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私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

本田 秀夫:著  ダイヤモンド社  定価1400円 + 税 (2021.9)

 

      私のお薦め度:★★★★☆

信州大学医学部こどものこころの発達医学教授の本田秀夫先生の本です。
本田先生の著書については、これまでもこのコーナーで10冊近く紹介していますし、皆さん方も何冊かは読まれたことがあるのではないでしょうか。
ただ、本書はこれまでの発達障害についての専門書とは違って、「生きづらさ」を抱えて生きている人が、もう少しラクに生きていけるようにとの思いで書かれた、一般の方に向けてのエッセイ本です。
もっとも一番生きづらさを抱えているのは、発達障害を持たれている方でしょうし、そもそも本田先生は発達障害がご専門ですので、事例の登場人物も自閉スペクトラムの特性をもつ方が多い感じです。ですので、本書も育てる会の会員のみなさんにもお薦めできる1冊として紹介します。

さて、本書の内容ですが、まず最初に発達障害をもつ人特有の「生きづらさ」について、説明が始まります(やはりお薦め本ですね)。

私が専門としている精神医学の領域には、「発達障害」という考え方があります。
くわしくは第1章で説明しますが、発達障害がある人は対人関係が苦手だったり、他の人が難なくできるようなことを相当努力してもできないため、いろいろなものに対して苦手意識を持つことが多かったりします。しかし、それは本人の努力の問題ではなく、生まれながらの特性によるものです。
そのような特性の強い人は、周りに合わせることにとらわれすぎるとうまくいきません。むしろ、その人らしいスタイルで世の中と折り合いをつけようとすると、うまくいくことが多いのです。

また、発達障害の特性で生きづらさを感じる人たちは、特性自体がつらいのではなく、周りに合わせようとすることで起こる「二次障害」でつらい思いをしているケースがよくあります。二次障害とは、生活環境からのストレスによつて、二次的に生じる支障のことです。
何事にも意欲を感じられなくなり、熱中できる対象がどんどんなくなっていき、自信がなくなったり、集中力が低下したり、疲れやすくなったりします。「何かよくないことが起きるのでは」と常に心配して、いつも緊張して心が休まらないという状態になることもあります。
このような二次障害を生じさせないためにも、それぞれの特性に合わせた工夫や、必要に応じて周りの方の協力があるといいでしょう。 (「はじめに」 より)


少し長くなりましたが、ここに書かれている「その人らしいスタイルで世の中と折り合いをつける」、「それぞれの特性に合わせた工夫」がちりばめられた一冊となっています。

まずは、自閉スペクトラム症(ASD)の人や、障害(D=Disorder)のまでは診断されない自閉スペクトラム(AS)の特性を持つ方の「生きづらさ」の原因となるパターンを列挙されています。
    ① 「マイルール」にこだわりすぎてしまう
    ② 優先順位をうまくつけられない
    ③ 臨機応変な対応ができない
    ④ 「正論」を言って、打ち負かそうとしてしまう
    ⑤ 人の期待に応えたい!
    ⑥ 嫌だと思っても断れない ・・・・

ですね~。自分がASの傾向にあると思っている方には(私を含めて)、思い当たることがいくつかあると思われます。
そして、それを自分の特性であると認めたうえで、自分には合っていないと「しなくてもいいこと」と割り切っていくと、確かに生活は楽になっていきそうです。

もちろん、大人になり、社会生活をおくっていくうえでは、周囲の人との関係が悪くならないように、周りと「折り合って」「工夫」していくことも大事になってきます。

例えば、発達障害の人やASの人が苦手とする「挨拶」についての、本田先生の説明です。

「挨拶の悩み」を相談されたときには、私はよくこんな話をします。
「挨拶だけはできるけど仕事ができない人と、仕事はできるけど挨拶だけはできない人、どちらが会社にとって役に立ちますか?」
会社で大事なのはまず仕事。挨拶が多少苦手でも、仕事ができれば基本的には問題ないはずです。まずは仕事に集中する、次に挨拶をできる範囲でやっていく、と考えましょう。
仕事をきちんとこなしているのに、挨拶がちょっと苦手なだけでいづらさを感じる職場なら、その会社とは相性がよくないのかもしれません。


これが、正論です。でも相性がよくないだけで、簡単にその会社を辞めて、次の仕事を探すというのも現実的ではないですね。
と言って、TPOやタイミング、相手の表情、そもそも顔が分からずすでに挨拶をしたかどうかも分からないため・・・・まったく挨拶をしていないと、学校や会社での人間関係も悪くなってしまいますね。
「挨拶一つもできないのか!! 」 叱責の口実になってしまいます。


そこで、次善の策として、本田先生が挙げるのが、「折り合いをつける」ための「工夫」です。
こちらも少し長くなりますが、「挨拶」に悩まれている方も多いかと思いますので、全文を紹介します。

① 学校や会社に着いたら小声で挨拶をする
学校や会社などに着いたら、会う人に小声で「おはようございます」などの無難な挨拶をしながら、軽く会釈をします。ボソボソッと、相手に聞こえるか聞こえないかくらいの声で話すのがポイントです。最低限の無難な挨拶をするのです。相手からの返事があってもなくてもかまいません。「返事があればラッキー」くらいに受けとめて、挨拶をなんとなくやり過ごしましょう。
このやり方であれば、相手の表情を読み取るのが苦手でも、無難に挨拶をすることができます。

② 人とすれちがうときには、軽く目を伏せて下を向く
学校や会社などの建物のなかで人とすれちがうときには、軽く目を伏せて下を向き
ます。自分の靴先を見ると、いい角度で頭を下げられます。相手が知り合いでも
知り合いではなくても、とにかく下を向いてすれちがいます。
こうすると、相手には 「会釈をしたのか、ただ下を見たのか」 がよくわかりません。
どちらなのかわからないくらい微妙にあたまを下げるのがポイントです。
微妙なので相手もなんとなく通り過ぎていってくれます。

③ 挨拶されたら同じように挨拶する
もしも相手が声をかけてきた場合には、同じように挨拶を返す。この方法であれば、挨拶で大失敗することは基本的になくなります。とくに、相手の表情や仕草を見ながら挨拶するのが苦手な人にはおすすめです。

まずは自分のできるやり方を試してみてください。


②の「人とすれ違う時には、微妙に自分の靴先を見るようにする」、というアドバイスには、思わず笑ってしまいましたが、相手の顔を見たり、タイミングをとるのが苦手なASDの人には、分かりやすい仕草のように思いました。


本書には、このように気軽に試せる方法や、考え方がたくさん書かれていて、しかもとても読みやすい1冊となっていますので、ぜひ一度目を通していただくのをお薦めします。

 

                  (「育てる会 会報 305号」(2023.9) より)

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目次

  はじめに

第1章 この生きづらさはどこからくるのか?

  01 どうしてこんなにしんどいんだろう
      ・周りに合わせようとしすぎていませんか?
      ・「他人の目」が気になる理由
      ・「適度な安心」「適度な評価」がなかった?
      ・嫌われたとして、どんな損があるか?
      ・もっと「自分中心」で大丈夫

  02 生きづらさの原因に「発達障害」のケースも
      ・診断されていなくても、「特性」のある人は多い
      ・本人の努力だけでは解消できないこともある
      ・苦手を克服するよりも、「生きやすくなる方法」を考えよう

  03 生きづらいパターン ① 「マイルール」にこだわりすぎてしまう
      ・「話が長い」と言われる営業職のAさん
      ・「全部一から説明したい」
      ・「やらなくてもいいこと」を義務感でやつている?

  04 生きづらいパターン ② 優先順位をうまくつけられない
      ・「それ、いまやる仕事じやないでしょ」と指摘される
      ・「焦ると判断ミスしやすい」と周りに伝えておく

  05 生きづらいパターン ③ 臨機応変な対応ができない
      ・「私の仕事のやり方が間違っているのかも・・・」
      ・反省するのは「叱られたときだけ」で十分

  06 生きづらいパターン ④ 「正論」を言って、打ち負かそうとしてしまう
      ・「私が正しい! あなたが間違っている!」
      ・相手にも事情はある
      ・「人の気持ち」よりも「事実や論理」に意識が向きやすい

  07 生きづらいパターン ⑤ 人の期待に応えたい!
      ・完璧主義でつらくなることも
      ・途中段階なら何度間違えてもいい

  08 生きづらいパターン ⑥ 嫌だと思っても断れない
      ・反射的にOKしてしまう
      ・頼まれないように、場所を移動する
      ・「やることをひとつ減らす」にチヤレンジ

第2章 対人関係の「しなくてもいいこと」

  [POINT]  「協調性」よりも「ルール」を優先しよう
      ・これで人に振り回されない!
      ・人の評価を気にしすぎない。受け流すことも大切

  CASE 01 社交的な場だと、うまく話せない
  CASE 02 意見を言うのが苦手
  CASE 03 挨拶が苦手
  CASE 04 親しい人が少ない
  CASE 05 飲み会が苦手 ① お酌などの気遣いが苦手
  CASE 06 飲み会が苦手 ② テンションが上がりすぎて失敗する
  CASE 07 人の顔色を気にしすぎてしまう
  CASE 08 人の顔や名前を覚えられない
  CASE 09 人とかかわりを持つこと自体がストレス
  CASE 10 自分だけがみんなとちがぅ気がして、疎外感がある

