被災地で厳しい再就職の壁
東日本大震災の被害が大きかった岩手、宮城、福島3県で、失業して雇用保険の失業手当を受けた人のうち、受給期間内に再就職が出来ず、期間を延長した人が9月末現在で計1万2705人に上ることが7日、厚生労働省のまとめで分かった。
昨年の9月末は3213人に比べ、約4倍となっている。
被災地での再就職は極めて難しく、厳しい雇用情勢が改めて浮き彫りになった。
失業手当の給付日数は原則90~330日となっている。
この間に仕事が見つからない場合は、平成21年3月以降は条件を満たせば、30日から60日の延長給付が受けられようになった。
厚労省がまとめたデータによると、今年9月末で延長給付を受けている人は、宮城県が最多の5890人で、昨年と比べ3・85倍に、福島県も4875人に上り、4・46倍、岩手県も1940人で、3・26倍だった。
仮設入居者に手縫いのぞうきん
日赤小名浜方部赤十字奉仕団は7日、いわき市泉に建設された富岡町の応急仮設住宅の住民に、手縫いのぞうきんとナイロンたわしをプレゼントした。
これらの品物は長崎県地城赤十字奉仕団から同方部赤十字奉仕団に届いた救援物資で、同日はメンバー12人が218世帯分を持ち寄った。
メンバー達は2人1組となり1世帯づつ訪ねながら、時に身の上相談を行うなどしながら、住民に手渡した。
住民の方々はうれしそうに笑顔でプレゼントを受け取っていた。
45年前のおまじないが効いた?
華やかに活躍する芸能人はメディアを通して人々に夢を与え、時にファンは恋心にも似た想いを寄せて応援する。
それが普通の関係性だ。しかし、中にはその想いを現実に叶えてしまう、幸運な人もいる。
以前、あるニュースを知った55歳の米国人女性は、過去にファンだった元子役俳優の存在を思い出した。淡い気持ちが蘇った女性はネットで元子役のメールアドレスを発見し、連絡を取ってみたところ意気投合。
2人は現在、交際をスタートさせたという。
ペンシルバニア州に住む55歳の女性ドナ・マッコールさんは先日、ネットであるニュースを見かけた。
それは「ガムの包装紙を12マイル(約19キロ)繋げて世界記録を作った」(英紙デイリー・テレグラフより)というもの。
するとマッコールさんは、自分がまだ10歳だった頃に「ガムの包装紙で作ったチェーンを、好きな相手の身長と同じくらい作れば、その人をゲットできる」(米放送局FOXより)との“恋のおまじない”が流行っていたことを思い出した。
当時、マッコールさんが熱を上げていたのが、人気ホームコメディドラマに出演していた子役俳優のブッチ・パトリックさんだ。少女だったマッコールさんはファンレターも送り、その中で彼の身長を質問。
その後届いたパトリックさんからの返事に「約134センチ」とあったことを受け、健気にその長さの包装紙チェーンを作った。
1970年代に入ると、大人になったパトリックさんは仕事が減り、目立った芸能活動もなくなってしまう。
一方のマッコールさんは、米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)のフィラデルフィア・イーグルスでチアリーダーを務めるなど、華やかな道を歩み結婚。幸せな人生を送っていた。
それから長い月日が流れ、先日の世界記録のニュースを見たときに、少女時代の恋心を思い出したマッコールさん。
現在55歳になったとはいえ、離婚して独身となっていた彼女に、恋の障害は何もなかった。ネットでパトリックさんの情報を探すと、彼のメールアドレスを発見。実に45年ぶりに、彼女はパトリックさんに連絡を取ってみることにした。
メールを受けたパトリックさんも、やり取りを重ねて彼女から送られる写真を見るうちに魅かれていき、「この女性に会わなければ」(デイリー・テレグラフ紙より)と思ったという。
彼自身も「これまでに結婚の経験がない」(米紙トリビューン・デモクラット紙より)ため、独身で何の問題もなし。
電話番号を交換して電話でのやり取りも始めるようになった後、今年5月にフィラデルフィアでのイベントで初めて顔を合わせた。
すっかり意気投合した2人は、ここから交際に発展。現在は、パトリックさんがロサンゼルスとフロリダに置いていた生活拠点を彼女の住むペンシルバニア州に移し、近いうちに一緒に暮らす予定だそうだ。
欧米の多くのメディアが注目する話題のカップルとなり、周囲からは結婚への期待も寄せられるそうだが、
「まだ3~4か月の付き合いなのに、そこに飛んじゃうのはちょっとおかしいよ」(デイリー・テレグラフ紙より)と、パトリックさんははぐらかしている。
それでも、今は幸せを感じているという2人。それは、10歳の頃にマッコールさんが作った包装紙のチェーンがもたらした幸せなのかもしれない。
400本のひまわりが満開に
いわき市の勿来工業高校の玄関前に植えられている約400本のひまわりが満開になり、生徒や来校者の目を楽しませている。
このひまわりは園芸愛好家の校長が種を提供し、同校園芸部の2年生が中心なって5月から種まきを行い、育った苗を玄関前や校舎の花壇などに移植したものだ。
あざやかな黄色のひまわりは、晩夏の青空によく映え、勉学やスポーツに励む生徒達を見守っている。
校長は「震災の影響を受けたが、2学期から仮設校舎で授業を開始した。生徒達もひまわりのようにまっすぐに伸びて欲しい」と話している。
復興全国キャラバンファイナル
