2019年8月4日。

 

コン年度も、ついにこの時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出た~!

 

ブログを始めてはや10年!

 

31歳、なってぃでーーーーーーす!

 

 

 

 

というわけで、今日は私の誕生日。誕生日ケーキプレゼントバースデーケーキショートケーキカクテル赤ワイン白ワイン龍しし座

 

ゆってぃさんがテレビに登場した時に堂々と名乗っていた年齢についに私も到達したというわけである。

 

ひそかに、コン回の誕生日は『令和になって初めての誕生日』だった。びっくり爆  笑

 

私に限らず、5月1日以降の人は『令和初の誕生日』だとひそかに気づいているはずである。

 

コン年度の誕生日を『新たな元号を迎えた中で迎えた』というのは身に余る光栄である。照れ

 

 

 

実を言うと、ひそかに私は新たな元号を迎えた中で誕生日を迎えたのはこれで2回目だった。

 

前回は他でもない平成になった後に迎えた誕生日である。

 

私が生まれた翌年に元号が変わり、ひそかに私は『平成と同じ年齢』で過ごしていたのである。

 

これと同じ例は、昨年生まれた人に当てはまる事である。

 

昨年生まれた人は、1歳=元年になった年になるので、私でいう平成のように、令和と同じ年齢になる事であろう。

 

ちなみに、コン年度の5月1日に生まれた人も、数え年でカウントするならば同じ年齢になる事が出来る。

 

 

 

 

コン年度の誕生日は、決して今まで通りという中で迎えた誕生日ではない。

 

コン年度も無事この時を迎えられた事を基本に、『新たな時代を迎えた中での初めての誕生日』を迎えられたという実感のもと、コン年度の誕生日もとは違う新たな印象を実感のもとで迎えられたのである。キラキラキラキラお祝いキラキラキラキラ

 

そしてコン年度は、他でもない『令和という新たな時代のもとで迎えた誕生日』。おすましペガサス乙女のトキメキ

 

新たな時代を迎えたならば、それに続いて私も今までを遥かに超越する新たな私として今とこれからを築いていく存在になる時である。

 

昨年と比べて、今の私はどこまで変われているのかは定かではないが、少なくとも言えるのは…

 

 

私は今、確実に進展しており、確実に変わりつつある、という事である。

 

 

 

もちろん、進展や変化は確実に起きている中にはいるけど、まだ『完全に変われている』とは言えない。

 

今の私は、まだ『今までの私』という殻に覆われたタマゴを割ろうとしている中にいる状態。ヒヨコ

 

新たな時代に続いて、私が新たな存在として生まれ変わるのはこの後である。虹おすましペガサスキラキラキラキラ

 

誕生日と共に、私はコン年度の夏、全てが新たな私として真の誕生を果たしてみせよう。キラキラNEWキラキラ

 

全てはもう始まりつつある。

 

その時はすぐそこである。

 

 

 

 

令和という新たな時代と共に…

 

私自身も全てを新たに、全てを始めてみせよう!

6月。

 

漢字で表すと水無月。

 

思いっきり梅雨シーズンで、むしろ水『有』月というのがいいように思えるのだが…

 

もしくは、『空にある水分が梅雨による雨の頻発によってなくなりやすくなる月』だから水無月というのだろうか…

 

アニメの影響もあり、6月は真っ先にアメリちゃんの月と思う日々である。

 

 

 

 

そんな6月に対して多くの人(特に学生)がひそかに抱いてるイメージは、『祝日がない』という事であろう。

 

8月も当初はそうであったが(夏休み期間という事でそういう実感はなかったと思うが…)、その8月でさえ『山の日』という富士山が待望の世界遺産に登録されたのを機に制定された祝日が加わり、待望の祝日のある月となった。

 

そういう事もあり、これで唯一祝日がない月をいまだに続けているのが他でもない6月なのである…

 

 

 

そんな中、条例規模であるが、6月にも祝日に相当する日が私の住む千葉県にある。

 

それが今日、6月15日なのである。

 

この日は、『千葉県民の日』という千葉県の祝日であり、この日は他の県は普通の日だが、千葉県民は特別に祝日と同じ日になるのである。(ちなみに、この日は栃木県と茨城県もそうだと今日知った)