第3章 仕事の「しなくていいこと」
 
  [POINT] できないことは無理せず手放す
      ・意外と「しなくていいこと」はたくさんある
      ・「自律スキル」と「ソーシャルスキル」を身につける
      ・相談相手を探すことが、とても重要

  CASE 01 うっかりミスが多い
  CASE 02 片付けられない 
  CASE 03 スケジュール管理が苦手
  CASE 04 いつも苦手なことを後回しにしてしまう
  CASE 05 忙しくても頼まれごとが断れない

 COLUMN 仕事のしすぎは必ずしも悪くない

  CASE 06 仕事しすぎて倒れそう
  CASE 07 失敗を引きずる
  CASE 08 協調性がない

 COLUMN 「置いてきぼり」が生まれても気にしない日本社会

  CASE 09 怒られすぎてつらい
  CASE 10 会社を辞めたいけど辞められない

第4章 日常生活の「しなくていいこと」

  [POINT] オン・オフを切り替えよう
      ・プライベートは多少乱れていても大丈夫
      ・「やりたいこと」と「やるべきこと」のバランスをとる
      ・「ワーク・ライフ・バランス」をとるのが苦手な場合は?
      ・「ファン・デューテイ・バランス」がおすすめ
      ・「やりたいこと」を最優先にする
      ・できないことは「できない」と言っていい

  CASE 01 生活リズムが崩れている
  CASE 02 金銭管理が難しい
  CASE 03 どんな服装がいいかよくわからない
  CASE 04 体調不良になりやすい
  CASE 05 感覚過敏なところがある

第5章 「しなくていいこと」を決めて、ラクになろう!

  01 「やってみよう」「ラクになった」を続けていこう
      ・私が子どもの頃、試しに手放してみたこと
      ・「理想像」や「日標」の調整を意識してみよう
      ・家族や友人に相談すると、解決策が見えてくる場合もある

  02 気が晴れない場合は、「メンタルヘルス」を気にかけてみる
      ・睡眠や食事の不調が続く場合は、エネルギー不足かも
      ・メンタルヘルスの相談は、精神科や心理の窓□に

  03 生きづらさ」の背景に、精神疾患がある場合も
      ・苦しさが続く場合は、早めに医療機関の受診を検討

  04 「繊細な人」と「生きづらさ」
      ・発達障害の特性がある人のなかには、「繊細すぎる人」がいる
      ・「気にしすぎてしまう」場合は、助言者を探そう

  05 生き方は千差万別
      ・他人の評価に振り回されずに生きるには?
      ・自分のやりたいことを貫くかどうか
      ・あなただけの人生を生きよう!

  おわりに

スー・フレッチャー=ワトソン、フランチェスカ・ハッペ:著

石坂好樹、宮城崇史、中西祐斗、稲葉啓通:訳  星和書店  定価2700円 + 税 (2023.6)

 

     私のお薦め度:★★★☆☆

 

本書は、日本では1997年に出版された、フランチェスカ・ハッペ女史(当時は、フランシス・ハッペと訳され、私もこのお名前で本を紹介していました)による「自閉症の心の世界 ~認知心理学からのアプローチ~」の改訂版です。

原著が書かれたのは 1994年ということですから、もう30年ほど前になりますね。改訂版ということで、今度はスー・フレッチャー=ワトソン教授との共著になっています。

 

本書は、最初の「はしがき」にある通り、「主として心理学やそれと関連する領域を学習する大学生や大学院生を対象」として書かれているので、今子育て中で、将来を見通してどう我が子を育てていけばいいか・・・と思われている保護者の方には、少し期待とは違ったお薦め本になるかもしれません。

ただ、「推薦のことば」でウタ・フリス教授が、「自閉症に関する本を一冊読むとすれば、この本がそれであるに違いない。これほど明確で、魅力的で簡潔である他の心理学理論の解説はない」と述べられているように、自閉症の本をまだ一冊も読んだことなない、心理学を学ぶ学生にとっては、その歴史から生物学的な特徴、行動に表われる特徴、認知・心理学からみた自閉症などを一冊で表現している入門書と言えると思います。

 

もし火星人が、 リンゴとは何かとあなたに尋ねると、あなたは、それが果物であるとか、食べ物であると、答えるかもしれない。あるいは丸くて赤いと言うかもしれないし、ビタミンや水や糖などの成分で構成されているものと、説明するかもしれない。

質問への答え方は、たぶん火星人が知りたいと思っているとあなたが考える理由によるだろう。

彼らが空腹であるとか、 リンゴを認識したいと望んでいるとか、単に好奇心のためであるとかである。

これらの答えのいずれもが、唯一絶対の答えではない。それぞれの答えは、質問の違った意味に対してのみ適切であるからである。

同じように、「自閉症とは何か」という質問には、 さまざまな型の答えが可能で(ある。ある脈絡での質問に対する正しい答えを見つけるために、われわれは、問う理由について考える必要がある。その質問のさまざまな意味の違いを、違ったレベルの説明によって、考えることができる。(「序論」より)

 

たしかに、自閉症を説明する時、あるいは我が子の自閉症を説明する時、相手がどんな情報を求めているかに配慮して答えるのは大切ですね。

キャンプや行事のボランティアさんに、自閉症の歴史から説明する方はいないと思います。パニックを起こした時の対処法や、困ったときの連絡先・・・ぐらいでしょうか。

では、小学校に入学したときのクラスメイトのお母さんには・・・、成人して就職面接の際には・・・  ともすれば、自閉症について理解してほしい、との思いからあせって説明過剰になりがちなこともありますので気をつけていきたいと思います。、

 

それはさておき、本書に戻ると、前著が出てからの30年間、自閉症についての研究はどのくらい進んだのでしょうか。

生物学的に見ると、残念ながらまだその原因や治療法(今では自閉症というのは治療すべき対象ではなく、差異に過ぎない、というのが本書の立場ですが・・・)は見つかっていません。それまでにいろんな仮説、遺伝子の解析やMRIによる脳の部位の働きの解明、神経伝達物質の差異などが提起されていますが、まだ確とされるほどのものはないまま、というのが現在までの状況です。

 

一方で、本書は副題にある通り「心理学理論」を主なテーマとしていますので、認知レベルでの「研究成果」を中心に述べられていますが、こちらも「最近までの研究」という途中経過の印象でした。

 

前著が発行される以前、1989年、ウタ・フリスの「自閉症の謎を解き明かす」でよく知られるようになった心の理論(サリーとアンの課題で有名:自閉症の幼児は相手にも独自の心や信念があるということに気づきにくい)、あるいは弱い中枢性統合理論(おもちゃのベッドや人形や枕を見せて、これは何 ? と尋ねると、ベッドや人形は正しく言えるのに、枕を指さすと「ラビオリ(ギョウザのようなヒダのあるパスタ)」と答えてしまうように、部分だけに集中して総体としてとらえるのが苦手)から始まり、その間の「対人志向仮説」「対人動機づけ仮説」「間主観性仮説」「モノトロピー理論」「ベイズ派の仮説」などについて説明されています。

 

ただやはり、先の火星人の話にあったように、理論的・系統的なお話は心理学を学ぶ学生の方には必須かもしれませんが、20年前の前著の紹介のラストでも書いたように 『・・・・もっとも、私などは専門家ではないので、そんな理論もあるのかな、と知識の一つとして理解するしかないのですが・・・』 という所でしょうか。

 

それより、印象に残った、自閉症についての前著との違いは、自閉症者の権利擁護の意識が大きく変わってきているということでした。本書でも各章の最後には、当事者からの感想があり、批判的な意見も多く載っていました。

 

「心理学理論に何を求めるべきか」の節では「良い自閉症の理論に求められること」として「厳密な検証を生み出す、具体的な予測」「証拠の単純な記述ではない、解釈」などと並んで、「自閉症共同体の視点と優先性の基づいて、承認されていること」が挙げられています。

「私たち抜きに私たちのことを決めるな」に象徴されるように、自閉症の当事者の方の思いを第一にして理論を展開されておられます。

 

また、自閉症の特性として、社会性やコミュニケーションの躓きが挙げられますが、これについてもその原因は自閉症圏の人の側にだけあるのではないと指摘しています。

 

自閉症の社会モデルは、他の人々の否定的な態度を含めた環境が障碍をもたらす効果を強調するもっと幅広い障碍の社会モデルと同じ線上にある。

例えば、聴覚障碍者は、聴覚障碍が障碍であるのは、そもそも全ての人が手話に精通しているわけではないからである、 と指摘するかもしれない。

自閉症の脈絡では、社会モデルに基づく一つの有力な理論は、二重共感問題である(Milton,2012)。

この理論は、対人相互交流がうまく成立するには、二人の人間の参加を必要とすることを、誤りではないかと思うほど単純に指摘する。自閉症の人々とそうでない人々の間の相互交流が満足のいくものでない場合、両者はこの状況に対して相互に責任を負うべきなのである。

 

相互交流、コミュニケーションがうまくいかない場合、その状況に対しては「相互に責任を負う」事象であるとの立場です。

 

これらの立場、視点はもちろん納得でき、また本文では新しく知ることも多く、とても参考になったのですが・・・・、蛇足になるかもしれませんが、用語の使い方については配慮しすぎでは・・・と、個人的には思ってしまう箇所もありました。

原著でも、autistic person (自閉症の人)よりも、person with autism (自閉症を有する人)やhas autism (自閉症を持つ)の表現が使われたように、日本語訳の場合でも「障害」を「障碍」と表記するのは、よくある立場だと思います。

