主食はバナナです -7ページ目

主食はバナナです

副食はリンゴです

方法序説 (岩波文庫)/デカルト

¥483
Amazon.co.jp

デカルトの方法序説です。
デカルトといえば「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する」で有名です。
一切を疑うべしという方法的懐疑からこの命題へと辿り着くわけですね。
その後は心身二元論を経て神の存在証明へと向かうのですが、
この「神の存在証明」へ至るロジックがいまいち理解できませんでした。
何度も読んだのですが、なんだか納得がいきません。
(恐らく自分の読解力のなさに起因していると思われます)

デカルトは近代哲学の原点であると同時に、
現代に通じる学問の基本的な枠組みを築いたみたいですね。
(一応)自然科学の基礎研究に携わっている身として、
本書全体を覆っている徹底的に真理を追究する姿勢に強く共感しました。
ティファニーで朝食を [DVD]/オードリー・ヘプバーン,ジョージ・ペパード,パトリシア・ニール

¥1,500
Amazon.co.jp

オードリー・ヘップバーン主演の「ティファニーで朝食を」です。
主題歌の「ムーンリバー」も有名ですね。

感想は・・・うーむ微妙。
なぜこれが名作なんだろう。
(原作を読んだほうがいいのか???)

オードリー・ヘップバーンは確かに綺麗でしたが、
ローマの休日やマイフェアレディのほうが魅力的だった気がします。

ストーリーが何だかよくわからない。
ラストシーンも感動的になるように無理やり取って付けた様な印象。
日本人のステレオタイプも馬鹿にされているようで鼻につく。

辛口すぎですかねw
そんなに酷すぎる映画ではないのですが、
期待していた分ちょっとがっかりしてしまいました。。。
ひまつぶしとひつまぶしって紛らわしいよね。
人生で一回くらい「ひまつぶし」を「ひつまぶし」と書き間違えてしまいそうだね。
「お前にとって俺は単なるひつまぶしだったのかよ!」みたいなね。

どうも、今日も眠くなるまでの暇つぶしエントリーでございやす。

学校から帰ってから、ちょこちょこ勉強をしていたわけですが、
ベッセルの不等式やらパーシバルの等式やらが出てきたらへんで、
頭がクララのようにくらくらしてきたので、
休憩をしました。

もうすぐドバイへ旅立ってしまう先輩が、
ほぼ新品のDSとドラクエをプレゼントしてくれたので、
さっき始めてみたのですが、
最初のシーンでスライムをぶっ殺した時点で飽きてしまいました。

うーんやっぱりゲームはもうあんまりやる気がしないなぁ。
ゲオにいったら8000円くらいでDS売れるみたいだしなぁ。

僕も昔はゲームをちょいちょいやっていて、
セガサターンやドリキャスを持っていたのですが、
ドリキャスが新しいソフトを発売しなくなったのをきっかけに、
ゲームからほぼ卒業しました。

人数の少ない田舎の小学校とかでよくある「この学校は来年からなくなります」みたいなシチュエーションですね。
ゲーム強制卒業。
さらば、シーマンに捧げた青春。
さらば、シェンムーに捧げた青春。
さらば、スペースチャンネル5に捧げた青春。

それでゲームはあきらめたわけで、
ずっとyoutubeでゆずのライブを観てました。

いやーやっぱりゆずは最高だね。
もうどの曲を聴いてても心がゆずゆずしちゃいますね。
僕も昔はかなりゆずってたほうなのですが、
最近は特にゆずっていて、
本当にゆずは時代を超えてゆずゆずしてるというか、
もうゆずなしの人生なんてwithoutゆずゆずだよね。

