今日は語呂合わせというのもあり、『財布の日』お金¥

 

というわけで、コン回は本邦初公開という形で、私が使っている財布を紹介します!

 

私が使っている財布はこちら。

 

200310_105418_ed.jpg

 

これは、『レスぺランス』という名前の長財布で、2014年11月頃に購入したものです。キラキラキラキラ

 

コン回のブログネタのテーマで言うと、私にとっての最近はこのレスぺランスを買った6年前になります。(時系列的に見ても『最近』って表現できる規模じゃないよね、それ)

 

ぱっと見、ブランド財布のような高級感がある財布ですが、これでもかなりリーズナブルな価格で買う事が出来ます。(価格の変動あり)

 

この財布は、私にとってひそかに大きな変革をもたらした財布でもあります。

 

この財布を手に入れてから、今まで私が抱いていた『金銭面に対する意識』というのが大きく変わりました。

 

これまではお金を手に入れるには働いて稼ぐ以外ないとずっと当たり前のように意識していたのですが(むしろこれが基本)、この財布を手に入れた後、不思議と私の身の周りで『働いて稼ぐ事に限らない正当な形でそれを手に入れる事が出来る』という事を色んなところで知るようになり、いつしかお金に対して様々な可能性を見出す意識を持つようになっていました。

 

こうした事は、レスぺランスを手に入れるまでは思いつく事さえなかったほど考えになかった事であり、まさしく今私が確信するように持っているお金に対する意識は、この財布に出会ったからこそ築く事が出来たと言っていいでしょう。

 

 

 

お金もそうですが、手に入るものというのは職業、今の境遇問わず、『私自身の内面の意識次第』なのだと私は思っています。

 

現実的な理由があってもそれさえ『そういった事になるように自分を追い詰めてまでわざわざ意識しているから』であり、今この時の積み重ねを通して『私自身の内面の意識』を変える事で、今はまだ気づいていないに過ぎない意外な形でそれを手に入れる事は出来るのだと私は確信しています。

 

ひそかにこの財布がもたらした意識改革は、お金だけでなく、それにとどまらない『本当に望んでいるものを手に入れる事』に対しても可能性を見出す事に通じました。

 

多くの人は、そういった事は『(主に『現実味のある』)根拠がない』という理由で信じるどころか気を向ける事すらしないでしょう。

 

しかし、私個人の見解ではありますが、『根拠がない』というのは、『確信出来る根拠がない』だけでなく、それと同時に『だからといってそれを完全に否定出来る根拠もない』という事でもあり、そうである以上は『結果的にどちらを意識的に選ぶか』という事なんだと私は思います。

 

今の状況を出来るなら、今よりも少し良くしてみたいと思っているのでしたら、今からでも積み重ねの始めとして『本当に望んでいる事』を意識してみるのはどうでしょうか?

 

とはいえ、そういった事を確信してるならば、まずは他でもない『私自身がそれを実際形にして証明する』事からです。

 

そうした事に通じる経験をしている身であり、今この時もそれに通じつつある中にいる以上、必ず果たしてみせます!

 

レスぺランスは、フランス語で『希望』という意味だそうです。キラキラキラキラ(スペルでは『L'Esperance』と書き、冠詞をつけていない時は『エスペランス』というそうです)

 

この財布はまさしく、私に『可能性を見出す』という形で希望をもたらしてくれた存在だと言えます。

 

この財布が気づかせてくれた可能性のもと、今まで以上に多くの希望を見出せるようにしてみせます!

 

そうなれたら将来、この財布を他の人にもあげようかなぁ…

 

 

みなさんはどんな財布を愛用していますか?

 

 

最近いつサイフ変えた?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

2月23日。

コン年度からこの日は、新たな記念日となった。

11年前のこの日…

私は、それより先に新たな記念日となる時を迎えたのだった。

 

 

 

今日は私のブログ開設日であり、ブログそのものを始めた日である!

 

 

というわけで、本日ブログ開設11周年を迎えました!キラキラキラキラ爆  笑お祝い虹

 

当時と比べて投稿は大幅に減りましたが、今はそれなりの事情があるので、必ずコン年度からここにも色々投稿できるようにしてみせます!

