私の旅ブログ

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西部幹線の優等列車時刻表

まだ自強号はありません。 観光号や、光華号が見られます。



光華号の運賃
(寝台車の料金も掲載されていました。)



食堂車のメニュー

食堂車は一部の莒光号と観光号に連結されていました。




莒光号と観光号の運賃表



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今はMRTになった淡水線

客車列車が走っていた時代の時刻表です。





YOUTUBEからお借りしました。
 
私の手元には学生時代に懇意だった,
台湾からの留学生よりいただいた一冊の時刻表があります。

当時の台湾では兵役を終えないと海外留学ができなかったそうです。
その上、日本語の勉強をしてから入学。
年齢は日本人の現役入学者に比して4歳ほど年上になります。


中華民国66年5月12日発行 台灣鐡路 旅客列車時刻表

中華民国66年は、1977年(昭和52年)です
(今年は中華民国103年)

37年前の時刻表です。

表紙には電気機関車のイラストがありますが、まだ電化工事中の頃です。

  ・基隆-竹南 1978年12月電化
  ・竹南-彰化 1978年10月電化(海線 山線とも)
  ・彰化-高雄 1979年6月電化
 
 


当時の路線図 

台北から台湾東部方面ヘは蘇澳までしか通じていません。

南廻線もまだありません。

険しい台湾山脈が鉄道建設を阻んでいました。


花蓮 台東間は独立した路線として運行されていました。

線路の規格は、762㎜のナローゲージ。



 
花蓮から玉里 台東方面 下り列車時刻表


左端の列車は
花蓮0:05発 台東行き 31列車
寝台車まで連結された夜行列車です。 台東には5:40に着きます。

8:00発の 1列車 は 特急に相当する「光華」
台東には11:10に着きます。

所要時間 3時間10分 
ナローゲージとして世界最高速運行、時速70キロの記録があります。
  
  ・現在は、自強号で2時間前後
  ・7月電化に伴うダイヤ改定 電車化後は1時間30分程度に短縮。


 
 






 


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台東から玉里 花蓮方面 上り時刻表
 
 


 




 



こんな列車が走っていたようです。 (復元保存車両から)

ナローゲージで世界唯一の寝台車

 

 


光華号車両

 






決して豪華な列車ではないですが、交通不便な台湾東部の輸送を一手に担っていた心意気を感じます。

信じられませんが、この列車には列車ガールが乗務してお茶のサービスなどを行っていたそうです。

夢と希望を乗せて走っていたこれらの列車。タイムマシンがあるならば、この頃の台東線を見てみたいものです。
台鐵7月大改點 告別光華號    2014年04月09日(中國時報)
http://www.chinatimes.com/newspapers/20140409000431-260114


行駛半世紀 白鐵仔再見!2014年04月08日(聯合報)
http://udn.com/NEWS/LIFE/LIF1/8599258.shtml

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・かつては最高時速110キロで、台北・高雄を最速4時間45分で結んだ特急 光華号も、晩年は台東線のローカル列車で余生を送っていました。
登場から48年、老朽化が進み引退が決定しました。
 DR2700型で運行の列車はEMU500型或いはEMU600型の電車に置き換えられます。


引退するDR2700型 4両は動態保存

 


DR2700型での運行列車は、EMU500型電車に交代




・7月に台東線電化完成に伴うダイヤ大改定  台湾全土で500列車が時刻変更

 台北ー台東は現在、ディーゼル特急自強号で4時間30份所要のところ、 電車特急 普悠瑪号では1時間大幅短縮、3時間30分で結ばれます。

 台湾東部地区から台北を結ぶ直通列車は、毎時1本増発。1時間当たり2本~3本運行 されます。 休日は4本から5本運行。

電車特急 普悠瑪号

  


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気になっているのは、南廻線の普快車の今後。

今のところ報道が見当たりません。

この列車が引退すると、台湾在来線の定期列車は全車冷房化達成。
窓が開かない車両でばかりとなります。


いつまで走ってくれるのでしょうか。 (写真は2014年2月に訪台時のもの。)

 



 

 


 


 

 

 