それでも、「欠陥」を「缺陥」と表記するとなると、ちょっとやり過ぎでは・・・意図は分かるのですが、「不可缺」など「欠」の文字を全てタブー視して、一切使わない文章は、こだわりが過ぎているようで、正直読みにくかったですね (^_^;)

また「活発」を、わざわざ「活潑」と表記するのはどういった意図があったのでしょう・・・もしも機会があったら、愚問ですが、お尋ねしてみたいと思いました。 最後に年寄りの蛇足になってしまい、申し訳ありませんでした。

 

           (「育てる会会報 304号」 (2023.8)より)

 

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目次


  推薦のことば
  本書の紹介
  はしがきおよび謝辞

第1章 序論

  1.説明のレベル
  2.説明の時間尺度
  3.いくつかの事実と虚構
  4.現在の議論

第2章  自閉症の歴史

  1.カナーの自閉症
  2.アスペルガーの自閉症
  3.ウィングの自閉症
  4.神話と論争
  5.バロンの自閉症
  6.シンクレアの自閉症
  7.神経多様性
  8.現在の議論

第3章 行動レベルで見た自閉症

  1.現在のそして変化する診断基準
  2.臨床実践における診断基準
  3..診断をする
  4.出現率の評価
  5.感覚の症状とそれに関連する特徴
  6.症状布置と諸自閉症
  7.断片化した二つ組
  8.自閉症と性別
  9.自閉症は老年期にどのようになるのか
 10.自閉症的行動と社会的規範
 11.現在の議論

第4章 生物学レベルで見た自開症

  1.遺伝学の貢献
  2.神経学的な基盤の候補
  3.他の生物学的な影響
  4.神経生物学的説明と認知的説明の相互作用
  5.生物学的標識の探求
  6.現在の議論

第5章 認知レベルで見た自開症 -何が良い理論をつくるのか-

  1.認知レベルでの対人相互作用とコミュニケーションの理解
  2.対人認知の測定
  3.メンタライジングと感情
  4.認知レベルでの限局された反復的な行動および興味の理解
  5.認知レベルでの感覚とその他の特徴の理解
  6.心理学的理論に何を求めるべきか
  7.現在の議論

第6章 認知レベルで見た自閉症 -第一次缺損モデル -

  1.心の理論モデル
  2.さまざまなToMのモデル
  3.心の理論モデルにとっての難題:普遍性
  4.心の理論モデルにとっての難題:特異性と第一位性
  5.心の理論モデルに対する代替理論
  6.第一次缺損モデルの役割
  7.自閉症の認知の成績に関する仮説への疑間
  8.現在の議論

第7章 認知レベルで見た自閉症 - 発達軌跡モデル -

  1.自閉症の早期の徴候
  2.自閉症の早期徴候の研究
  3.対人指向仮説
  4.対人動機づけ仮説
  5.間主観性仮説
  6.対人領域以外の早期の発達
  7.自閉症の生涯を通じた発達:児童期以後
  8.現在の議論

第8章 認知レベルで見た自開症 - 領域全般的情報処理モデル -

  1.知覚的処理仮説:弱い中枢性統合理論
  2.他の知覚処理モデル
  3.統合と複雑性
  4.体系化と共感性
  5.ベイズ派の仮説
  6.情報処理過程と対人領域
  7.現在の議論

第9章 認知モデルの自閉症理解と臨床実践に与える影響

  1.証拠に基づいているとは何を意味するか
  2.家庭、学校、診療所、福祉施設での影響
  3.社会への影響
  4.個人への影響
  5.自閉症についての他の考え方
  6.社会モデルと知的障碍
  7.現在の議論

第10章 未来を目指して

  1.研究における自閉症の権利と擁護提唱
  2.症状布置から意味を引き出す
  3.神経多様性、合併症、諸領域の交叉性
  4.重要な結果を人々に伝えること
  5.現在の議論

  参考文献
  訳者あとがき
  索引

杉山 登志郎・白柳 直子:著  IAP出版 定価1500円 + 税 (2021.3)

 

    私のお薦め度:★★★☆☆

 

以前、このコーナーで紹介した「おとなの自閉スペクトラム」(本田秀夫:監修)の中で、AS(自閉スペクトラム)とASD(自閉スペクトラム症)を分けて考えよう、という話がありましたが、本書でも「発達障害」と「発達凸凹」を区別してとらえています。

 

タイトルの〈発達障害〉は精神科の診断名で、ご存知のかたも多いかと思います。 一方、〈発達凸凹〉は、児童精神科医の杉山登志郎先生が提唱しておられる考え方で、現時点で正式な診断名ではありません。

ではいったい発達凸凹とは何なのか、どういつた状態を表す言葉なのか。それを杉山先生に解説いただこうというのがこの本の狙いです。(「はじめに」より)

 

本書は、整体師である白柳直子氏が、発達凸凹について、児童精神科医の杉山登志郎先生にインタビューし、いろんな疑問点や対処法などを訊いていくという構成になっています。

白柳氏は、発達障害について全くの素人という設定で、初歩的な質問からはいっていますので、初めて「発達障害」・「発達凸凹」などの言葉を耳にした人への入門書と言えるでしょう。

 

インタビュー形式なので、注釈を除く本文だけでしたら、1時間もあれば最後まで読み通せると思います。ただ、この注釈が専門用語なども交えて、小さなフォントで詳しく書かれているため、目が左右に振られたり、2ページ先までまたがったりしていて、結構時間をとられるかもしれません。原則見開きの左端が注釈のコーナーなのですが、ほとんどのページについていて、中には1ページ丸々注釈というページまであります。

 

そこでお勧めの読み方は、まず本文だけを読んで、理解できない箇所にチェックを入れ、2回目に確認の意味で注釈を読むというやり方です。すでにもう何冊か自閉症の本を読まれている方なら、それで十分だと思います。

 

さて、本書の内容ですが、杉山先生は発達障害をまず3つのグループに分けられています。

一つは重度の知的障害やカナータイプの自閉症の「気質系発達障害」、二つ目は正常からの偏りと捉えられる「発達凸凹」、最後は強いストレス、逆境体験による「トラウマ系発達障害」です。

そして、それぞれのタイプの説明と対処法に入っていきます。

ちなみに杉山先生の分類によると、アスペルガー障害は気質系障害ではなく、発達凸凹の方に属するそうです。

 

まずは、「気質性発達障害」の中の、自閉症についての杉山先生の説明です

 

自閉症の場合、世界の見え方が違っているのだと思います。自閉症の世界は禅的なのです――と言って通じるかな……? 禅を体験していると、いろんな言葉の枠なんかが取れていって、物自体が見えてきます。そして物自体からスタートしているのが自閉症の世界。それに対してトラウマ系発達障害の世界は密教ですね、もう、なんか、なんでもありな感じが。

 

自閉症の場合は、大人との係わりの中でしか、なかなか学べないのだと思います。もちろん友達から偶然に学ぶこともあるでしようけれど、そこですぐに真似るのでなく、後模倣のような形で取り込んで真似て、それが大人との係わりを通して社会的なものになっていく。そんな経過をたどると思います。

定型発達の子どものように、友達から直接に学んですぐに社会的にフィードバックするのとは、全然違います。

                                   

長年の臨床体験からの自閉症に対する解釈でしょう。このあたりまでは、納得できるのではないでしょうか。自閉症の世界が禅的か、どうかは杉山先生ならではの見方かもしれませんが・・・

 

でも、次の「発達凸凹」の説明あたりから、少しずつ私たちの考え方とは違ってきているようにも思えます。

 

杉山 正常なはたらきかけで対応している限り、それで何とかなってくれるのが発達凸凹。かなり特殊な対応をしないといけないのが器質系発達障害――こちらは〈病気〉の状態でしょう。特殊な対応というのは医療の領域ですから。もちろんここには特別な教育も絡んではきますけど。

 

白柳  はい。

 

杉山  発達凸凹に向けての療育にはいろいろな種類があって、それらを比較した研究によると、どの方法でも成果は出るのです。成果は出るのですけど、より大きな成果を上げたのは、早くから療育を始めたグループと、係わりの頻度・密度の高いグループでした。これは相手が子どもですから当然ですね。

そして成果に差はあっても、いずれ発達が追いついてくると、その差はなくなります。

 

白柳  何歳くらいで、療育を 〈した〉 グループと 〈していない〉 グループの差はなくなるのですか?

 

杉山  10歳とかそれくらい。小学校中学年

 

白柳  では器質系発達障害でない場合は、治療的対応は要らないし、「10歳くらいまではまあ、のんきに構えてなさい」という対応で良いのですか?