さてさて、ひつまぶしの話に戻りますが、
俺は名古屋の近く出身ですが、
ひつまぶしを初めて食べたのは先月です。

名古屋飯というのはものすごく評判が悪く、
愛知県民は味覚がおかしいとよく言われますが、
ひつまぶしだけはみんな美味しいと言ってくれます。

でも、ひつまぶしってみんなあまり食べない気がする。
両親に「ひつまぶし作って」と頼んだら、
「めんどくさい。うな重でいいだろ」と叱られた記憶があります。

ちなみに、名古屋飯の評判も悪いですが、
名古屋嬢の評判も悪い。
日本三大ブスといわれてるらしい。

Q.名古屋にいる美人のことを何というか
A.旅行者

というジョークがあるほど、評判が悪い。
まあ、実際は美人さんもたくさんいますよ。

そういえば、なぜ打ち消し線がずっとあるのかと言いますと、

単なる嫌がらせです。

普通は強調したい文章に打ち消し線をつけると思いますが、
逆に常に打ち消し線をつけておいたら、
普通の文章が強調になるのではと考えたからです。

こんなゴミみたいな文章を、わざわざ読んでくれている人がいるのに、
ありがたがるどころか、もっと読みにくくするなんて、
ふざけた野郎ですね、ほんとに。

ひょっとしたら漢数字の「一」とかって、
打ち消し線でリアルに打ち消されてしまうんじゃないだろうか。

一休さん
一寸法師
第一生命
一本!それまで!
一期一会

うむむ。。ギリギリ消えないなぁ。
伸ばし棒とかだったら消えるんだろうか。

ウーパールーパー

うむむ。やっぱりギリギリ消えないなぁ。


なんだこのエントリー。
完全に頭がおかしい人みたいだな
「箸が転がってもおかしい年頃」という言葉があるけれど、
本当に箸が転がったのを見て笑う年頃があるのだろうか。

最近の女子高生や女子中学生は、
毎日のようにお笑い芸人の洗練されたトークのシャワーを浴びているはずで、
箸が転がったくらいでは笑わない気がする。

人通りの多い場所(渋谷とか?)で、
道行く女子高生を呼び止めて、
目の前で箸をコロコロしてみたい。
そして、表情に変化があるかどうかを、まじまじと見てみたい。
そうしたら、本当に笑うかどうか、統計データを得られる。
(恐らく、それと同時に、大切なものを失う)

いや、女子高生や女子中学生は無理でも、
赤ちゃんだったら箸が転がるのを見て笑ってくれる気がする。
笑ってる赤ちゃんの目の前にサッと移動し、
スッと箸を転がせばいいだけの話だ。
(そしてスタコラサッサとすぐ逃げるのだ)

しかし、近づいた瞬間に笑うのをやめてしまったらどうしよう。
変なお兄さんがいきなり近づいてきたら警戒されるかもしれない。
人間の本能は馬鹿にできない。

いや、大丈夫だろう。
ありがたいことに、僕は他人に警戒心を抱かれにくい外見をしているらしい。

人通りの多い駅前で、カレー屋のチラシを渡そうとして、
なかなか渡せずに困っているインド人が、
僕が近づいたときだけは、
なぜかとても自信満々にチラシを渡してくるのだ。

ちゃんと統計をとったことはないが、
カレー屋を経営するインド人にチラシを渡されそうになった経験は、
他人と比べて僕は格段に多いと思う。

インド人をひきつける才能があるのかもしれない。
日本ではなかなかスターになれそうにない僕だけれども、
インドに行ったら大スターになれるかもしれない。
「インドの水島ヒロ」になれるかもしれない。

閑話休題。

箸を転がして笑ってもらうには、
ひょっとしたら箸に工夫をすればいいのではないか。
例えば赤ちゃんをあやすガラガラを箸の先端につけておけば、
理論上はガラガラを鳴らすのと全く同じ効果が得られるはずだ。

よし、赤ちゃんはオッケーだとしよう。
次は女子高生の番だ。

こいつは難題だ。
女子高生が何を見て喜び、何を見て笑うのか、全く分からない。
箸に水島ヒロの写真でも貼り付けておけばいいのか。
箸に「インドの水島ヒロ」の写真でも貼り付けておけばいいのか。
いや、笑わないだろう。

箸にスピーカーを内臓しておいて、
箸が転がると同時にダジャレが流れるのはどうだろう。

コロコロ。
「コンドルが地面にめりこんどる」

うん。

さぁさぁ、書いている人にとっても、読んでいる人にとっても、
時間の無駄でしかない記事になってきましたよ。

本当は「若い子が礼儀がなっていないことに対して「これだからゆとり世代は」と言う人が多いけれど、ゆとり世代といっても特別な精神教育がされたわけじゃなくて、単に勉強量が減っただけだから、礼儀作法とは直接関係ないんじゃないか?それとも勉強すればするほど礼儀作法がしっかりするんだろうか?」というトピックについて書きたかったのだけど、何でこんな記事になってしまったんだろうあぁ、めんどくさいからもういいいや。
『論理哲学論考』を読む/野矢 茂樹