 

 

 

 

 

昨年度は、9年前に一旦踏み入ってから3日でやめて以降それっきりになっていたTwitterを再始動する形で始め、普通に考えれば間違いなくそっちに投稿する事が多かったというのは事実…

 

とはいえ、例えTwitterをやっていなくても、当時の私は色んな事を1からやり直してる段階にいたのもあり、どっちにしろブログに投稿するほどの事自体していなかったので、投稿そのものはしておきたいという中でそうしていたと言えばそれなりに何とかなるやろか…(聞くな)

 

私がウェブ上での交流を始めたのは他でもないブログからでした。本

 

当時はTwitterの存在自体知らず、ブログを始めてしばらくした後にそれよりももっと手軽に投稿できるものがあるという形でさりげなく知ったのですが、『マァ、ブログがあるからいいか』といった感じで、当時の私は世界が狭かったのもあり、あくまでブログでの投稿や交流をメインにしていました。

 

今となっては、ブログでの経験でも将来的に幅広くウェブ上の事をする上でのいい学習機会になったと思ってます。!!

 

ブログを通して色んな事を経験していく中、ずっと狭い世界でとりあえずの事をしていた私の世界は少しずつ確実に広がっていき、やがて後の事に通じる基盤になる糧も築いていく事が出来たという事を、Twitterを再始動した事においても実感してるほど、ブログでの活動はそれ以上の意味を成していたとあらためて思います。ウインクアップキラキラキラキラ

 

 

 

 

そんな今、私は昨年再始動する形で始めたTwitterの方に移る事が多くなり、『投稿したい内容は大部分ここで足りる気がする…』と思い、ブログでの投稿がさらに少なくなったというのも実感してる次第…

 

ブログに浮上しなくなった人が、Twitterの方で当たり前のように活動していた理由があらためて本人になった規模でわかったのも昨年の事でした。

 

 

 

しかし、私はTwitterを始めても、あくまでブログもあらためて活かしていこうと思っています。ニコニコ

 

Twitterで投稿をしている中、私はあらためて実感した事がブログにおいてある事に気づきました。NEW!!

 

それは…

 

『ブログだからこそ書ける内容があり、ブログだからこそ出来る事がある』、という事です。

 

Twitterは文字数が140文字に限られており、時に文字数が足りなくなってどうにか削っても書ききれない事があるのも普通に目立っていました。

 

何より、Twitterはブログのエントリーと違って投稿したものはその後は真っ先に流されてしまい、モーメントに残しておきたいものもなかなか見つからない形で見失ってしまう事もしばしばあります。

 

ブログの場合は、月別や年別など色んなジャンルで分ける事ができ、エントリーを最新投稿で流してしまっても見つけやすいというメリットがあります。

 

Twitterを再始動した事は、同時に『ブログだからこそ出来る事にあらためて気づく機会になった』事にも通じました。

 

Twitterは手軽さやシンプルに伝える上において優れている中、ブログは文字数だけでなく、画像を複数載せたり、Twitterでの載せ方では描ききれない色んな形で出来る事があるなど、Twitterもブログも一長一短があるのだと私はあらためて実感しました。

 

 

 

コン年度は昨年度から積み重ねている事を糧に、あらためて色んな事を幅広くスタートする年にしていこうと決心しております。

 

コン年度になって早々に、新たなきっかけを幅広く得る事が多くありましたので、その勢いも糧に今からもさらに進んでいこうと思います!宝石緑キラキラ宝石紫キラキラ宝石赤キラキラウサギ

 

その中には、『ブログを今まで以上に活かす』というのも含まれています!

 

私がこれから体験した事やそうした中で思った事を、Twitterでは描ききれない規模で描く事が出来るここで今まで以上に披露出来るようにしていこうと思います!

 

『述懐』は、『心の内を述べる』という事でもあり、ここもそれを幅広く述べる事が出来る場所なので、それをブログだからこそ出来る事を活かして行っていきます!