 

杉山  そうです! だから僕は 〈幼稚園 6年制〉 を考えるのです。小学校低学年までの、まだ発達がいろいろごちゃごちゃしているときに、がたがた焦らせてもしょうがないじゃないか。小学校4年生から 〈小学校〉を始めれば、トラブルはずっと少ないだろうに、というのが僕のアイディアです。

 

カナータイプではない、アスペルガー障害などの発達障害(発達凸凹)の場合は、早期療育の効果が残るのは小学校の低学年まで。そのあたりで療育をしていなくても追いついてくるから、治療的対応は必要ない・・・と言われてしまったら、育てる会で行なっている ぐんぐんグループでの療育は、ほとんどの子どもに10歳以後には価値のないものになってしまいます。

 

杉山先生がいみじくも本書の中で 「器質系発達障害の子どもたちは、数としては少ない。いま病院で 〈発達障害〉 と呼ばれている子どもたちの大多数、90%以上は発達凸凹とトラウマ系発達障害です」 と述べられているように、確かに育てる会の療育の現場においても、現在は知的障害を伴わない、カナータイプ(杉山先生のいう気質系発達障害)には分類されないASDのお子さんが多数を占めています。

 

杉山先生への反論になりますが、私たちは、適切な療育が「小学校中学年」まででなく、その先の二次障害を防ぎ、落ち着いた暮らし、安定した社会生活をおくるための助けになると信じて療育を続けています。

 

まして次の「トラウマ系発達障害」への対応となると、正直ちょっとついていけないなぁ~という思いになってしまいました。

 

自閉症には、僕が〈タイムスリップ〉と呼んでいる独特のフラツシユバツクが起こることがあつて、これは、楽しいことや言葉が出る以前の経験でも起こりますが、不快な経験が蘇ってくることもあります。

だからこれをEMDRで処理しようと思いましたが、自開症の子どもたちは二つのことを同時にするのが苦手ですから、パルサーを使って受身の形で左右交互刺激を入れて、短時間でトラウマ処理をしようと考えました。

その方式を複雑性PTSDの人に応用してみたらうまくいって、それで 〈簡易型トラウマ処理(TSプロトコール)〉 と名付けたのです。だからもともとは自閉症圏向けの技術です。

 

ここで一応注釈を入れておきますと、EMDRというのは眼球運動による脱感作・処理法のことで、眼球を左右に振りながらトラウマ記憶を想起させるという技法だそうです。それを杉山先生は改良して両手にパルサーを握らせ、交互に振動刺激を与えるというTSプロトコールを発案したとのことです。

 

一つのトラウマ記憶を処理するだけなら、数分でできる作業です。左右交互刺激を20回するだけ。だから嫌な思い出が50個あるなら、50回処理すればいいだけの話。

子どもが「もうイヤだ、学校に行きたくない!」とつらかった経験を訴えてくる、「じゃあそれを処理しましょう」とパルサーを渡す。

処理が済んだら子どもはけろっとなっていて、横で見ている親は眉に唾を付けている(笑)。

 

たしかに、専門的器具を使っているとはいえ、振動刺激だけの数分の処理で、トラウマになっていた嫌な記憶が処理されてしまうのなら、こんな楽なことはありませんね。

ただ、この処置が行えるのは、杉山先生や一緒に取り組まれている数人の医師の方々・・・しかも、この先生方もご多忙で、新しい患者さんは引き受けられないそうなので、本書では紹介もできない・・・ということになると、残念ながらこの技法が全国に広まっていくことは、少し難しそうですね。

 

私たち、地方に暮らす者としては、やはりすでにエビデンスの確立しているTEACCHⓇやPECSⓇなどを基にして、地道に療育に取り組んでいくのが最善の道のように思います。

 

と、いうことで、今月のお薦め本コーナー、私も「眉に唾を付けている」ところもありましたが、以前にも、片倉信夫先生の、冷凍マグロのように横になり、身体じゅうの余分な力を抜く「ねかせ」の技法や、空中に文字を書くペンペン文字の実践などを紹介したこともありますので、これも一つの話題として提供させていただきました。

 

本書の末尾には、自分でできるトラウマ処理として、地面から息を吸って、身体をパタパタ叩きながら、嫌な感じを上に抜いていく、という「パタパタ体操」のやり方なども付録でついていますので、試してみられる方は、どうぞ・・・効果があるといいですね。

 

       (「育てる会会報 303号」 2023.7 より)

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目次

  はじめに  白柳直子

一 〈発達障害〉の三つのグループ

二  器質系発達障害
       器質系発達障害と正常知能
       器質系発達障害の子どもへの対応

三 発達凸凹
       発達凸凹の子どもへの対応
       療育について
       通常クラスと支援クラス
       発達凸凹への対応と治療的対応
       不登校への対応

四 器質系発達障害と発達凸凹

五 トラウマ系発達障害

  おわりに 杉山登志郎

  引用・参照文献

  付録1 〈発達障害〉概念の推移一覧

  付録2 杉山先生のトラウマ治療のエッセンス

竹中 均:著  世界思想社  定価2300円 + 税 (2023.6)

 

          私のお薦め度:★★★☆☆

 

「自閉症の文化」というと、これまでは主にASD(自閉スペクトラム症)の方によってつくられた文化、とか、ASDの特性をもった著名な文化人や発明家などについて取り上げられることが多かったように思います。

 

本書は、それとは少し視点を変えて、総体的な文化の中にある「自閉症的な文化」について取り上げています。もちろん、それを創り、表現している作者のなかには、明らかにASDと思われている方もいらっしゃるのですが、本書はあくまで作品としての文化の中にある「自閉症的なモノ」についての本となっています。

 

本書に登場する人々は有名人ですが、全員が自閉症的だと私が思っているわけではなく、まったくそう思わない人物も少なからずいます。だからこそ、個人として発達障害を持っているかどうかにかかわらず、生み出された文化に自閉症的特徴を読みとれるのではないか、そしてそれを一つの文化のあり方として主張しうるのではないかというのが本書の立場です。

人間文化には、時と場所を超えて自開症的側面があるのではないか、言い換えれば、自閉症的であることは、何かの単純な欠如(例えば、社会性の欠如)ではなく、「健常」とは別様の一形態と見た方が適切なのではと考えてみたいのです。

そのような見方によって、障害者としての「生きづらさ」が解消するわけではありませんが、生きづらさを一つの文化として昇華させることもありうるように思えます。生きづらさ自体は容易には他者から共感されません。しかし、生きづらさとともに生み出された文化ならば、ある種の共感を呼び覚ましやすいという潜在力を持つのではないでしょうか。 (「はじめに」より)

 

著者の竹中 均 氏は、専攻が理論社会学、比較社会学という、現在早稲田大学文学学術院の教授をされている先生ですが、「生きづらさ」という言葉を使われていることからもお分かりのように、自閉症のお子さんをもつお父さんでもあります。

その意味、ASDの文化を肯定的にとらえようとする視点をお持ちのように感じました。

 

本書でまず取り上げているのは、最近美術界でもブームになっている、伊藤若冲の作品についてです。

その中でも、最初の絵は「動植綵絵」シリーズの「芦雁図」、真っ逆さまに落ちていく雁の姿です。

全てが静止したような一瞬・・・、筆者はそれを「飛んでいる矢のパラドクス」に例えています。

 

的に向かって飛んでいる矢、その矢は放った場所からの中間点を通ります。さらにその中間点・・・中間点と通ってゆき・・・、距離は理論的には無限に小さく分割できるので、いつまでたっても中間点、中間点と、いつまでたっても矢は的に到達しないという、あのパラドクスです。

 

経験的に私たちは、放たれた矢はアッという間に的に突き刺さることを知っていますが、若冲の絵はその無限に分けられた時の一瞬をとらえて描かれているようです。この絵が描かれたのは1766年頃といわれますから、まだカメラも、まして、高速度撮影ビデオもない時代に、この一瞬を切り取った精密画が描けるというのは、普通の画家にはなかった才能でしょう。

 

また別の若冲の絵として「百犬図」が取り上げらています。これは数十匹の子犬が描かれた絵なのですが、それぞれポーズや模様は違うのですが、顔だけはみんな同じなのです。これなどは、テンプル・グランディン女史が、犬と猫を見分けるとき、犬の鼻の形で分類していく、というのにも通じる印象です。

 

他にも本書では、「不思議の国のアリス」を書いたルイス・キャロルや、名探偵ホームズのコナン・ドイル、モダンアートのアンディ・ウォーホール、村上春樹や、変わったところでは近頃は書店でも売れ筋の異世界での魔法や冒険のファンタジー、ライトノベルの分野の作品群まで取り上げています(最初に書いたように、作者が・・・というわけではなく、あくまで作品としての自閉症文化の考察です)。

 

また、“私見によれば”との注釈つきですが、筆者は自閉文化について「常数としてのマニエリスム」を挙げています。

あまり聞き覚えのないフレーズかとも思いますが、まず「マニエリスム」とは “ルネッサンス期からバロック期の間にかけて登場した誇張的で技巧的な美術様式” だ、そうです。

次に「常数」とは、“通常、定数とも表記されますが、変数の対語であり、様々な状態変化にもかかわらず常に変化しない数値”だそうです。

一定の理解はできましたし、また本書の専門書として肝心な部分かもしれませんが、申し訳ないですが、私にとって、このあたりの自閉文化の解釈についての関心は薄く、斜め読みしてしまいました m(_ _)m 。

 

それより、私が興味をひかれたのは、自閉症そのものへの考察箇所でした。たとえば自閉症者はある種の錯視、「エビングハウスの錯視」を起こしにくいということからの考察です。

定型発達の人なら、周囲の丸に影響され、左の中央の丸が小さく見えてしまいますが、ASDの人は正しく、左右の中央の丸は同じ大きさに見えるそうです。

 

フリスによれば、自開症者に錯視が起こりにくいという傾向は、自開症者の「求心性統合」の弱さのため生じます。

定型発達者は、諸部分を一つの全体としてまとめあげる力が強いので、ある図形の大きさを周りの状況との関わりで判断してしまい、大きさの過大あるいは過小評価を引き起こし、長くあるいは短く見えたりするわけです。