¥2,520
Amazon.co.jp

「「論理哲学論考」を読む」という本を読んでも、「論理哲学論考」を読んだことにはならない。
当然のことである。

という素晴らしい文章で始まります。
久しぶりに「うーん」と唸らされた本です。

一人の人間が知性のみを武器としてこのような仕事を成し遂げた、
という事実に胸が熱くなりました。

内容に関しては、ところどころ難しくて分からない箇所もありましたが、
(というか全然理解できていない気がする・・・)
とにかく読んで良かった。
10年くらいたったら、また読んでみたい。
流体の力学―水力学と粘性・完全流体力学の基礎/松尾 一泰

¥3,675
Amazon.co.jp

僕は専門が流体工学なのですが、
流体力学の授業を不可った経験もあるくらい、
基礎ができていません。
院試で一応勉強しなおしたのですが、
優秀な同期たちと比べると理解が浅いです。

この前、某企業の人から、
「ベンチュリ効果においてなぜ圧力が低くなるのかを小学生に説明するとしたら何と説明しますか」
という無茶振りをされて答えに窮しました。
「流路が狭くなっていたら満員電車のように圧力が高くなりそうなのに、なぜ直感に反する結果となるのですか」
うむむ。
この質問には他の人たちも困っていました。

「ベルヌーイさんがそう言うんだからとにかくそうなんだ。大人をなめるなよ」
と小学生に言ったら負けな気がしますw

そんなこともあり、久しぶりに流体力学の本をパラパラと読んでみました。
あぁ、懐かしいなぁ。全く覚えてないや(笑)

上の質問の答えはなんとなく自分の中で固まったのですが、
不特定多数に公開するほど自信がないので書きませんw

---

僕は哲学の本のレビューとかをブログでだらだら書いているけれど、
専門外に関することって、すごく語りやすい。
何かを突っ込まれたら「門外漢なんでわかりません」と逃げれますからね。

しかし、自分の専門分野はそれじゃ駄目ですよね。
自分の一生をかけてでも、
何かを責任を持って語れるような人になりたいな。ならなくちゃ。絶対なってやる。
オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ/吉田 武

¥1,890
Amazon.co.jp

オイラーの公式を理解することを目標に、
基礎的な数学全般の学習が一人でできるように工夫した、
全く新しい形式の入門書です。

オイラーの公式とは、

e^(±ix) = cosx ± i sinx

というものすごく有名な公式です。
高校時代、数学が得意な友人が、
この公式の美しさを熱く語っていた覚えがあります。

この本の著者も、この公式の美しさを賞賛しています。
例えば、公式の証明をした直後の文章を引用しますと

この式を導くために、前章までに様々な概念を学び、今ようやく目的を達成したわけである。オイラーの公式において、それぞれまったく独立に定義されたふたつの関数 - 単調関数である”指数関数”と周期関数である”三角関数” - が”虚数”を取り込むことにより結びついている。これは誠に驚嘆すべき結果である。この式の構成要素のすべてが数学的に重要なものであり、しかも、その係わりあいの精妙さ、大胆さにおいて他に比べるものが無い

てな感じです。

本書の内容は知っていることが多かったので、
適当に拾い読みをしていたのですが、
確かにオイラーの公式が証明された箇所では「おおっ」と驚嘆しました。

でも、高校の友人やこの本の著者ぐらい感動できないってことは、
数学的センスが足りないのだろうかw

実際、大学入試本番でも数学全然できなかったしなぁ(^▽^;)
昼寝しすぎたせいで全然寝れない。
だから眠くなるまでの暇つぶしとして、
たらちゃんのようにたらたらとブログを書いてみます。

ブログを始めてから文章を書くことが自然な作業になってきた。
日課というわけではないけど、
ちょろっと頭に浮かんだこととか、
本の感想とか映画の感想とかを、
完成されたものではなく、
一種の流れとして描いていくのは
とても嬉しい。