 

新たな記念日と同じ日になったブログ開設記念日と共に、あらためてこちらでもよろしくお願いします!爆  笑

 

除夜の鐘と共に、いつもと違う中で迎える日付の変わり時。

 

どんなにこうした時を迎える事があっても、コン回という時と同じ実感をする事はない。

 

こういう実感とは、まさしく今この時しかないのだから…

 

そしてコン回も、除夜の鐘の音と共に、この時を迎えたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

2020年でえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 

むきょおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーイ!!

 

ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアスティス!!

 

 

というわけで、あらためまして2020年、あけましておめでとうございます!NEWクラッカー鏡餅おせち門松ねずみ

 

昨年度は一日千秋のような感じで過ごしたもと、今まで以上に色んな事があったと実感した1年でした。

 

こうした経験は、ひそかに今までなかったと言っていいような実感でした。

 

それも、昨年度はひそかに『今までと違う新たな事に通じる中で日々を過ごしていたから』なんだとあらためて思います。

 

過ごし方がいつもと同じでも、『その中に新たな事やいつもと違う事に通じる行いをさりげなく導入する』事によって、いくつになっても一日千秋のように長く濃密に充実した日々を過ごせるのだと昨年を通して私は初めて実感しました。

 

そして昨年度、私は1年を通してひそかに大きな変化や進展を遂げる事にもなったとも実感しています。

 

昨年度は色んな事がありましたが、そうした中で私は今まで以上に本格的に色んな事を行い、時には試練を乗り越え、いつしか今までとは違う在り方に通じていると実感した中で日々を過ごしてきました。

 

そして、年末にその時を振り返った時と、今こうして新たな年を迎えた時に、『2018年の記事でも宣言した通り、間違いなく私は根本的に変われている』とあらためて確信を持ちました。NEWキラキラ

 

まだ私が目標にしているところは半ばですが、それさえも『あと少しだ!』と実感するほど、確実に前進している中でその時に近づいているほどの今までにない変化と進展を成し遂げたと私は確信しています!

 

それをひそかに強調しているように、コン回私は初めて『ブログを会話口調で書く』という事に挑戦してみました。

 

当時はブログを小説のような口語筆記体で描いていたのですが、あらためて読み返してみると、どうも読む側が退屈感を抱くような雰囲気だと気づき、昨年の時に『令和に移行した誼も込めて今更だけど、もっと退屈しない書き方にしよう』と、ブログを始めて10年目にようやく決心しました。

 

ひとまず、今はこれが手一杯かしら…

 

コン回の記事をスタートに、記事をこうした感じで書けるようにしてみせるのも一つの目標です。

 

もちろん、まだ口語筆記体で書く事もあると思いますが、その時も『ここは会話口調で書けるな…』と判断したものは積極的に書いていくようにします!

 

全ては『少しずつ、焦らず、確実に進めてこそ出来る事』なのです!

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、元日という事も込めまして本邦初公開、私が毎年担っている『雑煮作り』で作っている雑煮を投稿します!

 

 

実家での雑煮作りは、私が担当しており、毎年身に余る光栄な絶賛をいただいています。

 

雑煮を作る時、私は味付けは『大雑把な目分量』でやるのですが、なぜかそれでも奇跡的に毎回規模でちょうどいい味付けになるんです…

 

もちろん、いきなり豪快に入れる事は控えて、それなりに入れたら一旦止めて味見をしてそこから少しずつ加えていく形で調整しています。

 

ちなみに、コン回は珍しく一発の目分量で合格になったという…OKびっくり!!