ですが自閉症者の場合、求心性統合の弱さゆえに周りの状況から影響を受けにくいため、錯視が起きにくいのです。定型発達者でも、錯視図形の一部を紙で覆って図の全体が見えないようにするだけで錯視が起こらなくなるのも、同じ理由からです。

そう考えれば、求心性統合の弱さとは、絶対的な弱さや欠如というわけではなく、錯視に陥らないという能力として肯定的に評価可能なのかもしれません。同様のことは図形認識以外でも起こりえます。錯視の考え方を拡大解釈すれば、定型発達者が持つ社会性もまた錯視の産物ではないでしょうか。

 

ASD児者は、社会性に弱さをもつと言われていますが、こう考えてみると、錯視なしに社会を見ているためかもしれません。「木を見て、森を見ず」とはよく言われますが、大雑把に、いい加減なことができないのは長所にもなり得ます。小学校の音楽の合奏や合唱で耳をふさいでいたASD児の中には、絶対音感を持っている子もいるかもしれませんね。

 

また、こんな話も載っていました。

 

同一性へのこだわりも特徴的です。反復とは同一性に対する欲求とも見なせます。例えば、定型発達者から見れば些細な変化にすぎないことが自閉症者にとっては耐え難い場合があります。したがって、同一性を維持するために、外出時には同じ道順を歩きたい、同じ食物を食べたいというわけです。

ところが、伝統社会と違って近代社会では、変化が絶えず生じがちです。反復を伴う伝統的な儀式行為は、近代社会では衰退する傾向にあります。そう考えれば、自閉症者は近代社会の中ではとりわけ目立ちやすいのかもしれません。

 

小さな変化に弱いということは裏返して言えば、退屈に強いということかもしれません。同じ食物を毎日食べるということ、同じ道を毎日通るというのは、伝統社会では普通でしたが、近代社会ではそうではなくなりました。近代社会は、退屈という感覚と、退屈を避けたいという欲望を新たに生み出したのです。

 

「こだわりが強い・変化に弱い」 = 「退屈に強い」、そういう風に見ていただければ、ASD児者を育てる身としては救われます。確かに、息子の働いているビデオなどを見ていると、あのような単調な仕事を一日中続ける・・・私にはちょっと無理で、変化をつけたくなったり、さぼりたくなってしまいそうですね。

 

文化や文明が、階段状に大きく飛躍するときには、それを産み出すASD者の存在がある・・・と言われています。カレンダー記憶ぐらいしか特殊能力はなく、サヴァン症候群とまでは呼べない息子ですが、その錯視しない素直さや、退屈に強い生き方は、一つの「自閉症文化」と言ってもいいような気もします。

 

子育て中で、今すぐ必要なノウハウやアドバイスを求めている方には、向いていないかもしれませんが、文明を飛躍させる「自閉文化」、粘り強く社会を下支えする「自閉症文化」の人、どちらも大切な人であるとということがわかる気がして、本書をお薦めしたいと思います。   

 

        (「育てる会 会報 302号」 2023.6 より)

 

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目次

  はじめに

第1部 自閉症がつくる文化

  第1章 若沖からチューリングヘ
  第2章 常数としてのマニエリスムと自開症
  第3章 自閉症とは何か
  第4章 「自閉文化」の特徴 

第2部 世界はそもそもパズルである

  第5章 迷官と蒐集 ― ルドルフニ世とアルチンボルド
  第6章 「不思議の国」は「驚異の部屋」 ― ルイス・キャロルとアリス
  第7章 名探偵・妖精・心霊 ― コナン・ドイルとホームズ
  第8章 点と線 ― エリック・サティの奇想の音楽
  第9章 缶詰が並んでいる ― アンデイ・ウオーホルの凍りついた宇宙 
  第10章 パズルと対位法 ― グレン・グールドの録音スタジオ
  第11章 マシンと夢 ― 村上春樹のジグソー・パズル
  第12章 コンビニ空間 ― 村田沙耶香と「世界の部品」
  第13章 「おひとりさま」の可能性 ― 上野千鶴子の「離脱の戦略」
  第14章 ゲームと機械 ― 榎宮祐のライトノベル異世界

第3部 ずれた世界でよりよく生きる

  第15章 「アリス」のパラドクス ― 自己言及を字義通り生きる
  第16章 笑いのワンダーランド ― ニつの世界
  第17章 自開症から認知症へ ― プロセスと崩れ

  おわりに

  参照文献一覧
  人名索引

 

                                

借金玉:著  ダイヤモンド社  定価1500円 + 税 (2020.7)

 

        私のお薦め度:★★★☆☆

先月号の「生きづらさ解消 ライフハック」に続いて、今月も発達障害をもつ人が生きていくためのライフハック、サバイバルガイドです。
副題に『「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ 47』とあるように、ハック(工夫)が紹介されています。
そのハックの数、46コ・・・・オヤ? 一つ足りないと思うかも知れませんが、抜けているのは、本書の最初のページの案内板に 「もし、あなたが発達障害の二次障害で「うつの底」にいるなら、最初に310ページを読んでください。」 とある、最後のスペシャル・ハックです。
そのハックは、「何もするな、この本も読むな」です。逆説的なようですが、うつの底にある間は、何もしないで、吹雪が去るのを待ってください、というハックです。

それはつまりこういうことです。うつの底で、今日も1日何もできなかった。だとしたらあなたは、1日を雪洞の中で身を縮めて耐えるという最も重要な行動を間違えることなく完遂したのです。それは、前向きで堅実な確かな選択そのものでした。
今日を生き延びたあなたは、登頂に挑む晴れた日を待ち続ける登山家のように、人生と戦っています。どうか、自分を責めないでください。


このように、本書は二次障害に陥った発達障害をもつ人が、今日をなんとかなんとか、生き延びるためのサバイバルガイドです。
もっとも、筆者はペンネームを自虐的に「借金玉」と付けているように、落ち込んでばかりいるわけでもありません。


最初の大学は数ヶ月で退学し、2度目の大学を卒業した後、金融機関に就職し挫折し、その後一念発起で起業して成功したものの、3年ほどで事業が破綻し、大きな借金を抱えながらも・・・現在は不動産営業とライターをしながら、助けてくれた「債権玉」氏に少しずつでも返済を続けているそうです。

本書の執筆当時34歳、ASDも合わせ持つADHD、二次障害が双極性障害を発症し、現在まだ2000万円の借金が残っているとのことです。

そんな借金玉氏の書いた本書、「サバイバルとは よりラクに、より快適に、より優雅に生きられる環境を自らつくりあげていくこと」をモットーにしています。決して、爪に火をともすような、雑草や木の皮を食べてなんとか生きのびようというようま “サバイバル” ではありません (^_^;)

ですから、本書の最初のハックは「食洗機を買え!」です。設備投資を惜しんでは生活はラクにならない、と訴えられています。そして次のハックは、ベッド(寝床)にしっかり課金しろ、さらにはちゃぶ台でパソコンを打つな! 学習しやすい机と座り心地のいいイスを用意しろ・・・と続いていきます。

貧乏な生活をしていると、同じくらいの経済水準の仲間がたくさんできます。しかし、 この同じ程度の収入しかない極貧仲間であっても生活の水準はそれぞれ全く別ものでした。少ない収入でそれなりに快適な生活を送っている者もいれば、その逆にある程度の収入はあっても荒れ果てた不便極まる生活を送る人もいたのです。
その差はどこにあるのか? 僕はあるとき、 その両者を分けるひとつの指標が 「家に洗濯機があるかどうか」 だと気づきました。洗濯機というのはそう高いものではありません。中古で 2万円も出せば手に入ります。極貧とはいえ、 手に入れることは可能です。しかし、 ある種の人々はその 2万円を出費せず、 コインランドリーで数百円を支払うか、あるいはクリーニング屋を使ってしまうのです。
コインランドリーまで出向いて洗濯をする。そこにはコストだけでなく、時間もかかります。それはまるで「井戸を掘らず、毎回川まで水を汲みに行く」行動様式です。


先月紹介した姫野 桂 さんの「生きづらさ解消 ライフハック」の本が、多くの発達障害を持つ人が、生きやすくなるためのアイデア、ハックを持ち寄った実用的な本だったのに対し、本書は発達障害を持つ人への行動様式、考え方の変更を提案しているように感じました。

食洗機、持っていますか?  今すぐ買ってください、以上。これが本書の最初に伝えたいメッセージです。
「ラクをする」のは意外と難しいことです。普段我々は、自分が「めんどくさいことをしている」という感覚をあまり持つことができません。「自分が怠惰だからこんなことになるのだ」と自罰感情は湧いても、「どうすればラクになるかな?」という工夫の方向性へ思考が向かわないのです。
この悪い思考ルーチンを解除するには、 一度「設備投資をしてみたら劇的にラクになった」という体験をしてみるしかありません。いくら字面で理解できても、実感が伴っていなければ無意味なのです。
僕の経験上、即座にこの劇的な体験をさせてくれる道具が、食洗機です。


そして、生活保護などのセーフティーネットが次第に整ってきた現代の日本において、生きのびるために必要なのは、路上生活への備えや飢餓からの脱出などの物理的環境よりも、発達障害の方が陥りやすい二次障害であるうつや双極性障害(そううつ病)などから引き起こされる絶望感からの脱出かもしれないですね。
そして、そのために提案しているのが心地良い環境の確保ということになります。

