タイトル:ラヴクラフト全集5

著者:H・P・ラヴクラフト

訳者:大瀧啓裕

発行:創元推理文庫

発行日:1987年7月10日

 

 

 

 

 

 

過去の記録

一冊目

【115】ラヴクラフト全集1(H・P・ラヴクラフト)(訳:大西尹明) | 秋風の読書ブログ (ameblo.jp)

二冊目

【131】ラヴクラフト全集2(H・P・ラヴクラフト)(訳:宇野利泰) | 秋風の読書ブログ (ameblo.jp)

三冊目

【135】ラヴクラフト全集3(H・P・ラヴクラフト)(訳:大瀧啓裕) | 秋風の読書ブログ (ameblo.jp)

四冊目

【150】ラヴクラフト全集4(H・P・ラヴクラフト)(訳:大瀧啓裕) | 秋風の読書ブログ (ameblo.jp)

 

 

本記事においてはネタバレについて配慮しかねる。

どうか悪しからず。

 

 

 

前回の記事から1年以上開いてしまった……。

本作、全集5からは、ダーレスによって生み出された『クトゥルフ神話』の母体となったものが収録されている。

『アーカム』や『ネクロノミコン』、『ナイアルラトホテップ』、『ヨグ=ソトホース』など、CoCシナリオではお馴染みの単語が続出する。

 

神殿(1920)

約20ページほどの短編。

ドイツ帝国海軍少佐の手記から始まる物語は、戦死したイギリス船乗組員が持っていた奇態な象牙細工を拾ったところ、次々と船員たちが狂っていき、潜水艦は爆発事故に遭い航行不能になった、というもの。

不自然に群がるイルカたちに誘われるように沈む潜水艦から見えたのは、海底に眠る都市だった――

 

助けは来ず、徐々になくなる空気と電力に迫る死を感じながら、手記の主は取憑かれたように潜水服を着て神殿へと姿を消す、という、「ラヴクラフトらしい」結末で締めくくられた作品。

CoCでもあるあるのエンディングよね。

 

 

 

ナイアルラトホテップ(1920)

わずか6ページの短い作品。

ラヴクラフトの母親が亡くなり、失意の中で実際に見た悪夢が元になっているらしい。

この作品では『混沌の象徴』であるナイアルラトホテップは、

エジプトからやって来た、痩身の背の高い色浅黒い人物として描かれている。

あらすじを書く事もできないくらいに散文的で、まさに悪夢の内容をそのまま書いた、といったもの。

 

 

魔犬(1922年)

13ページの、こちらも短い作品。

墓荒らしをする二人組が、墓の中で見つけた緑色の翡翠を持ち帰ることから物語は始まる。

どうやらこれは魔除けだったようで、持ち帰ってから奇妙な現象が次々と起こり、共に墓荒らしをした相方が怪死したことをきっかけに、主人公は翡翠の魔除けを返しに元の墓を掘り返すが――

 

骸骨だったはずなのに、再び掘り返した墓にあったのは血がこびりつき、髪や肉が不気味についた、復活しかかった何かだった。

主人公は気が狂い、恐怖から逃れるためにと拳銃に手を伸ばす、これまた定型になりつつある自殺エンディング。

 

魔宴(1923年)

15ページの短編。

一族のしきたりにより、祝祭をあげるために古い家のあるキングスポートにやって来た主人公。

そこで待っていたのは言葉の話せない老人で、怪しげな服装に着替えた彼に連れられ案内された先は協会の地下。

無言で列をなす集団が、有翼の雑種生物に乗って地下に流れる河を渡り始めたところで、恐怖のあまり主人公は河に身投げする。そして気がつけば病院のベッドの上だった。

 

冒険要素みたいなところもあり、なかなか面白かった。

やはりこのくらい短いと、ラブクラフト独特の文体も楽しめる。

この作品の舞台となったキングスポートという街は、実在するマーブルヘッドという街がモデルとなっているらしい。

 

 

死者蘇生者ハーバート・ウェスト(1921年)

約50ページ。ラブクラフト作品においては十分中篇と呼べる。

ハーバート・ウェストの死者蘇生実験に興味を持った主人公が、彼と一緒に死体を調達し実験に参加する、という物語。

試行錯誤の末、ようやく生き返ったと思ったが逃走してしまった実験体に、彼らは恐怖を募らせていく。

 

面白かった。

逃走した実験体が殺しに来るのでは、という恐怖に加え、徐々に実験のパートナーであるハーバート・ウェストへも恐怖心を抱きはじめる、そういう心理変化もあって面白かった。

雑誌に連載された初めての作品で、解題では『凡庸な作品』と評されているが、

私個人としては作品の長さとしても丁度よくて気に入っている。

 

 

レッド・フックの恐怖(1925)

約40ページ。

ニューヨーク警察のマウロン刑事がかつて遭遇した、レッドフックという地区での事件について。

マウロンは犯罪と絡んでいそうな怪しい男、サイダムを何年も監視してきたが、別件が忙しく捜査を中断せざるを得なかった。

捜査が中断されている間に、サイダムは新婚旅行中の船の上で何者かに殺害され、

突然船に上がり込んできたならずものの集団が、サイダムの遺体を持ち去ってしまう。

同時刻、そんな事態になっているなど露も知らないマウロンは、地下で悪魔崇拝を目にする。そこには――

 