 
台湾の放送 TVBSが報じました。

再見「白鐵仔」!光華號6月退役 走入歷史

~さよなら 「ステンレスくん」 光華号は6月に引退 その歴史を追う



台湾 東部幹線台東への電化で、台北と台東は3時間半で結ばれるようになります。

光華号の特色は、天井に扇風機が取り付けられていることです。

自強号が走り始める前の時代、十数年間は台湾で最も速い列車でした。

光華号は、最高速度 時速110キロで、台北~高雄を4時間45分で結びました。

車掌談  「多くの鉄道ファンが乗られますが、大部分は日本からのお客様です。」

 

 

 

 

 


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    写真は私撮影(2014年2月)

 
飛行機は順調に飛行しほぼ定刻の夜22:00頃、羽田空港に着陸しました。

あとは誘導路を駐機場へ進むだけですが、誘導路上で一旦停止。
 
使用予定の駐機場が使用中なのでしばらく待機するとのアナウンスがありました。

しかしながら一向に動きません。

機内もざわざわしてきました。 とにかく外からの情報がない。

自然発生的に携帯で外部と連絡する人が出て来ました。

 



結局7時間以上の機内待機、機内での夜明かしとなりました。

5時45分 やっと機外に出られました。



乗ってきた飛行機は建物のかげになり撮影できませんでした。

隣に停まっていたシンガポール航空機 

 
機内で見た朝5時のNHKニュースによれば、羽田国際線ターミナルでは1600人が夜明かししたそうです。

狭い機内でしたが、帰宅のための交通機関がない空港で夜明かしするよりはマシだったのかも知れません。

手荷物受取場で添乗員さんとツアーメンバーは再集合。

さすが、日旅の添乗員さんです。

帰宅の足を案ずるツアーメンバーが利用する交通機関の現況を調べて下さっていました。


ツアー解散式  お疲れ様でした。


私の場合、地元の近くまで行くリムジンバスは運休。

新宿行きのバスに乗ることにしました。

 

新宿に着きました。


ここから優等列車大幅削減、大幅遅延で運行している私鉄電車に乗車。

雪が深いため時速45㎞以下で運行しているようです。


混雑していた先発列車は見送り、次発の電車で自宅最寄り駅まで直通で座って行けました。


こうして台湾一周鉄道の旅は無事に終わりました。

食べ物が美味しい 人の心が温かい 治安も良好 台湾がますます好きになりました。
 (先の震災にあっては、台湾財界、市民から格別のご寄付を頂いている。)


お世話になった皆様に感謝します。


私は台湾のリピーターですが、台北が中心で、南部、東部にはあまり行ったことがありません。
・高雄は今回で3回目
・台東地域は初めて
・花蓮は四半世紀以上前以来、2回目

今回は鉄道オンリーでしたが機会を作って観光にも行ってみたいものです。

・行って見たいところ
高雄の佛光山 ガランピ岬
金門 馬公 
台東 緑島 蘭嶼
タロコは久しぶりに再訪したい。
台湾山脈越え 東西横貫公路
温泉めぐり 水火同源 など。

書き出すときりがありません。

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旅のデータ

日本旅行  
人気車両でつなぐ 台湾鐵道浪漫紀行 5日 2014年2月10日出発
http://www.nta.co.jp/kaigai/asia/taiwan/transport/#roman

現地旅行社 台友旅行社
http://www.ootomo.asia/t_hotel12.html

利用ホテル
・台北 慶泰大飯店 GALA HOTEL
http://www.galahotel.com.tw/

・高雄 国賓大飯店 THE AMBASSADOR HOTEL KAOHSIUNG)
http://www.ambassadorhotel.com.tw/KS/ambassador_kaohsiung.htm

・台東 鹿野 台東鹿鳴温泉酒店 (Luminous Hot Spring Resort & Spa
http://www.lmresort.com.tw/


利用交通機関等

台湾鉄路局
http://www.railway.gov.tw/tw/

台湾高速鉄道
http://www.thsrc.com.tw/index.html

渓湖糖廠(台糖)
http://www.tsc14.com.tw/



今日はモーニングコールなし。 

ホテルの部屋から向かいのビル。 少し古いオフィスビルのようです。

こんな高い場所にどうやってエアコン室外機を取り付けるのだろう。

落下したりしないのだろうか。 このような建物が多い台湾に来るといつも気になります。



10時出発。






龍山寺に来ました。

山門には春節の馬の飾りが施されていました。

きちんと拝めばちゃんとご利益があるそうです。

道教の神様もいて、ご利益もダブルだそうです。


 