また借金玉さん、その名前の元になった借金自体に関してもこんな見方を提案しています。


【 いい借金3原則 】
  ・借金は、 一人から借りる
  ・相手が「返してほしい」と思う大きな額 (できれば100万円以上) を借りる
  ・少額 (5万円以内) をたくさんの人から借りることは、絶対に避ける


借金玉さん曰く:「借金の額が多いほど、それを貸してくれた人はあなたの味方になる」 そうです。


一方で少額貸してくれた人は、返してもらえなかったことで、あなたを信用しなくなり、その金を手切れ金と思い、あなたを「友人」フォルダから消してしまうことになります。この先の再起にとって、なによりも重要な「信用」を、あなたは失ってしまうことになる、とのことです。
なんだか、楽天的な話で、借金玉さんにうまく丸め込まれたような気もしますが・・・・そう言えば、「借金とは絆である、借金を返せば絆を失ってしまう」とか言っていた自称クズ芸人を思い出しましたね。

まあ、そんなわけで、読み物としては結構面白かったのですが、いまだ借金玉さんは二次障害と対処中で本書にはかなり重い部分もあります。また、そのハックに対しても合う合わないが大きいと思います。

そのため、今月のお薦め本は、全員の方に“お薦め”というわけではありません。
自分には合うと思った方は、どうぞお読みください

ただ、真面目な話、今、マスコミを騒がせている市川猿之助氏の例もありますので(この会報が届く頃には、事件の詳細も分かっているかもしれませんが)、もしあなたの周りにうつで悩んでいる方がいたとしたら、最後の『ハック46.「死ねばいいや」の麻薬に頼らない』の章は紹介していただければと思います。

実体験からの想いがあふれる章になっています。

「いざとなれば死ねばいい」というのは、非常に強力な麻薬みたいなものです。これは、基本的には生きていきたいという欲求に突き動かされているのですが、その一方でどこか死んでラクになりたいという感情も混ざっている。コカインとヘロインみたいに生と死の欲求が混ざり合つたスピードボールです。

不安は、未来への意志がそこにあることを示すものです。不安であることは正しいのです。
「死ねばいいや」で勢いよく不安を忘れる精神的ヤク中より、不安を背負って生きているあなたがずっと前向きなのです。
どうか忘れないでください。未来は長く続きます、どこまでも不安です。だからこそ、あなたは未だ敗れ去っていません。やっていきましよう。

 

           (「育てる会 会報 301号」(2023.5) より)

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目次

  はじめに  食っていくための「生活術」

CHAPTER 1 生活環境  サバイバルに絶対必須の設備ハツク

 発達障害サバイパルの大原則 【生活環境編】
    「設備投資できない病」がすべてを狂わせる

  Hack 01  食洗機が「先延ばし人生」を解決する
  Hack 02 健康が一番高い。今すぐ「寝床」に課金せよ
  Hack 03 机とイスは、あなたの家の「知的生産拠点」
  Hack 04 「ぶっこみ収納」で、汚部屋から脱出せよ
  Hack 05 「いつも何かを探す人生」を断ち切る神ッール

CHAPTER 2 お金  貧困と借金から学んだマネーハック

 発達障害サバイバルの大原則 【お金編】
    必要なのは「金を稼ぐ」技術より「貧乏でもやっていく」技術

  Hack 06 「世界一ラクな家計簿」で浪費が止まる
  Hack 07 多重債務生活を今度こそ終わらすたったひとつの方法
  Hack 08 「貯金0円」の発達障害者が100万貯める技術
  Hack 09 食費を減らしたいならスーパーに行くな
  Hack 10 借金はちょこちょこ借りるな

CHAPTER 3 習慣  くりかえしが苦手な僕らの365日ハック

 発達障害サバイバルの大原則 【習慣編】
    生活の「スタートコスト」を下げろ

  Hack 11 「1日1箱」で習慣を固定しよう
  Hack 12 やることパニツクは「他人に」整理してもらう
  Hack 13 「決断疲れ」には週1カレーが効きます
  Hack 14 「風呂に入れない病」を解決するスゴ技
  Hack 15 起きるハードルを極限まで下げた日覚めハツク2.0
  Hack 16 睡眠薬を飲んでも眠れない夜を救う「強制終了」
  Hack 17 「パジャマ」でアルコール依存を止める

CHAPTER 4 在宅ワーク  だらだらに勝つ自宅作業ハック

 発達障害サバイバルの大原則 【在宅ワーク編】
    よき日常があつてこそ、よき仕事がある

  Hack 18 何よりもまず「働かないイス」を用意する
  Hack 19 発達障害のための最強「机コックピット」
  Hack 20 「手洗い儀式」でだらだら癖を追い払う
  Hack 21 「過集中で脱水症状」は小型冷蔵庫で防ごう
  Hack 22 タスクはデカいホワイトボードに全部ぶっこめ
  Hack 23 すっぽかしをゼロにする「究極カレンダー」
  Hack 24 「お菓子を贈る」でゆるい絆を維持する

CHAPTER 5 服 おしゃれとか以前の身だしなみハック

 発達障害サバイバルの大原則 【服編】
    服に「センス」は必要ない

  Hack 25 あなただけの「ライナスの毛布」を手に入れよう
  Hack 26 アップルウオッチで「時計マウンティング」を回避する
  Hack 27 「ジャヶット+スラックス」を信じろ 
  Hack 28 「部族のユニフォーム」はミリ単位で微調整しよう
  Hack 29 「たたむ」「収納する」これは悪い文化です
  Hack 30 安物のスーツでも「ちゃんとした人」に見せる

CHAPTER 6 食事  ずぼら完全対応版自炊ハック

 発達障害サバイバルの大原則 【食事編】
    レシピがだるくて覚えられないあなたへ

  Hack 31 最低限生きていく「食のベース」を常備せよ
  Hack 32 「味の素+塩」で9割の料理はおいしくなる
  Hack 33 「しょうゆの入れすぎ」がすべてを台無しにする
  Hack 34 皮は一切むかなくていい
  Hack 35 レシピは「メタ化」すると無限に応用できる
  Hack 36 料理の効率は「熱源の数」で決まる
  Hack 37 皿テトリスを終わりにしよう

CHAPTER 7 休息  生き延びるための休日ハック

 発達障害サバイバルの大原則 【休息編】
    働かなくても休むことができるが、休まなければ働くことはできない

  Hack 38 「頑張る」は惰性、「休む」は意志の賜物
  Hack 39 完全な休日は「現実逃避」に徹する
  Hack 40 「初心者に優しい」娯楽は危険です
  Hack 41 コンビニ散歩も「娯楽」になる

CHAPTER 8 うつ  不安とともに生きる再起ハック

 発達障害サパイパルの大原則 【うつ編】
    「どん底から再起する」技術を身につけよう

  Hack 42 一発逆転マインドを捨てる
  Hack 43 「向いていない仕事」を徹底的に避ける
  Hack 44 「貧乏人」とも「金持ち」とも広く付き合う
  Hack 45 躁うつの自分を「数字」でモニタリングする
  Hack 46 「死ねばいいや」の麻薬に頼らない

  Special Hack 今、「うつの底」にいるあなたへ

  おわりに  本当のあなたを「ハツクするな」

  借金玉「愛用品」リスト

 

 

 

 

姫野 桂:著  ディスカバー・トゥエンティワン   定価:1300円 + 税 (2020.4)

 

           私のお薦め度:★★★★☆

『なんでこんな簡単なことができないんだろう・・・・・と思っているあなたへ。 「小さな工夫で毎日がラクになる」を集めました。』 
こんな風に帯で紹介されているように、アンケートで集まった発達障害当事者のみなさんからの「工夫 = ハック」を本にまとめたものです。その数、なんと126名もの方からの、発達障害をもつ人たちの “生きのびる”ための工夫の数々です。

ほかにも発達障害の方のためのライフハック本はありますが、 一人の当事者が生み出したものや、精神科の医師や心理士、カウンセラーなどの専門家が導き出したハックがほとんどだと思います。
しかし、今回のこの本は、たくさんの当事者の生の声が詰まった「みんなでつくったハック集」だと自信を持って言えます。

人によって得手不得手は違うし、誰だってミスをします。これだけ多くの生のハックが集まれば、きっとその中からあなたに合つたハックを見つけられると思います。
そして、そのハックを実践することで、日々のミスや困りごとが減るだけでなく、 できないことがある自分を責めたり、卑屈になってしまうのを防止する効果も期待できます。


たしかに、これまでもテンプル・グランディンさんやリアン・ホリデー・ウィリーさんなど、高機能自閉症やアスペルガーをもつ方の優れた発想、たどりついた工夫などを書かれた本はありましたが、そのハックがすべての人にあてはまるわけではありませんね。

一人ひとり、その特性のあらわれ方が大きく違っているのも発達障害の特徴の一つでしょう。
これが内科的な病気、たとえばインフルエンザなどであれば、その効き目に個人差はあるとしても、タミフルは一定の効果はあるのでしょう・・・だから厚労省は認可しているはずですね。
自閉スペクトラム症であれば、視覚的支援や構造化、AACやPECSなどがそれにあたるのでしょう。


でも、本書の題名にある通り、社会にでてから「発達障害かも?」と生きづらさを感じ、つまずいてしまった人にとっては、その環境でなんとか生きていくためのハックを、今すぐに、そしてより切実に求められているようにも思えます。

