朝を忘れて
指の間の皺にすら届かない。
まるで深海のように。
そこに住む生物はいびつな姿をしているが
あなたは澄ました顔をして横たわっている。
朝を忘れて。
何もかも
泡のような記憶に挿げ替えて。
涙が落ちるのは重力以上に気持ちのせいならば
嬉し涙は空に向かって流れる。
宇宙の人はみな幸せにちがない。
プレゼント
失われるには短い。
すべてには決められた猶予がある。
その限られた一瞬のうちに何ができるであろう。
口べたな木はひたすらに幹を太く
きまぐれに生まれた風はガード下を吹き抜け
言葉は使い回されすり減り
地下鉄の車輪は鳴く。
人は現実という夢から覚めないまま
気づいたら石の下。
しかしそれらから産み落とされた色や匂いや様々なイメージは
輪廻転生の輪から大きくハミ出て
誰かの元へ届くだろう
ささやかなプレゼントとして。
(しかしそれすら失われてしまう)
男と女の愛
拷問のようなあなたのほほえみがなければ私は何も成し遂げられませんとある男は言う。
右手に剣を持ち、左手にペンを持って
裸の汗をしたため
朝は光の方角へ走り
夜は無心に闇の湖へ突き進む。
日々の繰り返しさえ
それを愛だと信じ。
ほほえみのようなあなたの拷問がなければ私も何も成し遂げられませんとある女は言う。
人はなぜ生きているのかと考えているうちはまだ死にません。
何も考えなくなった時が人の終わりだと
石になった哲学者は定義したが
女にとって思考は缶詰のサバのように
封を開けてはならなかった。
それを愛だと信じ。
岩
世の中から
かわいた秋のような
誰かをしのんだ風が吹き込んで
人々が金色に光る稲穂ならば
私は黒い岩になりたい。
大それたものでなくてよい。
誰にも気づかれず
風がそよぎ一面は金色の海原になると
私はその海底深く、静かにうずくまるだろう
まるで深夜のバス停のように
誰にも求められず
ただし目は閉じないでいたい。
耳も塞がないでいたい。
もはや言葉は風に奪われたとしても
岩の心は岩のように
誰にも伝えず
ただただ重力に身をまかせて
ひっそりと
重く
朝を待つ
音もなく
時もなく
ただ少しの寒さを感じ
その時を待つ。
期待に胸を躍らせて待つ。
不安に心を重くして待つ。
人は誰しも非力な待ち人。
時はなんとかけ離れた存在なのだろう。
このまま静止していれば私は止められるかもしれない。
すべての悲しき待ち人のために。
背徳
神を呪う
神は私を呪う
そしてこの世のすべての背徳を憎む
そこから生まれるものは
窓ガラスが結露するような寒い朝でも
夕陽が満ちるビルの上の空の下でも
否応なしに誰かを傷つけるだろう
一瞬の川の流れと永遠の海
宇宙の所以も私の所以もわからず
時間の所以もなにもかも
ただそこにあなたがいる。
そしてここには私がいる。
泉
裸足の鷹は空を臨み、地を恐れ
普遍という色が無いように、私の泉に映る空はいつも違う。
あなたの髪が揺れない程の風ですら、泉は歪み
その色は本来の透き通った蒼さを失う。
私は泉を閉じる。
まるで本を閉じるかのように。
静かで落ち着いた音をたてて。
そして暗い夜を過ごすだろう。
明かりなどいらない 。
私を闇の中で眠らせてほしい。
閉じられた泉と共に。
朝になれば再び泉は開かれるだろう
今は未だ
私を闇の中で眠らせてほしい。
閉じられた泉と共に。
昼の夢と共に。
叫ばないでくれ!
にらんだ目つきで剣を突き刺すなんて!
私は私を何だと思っているんだ、私よ。
弱さに立ち向かう強さすら残されていない、愚かな私よ。
世界地図を信じるな。
地球儀を疑え。
せめて己を
愛を
戯れ言
巨大な雲に生命の光は断たれ
息をすることすらできない若葉の透明な緑に
私は
空を仰いだ。
音が聞こえる。
至る所でガソリンが爆発している。
おばちゃんが通行人を轢きそうになり自転車のブレーキを響かせる。
行き交うサラリーマンの、笑っているのにどことなく苦しそうな喋り声。
途方もなく現実的、でも私にはなんら関係がない世界。
私にはなんら関係がない。
この目に映るすべての世界は本当の色すら持たない偽物。
この手は誰の手なのだろう。
この思い出は何時のものだろう。
この気持ちは本当の気持ちなのだろうか。
私は私ではない私。
思考から抜け出た直感だ けが地球を飛び出して宇宙をさまよう。
そこに出会した見えない生物が私に話しかける。
『こんにちわ、××××××××××』
この生物の言葉は挨拶以外は私の精神を超越したものだったので理解ができなかった。
火星は火星のまま、土星は土星のまま。
見えない生物は見えないまま微笑み消えた。
私は私を探す。
何億光年先も見渡す。
同じ様な星だけが幾つも在るだけで私は退屈した。
心は涙をながす。
乾いた風が土を舞わせる。
私は所詮、カタマリにすら成れない小さな孤独。
ただ、あなたに会いたいだけの存在なのだ。
地下鉄に乗せた私の心は揺られ
地下鉄に乗せた私の心は揺られ
急ぐわけでも
遅いわけでも無く
確実にあなたに近づいて
それでも早く会いたくて
止まる一駅が意地悪で
私は地下鉄の暗い無力感に陥り
詩を書くことしか出来ないなんて
何と悲しい存在で在ろう
私は花になり、あなたの側で咲いてみせたい。
私は食パンになり、毎朝あなたに食べてほしい。
私はパンティーになり、一日中あなたを包みたい。
私は私になり、早くあなたになりたい。
恋は残忍にして獰猛な蛇のように凶悪で、
世界で最も崇高な宝石よりも尊い。
地下鉄に乗せた私の心は揺られ
あなたと私の名
時は太陽を曇らせ
さざ波はいつの間にか うねり
寝静まる頃には凪いでいた。
砂浜の砂は重く 風が吹いても動かない。
松林の黒い肌の輪郭だけが
世界から突出しているようだ。
私があなたの名を呼ぶ
あなたは私の名になる。
あなたが私の名を呼ぶ
私はあなたのものとなる。
海は風の名を呼ぶが
波は凪いでいる。