縄
縄のザラつきは
鳥肌の立った縮れ毛みたいだと。
あの黒い陰部を囲むようにして生えているやつ。
何億本もの縮れ毛のような枯れた繊維をイェールに住む銀色の老人が頑丈な縄に結い上げる。
五本の腕と四十本の指を巧みに動かし。
少女は縄の先端で輪を作った。
その輪から見た世界は少し色あせていて
風が弱く
少し時間の流れが遅い気がする。
娘は輪の向こうの世界へ行ってみたかった。
木星の土気色の生活から逃げ出したかったのかもしれない。
ポケットの携帯電話を下に置いて
縄を一番星に引っかけたら
後は恐れずに輪をくぐり抜けるだけ。
体を捨てて
どこまでも一人で。
番外編
あなたに触れられないこの指など何の価値もない
あなたを再び見れぬ目など潰れてしまえばいい
その闇の中に光を思い浮かべるしかできない私は
指先のない手で何が探し出せる?
天高き空は私を許してくれるだろうか
広がる台地は私を受け入れるだろうか
旅人は土となり、風となり
私は涙すら流すことなく朝を憎む
顔を照らす太陽を憎む
白い雲のような詩を憎む
聞こえるすべての音を憎む
恐ろしいほどの日常を憎む
そして何よりもこの自分を憎む
カタチのないものはカタチを変え
私をも変えていくだろう
まるで放たれた銃弾のように
誰かを守るための
目に見えるものと見えないものを比較してしまった愚かな私の疑問
恋と宇宙ってどちらが大きいのか。
過去の夢から覚めてしまった私の収縮した心の疑問。
そこに感じたものは初夏の風だけではないだろう。
月の裏側 ユダの眼差し
背徳という美徳に胸が痒い。
何万歩、何億歩、何兆歩の後ずさりをすれば私は戻れるか。
蜃気楼のような遠い場所へ。
ビルに囲まれた狭いタイルの上。
埃で黒くなった緑色の金網の前。
誰も証明できない私がそこにいた証。
また冬が訪れても私は目を瞑ることしかできないだろう。
冷たい風が吹き抜ける。
奪われたのは体温だけではなかった。
愛と涙
美しい目尻から頬を伝わり
顎の先端からポツリと落ちた
君の涙のしずくは
夜のネオンを反射して黒光りするアスファルトに
吸い込まれた。
僕はその涙の粒を探そうと
膝をつき地面に顔を近づけた。
デコボコしたアスファルトを潤す君の液体。
居たたまれなくなり舌を這わせた。
ザラザラしたエグい感触。
人間の作り出した普遍の味。
たまらなく、吐き気とともに喉の奥から何かがこみ上げてきた。
胃液なのか 、呻きなのかすらわからない。
その両方かもしれない。
そして僕の目から涙が溢れでた。
君を愛しているという想い。
愛しすぎた結果、ついに人間の形から逸脱してしまった。
まるで僕はイグワナの柔らかい腹に噛みついた狂人の目のよう。
現実すら見えていないのにその食感を楽しんでいる。
ちゅるちゅる
まるで僕は狂人の目。
永遠の季節
春にまた一歩、近づくにつれ
その向こうの冬にも同じだけ近づいていく。
季節の中で私たちに残された使命は
生きることの他に何があるだろう。
止めどなく落ちる水滴のような一秒の中で、私にできる事は何もないのかもしれない。
息のできない水中のような、真っ暗な宇宙のような空間で
ただ死を待つことほど楽なことはない。
がむしゃらにもがくことも簡単だ。
しかし考えることはたやすいことではない。
そして考えることを諦めた時、私は頭を
コンクリートの壁に激突させ、その傷口をかきむしる。
血と頭髪で飾られた指先で土を掘り花の種を植えよう。
どんな種類でもいい。
とにかく白ならばいい。
白い花畑に囲まれて永遠の夢をみよう。
ふと目を覚ました時に心臓が止まっていたら幸いだ。
罪人
