想のもとで作り上げたものである。

そして、この経験は、きつねさんへの目覚めと共に、私の今とこれからを大きく決定づける事に通じていったのだった。

その話を書き上げた後も、『その話に込めた思い』はさらに広がるように続いていった。

そして、私はこれまで生きてきた中でずっと抱いた事のなかった決心を初めて抱く事となったのだった。



『この話のように私も誰かを本当の形で救ってあげられる存在になろう』

 

 

 

きつねさんへの思い入れと、それを込めて描いたキツネノベルを通し、私は魂規模でそう決心したのだった。

 

そしてその決心は、その後も『私の存在と行いを色んな形で還元し、貢献させていこう』というさらなる決心へと発展していき、私は初めて『本当の生き方』を見出したのだった。

 

そしてそれは、きつねさん関連にとどまらず、同じ年に新たに関心を向けた事などにも及ぶ規模で、私の世界を今までを遥かに越える規模で大きく広げていったのである。

 

 

 

 

 

今の私に通じる事としておいて、2015年にリアルで書き上げたこのキツネノベルの存在は大きい。

実質書き上げただけで終わったに等しいものだったが、その時に実感した『成し遂げたという事』と、このキツネノベルを通して築かれた『本格的な思い』は、間違いなく今の私をその時以上に築いていると言えるであろう。

 

 

 

2015年に行ったキツネノベルの創作と、それに込めた思いは後に私に初めて『本格的な思い』を抱く機会になったのだった。

 

それはきつねさんへの関心や思い入れを基本に、私が関心を向ける事に対する『本格的な思い』を持たせる事に通じていったのである。


それ以降、私はきつねさん関連に限らず、色んな分野での文芸作品を本格的に構想して、実際リアルで書き上げる事もするようになった。

現に、キツネノベル以降にリアルで書き上げたのもいくつかある。

とはいえ、これも突き詰めて言えば『ようやく始められた事』。

近いうちにこのキツネノベルを書いた時と同じような積極性のもとでこれからの本格的な行いを再びやれるようにしてみせよう。







今の私はこの出来事とそれに伴う本格的な行い、そしてそれをやり遂げるという経験がなかったら、今の私どころか私にとってのこれからはなかったと言えるほど2015年のきつねさんへの目覚めを機に今までとは全てが違う新たな世界を築きつつある中にいる。

 

きつねさんとは別の事における本格的な思いを抱くものも幅広くあるが、それさえも『きつねさんへの目覚めを通した本格的な思いを抱いた事』がなければ気を向ける事すらなかった以上、今の私は他でもない『きつねさんがいたからこそ築けた事』なのである。

きつねさんによって見つけた『本当の生き方』と、それを通して新たに気づく事が出来た『多くの可能性』を今もこれからも活かし、そして形に出来るようにしてみせよう。

もちろん、きつねさんにとどまらない幅広い事においてもである。

 





現在、このキツネノベルの原稿はこのような状態でしまわれている。

書き上げた以上は、それだけで終わらせちゃいけないのも事実…

 

とはいえ、だとしたらどうしようかしら…

…いずれはこの原稿をコピってホームメイドで製本して誰かにあげるっていうのをしてみようかしら…

ともあれ、まずはそれも出来るようにするために今やるべき事を進めていく事が先である。

 

きつねさんを愛し、きつねさんに導かれた者として、必ずキツネノベルを書き上げた時のように、それに通じる今やるべき事を果たしてみせよう。

 

きつねさんが示した『本当のこれから』は、もうすぐである。

 

 

 

 

きつねさん、私頑張るよ。

 

必ず、ここで描いた以上の今とこれからを築くから、待っててね、きつねさん!キラキラコスモスクローバー桜キラキラ