 


 



 

 








中正紀念堂

1975年に死去した委中華民国の初代総統である蒋介石を顕彰し1980年に竣工しました。


 



 



(動 画)





 




昼食は、吉林路の阿美飯店 台湾料理店です。


 
 




エバーリッチ免税店



MRT 板南線 善導寺駅から台北松山空港に向かいます。

荷物は空港へバスで運んでくれているので身軽に移動できました。


忠孝復興で文湖線に乗換え。



文湖線は台湾初のMRT、「木柵線」として開業したものを延伸したものです。 

フランスのVALシステムによる無人運行ゴムタイヤ式新交通システムです。


ワイパーを動かしてくれれば前が良く見えるのですが残念。

(参考写真) 以前に乗った時のもの。 

 
 

空港が見えてきました。


 


松山機場 駅



エバー航空の飛行機 エアバスA330ー300  ハローキティジェット



チャイナエアライン 222便 羽田行き  18:15発     A330ー300  (登録番号 B18305)
 
東京では大雪が降っているとの情報があります。 飛べるのでしょうか。



夕食は機内食  


羽田空港に向け順調に飛行しています。到着予定時刻は21;55着。

着陸に向けての降下体制に入る旨の放送がありました。


                               (次回に続きます。)

 
これから台北に向かいます。 

花蓮駅



改札口 

地方の駅でも自動改札が並ぶ改札口を見慣れた私には懐かしく感じる光景です。




赤いLEDの電光掲示板。



今年夏の台東(知本)電化後は、列車の運行形態が変わっていそうです。



降車専用の改札口では、電光掲示板も到着列車の時間を表示しています。



薪火相傳  荘子由来の中国の言葉。

12代同同  12世代が一堂に会す。 

彰化の機関庫に左から古い順に車両が並んだ写真

左から: 
1.CK124 蒸気機関車 1936年 (日本)
2.DT668 蒸気機関車 1941年 (日本)
3.R20型 ディーゼル機関車 1960年 (米国)
4.E100型 電気機関車 1974年(英国 設計 南アフリカ製造)
5.E200型 電気機関車 1975年(米国)
6.EMU100型電車  1978年(英国)
7.EMU1200型電車(EMU200型改造) 1987年 (南アフリカ)
8.E1000型電車  1996年 (動力車は南アフリカ 客車は韓国)
9.EMU400型電車 1990年 (南アフリカ)
10.DR1000型気動車 1998年 (日本)
11.EMU700型電車 2007年 (日本 量産車は台湾)
12.TEMU1000型形電車 2007年(日本)

台湾の鉄道近代化 高速化をそれぞれの車両は担って来ました。
その 「火」 は次の世代に受け継がれていくことでしょう。



改札内の一コマ




蘇奥行きの区間車 EMU500型電車



荷物車




観光列車 環島之星 の客車が留置されていました。
 

 

TEMU2000型  普悠瑪  

 

 
2014年夏の台東電化を前に2013年、花蓮までの運行を開始しました。

普悠瑪(プユマ)の名前の由来は台東エリアの原住民「プユマ族」からきています。公募により選ばれました。 

交通が非常に不便だった台東県の希望と夢を乗せて走る列車となることでしょう。 
 

 

 



列車は定刻15:30分に発車しました。



 

 

 

この電車は空気バネを利用する車体傾斜システムにより曲線を高速で走行できます。

(振り子式による車体傾斜とは異なる。)

乗った場所とも関係があるのかも知れませんが、結構揺れる電車でした。

 

17:35 2時間5分の乗車で台北に到着。

以前に花蓮→台北をディーゼル自強号に乗ったことがありますがその時は3時間以上かかりました。

 
 

 


総統府 

日本統治時代の1919年に完成した建物で、台湾総督府として利用されていました。
日本が敗戦後、中国では国共内戦が勃発、1949年台湾に中華民国の首都機能を移転しました。 以降、中華民国の総統府として利用されるようになりました。 国定古蹟として登録されています。