 

とはいえ、県限定という事もあり、カレンダーの表示は日曜日を除けば普通に平日色。

 

何より、祝日だからこそ適用される事もないので、実際そうであってもその実感がわかないと思っている県民も少なくない。

 

現に、コン年度は土曜日という事もあり、日曜日の次に県民の日の実感がわかない日であった。

 

一応、県民の日に合わせた事はしている場所はあるが、それでも普通の日と変わらないような実感を持っているのが県民の大部分である。

 

 

休日は休日である以上、それを積極的かつ意識的に活かす事で休日を充実して過ごせるだけでなく、それを明日以降の糧にも出来るのである。

 

休日だからこそ出来る事を積極的かつ意識的に行い、それを実感する事。

 

そうしてこそ、平日にもそれに相当する充実感を持つ事が出来、やがてそれは平日に実際そういう事に通じる事が舞い込む事に発展していくのである。

 

 

ずっと祝日がなかった8月にも新たに出来た以上、そうすぐではなくても将来的に6月にも国民の祝日が出来る事を私は信じよう。

 

県民の日も、『6月にも祝日は出来る』という事を今出来る実感のもとで将来それに通じさせる事としてあるはずだから…

 

明らかに尾崎豊さんの歌のタイトルである。

 

高校生を主人公として描く際、何かとバランスのいい年代などを踏まえると、高校2年生である17歳の人が描かれるのは意外と多い事だ。

 

というのも、高校1年だと『高校という新たな環境になじみ切れてない』という事があったり、高校3年生だと、『受験をテーマにした事でない限りは、そうでない内容にするわけにもいかない』といった現実的かつもっともな理由があるからなのだろう。

 

 

 

 

そんな高校生活の全盛期とも言える17歳。

私はというと、ひそかに『後に通じる色んな事があった年』でもあった。

 

 

私にとっての高校時代というのは、一言で言うと『機械のような過ごし方』だった。

過ごしている日々のほとんどがワンパターンかつ違いが一切ないものであり、行事があってもそれもいつも過ごしている日と何ら変わりはないと決まって思うような感じだったのである。

それなりに誰かとの交流やいつもと違う事をする時もあったが、それでも私にとってはいつも通りの一日を過ごしている事でしかなかった。

結局、私は高校での3年間をそのような実感の中で過ごしていたのだった。

そしてどういうわけか、今の私なら普通に違和感を持っていたのだが、当時は『これが普通だ』と真っ先に思い、それに対して一切違和感を覚えなかったのだった。

 

こういった事は、ひそかに学校に通う前からそうだったが、高校時代は『それを初めて実感した時』でもあったと今となってあらためて思う。

 

そんな通学していつものように授業を受け、時に行事に参加したりして一日を過ごし、いつものように帰宅する…といった機械のような暮らしをしていた私だったが、そんな中で私はひそかにそうではない、後の影響へと通じる事を数多く体験していたのがこの時期だった。

 

その中には、当時からは考えられない規模で、後の私に通じていくものもあった。

 

それは…

 

 

 

ポケモンから始まった『ノベルの創作』である。

 

 

 

 

私はこの頃からノベルの執筆を始めるようになった。

 

ちょうどこの時期、私は初めて読書に対して積極的な関心を持ち始めていた。

勉強をする環境を確保するために図書館へ行くのが多くなり、そこでとある書籍に惹かれ、そこから色んな書籍に気を向けるようになり、いつしか私は書籍に関心を持つようになっていたのである。

 

そしてそれは読むだけにとどまらなかった。

 

ある時私はふとこんな事を考えた。

 

 

『こういった話、私の事として描けないかな…?』

 

 

当時、私は高校生だったにもかかわらず、子供時代のように『物語への憧れ』を抱いていた。

それこそ、『この話、私も体験してみたいな…』とか、『私が出演していたらたぶんこんな話になるだろうな…』などと、私は物語に私自身が関わっている事を子供のように色々と考えるようになっていたのがこの時期だった。

 

そしてそれは、後にこの結論に至ったのである。

 