名すら忘れかけた男は自らの体を入れ墨に溺れさせ
両手の自由を失った男は太陽を見ていた。
誰もが罪人を憎む。
爪を剥がして、その悲痛に苦しむ顔を殴りつけたいと。
できれば牢獄でなく、煙立つ油の茹で窯の中へ放り込みたいと。
うなじから陰毛までのすべての毛が異臭を放ちながら溶け、瞼は眼球を守ろうときつく閉じられる。
息をしようと口を開けると、その度に熱せられた油が口内に流れ込み粘膜をドロドロにし、舌は逆に硬くなり、悲鳴がフクロウの鳴き声のような音になる。
ついには皮膚から筋肉から内蔵までカリカリに焼き上がり、その香ばしい匂いに空腹を口にする者さえ出るだろう。
もっと、もっと罪人を連れてこいと。
誰もが自分の手に鞭が渡るのを待っている。
罰を与えるのだと。
日曜日には子供を抱き上げるその手で罪人に苦痛を味わせるのだと。
罪人を憎む誰もが罪人だという事すら忘れ、ただ快楽の為に。
時には堂々と正義を掲げるだろう。
愛と悲しみを訴えるかもしれない。
それがいかに残酷な自己満足か、あなたは知らないだろう。
下手物(ゲテモノ
耳の奥に聞こえる象の足音が少しずつ迫ってくる。
その足音に頭は踏み潰されて
無になる。
一目散に逃げた男は腹を斬られ
その割れ目からハラワタが血にまみれて流れ落ちている。
ハラワタを腹の中に押し戻そうにも爪の間まで真っ黒な血に濡れツルツルと滑ってしまう。
恐怖と焦燥に満ちた表情、そして滑るハラワタを必死に掴もうとする様はひどく滑稽だ。
男は己の流した血の水溜りに足をとられ、すっ転んだ。
観衆は笑った。
病に伏している老人の耳にも聞こえるくらいの大声で。
男は目に涙を浮かべ舌を噛み切った。
口から肉片が飛び出て、残りの舌は喉の奥に丸まり込み
吐き気と激痛、そして息のできない苦しさにのた打ち回った。
目は充血し、すでに焦点は定まらず何も見えていない。
更に男は自分の首を両手で絞めた。
顔は見る見るうちに赤くなり、額には太い血管が脈打ち、見開いた目からは眼球が転げ落ちそうだ。
地面に倒れているのにもかかわらず足は空回りに走っている。
観衆は大口を開けて笑った。
頬の筋肉が痙攣している者もいた。
額には大粒の汗をかき、ついには呼吸困難になる者さえでてきた。
地面に膝をつき、胸元を握り締め青ざめた顔でヒューヒューっと変な呼吸をしている。
終いには変な呼吸さえ喉の奥に飲み込んで白目を剥いて意識を失った。
それを見た観衆の笑い声は大きなエコーとなって響いた。
既に気が狂った幾人かの男が全裸になり飛びまわっている。
老婆は裸の男に抱きついたがぶん殴られ地面に倒れ、ボロ布のように動かなくなった。
気を失ったのか、死んでしまったのかなどは誰も気にしない。
観衆はひたすら笑っている。
LOVE-GODDESS
指先から滴り落ちる血液の
透明な橙色の奥に光る太陽は
地平線に下半分を切断された夕日のようだった。
それでも私は歩き続ける。
愛の女神に微笑んでもらうために。
道がなければ切り開こう。
大地がなければ空を飛ぼう。
風が吹かねば目をつむろう。
私はあなたにあいにゆく。
海
夕焼け空のようなほっぺに
僕は唇を沈めた。
目を閉じた僕
目蓋の向こう側の君
その向こう側に海を感じた。
この街から離れた、波の音さえ聞こえないのに。
そして潮は僕らを深い夢の底へ引きずり込むのだった。
皮膚組織が糸のようにほどけると、夢の境界線でさえ誰かの鼻歌のように覚つかない。
君の皮膚の中に混ざり合う僕の内臓、心臓の共鳴。
呼吸すら聞き分けられぬ程に一つの成体として混ざり合ったのだ。
神が余所見をしている短い間だけは。