ブルックナーを聴こう第2部
~巨匠たちのブルックナー⑩~
第10回:セルジュ・チェリビダッケ
第10回に到達しました。そこで、一昔前に特にブルックナーの演奏で強烈な印象を残していたチェリビダッケの演奏を聴いてみたいと思います。録音嫌いのチェリビダッケはほとんどスタジオ録音を残さなかったため、一時期は幻の巨匠となっていましたが、没後たくさんのライヴや放送用録音が、正規版としてリリースされました。その中の一つのミュンヘン・フィルとの選集です。
【CDについて】
作曲:ブルックナー
曲名:交響曲第8番ハ短調 第2稿ノヴァーク版 (104:13)
演奏:チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1993年9月12-13日、ミュンヘン Philharmonie am Gasteig (ライヴ)
CD:50999 0 85578 2 7(レーベル:EMI) 12CD
【曲について】
ブルックナーの最長の交響曲第8番は、1887年版:第1稿と、1890年版:第2稿があります。現在演奏される主流となっているのは、第2稿で、その中では、シャルクによる初版、ハース版、ノヴァーク版が存在します。最も演奏機会の多いものは、このCDで演奏されている第2稿のノヴァーク版ですが、カラヤンやヴァントなどハース版を支持して演奏していた指揮者も多数存在します。
【演奏について】
チェリビダッケのブルックナーの印象といえば、演奏時間が長いというものです。これは晩年になってからの特徴で、全てではないと思いますが、じっくりと作り上げられた長大な演奏が緊張感が途切れず延々と続くというもの。長い長い至福の時間に浸ることができるということになります。クラシックを聴き始めた頃、シュトゥットガルト放送響とのライヴをFMで聴いた記憶がありますが、当時は全く歯が立ちませんでした。少々まとまった時間と気合が必要なCDです。久しぶりに聴いてみます。
滑らかにゆっくりと演奏が開始されます。じっくり、一つ一つの音符が音になって流れ出していきます。ミュンヘン・フィルの素晴らしい音で、ブルックナーの世界を作っていきます。これは、ブルックナーの全てを漏れなく表現し尽くすという感じですね、ここまで全てを赤裸々に表現して、音楽を成立させる境地とはいったい何なのだろうと、思いを馳せてしまいました。第一楽章が消え入るように終わるところなど、深い闇の中に音が消えていくような気がします。そして、驚くべきことに、時間の経過を全く忘れてしまっていることに気付くのでした。
スケルツォに入りました。刺々しくなく、とても柔らかい印象です。そして第二楽章は、何の誇張もなく、至極真っ当に聴こえます。そして、曲は長大な後半部へと入っていきます。後半の2楽章だけで1時間超なのですね。全体の演奏時間が1時間44分。この時間というのは、映画なら少し短め。オペラやバレエとしても短い方なのでしょうが、逆に交響曲でそれらに匹敵しているということは、純音楽を聴きつつ音楽をドラマのように体験しているという事かもしれません。美しくゆったりと歌われる第三楽章で、十分な時間をこの音楽の中で過ごすことができます。そして、眠りにつくように、終わりの時を迎えます。
いよいよフィナーレです。壮大な第一主題で開始され、ゆったりした懐かしいような第二主題へと続いていきます。チェリビダッケの演奏は、この複雑に構成されたソナタ形式の成果を克明に描き出していきます。曲は様々に展開し変貌を遂げ、華々しいフィナーレへと向かいます。ウォルフの評した「闇に対する光の完全な勝利」。前の楽章は闇に消え入るように終わりますが、終楽章で華々しく閉じられることからもこの評価となっていることでしょう。チェリビダッケの精緻に積み上げられた、この曲の全てを表現しきったような演奏。しかも、聴くものを取り込み長さを感じさせません。ブルックナーの曲の偉大さを正面から表現した稀有な演奏だと思います。
【録音について】
1993年のライヴ。ミュンヘン・フィルの音が美しく捉えられている録音だと思います。
【まとめ】
ブルックナーの演奏の究極の姿だと思いますし、これを乱れず演奏しきったミュンヘン・フィルも偉業を達成していると思います。この演奏は聴けば聴くほどいろいろな発見がある素晴らしいものだと思いました。
さて、巨匠たちのブルックナーとして10回投稿したので、これでひとまずこのシリーズは中締めとしたいと思います。ブルックナーはこれからも散発的に聴いていくと思いますので、またお付き合いいただけると幸いです。最後にこれまでの投稿のリンクをつけさせていただきます。
購入:不明、鑑賞:2023/10/31(再聴)



