 

『だったら私がそれを書けばいいのか…!』

 

 

というわけで、私は色んなノベルを読み漁って、ノベルとして書くにはどのように書くのかを、描かれている文体をヒントにしてそれなりに理解した後、実際に原稿用紙を使う形で執筆を始めたのだった。

 

その影響は、執筆をしていない時でもふと思いついたノベルのフレーズをどこかに殴り書きしてメモする事が目立つようになるなど、タイムリーに表れるほど本格的なものになりつつあった。

 

この時から私は、ノベルのネタを思いつく事が頻繁に起きるようになるほどに創作に関する関心が今まで以上に現れ始めていたようだった。

 

この時に書いたノベルは、受験生シーズンが近い事と、場所へのこだわりが相まって途中で挫折してしまった。

 

しかし、その時にしていた事はそれから長い年月を経て、今の私に通じていく事となったのである。

 

 

 

 

 

そしてひそかにこの時期は、私がポケモンに再び関心を向け始めた時期でもあった。

 

当時、私はジェネレーションチェンジによる金銀時代の終わりと、新たな世代のソフトをゲット出来なかった(とゆうかしなかった)のもあり、これを機に、ポケモンにはノータッチに近い状態になっていた。

とはいえ、突き詰めて言うなら、『ゲーム本編をやらなくなった』という事と、『アニメを見なくなった』という事がメインであり、ポケモンの動向そのものは普通に見届けていた。

 

そんな中、後の事に大きく通じていくとある出来事が起きたのもこの時期だった。

 

ある時、夢の中で金銀御三家の進化系である『マグマラシ』が私の前に現れた。

…あえて言うなら、マグマラシは金銀御三家で一番気を向けていないポケモンの一人だったような…

それがなぜ私の夢の中に…?

マグマラシは私に何かを話した後、気が付くとどこかへ行ってしまっていた。

私は辺りを見回した後、マグマラシの名前を何回か呼んだ。

その時の声もあってか、そこで私は起きたのだった。

 

そしてその後も、マグマラシの事が気になり、いつしか私はマグマラシの事を常に考えるような状態になっていた。

そしてそれはやがて、後の『しらたま伝説』に通じるポケモンノベルに通じていく事となったのである。

 

その後、私はいつの間にか少しずつポケモンに対して積極的に気を向けるようになり、ルカルカの映画の時はすっかりポケモンへの関心が戻りつつあった。

後にそれは翌年のジェネレーションチェンジで、再びポケモンに本格的な復帰を決意する事に通じていく事になったのだった。

 

 

今思えば、こういった後のポケモンへの関心が戻ったのも、夢の中でマグマラシが現れ、その事がずっと気になっていたからこそあったのかもしれない。

それまでは特に気を向ける事もなく、ひとまず、ポケモンは今どこまで進んでいるのだろうかと確認する程度で、そこから新たに気を向けるような事はほとんどしなかった。

しかし、ある時を境に自然とポケモンに対して再び幅広い規模で気を向けるのが目立ち始め、ルカルカの映画の時期になった頃には、自然にポケモンに気を向けるようになっていた。

時系列は定かではないが、ひそかにマグマラシをきっかけに私はポケモンへの関心を維持出来ていた事を踏まえると、これもマグマラシがいたからこそあった事と言えるだろう。

 

夢の中でのマグマラシとの出会いは、ポケモンへの関心だけでなく、私に後にわかる新たな境地を築く事になっていったという事を当時の私は想像出来ただろうか…

 

 

 

いつも通りの過ごし方をしていても、『身の周りで起きる事』というのは常に違う。

しかし、多くはいつも通り過ごしている事とその中でいつも通り起きている事ばかりを全てにするように気を向けているので、それに気が付いていないのだ。

そして私も、高校時代はそういう中で過ごす事がメインだった。

しかし、それでも私はその中で起きた『いつもと違う事』をその場でスルーせず、気になった事はそれなりに気を向け、それを後に通じる事として拾っていたようだった。

 

 

そしてそれは今、当時からは想像も思いつく事さえ出来なかったほどの規模で大きな発展を遂げつつある。

 

 