あ、先に言っておきますが、すでに酔っ払ってます。
適当に書いていくぜ、ぐへへ。
ぐへへぐへへ。
ぐへへぐへへ。
だんだん「ぐへへ」がゲシュタルト崩壊してきたぜ、ぐへへ。
よし、今回はぐへへキャラでいこう、ぐへへ。

文章を書くことってけっこう特別視されませんかね。
例えば「詩を書いている」とかいったらバカにされそうな気がする。
(僕のex-girlfriendの元彼がポエマーだったらしく、
 別れ際にポエムを贈られたといってボロクソにけなしていた)
詩と言えば、こんな詩を読んだよ。

---

詩って何? わかる?
バラではなくて、 その香り、
空ではなくて、 その光り、
虫ではなくて、 その動き、
海ではなくて、 その響き、

---

いい詩だよね、ぐへへ。
話を元に戻そうか、ベイビー。
文章を書くことは特別視されている気がしますが、
まああれだよね。実際は自然なことだよね。
ショートケーキにイチゴが乗ってるくらい自然なことだよね。
人は一日にたくさんのことを考えてます。
好きなアイドルのことだったり、
日中関係のことだったり、
ゲーデルの不確定性原理だったり、
まあ考える内容は色々ですが、
・・・あぁ、めんどくさいからこの話は打ち切ろう。
banana先生の次回作に乞うご期待、ぐへへ。

今、ゆずが流れています。
柚子が川をドンブラコと流れているわけじゃないよ、ぐへへ。
アーティストの方のゆずのアルバムを流しています。

中高生のころにはまったゆずを最近になって再び聞いてます。
中学の文化祭で二人組みで弾き語りしたのもゆずの曲だったなぁ。
マイフェイバリットアーティストです。

歌が上手いっていいなぁ。
あれだけ上手かったら人生楽しい気がする。

僕は自分の歌声と音感に強烈なコンプレックスを持っているため、
(といっても他の人の心の中と比べることはもちろんできないのだけれど、
 サークルの仲間とかと話しているときは、そんな風に感じたのだよ、ぶへへ)
高校と大学での歌の練習はネガティブな感情に駆動されていた気がします。
だから、なんか脆かったなぁ。
歌が脆かったし、パートリーダーとしての基盤も脆かった。
つまり諸々脆かった。
モロモロモロかった。
モロッコはモロモロモロかった。
トウモロコシもモロッコもモロモロモロかった。
トウモロコシモモロッコモモロモロモロカッタ。

だからがんちゃん(ゆずの声が高い方ね)の歌声とか聴いてると、
もはや涙が出てくる。
あれだけ歌えたら、僕の中でくすぶっているこの感情も、
はるか遠くまで届けられるのに。
こえてーこえてーこえてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

歌ついでに書きますと、最近OB会があって久しぶりに歌った。
なんか楽しかった。
でも、定期的に歌いたくはないなぁ。
なんか歌ってるとストレスたまるんだよね。
衰えちゃった現実が悲しいのかもしれん。
大学三年生のときのような青春が戻らないという現実が悲しいのかもしれん。
もう合唱であんだけ楽しくなれることはないんだろうね。

あと、やっぱり自分の音感の無さが許せない。
音感のいい人とスタートラインが違いすぎる。
しかも音感に付きまとう「正しさ」が悔しい。
つまり、音楽性や曲の解釈の違いなら、議論のしようもあるけれど、
音感のいい人に「とにかくこっちが正しいのだ」と言われてしまったら、
音感のない人は「いや、こっちの意見も聞いてくれ」なんて言えない。
正しいものはとにかく正しい。これは真理ですね。
正しいことは立派だけれど、時には凶器にもなります。
正しさに押しつぶされることもあるよね。
でも反撃はできない。
できることといえば、黙って押しつぶされることだけです。
僕は何度も押しつぶされてきたし、
パートリーダーという立場を利用して何度も人を押しつぶしてきた。
あぁ、なんか考えてたらだるくなってきた。
考えすぎだよ、もと気楽に歌おうよ、と言われそうだけども。
気楽に付き合うには歌と深く関わり過ぎた気がします。
「人は愛することができない場合には、そこを---通り過ぎるべきなのだ」byツァラトゥストラ

