怪談サークル とうもろこしの会 -305ページ目

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知人から、ボールペンをねだられた。
バイト先からパチってきた、アスクルのボールペンだ。知人は、どうもそのボールペンが大のお気に入りらしく、是非とも譲ってほしいと言ってくる。具体的に言うと「ASKULノック式ゲルインクボールペン(黒)」である。どうせタダで手に入れたものだし、僕にしては気前よく渡してあげることにする。知人の熱意が異常なほどに高かったせいもあるかもしれない。
アスクルのボールペンの中には幾つかのモデルがある。その中で最安値が “油性ボールペン(ノック式)黒”の50円で、ゲルインク型は一本につき8円ほど高い。知人のところもそうだったようだが、この2種類が混在しているオフィスはけっこう多いのではないかと思われる。そして、両者で書き心地や使い勝手が大きく変わってくるのは間違いない。
知人はゲルインクがお気に入りのようだが、僕は従来の油性タイプの方が好きだ。「ASKULノック式油性ボールペン(黒)」のことである。ゲルはインクのノリが良すぎるのだ。Gペンのように線に入り・抜きが出てしまうという点に疑問が残る。我々は電話をメモしているのであって、マンガを描いているのではない。透明でツルツルなデザインも、持った感触としてどことなく心もとなく感じられる。
一方、油性タイプは無骨なデザインが好ましい。透明な方の過剰なインクの出方もない。時によっては筆跡がかすれる程だが、この筆圧を強めにしないといけないインクのノリが、不器用ながらも誠実な印象を与えはしないだろうか。
そして両者の評価の差は、複写の伝票を書く際に決定的となる。透明な方で薄い複写伝票に記入しようとすると、しばしば紙が破れてしまうのだ。もし、それが宛名を書き終わる直前だったとしたら。誰しもが即座にペンを叩き折るだろう。基礎鍛錬を怠った速球投手が肘を故障するのと同じように、インクのノリのよさからペン先を細めたツケが、ここに表われているのだ。
やはり僕としては「ASKULノック式油性ボールペン(黒)」の、どんなに強い筆圧をも紙に反映する、堅実なステアリング性能に高評価を与えたい。とはいえ、もちろん両者のペンにはそれぞれの良さがあることは言い添えておきたい。ゲルインクのスピード感は、オフの日に気軽にものごとを書き付けるのに最適だ。シーンに合わせてタイプを使い分けるのが、本当のアスクルマスターと呼べるのではないだろうか。

といったようなことを、ボールペンをあげる時に知人に熱弁しようと思ったけど、止めておいた。


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副会長に依頼されて肉体労働をする。
缶ジュースやペットボトルが詰まった段ボール箱を、名称は忘れたがハイエースっぽいバンいっぱいに詰めて、鎌倉から渋谷まで運搬する仕事である。昔、派遣会社に登録していた頃を思い出すような仕事だった。オフィスの引越し作業や、嵐のコンサートの警備(12時間休憩なしで誰か入ってこないように非常口に立ってるだけ)や、ラルクアンシェルの武道館ライブの撤収(歩いちゃいけないとこを歩いて「殺すぞ!」と言われた)などなど。ただ立つ、ただ運ぶなど、自分がただ一つの目的のための機械になったと思い込むのがコツなのだ。そんな、1年360日働いてるのにビックリするほど貧乏だった頃の記憶が蘇ってきて、けっこう嫌だった。


9/5

何の巡りあわせだろうか、踊りを踊らなくてはいけなくなってしまった。
別に精神状態が高揚して、体のおもむくままに踊りたくて踊る訳ではなく、仕事として、である。人からお金をいただく仕事の一環として、自分で振付けまで考えて踊らざるをえなくなったのだ。運動神経が極端に鈍く、関節も老人並みに固い僕が、きちんとリズムをとったりステップを踏めるはずがない。熱心にダンスを練習する人々にとっては、もはや冒涜となるような動作しか出来ないだろう。それでも極貧の中、お金をもらえるなら何でもやらざるをえない。
とりあえずアイドルの振り付け程度ならパクることも可能かもしれない。そう思ってユーチューブで昔のザ・ベストテンを視聴し、西城秀樹などの歌い踊る様を参考にしてみる。そこからインスパイアされた何がしかの動きを実践すべく、台所に行く。流し台と壁のスキマから姿見の鏡(近所の何をしているのか分からない会社が、路上で300円で売っていた)を取り出し、その前で手足をひねったりくねらせたりしてみる。9月第一週の土曜日は、それまでの冷夏が嘘のように暑く、何のほどもない運動をしているだけで、体のあちこちから汗が湧いてくる。姿見の中には、目に光のない、口を半開きにした男が写っていて、やんわりと威嚇する蛸を思わせる動きをしている。
午後の日差しはさらに強くなり、台所の床を炙るほどに照らしている。なんだかこんな夢を、十代の頃、風邪をひいた時に決まってみていたような気がする。その時は数年後の自分が、こうして日々の生活をしのぐようになるとは、一瞬でも想像していなかった。