 

 

 

 

箸の向きからもわかると思うが、今私は箸を左手で使っています。

 

昨年、ある事をきっかけに、『私はそもそも右脳型だし、令和に移行した誼も込めて左利きにシフトしようかな…』と思いつき、それから箸を基本に左利きに挑戦するようになったのです。

 

そのある事の一つが、『左手で箸を持ったら、自然に正しい持ち方になった』のがあります。(事の発端はまた別の理由です)

 

ひそかに私は右手で持った時に、間違った持ち方のままその使い方に慣れてしまい、正しい持ち方に矯正出来ないほど右手で正しく箸を持てなくなってしまい、それ以降数十年間ずっと間違った箸の持ち方でい続けていました。

 

そうした中で、試しにやってみた事すらなかった左手で試しに持ってみたら何と、動かし方さえも自然に出来るほど正しく持つ事が出来たので、この時からも『私って左利きなのかも…』とあらためて思い、今も表れてるようにこうなるに至ったのです。

 

 

 

 

雑煮の具材の一つといえば、おせち料理の具材の代表の一つでもある『里芋』。

 

この里芋は、私が畑で育てたもので、昨年の未曾有の異常気象を乗り切り、何とか無事に収穫出来たものです。

 

実家の畑で育てた里芋を雑煮にするのは以前から続いている定番ですが、コン回はこうした背景があるもと、今まで以上にその良さを実感した次第です。キラキラニコニコキラキラ

 

コン年度も、これに続いてたくさんの里芋を収穫してみせます!

 

 

 

 

 

というわけで、今日から2020年。

 

コン年度は、オリンピックを基本に、色んないつもと違う事が幅広い規模で起きる年。

 

令和初の新年の誼も込め、今までとは違う気持ちのもと、皆さんも『新たな事』を基本とした色んな事を築いていきましょう!

 

もちろん、私もです!

 

あらためまして、コン年度もよろしくお願いします!

 

こやーん!

 

 

 

今年の抱負は?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

…今って冬だよね?

 

この日を迎えて最初に思ったのがこれだった。

 

今日は冬真っ只中にもかかわらず、早朝から普通に暖かかったのだ…

 

大袈裟ではなく、コン年度は明らかに季節がズレたりぐちゃぐちゃになっている事が明確になった瞬間だった。

 

 

 

そういうわけで、今日は大晦日。

 

コン年度は、いつも通りの過ごし方をしてたにもかかわらず、『ようやく年末を迎えた』という一日千秋のような感じだった。

 

いつも通りの過ごし方をしているならば、基本的に『もう年末か…』と自然に思うはずなのだが、コン年度はごまかす事なく、自然に思える規模で『ようやく年末か…』という実感になったのだった。

 

ひそかにこういう実感はこうした中では初めての事だった。

 

コン年度私がそう思えた理由は、前の記事にも書いたが『コン年度は、いつも通りの過ごし方をしている中で、濃密な過ごし方をしていたから』なのだと思う。

 

いつも通りの過ごし方をしている事は普通に気づいていたのだが、決して適当に過ごしていたわけではなく、同時に変わる事のない日々を重ねているのでもなかった。

 

…そう。

 

まさしくそうなのだ。

 

コン年度の私は、まさしく今まで以上に濃密な日々を過ごしていたのだと確信できる。

 

しかもそれは、『今までそうなった事がなかった事を体験した』という規模でである…

 

その濃密に過ごした実感の背景は、『新たな方に向かう変化と進展の中で過ごしていたから』だと私は思う。

 

コン年度は、一念発起する形で色んな事を身に付け、その中で新たなきっかけや機会を幅広く得る事がひそかに目立っている年でもあった。

 

あえて言うならば、私としてはコン年度ほど本格的に色んな事に取り組んだのは今までなかった事だった。

 

いかに2015年になる前の私が適当に過ごしていたかをコン回の事を通してあらためて痛感した。

 

結局、今までの私は好きな事さえ本格的に取り組まない中で過ごしていたのだとあらためて思った。

 

これが『本格的に取り組む』という事なんだと私はコン回の事を通して『初めて』実感したのだった。

 

 

 

こうした事は、私が以前からやろうとして滞っていた事にもひそかに及んでいた。

 

それなりに今でもやれる事を探しては気力があるうちに進めるといった事を昨年度から続く形で始め、今ではそれなりに取り組めるようになった。

 

その進展は、『その場で思いついた新作を作り上げる』という事を果たすほどにまで及んでいた。

 

ただでさえ構想済みのネタをそれっきり放置していた私にとっては、こうした事は今までにない快挙だった。

 