日本統治時代から現在に至るまで台湾の政治の中心でした。
戒厳令の時代から民主化 台湾の歴史を見て来た建物です。



本日の夕食は、小籠包の名店 鼎泰豐(ディンタイフォン)

店の前は、待ち客があふれていました。(これで40分待ちだそうです。)

私たちの団体は、そのまま中に入れます。

 
何度食べても美味しい。

帰国後も、翌週に新宿高島屋のお店に行ってしまいました。


ホテルに入りました。

1日目と同じ、ガーラホテルです。




ツアーの方と、夜市に行くことにしました。

その前に近くにある「行天宮」に行きました。

 



青い法衣を着た人から線香を頂きます。



ご本尊が商売の神様である「關聖帝君」 夜になっても参拝が絶えません。

 

MRT中山國小から一駅 民権西路で淡水線に乗換え 二駅目の剣潭で降りました。

雨が降ってきてしまいました。
 

 

 
 



牡蠣オムレツ「蚵仔煎」 これは私の好物です。

 

臭豆腐  

 

炒米粉(焼きビーフン) と 魯肉飯(ルーローファン・・・煮込み豚肉かけご飯) 



雨が強くなってきたので、タクシーを拾いホテルに帰りました。

160元(メーター140元+夜間割増料金20元)でした。  



        (次回に続きます。)

 池上駅から、自強号で花蓮に向かいます。

 



弁当の売り子がいました。 日本ではあまり見かけなくなった光景です。



反対側のホームには、12:03発 台東行き 自強  208  号 が到着しました。
この列車の終点台東まではあと36分。 乗務員さんのお勤めもあと少しです。

私が乗る12:02発 自強 221号 はこの列車の到着を待って発車します。

 


 



若い車掌さんが検札に来ました。



定刻に列車は到着。



現地旅行社 台友旅行社のお力なのか、駅構内の貴賓室を使わせていただけました。

旅の荷物はそこに置いて身軽に見学に行けました。


LDK59号 蒸気機関車 (LDK50型)

日本統治時代の台湾総督府鉄道が1915年(大正4年)から762mm軌間の台東線で使用するために導入したものです。

台東線が1067mmに改軌された1982年まで使用されました。


初日に見た台北駅前のLDK58



LDK59は、台東の鯉魚山公園に静態保存されていましたが、2010年、台湾鉄路管理局の手で動態復元されました。


花連駅構内で、私たちの団体のために特別運行していただけました。

牽引されている車両も、珍しいものばかりです。


1961年製造のLDR2300型(LDR2307号) 台東線光華号として762㎜ナローゲージ世界最高速(時速70キロ)運行をした車両。

  


 



LDR2300は、台東線の改軌後、1067mm軌間で走れるよう改造され引き続き、普通列車として使用されました。

インターネット上に貴重な映像を見つけましたので、紹介します。

DR2000型 東光華號 珍奇禄像
http://nviewer.mobi/player?video_id=sm16332227



2両目 3両目も 珍らしいです。 



2両の1100型 木造客車 LTPB1375(1943年製造)  LTPS1102(1930年製造)
 
花蓮市内で静態保存されていましたが、2010年復元修理されました。



3等客車 LTPB1375 車内



 


3等座席・寝台合造車  LTPS1102

座席部分から寝台室が見えています。


寝台部分 定員8人 

ナローゲージの寝台車。 
夜行列車は、170.7キロを所要7時間をかけて走行していました。



LDR2200型(1956年号)気動車 
1956年 製造  


 


 


                                         
    LDR2204の運転台 


 


 

動画です。





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YOUTUBE内に、展示場所まで回送する模様の映像がありましたので紹介します。





花蓮駅前の広場には、さりげなく車両が展示されています。


LDT100型蒸気機関車(LDT103)

1942年に日本車輌で製造された1D1のテンダー機関車です。40トンの重さがあるため玉里より南には入線できなかったそうです。

762mm ナローの機関車とは思えない堂々としたスタイルです。

 



貨車も保存されています。

 

 
このあと、花蓮の駅から台北に向かいます。

(次回に続きます。)