【読書記】『還暦不行届』マンガじゃなくてエッセイです これがオトナの事情か…
『還暦不行届』でございます。庵野秀明監督と漫画家安野モヨコ夫妻の日々を描いた傑作エッセイコミック『監督不行届』の続編です。
『監督不行届』は159pで800円。『還暦不行届』は240pで1600円。『監督』が1Pあたり5.0円で『還暦』は同6.7円と、後者が割高と言ってしまって良いのかどうかわかりませんが。
問題は、『還暦』がマンガでなくてエッセイ、しかも紙面スカスカで、エッセイとしてもさして面白くも無いことです。
庵野監督のウォッチャーで、病んでた時期について夫人がいかに支えていたか、等々知りたい人でもなければ、この文章にはさして魅力を感じないでしょう。そもそも暗いし楽しくも無い。
ところどころにマンガがあると思ったら、前作からの抜き書きだったり。
ラストにやや長めのマンガがあると思ったら、youtubeで見放題の「おおきなカブ(株)」のマンガ版だったり。
おそらく出版社から「続編出して」の要望が強くあったんだろうなあ。
あとがきで作者自身が「マンガの量は少なめですが」と言い訳ともつかない言葉を書いてますが、その辺の大人の事情が垣間見えて少々切ないです。
半分で読むの止めました。同じ額だしていくらでも面白いエッセイや小説買えますし。金を生むマニア相手の商売を読者も見切る必要があるなと自省した次第です。
【読書記】『幽玄F』 中二病氏の迷惑千万な物語
『幽玄F』でございます。
直木賞受賞の大傑作『テスカトリポカ』をモノした佐藤究氏の最新作長編でございます。
『テスカトリポア』はすごかった。読むほどにアステカの神の呪術に自身が取り込まれているかのような錯覚を覚え、夜な夜な喰らいつくように読みふけった(あるいは自分が本に喰らわれているのでは)ことを思い出します。
まあそうは言っても、そう簡単に賞獲得レベルの傑作を乱発出来る訳も無く。
佐藤氏には次回作を期待したいです。
主人公の易永透は幼少のころより飛行機に憧れ、高校生で初めて戦闘機を見てからは戦闘機のパイロットを志し、心身と鍛え勉学に励み、航空機マニアの一人を除いては友人も作らず、遂に航空自衛隊でパイロットとなる。周囲には変わり者と呼ばれつつもその技量には秀でたものがあり重用されるも、訓練中の事故で戦闘機パイロットとしての道を断たれる。
その後は東南アジアで民間の遊覧飛行パイロットとなり糊口をしのぐ日々を送る。さしたる目標も無く過ごす日々が長く続くも、思いもよらぬ方向で再び戦闘機に乗れるチャンスを掴む。その実現のため彼は奔走し地元ゲリラとすら接触を持ち、ついに夢を実現する。
え~と…
帯に「三島由紀夫」に挑んだなどと書かれていますが、三島に詳しくない私は(学生のころに文庫を1冊か2冊読んだ気がするが、なんかぜんぜんピンとこなかった)この作品が三島してるのかどうか解りかねます。
作中には「護国」「天誅」「義」などの言葉がちりばめられ、この辺が三島っぽい感じもしますが、それが易永の行動を変えるものでもない。
易永の行動は徹頭徹尾、「戦闘機に乗りたい」という動機からのみ発生していて、そこにつながらない行為は生活のため以上の意味を持たない。
ついに戦闘機に乗れても、それでなにかをするわけでも無く(日本に戻ってクーデターでも起こすのかと思ったがさにあらず)、ただ撃墜されておしまい。
それを実現するプロセスで、何人の人を殺めるかもわからない兵器を売り渡すという行為をする。自身で「世界にたいする裏切り」と理解しているにも関わらず。
なんでそれが自身で納得できちゃうのか。それが出来る分別の無さは中二病こじらせ以外の何物でもないだろうよ。単に迷惑なだけなんだこの人。それがこの物語の狙いだというんなら、この本にはなんの感心も持てないっす。以上。
【読書記】『果てしなき流れの果に』
小松左京氏の小説は学生時代から結構読んでるつもりだったんですが、これは未読。氏の最高傑作と絶賛されてもいるようで遅ればせながら読ませていただきました。
なんと書かれたのが1965年!「2001年宇宙の旅」公開が1968年、アポロの月着陸が1969年と考えると、感慨深いものがあります。この当時にして時間も空間も超越した世界観を構築して小説にするとは。私はSF小説マニアというわけではないので、この作品の前後に同様の着眼点を持つ作品があったのかどうかは存じませんが、少なくともこの世界観が映像化されるには「インターステラー」を待たねばならなかったハズ。
中盤、時間も場所もバラバラの様々なエピソードが同時進行で語られます。登場人物も多く、各々のエピソードにつながりがあるのかどうか、わからないまま進んでいき、最後の最後にドーン!と種明かしするという構造。第四の次元として時間を設定し、さらに五次元六次元…と、時間も物質も存在すら超越し、もはや人類の理解を超えた世界で宇宙を俯瞰、さらに第二第三の宇宙が存在する…という大風呂敷に大風呂敷を重ねたオチは、前述の2001年やインターステラーの世界観よりさらに高次の概念であり、かの三体のスケールすら超越する。これを最初に考えたとしたら、やっぱ小松さん天才だわ…とうならされます。
まあそれだけに、中盤何が何だかわからない個別のエピソードを読み進むのはいささかしんどく、対立する二つの勢力のうち一方はその正体も行動の理由もわかったのですが、もう片方については、やってる方もなんでやってるのかわからんと。さらに高いところにいる誰かさんの意思によるもので自分は従ってるだけだと。というのはさすがに広げた風呂敷を閉じられなかったなあと。
それはあるにしても、この巨大すぎる世界観、概念は当時のSFファンの度肝を抜いたことは想像に難くありません。
現在ではSFファンには馴染みのある、平行宇宙とか多元宇宙とかの概念も、ここが元ネタ?それはともかく、SFファンの基礎教養として読むべき一冊。自分にとって「ページをめくる手が止まらない」というような本ではありませんでしたが、私の教養が足らないんでしょ(´・ω・`)