9/4
一週間前のこと。
バイト帰りの疲れた足でノロノロと家路を歩いていると、突然、遠くから人々の叫び声にまじった重低音が響くのが聞こえた。折りしも有名な心霊スポットである千駄ヶ谷トンネルのすぐ近く。すわ何かの霊的現象かと鳩森神社から音のする方角へと駆け寄っていくと、国立競技場から何本ものサーチライトの光が下から突き出しているのが見えた。気がつくと千駄ヶ谷駅から競技場まで、人々の群れが途切れなく続いている。彼らの服装と持ち物から、この現象が何なのかが判明した。
嵐だ。
嵐という名称の、女子から大人気を博すアイドルグループのコンサートが、この国立競技場で行われていたのである見れば周囲は圧倒的に女性が多かった。夏休み最後の思い出でもつくりにきたのか。このライブの轟音。何百メートルも先から、音楽やMCの声まで聞こえてくるのだから物凄い。これなら会場に入れなくても、それなりにライブを堪能できてしまうほどだ。周りにいる女子の群れにしてからが、チケットを取れないにしても外にこぼれる音を楽しもうという、ウッドストック的な目論見の集団なのだろう。
周辺には男もいるが、その半分はダフ屋なのだろう、まとっている空気がまったく楽しげではない。周りがハレなのに、彼らだけがどんよりしたケの顔をしているのが見てとれる。おそらく傍から見れば、僕の醸しだす空気も似たようなものだったと思う。
そういえば、ここに住んでいるホームレスのオジさんはどうしているのだろう。競技場の壁沿いに、かなり立派な段ボールハウスを作って暮すオジさんがいるのだ。あそこなどもっと狂乱した人々で溢れかえっているだろう。熱気で半狂乱になったファンに、飼い猫ごと踏み潰されてないといいけど。気にはなったが、人波をかき分ける体力は僕にはなかった。そのまま総武線の高架をくぐり、新宿御苑の脇の薄暗い道を、缶チューハイをじゅるじゅると飲みながら帰っていった。
そして今日。嵐のコンサートで新型インフルエンザが集団感染した可能性もあった、というネットの記事を読んだ。共演したNEWSというアイドルグループの人間がインフルにかかっていたらしい。まあ、コンサート自体はもう一週間も前のことだから、結果として集団感染は大丈夫だったのだろう。いや、良かった。本当に良かった。
良かった。
9/3
しばらく前の話だが、新品の靴を買った。持っていた靴の全てがグズグズに溶けるかと思うほどに壊れてきたからだ。
そこで気付いたのだが、買ったばかりの靴というのは、臭くない。当たり前だとかそういうことでなく、本当にまったく臭くない。驚くべきことに、いくら夏の暑い時分に汗をかきかき日がな履いても、脱いだ時にまったく足が臭くなっていないのだ。僕は足の蒸れが人より強く、そのぶん匂いもキツい方だと自分で思っていたのに。どうやら、それは間違いだったのではないか?
だが、しばらく生活を共にし続け、あるいは餓鬼洞という海岸沿いの洞窟を探検したり、あるいは豪雨の中でキャンプしたりなど、過酷な状況を経ていくうちに、新品だった靴も次第にくたびれていった。すると、十分も履けば足が蒸れて臭みを放つようなブツになってしまったのだ。
これはつまり、と僕は思う。僕は自分の足が臭いものだと自覚して暮らしてきたが、僕の足それ自体は決して臭い訳ではなく、ただ古びた靴の中に潜む雑菌のようなものが足裏に付着して、それが臭いだけなのではないのか?僕は体質として、けっして足の臭腺の強い人間ではないのではないか?今までずっと臭いと思ってきたのは、いくら靴がボロボロになっても何年もしつこく履き続けていたからではないのか?僕が臭かった疑惑は間違っていた!冤罪だったんだ!僕は悪くない!悪いのは全部、靴だったんだ!
スニーカーって、どうやって洗えばいいのだろう。
9/2
今さらだが、定額給付金について。
僕はこの政策に反対していた。消費の促進について、小額のバラマキを実施したところで効果は無いと考えていたからだ。結果はご存知の通りだが、僕は頑なに給付金の申請をしなかった。反対の意思を表明していた手前、ほいほいと金を受け取るのは何となく男らしくないように思えたからだ。他人からすればバカの固意地に見えよう。しかし極貧の中にあって12000円を受け取らないというのは、かなりの精神力を要することである。それでも僕はプロテスタントの意思を持って、あえて給付金を手に取らないようにしているのだ。
というのが、僕がこれまで皆に吹聴していた政治的スタンスだった。のだが、この日、区から一通の手紙が届いた。内容をかいつまんでいうと「お前、定額給付金の申請してないけどいらないの?どうせ手続きの仕方が分からないか、申請書を無くしちゃったかのどっちかだべ?もう一回送ってやっからとっとと申請しろ」とのこと。そんな手紙を片手に、畳の上で小躍りする僕。やったー。無くしたらもう貰えないかと思ってたー。麻生総理サイコー。やめないでー。へへへ12000円!何を買おうかしら。