今の私は書き手みならいとして2015年までは本格的に考えた事さえなかった在り方でこれからを目指している中にいる。

 

それに通じる事は、ひそかにこの時からあったのかもしれない。

 

当時はホビーの規模でしていたが、今はそこから本格的な書き手をあらためて目指す事に発展している。

 

当時の私が、後にその時には考えた事すらない形で本格的に書き手をする事になるという事は想像できなかっただろう。

 

その背景には、『売れるまではどうするんだ』といった現実的な理由があり、それならせめて書く事と、それを投稿出来る機会があればいいだろうと思っていたのが当時の私だった事があるからであろう。

 

しかし、今の私はその制限さえも乗り越えて、多くの人が見落としている多くの可能性のもとで、あらためて本格的な事に向けて進み始めている中にいる。

 

今もその道真っ只中ではあるけど、そう遠くないうちに今までを遥かに越える進展を遂げてみせよう。

 

きっとその時はもうすぐそこまで来ているはずだから…

 

 

 

 

 

17歳の地図に描かれた事は、今も私に道を示し続けている。

 

新たな道と目的地のもとで…

2019年5月1日。

 

もし、いつものように進んでいたら、この日はゴールデンウイークから一旦離れたいつも通りの日になっていた事だろう。

 

しかし、コン年度のこの日は全てにおいて大きく違う日となった。

 

 

 

 

色んな事がある中で迎えたこの日…

 

 

 

ついに、平成に続く新たな元号、『令和』の時を迎えた。

 

そう、ついに…

 

『令和』の時を迎えたのである!!

 

 

 

 

 

イエエエエエエエエエエエエーーーーーーイ!

 

 

 

 

れええええええええええええええええいわあああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

れええええええええええええええええいわあああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

ウエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!

 

 

ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアスティス!!!

 

 

…と、いつもなら5月の始めでここまでの事になった事がないのを遥かに越える規模で、まさしく年始を迎える時のようにその時を実感している中で令和初日を過ごしていた。

 

いつも通りの過ごし方をしているならば、例えこういったいつもと違う事があっても『あ、そうなの』といった感じで実感がわかない中でいつも通りの(しかも退屈そうな)在り方でいる事が多いものなのだが、この日はそういった事が多い人でさえもその実感を持っているのが目立っていた。

 

令和を迎えた事は、今まで以上にその実感を持った最高の迎え方だったという事がここからもうかがわれる。

 

私自身も、発表されてからずっと響きを基本に令和の事はすごく気に入っている。

 

それが元号という基本的な基盤の中で謳われるのも、これまでにない新たな良さを伝えている。

 

この感性は本物であると私は確信している。

 

この響きの良さを時代という在り方に反映出来るよう、これからを今までにない最高の形で築いてみせよう。

 

令和という時代を飾り、描き、そして輝かすのは…

 

私達である!

 

あらためて…

 

令和おめでとうございます!

平成もついにラスト。

いつも通りの日々を過ごしていても、いざその時が近づくとその実感を自然に覚え始めるのが気持ちの不思議なところである。

表面には実際出ていなくても、本心では常にそう思っているからなのかもしれない。

そしてそれはやがて、時が満ちた時にあらためて表れるという事なのだろう。

私が新たな時代として迎えた平成に続く、次なる新たな時代を迎える時はもうすぐである。

 

 

前日は、私にとっての恒例行事である『リオルの日』だった。

全ての始まりに通じたリオルとの出会いがあったのが、今から10年前の4月28日。

錦糸町のヨドバシカメラでリオルが出演しているCMと出会い、そこからリオルへの関心を始まりに、後の新たな発展へと通じていった記念すべき日を私は『リオルの日』と名付けている。

10年経った今もそれをこうして続けている事は、リオルの日がいかに特別な日であるかという事を明確にしていると言えよう。

 

 

そんな『リオルの日』を築くきっかけになったのは、『ポケモン不思議のダンジョン 空の探検隊』のアニメCMだったが、そのきっかけになった事そのものは、CMそのものよりも『あるシーン』だった。

 

 

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ロングバージョンのCMで放映されているこのシーン。

パートナーのリオルが、主人公であるピカチュウの方を笑顔で向いているシーンである。

 

