最近リリースされた新譜から ㉔
DGより、「THE LOST TAPES」という新シリーズが始まったようです。未発表録音からのリリースということで、第1回としてルドルフ・ゼルキンの録音が発売されました。いわゆるヒストリカルと同じような性格のシリーズというイメージですが、今後どんな録音が出るのかも楽しみです。
【CDについて】
作曲:ベートーヴェン
曲名:①ピアノ・ソナタ第21番ハ長調 op53 (26:54)
②ビアノ・ソナタ第23番へ短調 op57 (28:50)
演奏:R.ゼルキン(p)
録音:1986年3月 ニューヨーク SUNY Purchase Collage, Recital Hall
1989年5-6月 バーモント Guilford Sound
CD:486 4935 (レーベル:DG)
【曲について】
ピアノ・ソナタ第21番は、「ワルトシュタイン」という愛称で親しまれています。これは、この曲がベートーヴェンの後援者の一人であるワルトシュタイン伯爵に献呈されたことに由来するものです。この曲にはもともと長大な第二楽章が用意されましたが、曲全体が聴きばえがしないという友人の指摘により、ベートーヴェンは現行のものに差し替えました。オリジナルの第二楽章は別に「アンダンテ・ファヴォリ」(WoO57)として出版されました。
【演奏について】
ここに聴くことのできるベートーヴェンのピアノ・ソナタは、ゼルキンが人生最後に録音した未発表録音ということです。1988年の最後のコンサートのあと、1991年に亡くなるまで闘病生活を送っていたゼルキンですが、この録音はゼルキンの体調悪化により、承認を得られないままとなっていました。今回のリリースは、ルドルフの娘のジュディス・ゼルキンによって承認されたもので、ブックレットの冒頭に「それは完璧ではありません。にもかかわらずこの作品は、人間であることが何を意味するのかについてのベートーヴェンの(そして父の!)深い理解を驚くほど反映しているので、共有に値するものです。そして、この演奏が80代の一人の男から生まれたことを知れば、その力強さはまさに恐るべきものです」とコメントされています。
第21番 ワルトシュタイン
やわらかく、ほっこりするような演奏で始まります。音が暖かく、また美しく輝いています。そして、フォルテは鋭く鳴り響き、それ以外は残響が豊かに演奏されていました。この曲は強い演奏のイメージがありましたが、ここでは美しい演奏になっています。ニュアンス豊かで感情のこもった、聴かせるピアノが展開しています。こんな美しい曲だったのかと改めて認識しました。
聴き進むうちに、とてもいいものを聴かせてもらっているという気持ちになります。ゼルキンの演奏の至高の境地であり、一つのピアノ演奏の芸術の頂点ともいえるのでしょう。録音も素晴らしいものです。短い第二楽章は、強い音も弱い音も、こういう音を出すという迷いのない境地で演奏されていると思いました。そして第三楽章。強靭なタッチと柔らかな中間部を過ぎ、堂々とした歩みの中からコーダへと進んでいきました。圧倒される演奏でした。
第23番 熱情
静かな歩みから、一気に力強く展開する強いニュアンスで、新たな感動を呼びます。ワルトシュタインよりも強いニュアンスがあり、ゼルキンのテクニックと芸術に裏付けられた演奏でした。激情と音の輝くような美しさが両方迫ってきます。人間の到達点はどこにあるのだということをついつい考えてしまいます。
第二楽章の主題は抑え気味な行進曲風に感じられ、何故か明るい葬送行進曲と思っているうちに変奏に入っていきました。第二楽章から第三楽章へと進み、どんどん熱量が上がっていきます。音楽あるいはテクニックのというより、感情の熱量です。こうなったら巨匠の魔力に捉われて身じろぎもできません。一つ一つのタッチに魅入られてしまうのです。
【録音について】
大変素晴らしい録音です。音を大きくしても安定していて、あの時代の演奏がこの音で聴けることは素晴らしいと思います。ふと、コルトーの演奏がこの音で聴けたらどんな感じだろうと考えてしまいました(笑)。
【まとめ】
ルドルフ・ゼルキンの最後の演奏が世に出たことになります。改めて往年の巨匠の凄さを感じるとともに、ジュディス・ゼルキンの巻頭言にも納得しました。これを聴くと自分にとってのクラシックは、1980年代までの録音で終わっていて、あとは繰り返しと確認に過ぎない…と考え込んでしまうのでした。
購入:2023/12/06、鑑賞:2024/01/05
ベートーヴェンのピアノ・ソナタに関連する過去記事です。