2019年もいつしか年末。

 

コン年度も昨年以上に色んな事がある年だった。

 

コン年度、特にそれを実感したのはやはり『令和の時代に移行した』という事であろう。キラキラ

 

私が新たな元号を迎える事になったのはこれで2回目だが、コン回ほどそれを実感するような迎え方は前代未聞の事だったというのは確かな事である。クラッカー

 

その時は、まさしく今のような『新年を迎えるのと同じ感覚』で過ごしていた人がほとんどだったはずだ。

 

ちなみに、私はその頃には寝ており、令和に移行してから1時間後に一旦起きて、『あ、令和になったか…』と確認したのを覚えている。夜の街

 

 

 

 

コン年度はどちらかというと、『ようやく年末か…』という感じで、不思議と長い1年のように思える感じだった。

 

コン年度もいつもと同じ日々を過ごす事が多かったにもかかわらず、それでも光陰矢の如しのような感じの進みを覚えず、だからといって、退屈だったわけでもないのに一日千秋のような1年に思えたのだった。

 

その理由はおそらく、『1日1日をひそかに濃密に過ごしていたから』なのだと思う。

 

コン年度、私は再スタートを切るための事を色々取り組み、決して今まで通りの日々を変わらず過ごしている年ではなかったとストレートに言う事が出来る。

 

言うなれば、『ここまで本格的に取り組む事が出来たのは久しぶり、もしくはひそかに初めてだったというほど意味のある過ごし方をしていた』という感じである。

 

コン年度、私は『Word』、『Excel』、『PowerPoint』などの資格を得るのを基本に、『後に通じる事を幅広く行い、そして形にした』という事を果たしており、私は久々に意味を成す過ごし方をしたという実感をひそかに得ていたのだった。

 

そう…これこそが真の過ごし方なのだ…と私は初めて実感した。

 

コン年度のこの時まで、私はいかに意味を成さない過ごし方をキリギリスのようにしていたかをあらためて痛感する事にもなったのだった。

 

こうした『後に通じる事を新たに築き、積み重ね続けていく事』こそが理想であり、何より『真の過ごし方』なのである。

 

コン年度、私は初めてこういう過ごし方をしたからこそ、1年を長く感じるほど濃密過ごせたのだ…

 

 

 

 

 

コン年度は、色々あった中で、ひそかに大きな発展を遂げる事に通じた1年でもあった。

 

コン年度、私が大きな発展を遂げる事に通じたのは、他でもない『Twitterを再開する形で始めた事』だった。NEWキラキラ

 

8年前に試しにやってみて、わずか3日で辞めて以降、Twitterに対しては一方的に否定的な考えを持つほど離れていた。

 

しかし、ある時、ブログを始めたきっかけでもある形で、『この人にコメントを送りたい』という事を機に、そこから『文芸作品を投稿する場所としても活かせるかもしれないな…』とあらためて思い、コン年度の3月、意を決してTwitterを再び始めたのだった。

 

そしてそれは、始めた当時からすれば考えられないほどの発展を遂げる事へと通じていく事となった。

 

その規模は、まさしく10年前のブログからの発展を遥かに超越するほどのものだった。

 

Twitterでは、主にオリジナルのイラストを投稿する人が多く、まさしくTwitterを通してでなければ存在を知る事自体出来ないようなイラストを投稿しているのがたくさんおり、そのイラストを気に入ったのを通して、ブログ以上に様々な幅広い交流をあっという間に広げていく事に発展したのだった。

 

その感覚は、ちょうど10年前にブログを通じて直に会って交流するのに発展したあの頃がバージョンアップして戻ってきたかのようだった。

 

これがTwitterの真の姿なのか…

 

私は8年前には到底思いつく事すらなかった事をコン年度初めて実感したのだった。

 

 

 

Twitterを始めた事によって発展したのは交流だけではなかった。

 

Twitterには、イラストを基本に色んな事を投稿している人がいた。

 

そうした事を通して私は、『私もやってみようかな…』と今まで以上に本格的に思うようになり、これまでは文芸を基本としていた投稿や創作の範囲を、ここに来て初めて『イラスト』『動画』にまで広げていく事を初めて思いついたのだった。

 

元々私は色んなものを投稿してみたいと以前から思っており、もといイラストだって色紙イラストを本格的に作るほど積極的にやっていた頃があった。!!アップ

 

しかし、いつしかそのモチベーションがなくなり、ただ何となく明確なビジョンもないままボーっと生きていた事が当たり前になり、その事をすっかり忘れていたのだった。

 

Twitterは、そんな私に対して新たな境地を築く形でその事を再び想起させてくれるきっかけにも発展したのだった。キラキラキラキラ

 

 

 

 

あらためて思う事は、私にとってのコン年度は間違いなく『Twitterを再び始めた』事によって成り立った年だったと言えるだろう。

 

Twitterを通さなければ、今までの事だけでここまでの発展を遂げる事は決してなかったのは確かな事である。

 

 

 

もちろん、決してそればかりではなく、今はまだそれが取り組めない状態でいる事を基本に、色んなスランプや挫折感が容赦なく起き、その度に立ち止まる事も常にあった。

 

しかし、それでも私は少しずつ今それに通じる出来る事をひたむきに進め続け、今こうしてそれに通じる門出を迎える時に近づいている中にいる。

 

始まった時というのは、一方的にそうなるようになかなかそれに適応できず、ここからいい流れになっていくのはとても考えられないほど未知でカオスな状態がしばらく続くのは普通の事である。

 

しかし、それをわかってさえいれば、それをどっちにしろ体験する事にはなれど、それをうまく乗り切りやすくなるものである。

 

少なくともそれは一時的な事であり、ひたすら耐えきる事でやがてそこから脱却して、その後は新たな最高の舞台が待っているのである。

 

それは『令和の時代』、そして何より『私自身の事』についても同じ事…

 

 

 

全ては『始まったばかり』。

 

全ては『ようやく始められたばかり』。

 

全ては今、そしてこれからなのだ。

 

 

 

 

 

コン年度、Twitterを始めた事から始まった事はきっと今も全ての始まりと、そこに通じる門出を迎えようとしている中にいると私は信じている。

 

そのためにも、今この時にもそれに通じる事を行い、全ての始まりへと通じる来年に向けて進み続けていくだけである。

 

全ては始まったばかり。

 

私のスタートと発展は、今、そしてこれからである!NEWキラキラ虹