もちろん、それなりに滞る事もあったが、それでも再び取り組む事に通じる形で積極的に創作を進めたり、取り組む事を今まで以上に行う事が出来たのだった。

 

 

 

創作のモチベーションは、『私がTwitterを始めた』というのが大きく影響しているとあらためて言う事が出来る。

 

これからへのモチベーションとしてもっと幅広く知ってもらいたいという事で、Twitterを再開する形で始め、そこから色んな事と初めて出会い、今やっている創作にとどまらず、新たに始めようと決心するきっかけに出会うなど、Twitterを始めた影響は、濃密な過ごし方をした事のもう一つの背景を築いてると今となって言う事が出来る。

 

ひそかに一日千秋のような感じ方に通じる濃密な事は、Twitterにあったりして…

 

 

 

 

コン年度は色んな事に幅広く気を向け、そこからこの後に通じるきっかけをたくさん得る事が出来た1年だったと言う事が出来る。

 

コン年度の濃密な日々と、その中で築かれた事が意味を成しているならば、それを勢いに来年度は一気に進んでみせよう。

 

全ての時が満ちる時は、新たな年と共にすぐそこに来ている。

 

新たな時代を迎えた中で迎える新たな年は、必ず今までと違う、本当の『新たな年』へと通じていく事であろう。

 

全ては始まったばかり。

 

そして全ては、今これからなのだ!

 

 

 

 

 

コン年度は色んな事があった中、皆さんはどんな日々を過ごせましたか?

 

新たな年は、新たな時代と共に訪れる初めての年。

 

それと共に、来年度はさらなる発展と共に新たな舞台へと進んでいきましょう!

 

 

 

BETTER YEAR、より良いお年を!

2019年もいつしか年末。

 

コン年度も昨年以上に色んな事がある年だった。

 

コン年度、特にそれを実感したのはやはり『令和の時代に移行した』という事であろう。キラキラ

 

私が新たな元号を迎える事になったのはこれで2回目だが、コン回ほどそれを実感するような迎え方は前代未聞の事だったというのは確かな事である。クラッカー

 

その時は、まさしく今のような『新年を迎えるのと同じ感覚』で過ごしていた人がほとんどだったはずだ。

 

ちなみに、私はその頃には寝ており、令和に移行してから1時間後に一旦起きて、『あ、令和になったか…』と確認したのを覚えている。夜の街

 

 

 

 

コン年度はどちらかというと、『ようやく年末か…』という感じで、不思議と長い1年のように思える感じだった。

 

コン年度もいつもと同じ日々を過ごす事が多かったにもかかわらず、それでも光陰矢の如しのような感じの進みを覚えず、だからといって、退屈だったわけでもないのに一日千秋のような1年に思えたのだった。

 

その理由はおそらく、『1日1日をひそかに濃密に過ごしていたから』なのだと思う。

 

コン年度、私は再スタートを切るための事を色々取り組み、決して今まで通りの日々を変わらず過ごしている年ではなかったとストレートに言う事が出来る。

 

言うなれば、『ここまで本格的に取り組む事が出来たのは久しぶり、もしくはひそかに初めてだったというほど意味のある過ごし方をしていた』という感じである。

 

コン年度、私は『Word』、『Excel』、『PowerPoint』などの資格を得るのを基本に、『後に通じる事を幅広く行い、そして形にした』という事を果たしており、私は久々に意味を成す過ごし方をしたという実感をひそかに得ていたのだった。

 

そう…これこそが真の過ごし方なのだ…と私は初めて実感した。

 

コン年度のこの時まで、私はいかに意味を成さない過ごし方をキリギリスのようにしていたかをあらためて痛感する事にもなったのだった。

 

こうした『後に通じる事を新たに築き、積み重ね続けていく事』こそが理想であり、何より『真の過ごし方』なのである。

 

コン年度、私は初めてこういう過ごし方をしたからこそ、1年を長く感じるほど濃密過ごせたのだ…

 

 

 

 

 

コン年度は、色々あった中で、ひそかに大きな発展を遂げる事に通じた1年でもあった。

 