最初に書いてあるように、本書はそのためのハック集です。

ですから、発達障害の特性から論理的に導きだされた対応法、一貫した対処法というよりは、困った場面でのひねり出した工夫の集まりです。

目次を見ても、『「仕事」をやりやすくするハック』、『「日常生活」の「困った!」を減らすハック』、『「人間関係」をラクにするハック』・・・などのように、それぞれの個別の場面で、みんなが自分で見つけて工夫したアイデアが載っています。

十人十色ですから、自分に合ったハック、ちょっと合わないハック、色々だと思います。まず、合いそうなものを見つけて、試してみて、うまいいけばラッキー、ぐらいの感じで読んでいただければと思います。
例えば 『「日常生活」の「困った!」を減らすハック』 の中から 「体を洗う」時のハックです。

困っていること 「入浴の際、どの程度洗えば汚れが落ちるのかわからず、入浴時間が長くなったり、逆に汚れが落ちきっていなかったりする」

Hack! 「プレイリストをつくって音楽をかけてみよう」
頭や身体は4~5分洗えば十分汚れが落ちると思うので、だいたい4~5分の曲でプレイリストをつくり、1曲が流れている間は洗うようにします。シャンプーやボディーソープを洗い流す時間も含めて1曲終わったら終了です。顔は身体より面積が狭いので、2~3分の短い曲でいいでしょう。

Point! 音楽をかけての入浴は、ちょっとした気分転換になりそうですね。
音楽好きな人にとっては、プレイリストをつくること自体が楽しみにもなりそう♪


こんな風にちょっとした小さな工夫がたくさん載っています。
著者の姫野桂さんはイベント「生きづらいけど生きのびたい!『発達ハック』コンテスト」なるものを開催して、本書の題材を集めてくださったのですが、ご自身も発達障害の診断を受けた女性の方です。
ここであえて“女性”と紹介したのは、本書の中に発達障害とジェンダーについても考察されているからです。

興味深いので、少し長くなりますが紹介させていただきます。

女性の発達障害への認知が進むきっかけになった書籍、サリ・ソルデン著 『片づけられない女たち』。
そこでは、「片づけられないのはみっともなぃ」といわれてきた女性たちには、実は発達障害の傾向があったという可能性について書かれています。
「女性なら片づけられるべき」という言葉に苦しめられてきた女性たちの中には、「なんだ、発達障害傾向のせいだったのか」と安堵を覚えた人も多かったことでしよう。
「女性なのに片づけられないのはみっともない、ガサツだ」 と一般的に定義されていること自体、刷り込みジェンダーです。
なぜ片づけられない男性は、女性ほどには責められないのでしょうか。

男性にも片づけが苦手な人はいます。発達障害の特性で片づけが苦手な人は、優先順位をつけるのが苦手なので、必要なものと不要なものの選別ができず、 かつどこにしまえばいいのかわからないのです。
私も、片づけが得意ではありません。特に、気合いを入れて片づけをし、通帳や印鑑など、「これは大事なものだから、きちんとしまっておかないと」と片づけたものほど、どこにしまったか忘れます。
しかし「発達ハック」の一つとして「見える化」を心がけ、透明なケースやジップロックに入れるなどすると、「どこにしまったか忘れた問題」は解決に近づきます。


後半では 「女性なのに片づけられないのはみっともない?」 というコラムのテーマとは少し違ってきているような気もしますが・・・(^^;) その後半、我が家でもしばしば見かけるような光景です。
視覚優位の人にとって「見える化」とはよく使われる言葉ですが、「大事と思ったものは、ジップロックへ」は立派なハックですね。


本書は、漫画も交えてとても読みやすくなっていますので、本書の中から1つでも2つでも、自分に合ったハックが見つけられたら、暮らしが少しは楽になると思います。

また一方で、著者が取材した当事者の内、約9割の方が生きづらさからのストレスにより、うつ病や睡眠障害、双極性障害などの二次障害を引き起こしてしまっていたそうです。

(著者の姫野さん自身も「双極性障害Ⅱ型」と「摂食障害」に悩まされているとのことです)


最後にそんな同じ悩みをもつ仲間への、著者からのメッセージを紹介し、今月のお薦め本とします。

でも、明らかに無理をしてがんばっているのに変わらない、根性論だけではどうしても乗り切れないという場合は、努力不足でも怠慢でもありません。
あなたはもう、十分がんばっています。
そして、がんばる方向性を少しだけ変えれば、困りごとの解決につながることがあるのです。

発達障害傾向のある人は、真面日で完璧主義な性格が多いことがあり、「人と比べて自分はダメだ」と思いがちです。 
もう、人と比べるのはやめましょう。 すると途端にラクになります。
これがなかなか難しいことかもしれませんが、「自分は自分」と言い聞かせてください。
ぜひ、他人と比べて落ち込むことよりも、少しでも「発達ハック」を試して自分に合うものを取り入れることに大事な時間を使ってほしいと思っています。

 

                     (「育てる会会報 300号」(2023.4)より)

 

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目次

  はじめに
    苦手なことは、「工夫 = ハック」で乗り越えよう!
    この本は、「みんなでつくったハックの本」です

第1章 「苦手」を見つけて受け入れよう

    自分の「苦手なこと」を発見しよう
    苦手なことは、そのまま受け入れよう
    「できない=ダメ人間」ではない

第2章 「仕事」をやりやすくするハック

  01 タスク管理
      タスク管理が苦手。納期に間に合わなかったり、書類の提出がギリギリになっ

      たり してしまう。

  02 スケジュール管理
      遅刻が多く、スケジュール管理が苦手。時計を読み間違えたり、

      予定をすっばかしてしまうことも・・・・・・。

  03 マルチタスク
      マルチタスクをこなせない。突然、「これやって!」と言われると混乱して

      しまう。予想もしないクレーム対応がくると、もうお手上げ・・・・・・。

  04 忘れ物
      忘れ物が多い。何度も取りに帰ったりして家を出るのが遅れてしまう。
      文具を忘れて出先で購入したりして、余計な出費がかさんでしまう。

  05 SOSが出せない
      単純作業が得意なので、つい没頭してしまっているうちに、どんどん仕事をまか

      されて自分のキャパを超えてしまう。結果、SOSを出せずにため込んでしまい、

      ストレスが爆発する。

  06  つい先延ばし
      会議や商談の際に必要なパワーポイントでの資料作成を、ついつい先延ばしに

      してしまう。

  07 優先順位 
      それぞれ違う人から仕事を頼まれると、優先順位をつけられなくなる。

  08 臨機応変な対応 
      自分なりに仕事の手順を決めていたのに、予定と違うことを急に言われると、

      混乱してしまう。

  09 計算
      学習障害の一種である「算数LD」のため、「%」の計算を含んだ報告書を作成

      する際、計算式を理解できない。

  10 抽象的な指示
      抽象的な表現を理解するのが苦手。上司の言う「あれ」「それ」「さっき」

      「今度」がわからず、「『あれ』の内容を確認したいのですが・・・・・・」と

      尋ねると 怒られてしまう。

  11 書類の記入漏れ 
      書類の記入漏れやタイプミスが多い。誰かに指摘されるまで気づけない。

  12 ルーティン業務
      定例会議の準備などのルーティン業務を先延ばししたり、手順漏れを起こしたり

      してしまう。

  13 電話
      ワーキングメモリ(作業記憶)が弱い。電話でたった今聞いた内容を忘れて

      しまったり、記憶違いをしたりしてしまう。

  14 がんばりすぎる
      集中して仕事をしていると、いつ休んでいいのかわからなくなる。その結果、

      休憩を取らずにがんばりすぎて疲れてしまったり、脱線して今やら なくても

      いい仕事をしてしまったりする。

 (column)
   発達障害? それとも、ただの努力不足?
      算数ができないのは、勉強が足りないから?
      商談中に居眠りするのは、怠慢が原因?
      人と比べることはもうやめよう

第3章 「日常生活」の「困った!」を減らすハック

  01 片づけ
      片づけられず、いつも家の中が散らかっている。急にお客さんなんて呼べ

      ない・・・・・・。

  02 服
      TPOに合う服がわからない。特に、会社に着ていく「オフィスカジュアル」

      って何? お気に入りの格好をしていくと、「気合いが入っているね」と

      嫌味を言われてしまう・・・・・・。

  03 衝動買い
      衝動買いをしてしまう。そのとき「ほしい!」と思ったら、後先考えず購入して

      しまうので、深刻な金欠に陥ってしまうことも・・・・・・。

  04 コンビニ
      つい、コンビニで小さな買い物をしてしまう。
      数百円という買い物でも、月に換算すると結構な出費に・・・・・・。

  05 現金
      財布の中に現金があると、つい使ってしまう。
      気づいたら現金がなくなっていて、しょっちゅうATMで下ろしている。

  06 クレジットカード
      ついクレジットカードを使いすぎてリボ払いが膨らんでしまい、
      新しくクレジツトカードをつくれなくなってしまった。

  07 買い忘れ
      買い物の際、買うべきものを忘れてしまう。カレーの材料を買いにいったのに、
      肝心のルウを買い忘れてしまったことも・・・・・・。

  08 持ち物が大荷物
      「そういえばアレ、忘れてなかったっけ?」と外出先で不安になったり、
      「これも必要かもしれない」と思ってしまって、まるで一泊旅行のように大荷物