東日本大震災で被災し、原発事故の風評被害に苦しむい わき市の観光復興イベント、「来てくんちぇ!いわき・福島全国キャラバン」が31日、JR水戸駅でファイナルを迎えた。
いわきの物産品販売の他、スパリゾートハワイアンズのフラガールによるフラダンスの公演なども開催された。
官民が一体となり「オールいわき体制」で震災からの復興を誓うメッセージを発信し、「いわきの元気」をアピールしてきた。
同キャラバンは、いわき市の観光復興と風評被害の払拭をはかろうと、8月1日からのJR上野駅を皮切りに、日本全国、さらには韓国までに渡って行われた。
ファイナルセレモニーでは、水戸駅長がフラガールに花束を贈呈、いわきまちづくりビュロー専務理事が「このキャラバンを通して、皆様のおかげで、改めて人と人との絆を強く感じることが出来ました。今後もいわきの観光復興に向けて、全力で取り組んで行きたい」と挨拶した。
このあと、代表者が、「来てくんちぇ!」、フラガールが「いわき!」と復興のかけ声とともに右こぶしを挙げると、1ヶ月に渡るPR活動の成功を祝い、金色の紙吹雪が会場を包み込んだ。
亡き友へ届け、鎮魂の踊り
東日本大震災を機に、いわき海星 高校の生徒有志が結成したじゃんがら念仏踊りチームは13日、人命救助に奔走したのち、津波で尊い命を落とした2年生の生徒の御霊を供養するため、家族が避難生活を送る小名浜でじゃんがら念仏踊り披露した。
鎮魂、そして成人の分も頑張る、との思いを込めて、精一杯踊る生徒達。
家族は亡き子どもの遺影をそっと抱きしめ、静かに踊りを見守った。
踊りを披露したのは、1~3年生と専攻科の生徒約20人。
なかには亡くなった生徒のクラスメートの姿もあった。
最高のハグで自殺を止める
家族や友人、恋人など、その形はいろいろだが、人は愛情を受けることに幸せを感じ、生きていくもの。
もし、それが不足していると感じたとき、中には絶望に追い込まれてしまう人もいる。
先日、英国の高速道路にかかる橋で、欄干から足を投げ出した状態で座っている女性を、たまたま車で通りかかった19歳の女性が発見した。
1時間の説得の末、死のうとしていた47歳の女性は自殺を思いとどまり事なきを得たのだが、このとき19歳の女性は「最高のハグをしてあげる」と語りかけ、必死に諭していたという。
19歳のエマ・ニーダムさんはこの日、友人の家から車で帰宅中、英中部オールダムの高速道路上にかかる橋で異様な光景を目撃した。
母親らしき女性が橋の欄干から足を投げ出した状態で座り、その傍らで「男の子が身を投げないよう頼んでいた」(英紙デイリー・エクスプレスより)という。
状況を察知したニーダムさんは、すぐに警察へ通報。自分も急いで車を降り、自殺を思いとどまらせるために説得を始めた。
当時の状況について「彼女はとても興奮していて、私も心臓が口から飛び出しそうだった」と振り返るニーダムさん。
下を走る高速道路では多くの車が行き交う緊迫した状況の中、ニーダムさんは「彼女が座る反対側のフェンスの地面に座って、話し始めた」(英紙デイリー・メールより)。
やがて警察が高速道路を閉鎖。橋の下を走る車もいなくなり、ニーダムさんは警察とも連絡を取り続けながら、静かに女性の話に耳を傾けた。
「個人的な問題を抱えている」など、少しずつ心の中を語り始めた女性。
しかし、タバコを取り出しては「これが最後」と、なおも自殺を止めるつもりがないように話す女性に、ニーダムさんは必死に「冷静さを保ち続けた」という。
それは、明らかに動揺している女性に落ち付きを取り戻させるためでもあり、「愛を望んでいるということが分かっていた」ためでもあった。
そこでニーダムさんは「私のほうに来るなら、今までで最高のハグをするから」と語りかけたそうだ。
そんなニーダムさんの様子に、交渉に当たろうと現場に駆け付けた警察関係者も「エマのデリケートな扱いに感銘を受け」(英紙デイリー・ミラーより)、2人での会話を続けさせることに。
そしてアイコンタクトも感じ取ったニーダムさんは、女性に「安らぎを与えるため」に近付くと手を取った。
その後ずっと手を握りしめたまま、2人が約1時間の会話を重ねると、女性は橋の外へ向けていた体をニーダムさんの身に委ね、自殺を思いとどまったという。
こうして救出に成功したニーダムさんは、もちろん目一杯のハグで女性を温かく包みこんだ。
女性はニーダムさんに抱かれながら救急車で病院に運ばれ、診療を受け帰宅。
咄嗟の判断で1人の命を救ったことに、ニーダムさんは「すべてがうまくいって嬉しい」と話し、母親のスーさんも「勇気あることをした」と娘の行動を喜んでいる。
家族写真で笑顔を取り戻す
3日、「被災者支援無料撮影会」がいわき市内の正月荘で行われた。
福島県石川町出身の写真家の織田隆一が、家族の写真を失った人達の新たな思いで作りに協力したものだ。
織田さんは、家族の幸せに写真で貢献しようと3年前に「ファミリースタイルフォト」を立ち上げ、子供や家族、妊婦さんなどを撮影し続けている。
津波で何もかも失い、悲しみに暮れる人達の姿を見て、今このときにしかできない子供や家族の写真をプレゼントして、笑顔を取り戻して欲しいと、被災地での撮影会を企画した。
いわきでの撮影会は6月に続いて2度目となる。
同日は約20組の家族が訪れ、織田さんのシャッターに収まった。
津波被害に依り仮設住宅で生活しているという家族や、家族の写真を全部失ってしまったという親子は、父親の昼休みの合間を塗って開錠に駆けつけて撮影してもらうなど、さまざまな思いを抱えた人達がカメラと向き合った。