なんだかペシミスティックになってきたので、
明るい話題に変えるよ、ぐへへ。

明るい話題・・・特に思いつかないよ、ぐへへ。

【どの話をしますか?】
1.twitterの話
2.電子書籍の話
3.研究の話
4.将来の夢の話

どれもいつか書こうと思ってたのですが、
とりあえず1とかにしようかな。

さいきんtwitterのフォロー人数を増やしまくったおかげで、
絡んでくれる人が増えてきました。
1000人近くもフォロー・フォロワー人数がいれば、
趣味が近い人、感性が似てる人、気が合いそうな人が、
少しはいるもんです。
そういう人と絡んだりするのはとっても楽しい。
いつかリアル世界でも会ってみたいな。
やっぱりネットは人間関係を合理的に再編成する可能性を秘めている気がする。

あ、そろそろ眠くなってきた。
そろそろ寝ます、ぐへへ。
不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫)/野崎 昭弘

¥1,155
Amazon.co.jp

ゲーデルの不完全性定理を説明した本です。
どんな定理かをwikipediaから引用しますと、

第1不完全性定理
自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する。
第2不完全性定理
自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。

つまり、生きていく上で全く必要の無い定理です。

ところどころめんどかったので読み飛ばしたのですが、
なんとなくの雰囲気は掴めました。
いや、嘘。あんまり理解できなかった

ちなみにこの定理を発表したとき、ゲーデルは24歳。
頭よすぎだろ(笑)
ちなみに村上龍が芥川賞をとったのも24歳。
同じ24歳である僕は、
昼まで寝てたり、朝まで本を読んだり、
簡単な水路の設計のためにCADと格闘したり、
テーパねじの規格を調べたり、Oリングの規格を調べたり、
要するに華やかさが北極だとしたら、
その真逆である南極でペンギンの如くのうのうと生きています、はい。
いや、そんなこと言ったらペンギンに失礼だな。
俺もペンギンみたいにみんなからキャーキャー言われたいぜ、まったく。

最後に著者がこの定理の素晴らしさを語っている文章がわりと印象的だったので引用しときますか。

---

宗教家が「人間の限界」を説くのは昔からのことで、
客観的な根拠なしに不完全性を宣言するぐらいのことなら、
小川のせせらぎのようなもので、
ある人の耳には心地よいかもしれないが、
そこには実質的な意味は何もない。
しかし、
「人間の知性のある一般的な限界が、人間の知性によって証明された」
のははじめてのことであり、これは本当に驚くべきことだ、と私は思う。
(中略)
「納得するまで根拠を問う」知性こそ現代科学の源を築いた古代ギリシャ人の特性であって、
これがいまの日本にもしっかりと根付いていたら、
怪しげな新興宗教にだまされて他人を殺傷するような人は出なかったろう、
などと思うのは私だけだろうか。
内田樹とかを読むとちょくちょく名前が出てきてましたよね、この人。
今回読んでみたのは、レヴィナスという人に興味があったわけではなく、
レヴィ=ストロースと名前を間違えて図書館で借りてしまったためです(笑)

さてさて読んでみたのだけど・・・なんだかピンとこなくて途中でやめてしまいました。
まあ、せっかくなので冒頭にあった「人生の意味と目的についてのレヴィナスの答え」を書いておきます。
こんな感じの話が好きな人はぜひ読んでみて下さいな。

---

何のために生きるのか。
何ものかのために生きる。
しかし、何ものかのために生きることを通して、自分のために生きる。
しかし、自分のために生きることを通して他者のために生きる。
しかし、他者のために生きることを通して人類のために生きる。
ところで、人間は肉体の愛を通して子どもを生むことがある。
そのことを通して、再び、他者のために生きる。
そして、再び、人類のために生きる。
ところで、人間は死ぬ。
さらに再び、死ぬことを通して、他者のためと人類のために生きて死ぬ。
総じて、奇矯な言い方に聞こえるだろうが、何のために生きるのかといえば、死ぬために生きるのである。