模型づくりとか趣味の日々リターンズ -22ページ目

【映画評】善き人のためのソナタ ドイツ統一以前の東独の薄気味悪さ 主人公キャラの印象強し!

アマプラで無料期間があとわずかと知ってあわてて観ました。

2007年のアカデミー外国語映画賞を獲得してます。

 

ベルリンの壁崩壊以前の東ドイツ。国家保安省に勤めるヴィースラー大尉は国家に忠実。今日も胡散臭い劇作家ドライマンに目をつけ、アパートにマイクを仕掛けて盗聴盗聴。

ただ胡散臭いと言っても、反体制思想を持つ作家や演劇仲間と交流があったからで、本人は体制に沿った内容の劇を上演している。怪しいというのは、ヴィースラーの直観みたいなもの。

で、こいつを監視すべきとなったのは、たまたま上司のハムプフ大臣がドライマンの恋人である女優クリスタに目をつけ舌なめずりをしてたからなんだな。なんかこういうやつ多いね!

 

で、ヴィースラーは盗聴をつづけていく内に、ドライマンとクリスタを支持し、ハムプフ大臣のやりたい放題に反抗心も沸いてくる。
 

ある時、自宅の盗聴を疑ったドライマンが、仲間と共謀して、あえてウソの会話をする。で、間の悪いことにヴィースラーは「うむむ、今回は聞かなかったことにしてやろう」としてしまう。で、ドライマンは盗聴は無いと判断、ここから話は悪い方向に進んでいく。

 

ドライマンが家宅捜索される事態になる。ヴィースラーは一計を案じ彼らを守ろうとするのだが…

 

細かいところはいろいろ気になって、たとえばヴィースラーが女優クリスタにファンを装って「あなたは素晴らしい女優だ」てなことを言うんだけど、ヴィースラーが女優たる彼女の姿を見たのは一度だけ、最初にドライマンに目を付けた時の舞台だけで、あんたクリスタの方なんか見てなかっただろ… またヴィースラーが徐々に心変わりしていく、そのきっかけもどこだったのかはっきりわからず、ちょっと弱い。タイトルにもなっているベートーベンの「善き人のためのソナタ」をドライマンが弾くのを聞いて涙をながしたりするのだが、ちと唐突な印象。

 

それでも当時の東ドイツの、共産圏にありがちな秘密警察、盗聴、協力者(密告者)の存在とその使い方、反体制的な思想を持つ人間の捜索と徹底的な取り調べ(ヴィースラーは尋問の専門家でもあり、この冒頭の尋問の場面が、いやなかなか。)など、じつに背筋の凍るような状況を、あくまで抑えたトーンでよく描いている。特にヴィースラーその人。表情が全然変わらない!この薄気味悪さ!心変わりしてもそのままなのが逆にリアル!この映画完全にこの人の芝居で持ってる。

 

ドライマンは助かったわけだが、周囲ではいろいろと死んだりなんだりしているわけだし、クソ大臣はのうのうと生きていて、家中にマイクがあることも分かって、気持ち的にはヴィースラーに感謝して終わるっていうような単純なもんじゃないような気もするが…まあ最後の新作芝居の上演シーンで、ちゃっかり新恋人がいたりするので、そんな程度なのかも知れんです。

【映画評】岬の兄弟 直視するのに勇気が要る障害と貧困の実相(15+)

岬の兄弟でございます。

アマプラでの無料視聴は間もなく終わりだそうなので、ご興味のある方はお急ぎで。

宇多丸印にハズレ無し、ということで、映画評論家宇多丸氏の選ぶ2019年ベストテンの一作。

 

とある漁港のある寒村。自閉症(と、おそらくは重度の知的障害のある)の妹と、二人暮らしの兄。兄も足に障害があるため仕事もままならず、勤め先をクビになる。内職はわずかな収入にしかならず、ついにはゴミをあさって飢えをしのぐ事態に。

そんな中、ある出来事をきっかけに、妹に売春させて稼ぎを得ることを思いつく…

 

映像はなかなかに強烈で、少々見るのがつらい。性的なシーンもそうだが、何しろ貧乏描写がすごい。食う物が無くてティッシュ食べたら甘かった、とかいうのは既にネタ化していて驚きもしないが、それよりも美術。家とか部屋とかが実に実に貧乏なんだ。もうセットじゃなくてロケなんじゃないかと思うぐらい。置いてあるものすべてが貧乏。リアリティがすごい。兄弟が寝ている寝具とか、そうそういかにもこういうのだよね、というのを選んでる。

 