コン年度、私が大きな発展を遂げる事に通じたのは、他でもない『Twitterを再開する形で始めた事』だった。NEWキラキラ

 

8年前に試しにやってみて、わずか3日で辞めて以降、Twitterに対しては一方的に否定的な考えを持つほど離れていた。

 

しかし、ある時、ブログを始めたきっかけでもある形で、『この人にコメントを送りたい』という事を機に、そこから『文芸作品を投稿する場所としても活かせるかもしれないな…』とあらためて思い、コン年度の3月、意を決してTwitterを再び始めたのだった。

 

そしてそれは、始めた当時からすれば考えられないほどの発展を遂げる事へと通じていく事となった。

 

その規模は、まさしく10年前のブログからの発展を遥かに超越するほどのものだった。

 

Twitterでは、主にオリジナルのイラストを投稿する人が多く、まさしくTwitterを通してでなければ存在を知る事自体出来ないようなイラストを投稿しているのがたくさんおり、そのイラストを気に入ったのを通して、ブログ以上に様々な幅広い交流をあっという間に広げていく事に発展したのだった。

 

その感覚は、ちょうど10年前にブログを通じて直に会って交流するのに発展したあの頃がバージョンアップして戻ってきたかのようだった。

 

これがTwitterの真の姿なのか…

 

私は8年前には到底思いつく事すらなかった事をコン年度初めて実感したのだった。

 

 

 

Twitterを始めた事によって発展したのは交流だけではなかった。

 

Twitterには、イラストを基本に色んな事を投稿している人がいた。

 

そうした事を通して私は、『私もやってみようかな…』と今まで以上に本格的に思うようになり、これまでは文芸を基本としていた投稿や創作の範囲を、ここに来て初めて『イラスト』『動画』にまで広げていく事を初めて思いついたのだった。

 

元々私は色んなものを投稿してみたいと以前から思っており、もといイラストだって色紙イラストを本格的に作るほど積極的にやっていた頃があった。!!アップ

 

しかし、いつしかそのモチベーションがなくなり、ただ何となく明確なビジョンもないままボーっと生きていた事が当たり前になり、その事をすっかり忘れていたのだった。

 

Twitterは、そんな私に対して新たな境地を築く形でその事を再び想起させてくれるきっかけにも発展したのだった。キラキラキラキラ

 

 

 

 

あらためて思う事は、私にとってのコン年度は間違いなく『Twitterを再び始めた』事によって成り立った年だったと言えるだろう。

 

Twitterを通さなければ、今までの事だけでここまでの発展を遂げる事は決してなかったのは確かな事である。

 

 

 

もちろん、決してそればかりではなく、今はまだそれが取り組めない状態でいる事を基本に、色んなスランプや挫折感が容赦なく起き、その度に立ち止まる事も常にあった。

 

しかし、それでも私は少しずつ今それに通じる出来る事をひたむきに進め続け、今こうしてそれに通じる門出を迎える時に近づいている中にいる。

 

始まった時というのは、一方的にそうなるようになかなかそれに適応できず、ここからいい流れになっていくのはとても考えられないほど未知でカオスな状態がしばらく続くのは普通の事である。

 

しかし、それをわかってさえいれば、それをどっちにしろ体験する事にはなれど、それをうまく乗り切りやすくなるものである。

 

少なくともそれは一時的な事であり、ひたすら耐えきる事でやがてそこから脱却して、その後は新たな最高の舞台が待っているのである。

 

それは『令和の時代』、そして何より『私自身の事』についても同じ事…

 

 

 

全ては『始まったばかり』。

 

全ては『ようやく始められたばかり』。

 

全ては今、そしてこれからなのだ。

 

 

 

 

 

コン年度、Twitterを始めた事から始まった事はきっと今も全ての始まりと、そこに通じる門出を迎えようとしている中にいると私は信じている。

 

そのためにも、今この時にもそれに通じる事を行い、全ての始まりへと通じる来年に向けて進み続けていくだけである。

 

全ては始まったばかり。

 

私のスタートと発展は、今、そしてこれからである!NEWキラキラ虹