実際にラヴクラフトはレッドフック地区でのアパートでこの作品を執筆したらしい。

そして丁度同じころに彼は結婚している。

この作品自体はちょっと「?」と思うところもあるが、

作風が、著者の現実での体験に大きく影響されている、というのがよくわかる物語の一つである。

 

 

魔女の家の夢(1932年)

約50ページ。

この物語、結構気に入っている。

学生である主人公が、いわくつきの物件に興味本位で住み着き、精神的にどんどんおかしくなっていく、というもの。

夢の中での体験が現実に影響を及ぼしたり、といった内容が、全集5の中ではどことなく他の収録作品とは一線を画すな、と思ったら、書かれている年数が後の方だったのね。

ラブクラフトの代表作ともいえる『インスマウスの影』や、

全集3に収録された『戸口にあらわれたもの』『時間からの影』と同じくらいの時期に書かれた作品。私はこの頃に書かれた作品が好みらしい。

 

 

 

ダニッチの怪(1928年)

約70ページ。

ラヴクラフトにしては長編だけれど、読みやすかった。

ヨグ=ソトホースと人間の女性との間に生まれた双子についての話。

精神的に狂っていく恐怖演出の強い作品が多い中、この作品は具体的に村が怪物に襲われている。そういうスリリングさもあって、長編でももたれることなく読み切れた。

『宇宙からの色』に似た雰囲気があると思ったら、こちらも執筆は1年差。

ラヴクラフトの中での『流行り』が顕著に作品に出ているようだ。

 

 

資料『ネクロノミコン』の歴史(1927年)

8~9ページの作品で、ラヴクラフトの追悼記念として出版された作品。

物語というよりも、手がけた多くの作品に奥行きを持たせるための『ネクロノミコン』の資料といった感じ。

『ネクロノミコン』の原題は『アル・アジフ』。

狂えるアラブ人、アブドゥル・アルハザードによって執筆された禁断の書物である。

 

 

作品解題

今回も豪華です。

ラブクラフトは母親を亡くし、恋人と結婚し、故郷のプロヴィデンスを初めて離れるという、人生の大きなターニングポイントを迎えていた1920年代中頃の作品が多く収録されている全集5。

母親の死についてのこと、妻とのこと、また作品に大きく影響を与えた引っ越し先の地区や家でのことなど、詳細に触れている。

また、多くの作品の舞台として使われているアーカムの地図も掲載され、

より作品を楽しむことのできる資料が盛りだくさんである。

 

以前からこの訳者・大瀧さんは

「ラヴクラフトの死後にダーレスが確立させた『クトゥルフ神話』と、ラヴクラフトの書き上げた作品は別物ですよ」と繰り返し示していたが、もしかしたらあまりダーレスのことを快く思っていなかったりするのか…?

(ラヴクラフトとダーレスの関係についても、本当に仲良かったのかな?って不安に思った)

というのも、以下の記載である。

 

 

P345

もっとも『ネクロノミコン』からの引用で明らかなように、クルウルウが旧支配者の存在をうかがうことしかできない縁者であるとされ、クトゥルー神話でのあつかいとまったく異なっている点を見逃してはならない。

ラヴクラフトはクルウルウを、旧支配者に比べて力の劣る、とるにたらない存在としてあつかっているのである。

(省略)

ダーレスはこの点に注意をはらわず、本篇があつかう正邪の抗争に目をつけ、これをクトゥルー神話に導入したのだった。

 

クトゥルフ神話は、ラヴクラフトが亡くなった後にダーレスが確立したものだが、二人は文通していたとされる。

仲が良かったと思っていたが、もしかしたらダーレスはラヴクラフトの世界観を踏み台にしただけか…?(もちろん尊敬はしていただろうが)

と、当時の作家としての知名度が不明なのでそんな風に勘ぐってしまうけれど……。

ただ、どのみちラヴクラフトが生きているうちに『クトゥルフ神話』の世界観を発表したら、

ラヴクラフトは多分怒ったのではないかなぁ、と思う。

そのくらい作品や解題、手記から読み取れる『ラヴクラフト』という人間は、

自分の作品に信念を持っている。

かなり頑固者で偏見もある人物のようであった。

 

 

P323

(省略)一九二七年に<ウィアード・テイルズ>の編集長ファーンズワス・ライトに宛てた七月五日付の書簡で、ラヴクラフトは自作の『クルウルウの呼び声』にふれ、「名前だけの怪奇さを求め、既知の物や馴染み深いものにしがみついて離れない」読者をあげつらい、自分のかくものはそうした読者の要望にしたがうものではないとして、こう記している。

(省略)

 

直接その言葉を引用したくはあるのだけれど、くどいしややこしいので省略とする。

善悪とか、憎愛とか、人間ぽい感情は『登場する人間』だけにしたいんだ、的なことが書いてあった。つまり、ラヴクラフトの描く世界や登場する邪神の行動は、訳が分からないものであり、これといった具体的なイメージを付けさせたくなかったのだろう、と思う。

こういった点からも、ラヴクラフトが如何に作家として気難しい感じだったのか、わかるだろう。

ダーレスの行動を、彼が快く思うとは考えにくい……。

 

とはいえ、現代までもラヴクラフトの名が知られているのは、

またCoCというTRPGが確立したのもダーレスの功績なので、グッジョブ!サムズアップしたい。

 

 

 

 

 

TOP画は以下からお借りし少し色味変えさせていただきました。

雪山イラスト - No: 22367479/無料イラスト/フリー素材なら「イラストAC」 (ac-illust.com)