兄妹のキレ気味の芝居が周辺のリアリティに支えられ、実に真に迫って見える。特に妹。本当に演技だよね?こういう役はよほど開き直ってやらないと出来ないと思うのだが、なにか限界突破してる。すごい。

 

兄が妹に売春させるなんてのは、当然ながら「異常」であり「犯罪」であり「鬼畜の所業」なのだが、映画を観ていると兄妹の行動を全面的に否定できない気分になってくる。

 

ゴミまで漁っていた兄妹が、売春で得た収入でハンバーガーを買い(久々のまともな食べ物)、家でむさぼるように喰らう。そして兄がこの時、ちょっとした行動を取るのだが、この行動が、なにか吹っ切れたような、鬱屈としていた感情から解放されたというか、ようやく胸を張れる、太陽に顔を向けられる気分になったということを、非常にうまく表現している。

 

空腹が、貧困が、どれだけ人を荒ませるか。そこから解放されることがどれだけうれしいか。

 

その後は、こういうことをしていて当然の帰結があり、その後始末があり。兄は職場復帰することができるのだが、その後どうするかはあえてぼかしたまま終わる。観る側はちょっと置いてきぼり食ったみたいな気分になるのだが、そこは狙い?

 

唯一不満があるのは、映画の中に行政との関わりが全く出てこないこと。妹はおそらく障害年金の対象になるだろうし、要介護認定受ければデイケアの利用とか使える支援が増えてくるはずなので。そこが何かうまく行かなかったということに触れてもらえればスッキリした。高校生とのエピソードは必須とは思えなかったので、こっちの方に変えてほしかった。

 

勢いで見せる映画なので粗削りではありますが、観た後グッタリするような、印象強い映画でした。

 

 

【書評】『老神介護』 劉慈欣の短編集は大風呂敷とペーソスと切なさが良い

当ブログではいつも映画評を書かせていただいてるのですが、これが「書評」というと何やら大仰で、エライ人が書くようで書きにくいです。しかしながら、齢を取ったので観た映画読んだ本を忘れてしまうことが多く、それを防ぐための忘備録として書かせていただいているという極めて個人的な理由によるものですので書かせていただきます(読んで下さる方はなんてお心が広いのでしょう)。

 

さてさて劉慈欣でございます。今中国SFが熱い!と言われている中で劉慈欣といえば中国SF界の神でございます。超有名な『三体』三部作はハードカバーで各1冊2冊2冊の計5冊、厚さにして14cmもある。今計った。なんの意味があるんだ。まあとにかく面白い。面白いとなれば他の本も読みたくなる。出版社も狙ってきて短編集はもとより、熱狂的なファンが書いたスピンオフ作品なんてのも出してくる。それも合わせると9冊で22.5cmもある(厚さはいいってば)。しかもまだ1冊買ってないのがある。どうすんだおい。

 

それはともかく『老神介護』です。短編集。表題作も含め5つの短編が含まれています。

 

●老神介護 表題作。やはり一番面白く、中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』にも「神様の介護係」のタイトルで掲載。神様という存在をすごく長命で超科学を持つ知的生命体と解釈し、地球に生命をもたらしたものであり、かつ種としての寿命が近いものとして設定し、その老後の世話を地球人類に求める、という話。劉慈欣の魅力はそのデカすぎる風呂敷と、それをちゃんと畳んでくれることと思っているワタシとしては、これぞ劉慈欣の真骨頂。で、ちょっとペーソスもあり、最後は明るく力強く締めくくる。人類という種にも寿命があるとすれば、今どの辺まで来てるんだろう?とふと考えさせられました。

 

●扶養人類 劉慈欣らしからぬハードボイルドタッチで、何やら殺し屋なぞが現れて、話もつかみづらく少々読みにくいのだが、中盤で「そういう話か」と驚かされる。異星人に侵略される地球人が、貧富の差が元で自分の首を絞めることになり慌てる話。資本主義社会への皮肉か。

 

●白亜紀往時 氷河期と恐竜の破滅。すでに知的に発達していた恐竜は、同じく知的生命となっていた蟻と共存していたが、やがて対立し… 現代の巨大国家同士の対立と核抑止に対する痛烈な皮肉。

 

●彼女の目を連れて 地球のコアを探索する地中船が事故に遭い… 話はシンプルで、あらすじ書くとまんまネタバレになってしまう。この本で一番切ない話。

 

●地球大砲 これまた得意の風呂敷。超科学への信仰とその危うさと、それでも人類は先に進んでしまう。だってこれまでもそうだったじゃないか…という話。人類ってのは全くしょうがないね。

 

世界観につながりのあるのやら無いのやら様々な話が載っている。ファンならぜひ。そうでないのなら『三体』先がオススメ。