わずか数秒のシーンだったが、このわずか数秒のシーンが私のこの後を大きく動かす事となった。

リオルのこの笑顔から、私はリオルへの関心を基本に、それにとどまらない何かを感じ、それはその時だけの事にとどまらず、その後も募る規模で続いていき、いつしか深く残る存在として私の中に定着したのだった。

 

当時は、あくまで『リオルへの関心』と『錦糸町へのゆかり』ほどしかなかったのだが、それが後にそれにとどまらない大きな発展を遂げていく事になるのを当時の私は知る由もなかった。

やがて、このシーンとの出会いは、私に大きな発展を遂げさせ、今も続くさらなる事へと通じていく事となったのだった。

 

 

 

 

全てが始まるきっかけとなったこのシーンと出会ってコン年度で10年。

 

リオルの日の翌日、私はあのシーンに対してふとある事を思いついた。

 

それは、あのCMのラストシーンについての事だった。

 

 

あのシーンの後、ふと二人が前を向くと、そこからスカイフォルムのシェイミが現れ、花びらをまきながら飛んでいくというシーンで終わる。

これはどちらのバージョンにもあったので、CMを見た事があるならば誰でも覚えている事であろう。

 

あのシーンの舞台は、原作で言うと『シェイミの里』という場所で、その名の通り、リミテッド・レジェンドであるシェイミがたくさんいる花畑である。

確か、原作ではシナリオをクリアした後に行けるんだったっけ…?

 

『シェイミの里』は、確か『空の探検隊』で初めて導入された場所。

そういった意味もあり、当初は前作との差別化を伝えるためにそれに関するシーンをCMに導入したのかと思っていた。

 

しかし、今日ふと『シェイミ』の事についての考えがよぎった時、あのシーンに関しての今まで気づかなかった事に気づいたのだった。

 

シェイミは『感謝』を象徴するポケモン。

それが二人の前に現れたという事は、今となっては単なる演出ではないようにふと思えたのだった。

 

そして今日、私は初めてあのシーンについて、『ある事』を考察する形で思いついたのだった。

 

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リオルのあの時の笑顔は、『主人公であるピカチュウに感謝を伝えている笑顔』だったのではないかと今日私はふと思ったのだ。

 

ポケダンにおけるパートナーポジションのポケモンは、名シーンにおいても『〇〇がいたから、ここまでがんばれたんだよ?〇〇がいたから…つよくなれたんだよ?…』と述べてるように、『全ては主人公に会えたからこそ出来た事だった』という事を述べている。


それを踏まえると、リオルは主人公を前に、『ここまで来れたのは、キミのおかげだよ』とあの笑顔で伝えていたように思える。

そしてその後ふと前を向いたら、花畑からシェイミが現れて花びらをまいて飛んでいくという流れ…

 

その時、私はあらためて思ったのだった。

あのシーンは、『リオルのピカチュウに対する感謝の気持ちに反応して、シェイミが現れ、それを祝福するように花びらをまいていった』のではないだろうか…?と…

 

 

 

 

 

リオルが主人公に感謝をしてるように、私は今もリオルに深く感謝している。

もし、錦糸町でこういう形でリオルに出会わなければ、リオルへの関心どころか、錦糸町へのゆかりを基本とした『今に通じる発展』もなく、退屈な日々を過ごしていたであろう。

しかし、今の私はリオルとの出会いによって、今も表れている今までにない様々な発展を遂げて、それのもとで本当のこれからを築く中にいる。

例え他のきっかけがある事もあれど、他のきっかけに出会う事に通じたのも、『リオルによって築かれたきっかけのもとで新たに出来た関心』からであり、そういった意味でも今の私の全てはリオルがいてこそ出来たものなのである。

 

 

 

平成は、私に色んなきっかけと共に新たな発展を遂げた時代であったならば、令和はそれを真の意味で形にして今までを遥かに越える事を起こす時代にしてみせよう。

 

 

 

あらためて、シェイミの思いを込めて…

 

ありがとう平成!

 

そして…

 

 

 

リオル、ありがとう!