今日は9月27日。
昨年からここで宣言した通り、9月27日は
9=き 2=つ 7=ね
…という事で、『狐の日』である!
これについては以前から気づいていたのだが、昨年あらためてここで公表した。
鳴き声を語呂合わせした形では5月5日と5月8日もそうなったが、コン回は『名前を語呂合わせした形』での日である。
ちなみに、そういう形で当てはめるなら犬においては『1=い 7=ぬ』で1月7日、猫の場合は『7=ね 5=こ』で7月5日にする事が出来る。(これを書いてる時にリアルタイムで思いついた)
コン回は、私がきつねさんに目覚める事に通じた中で行った事を述懐する。![]()
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私がきつねさんに目覚める2か月前…
私は『あの挿絵のイラストでもっときつねさんを描いてもらいたい』という望みのもと、意を決してきつねさん関連の話を本格的に創作しようと決心した。
そのイラストがこれである。

あらためて思う事は、やはり私がきつねさんに目覚める事はこのイラストなしには語れなかったという事である。
実際、キツネノベル本編と、目覚めに通じる決定打になったのは別の方にあるのだが、それさえも『このイラストというきっかけを介さなければたどり着けなかった』という意味で、このイラストの存在は大事なのである。
もしも『このイラストできつねさんを描いてもらうためにきつねさんの話を本格的に創作しよう』と思った事がなければ、『きつねさんへの関心そのもの』さえないまま終わっていたであろうと今となってあらためて思う。
きつねさんへの目覚めも、それに通じるキツネノベルの創作も、全てはこのイラストあってこそなのである。
そして8月…![]()
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私はあらためて創作をスタートした。
当初はエブリスタに投稿しようと思っていたのだが、『リアルでやった方がこれからのやる気に通じるかも…』と思い、私は意を決してリアルでの執筆を決意した。
展開のプロットはピンキリでまとまっていたので、書き進める事が滞る事はなく、その中で新たな内容を思いつく事もあって創作はスムーズに進んでいった。
その時に、作業用BGMとして『keeno』さんの楽曲を聞いていたのは、今でもそれを聞くとあの時の感覚を思い出すほど鮮明に覚えている。
それを考えると、keenoさんの楽曲も2015年を象徴するものの一つとして言っていいのかも…
当時は、働きながらというのもあり、創作はそれなりにだいぶ時間をかけて進める事になった。
とはいえ、働きに行ってる時も、思いついたその後の内容をすかさずメモしておくという形で進めていたのでそれなりに意味はあった。(マイペースにやれる状態だったのも功を奏したと言っていい)
それでも、何かとペースの浮き沈みが激しい中で創作は進んでいたのだけは事実だった。
その背景としては、今となって思い当たるのはやはり『取り組む事』にあったのだと私は思う。
私の場合、『最初のスタートを切れるか』で物事を進める事の全てが決まると言っていいのかもしれない。
一度始めればそこからはゾーンに入ったように没頭できるのだが(実際夜中の1時まで書いてた時もあった)、肝心のスタートがなかなか出来ないというのが私が物事をやる事においての欠点だった。
そしてそういうスタートの遅れや、内容が予想外に広がったものあり、書き上げたのは4週間後だった。
しかし、それでも、見事私は最後まで書き上げる事が出来たのである。

これが当時書き上げたキツネノベルの原稿である。![]()
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書き進めていくうちに展開や内容が広がっていき、書き終えた時には『246枚』になっていた。
今思えば、よくここまでリアルで書けたものだと私は思う…
これ以前にもリアルで書いた事はあったのだが、結局途中で中絶してしまった。
それを踏まえれば、これは間違いなく『初めてリアルで書き上げたノベル』だったと言えるであろう。
この話の内容は大まかにざっくり言うと、『それぞれの心の傷を抱えたきつねさんと青年が救われるまでの話』で、着想元となった話の内容に対して『こういう感じできつねさんを悲しみから救ってあげたい』という思いのもと、きつねさんの心の救済と、それを通じた青年の生き方の救済を描いたノベルである。
この話は、『相手を救ってあげる』という事をテーマにしたもので、『私だったらこうゆう感じで救ってあげたいなぁ…』という着想のもとで作り上げたものである。
そして、この経験は、きつねさんへの目覚めと共に、私の今とこれからを大きく決定づける事に通じていったのだった。
その話を書き上げた後も、『その話に込めた思い』はさらに広がるように続いていった。
そして、私はこれまで生きてきた中でずっと抱いた事のなかった決心を初めて抱く事となったのだった。
『この話のように私も誰かを本当の形で救ってあげられる存在になろう』
きつねさんへの思い入れと、それを込めて描いたキツネノベルを通し、私は魂規模でそう決心したのだった。
そしてその決心は、その後も『私の存在と行いを色んな形で還元し、貢献させていこう』というさらなる決心へと発展していき、私は初めて『本当の生き方』を見出したのだった。
そしてそれは、きつねさん関連にとどまらず、同じ年に新たに関心を向けた事などにも及ぶ規模で、私の世界を今までを遥かに越える規模で大きく広げていったのである。
今の私に通じる事としておいて、2015年にリアルで書き上げたこのキツネノベルの存在は大きい。
実質書き上げただけで終わったに等しいものだったが、その時に実感した『成し遂げたという事』と、このキツネノベルを通して築かれた『本格的な思い』は、間違いなく今の私をその時以上に築いていると言えるであろう。
2015年に行ったキツネノベルの創作と、それに込めた思いは後に私に初めて『本格的な思い』を抱く機会になったのだった。
それはきつねさんへの関心や思い入れを基本に、私が関心を向ける事に対する『本格的な思い』を持たせる事に通じていったのである。
それ以降、私はきつねさん関連に限らず、色んな分野での文芸作品を本格的に構想して、実際リアルで書き上げる事もするようになった。
現に、キツネノベル以降にリアルで書き上げたのもいくつかある。
とはいえ、これも突き詰めて言えば『ようやく始められた事』。
近いうちにこのキツネノベルを書いた時と同じような積極性のもとでこれからの本格的な行いを再びやれるようにしてみせよう。
今の私はこの出来事とそれに伴う本格的な行い、そしてそれをやり遂げるという経験がなかったら、今の私どころか私にとってのこれからはなかったと言えるほど2015年のきつねさんへの目覚めを機に今までとは全てが違う新たな世界を築きつつある中にいる。
きつねさんとは別の事における本格的な思いを抱くものも幅広くあるが、それさえも『きつねさんへの目覚めを通した本格的な思いを抱いた事』がなければ気を向ける事すらなかった以上、今の私は他でもない『きつねさんがいたからこそ築けた事』なのである。
きつねさんによって見つけた『本当の生き方』と、それを通して新たに気づく事が出来た『多くの可能性』を今もこれからも活かし、そして形に出来るようにしてみせよう。
もちろん、きつねさんにとどまらない幅広い事においてもである。
現在、このキツネノベルの原稿はこのような状態でしまわれている。
書き上げた以上は、それだけで終わらせちゃいけないのも事実…
とはいえ、だとしたらどうしようかしら…
…いずれはこの原稿をコピってホームメイドで製本して誰かにあげるっていうのをしてみようかしら…
ともあれ、まずはそれも出来るようにするために今やるべき事を進めていく事が先である。
きつねさんを愛し、きつねさんに導かれた者として、必ずキツネノベルを書き上げた時のように、それに通じる今やるべき事を果たしてみせよう。
きつねさんが示した『本当のこれから』は、もうすぐである。
きつねさん、私頑張るよ。
必ず、ここで描いた以上の今とこれからを築くから、待っててね、きつねさん!![]()
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