9/5 | 怪談サークル とうもろこしの会

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何の巡りあわせだろうか、踊りを踊らなくてはいけなくなってしまった。
別に精神状態が高揚して、体のおもむくままに踊りたくて踊る訳ではなく、仕事として、である。人からお金をいただく仕事の一環として、自分で振付けまで考えて踊らざるをえなくなったのだ。運動神経が極端に鈍く、関節も老人並みに固い僕が、きちんとリズムをとったりステップを踏めるはずがない。熱心にダンスを練習する人々にとっては、もはや冒涜となるような動作しか出来ないだろう。それでも極貧の中、お金をもらえるなら何でもやらざるをえない。
とりあえずアイドルの振り付け程度ならパクることも可能かもしれない。そう思ってユーチューブで昔のザ・ベストテンを視聴し、西城秀樹などの歌い踊る様を参考にしてみる。そこからインスパイアされた何がしかの動きを実践すべく、台所に行く。流し台と壁のスキマから姿見の鏡(近所の何をしているのか分からない会社が、路上で300円で売っていた)を取り出し、その前で手足をひねったりくねらせたりしてみる。9月第一週の土曜日は、それまでの冷夏が嘘のように暑く、何のほどもない運動をしているだけで、体のあちこちから汗が湧いてくる。姿見の中には、目に光のない、口を半開きにした男が写っていて、やんわりと威嚇する蛸を思わせる動きをしている。
午後の日差しはさらに強くなり、台所の床を炙るほどに照らしている。なんだかこんな夢を、十代の頃、風邪をひいた時に決まってみていたような気がする。その時は数年後の自分が、こうして日々の生活をしのぐようになるとは、一瞬でも想像していなかった。