      になってしまう。

  09 鍵を失くす
      家の鍵を失くしちやう・・・・。

      どうしても見つからなくて、部屋の小窓から出入りをしたこともあつた。


  10 忘れ物
      忘れ物が多くて取りに戻ってしまう。その分、時間をロスしてしまうので、
      待ち合わせに遅刻してしまうことも・・・・・・。

  11 薬の飲み忘れ
      薬を飲み忘れてしまう。また、水だけ飲んで薬を飲み忘れたり、
      無意識のうちに薬を別の場所に置いたりしてしまう。
      薬を飲まないとしんどい障害なので、飲み忘れた日は仕事にならない・・・・・・。

  12 ゴミ屋敷
      家事をつい先延ばしにしてしまい、部屋の中の衛生を保てない。

      ゴミ屋敷になるのも時間の問題かも・・・・・・。

  13 洗濯物
      洗濯をしているのを忘れて、濡れている洗濯物が洗濯機に入ったままだ

      ったり、雨が降っているのに洗濯物を取り込むのを忘れてしまったりする。

  14 体を洗う
      入浴の際、どの程度洗えば汚れが落ちるのかわからず、
      入浴時間が長くなったり、逆に汚れが落ちきっていなかったりする。

  15 入浴がめんどくさい
      入浴やシャワーが面倒で、後回しにしてしまう。時には、入浴する余力が

      残っていない日も・・・・・・。

  16 待ち合わせ
      人との待ち合わせが苦手。遅刻してしまったり、逆に遅刻が心配で、

      着くのが早すぎたりしてしまう。

  17 転びやすい
      不注意傾向で転びやすい・・・・・・! 身体には年中、生傷やアザが

      絶えない。

 (column)
   発達障害とジェンダーの複雑な関係
      女性なのに片づけられないのはみっともない?
      セクハラ・パワハラに注意!
      恋愛市場であえぐ男性当事者たち
      女性が結婚して、生きづらさから解放されるのはずるい?

第4章 「人間関係」をラクにするハック

  01 親との関係
      親との関係が悪く、人格や能力をすべて否定されることもあってつらい。
      結局、親の言いなりになってしまう・・・・・・。

  02 雑談
      雑談が苦手。ちょっとした会話も続かず、気まずい空気が流れてしまうこと

      も・・・・・・。

  03 嫌われたくない
      嫌われたくないという気持ちが人一倍強い。自分の言い方が冷たくなかっ

      たか、相手を不快な気持ちにさせていないかと、つねに気が気でない。
      ちょっとした日常会話でも、緊張して□が開かなくなってしまう。

  04 ママ友
      ママ友とのゴールが見えない会話が苦手。上の空になったり、席を外したり

      してしまう。

  05 初対面の人
      初対面の人とどういう話をしていいのかわからない。変にテンションを
      上げすぎてしまったり、話のネタに困って人の秘密をバラしたりしてしまう。

  06 マウントを取られる
      人と話していると依存されたり、マウントを取られたりしやすい。マウントを

      取られていることに気づかないので、気づいたころにはすでに、かなり悪化

      している・・・・・・。

  07 友だちづくり
      固定の友だちをつくるのが面倒。何気ないメールの返信もおっくう。好きでも

      ないママ友と会うのもモヤモヤ・・・・・・。でも、誰かと会話して遊びたい気持ち

      はある。

  08 友だちづき合い
      友だちづき合いが続かない。仲良くなりたいあまり、
      まだそこまで仲が深まってないのに、相手に踏み込みすぎてしまう。

  09 グループでの会話
      一対一の会話なら大丈夫だが、複数人の会話(特に女子集団)での会話

      が苦手。誰と話していいのかわからなくなる。

  10 相談されやすい
      人に相談されやすく、その相談内容に引っ張られやすい。
      そして、私まで心身の体調を崩してしまう・・・・・・。

  11 断れない
      人からのお誘いを断れない。本当は行きたくないのに、つき合いが悪いと

      思われたくなくて参加してしまう。

  12 自分のせいにする
      何か良くないことが起こると、すべて自分が悪いと感じてしまう。
      だから、自己主張ができず、自分の意見も言えない・・・・・・。

  13 自信がない
      自分に自信がなく、何をするにも躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

  14 飲み会
      飲み会で会話が弾まないと、翌日、ひどく落ち込んでしまう。やはり、
      自分のコミュニケーション能力が低くて、みんな楽しめなかったのかな

      と・・・・・・。

  15 恋人
      恋人ができない・・・・・・。みんなどうやって仲を深めて、
      おつき合いにまで発展させているのか不思議です。

 (column)
   「働く」ということと発達障害
      面接に落ち続けて、自信を喪失
      社会人のスタートは、中小企業の事務職。しかし・・・・・
      もしかして私、社会人失格・・・・・・?
      フリーランスを選んだこと、これも生き抜くためのハックだった

第5章 「自分の体調」とうまくつき合うハック

  01 疲れやすい
      体力がなくて疲れやすい。仕事から帰宅したらソファの上で動けなくなるし、
      遊びに行っても途中で疲れちゃって最後まで楽しめない。

  02 急に体力が切れる
      急に体力が切れて動けなくなってしまう。

  03 思考力が鈍る                          1
      疲れてくると、脳内がバグったようになり、何かを考えたり判断したりする

      能力が鈍ってしまう。

  04 朝、起きられない
      低気圧や生理周期(生理前や生理中)によって、朝、なかなか起きられ

      ない日がある。

  05 電車やバスで疲れる
      電車やバスなど、公共交通機関による移動で、過剰なまでに疲れてしまう。
      職場に着く頃にはすでにクタクタで、仕事にならない日も・・・・・・。

  06 光、音
      スーパーなどの光やお店のBCMによって疲労し、
      その疲れにギリギリまで気づかず、体調不良に陥ってしまう。

  07 気分の波
      気分の波があり、朝からマイナス思考の日は涙が止まらず、会社に行け

      なくなる。

  08 気温差
      校則で学校内では、制服のブラウスの上にカーディガンなどを着用しては
      いけないので、外と部屋の中との気温差がひどく、体調が悪くなる。

(巻末スペシャル対談)
  年齢を重ねて振り返る「生きづらさ」とハック
      竹熊健太郎X鈴木大介

    フリーランスとして生きることが、ライフハックだった
    発達障害者は、昔よりも生きづらくなっている?
    お二人の「発達ハック」を教えてください!
    対談を終えて

  おわりに
    ハックの効果は、ときどき見直そう
    「発達ハック」で、生きやすい世界を!

本田 秀夫:監修  大島 郁葉:編   金剛出版   定価2800円 + 税 (2022.11)

        私のお薦め度:★★★☆☆

 

本書のタイトルを見て、オヤ? と思われた方もいらっしゃると思います。
そう、本書は自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)ではなく、障害(Disorder)を除いた、自閉スペクトラム(AS:Autism Spectrum)の視点から、ASについて肯定的にとらえ直そうとする本だといえると思えます。

この本では,「おとなの自閉スペクトラム症」ではなく「おとなの自閉スペクトラム」というタイトルを採用した。この選択には,「病気・障害・ハンディキャップ」という視点とは独立して考えうる,いわば「種族(tribe)」としてのAS特性の本態を捉えるために,精神医学や心理学など多領域の専門家諸氏に寄稿を求めた,われわれ編者の意図が色濃く反映されている。(本田 秀夫)

そして、本田先生曰く、AS特性の本態とは「まじめで,ポジティブで,明るくて,率直で,裏表がない, といったもの」になるそうです。

本書に寄稿されているのは、本当にさまざまな分野の大勢の専門家の先生方で、みなさん「AS」という観点から解説されています。それぞれ、お一人の執筆範囲は6~8ページ程度なので、普通なら総花的な抄録になりがちだと思うのですが、ASDではなくASという切り口で見たとき、生き方を肯定するような新しい見方が共通して感じられ、読んでいて元気づけられました。


たとえば、青木省三先生は「こだわり」について、こんな風に述べられています。

筆者が考えるものの1つは,好きなことを追求する趣味人的な生き方, もう1つはよい作品を追求していく職人的な生き方である。趣味人的な生き方には,いろいろなものを蒐集する, コレクターという生き方もある。さらに,公正で公平を追求するという規範を護るような生き方もある。
筆者は「仕事は飯の種, こつこつと働こう。趣味を大切にして趣味人として生きよう」とか,「自分の仕事にこだわって,職人っぽく生きていこう」などと話すことがある。職人,趣味人のすすめである。地域には,ASの特性を活かして,職人として生きている人が少なくない。彼らは,同時に趣味人でもある。それも私などの想像を超えた,深い趣味の領域をもっている。 ・・・
「仕事は職人,余暇は趣味人」として生きていけないか。一芸に秀でるとまではいかなくても, 自分の仕事や趣味を大切にして,誇りをもって生きること。筆者は,若い年代のASの人たちと出会う時に,彼らが年を重ねるうちに職人・趣味人となり,特性が個性として輝くことはできないかと思い願うのである


そういえば、職人気質(しょくにんかたぎ)という言葉もありますね。
頑固でこだわりが強く、あまり人付き合いはよくないけど、自分にも他人にも手抜きや甘えは見過ごさず、仕事は黙々きっちりと、一目(いちもく)置かれている・・・ ASの人が自己肯定感を保って生きていくには向いている暮らしでしょう。
ただ、徒弟制度もなくなりかけ、大量生産に励む現代においては、そんな職場を見つけるのも、これからはある意味大変そうですね。
まあ、青木先生の言われるように「職人っぽく」「趣味人っぽく」生きていけるといいですね。

もちろん、ASやASD、いいところだけでなく難しい面もあります。本書でもたびたび触れられているような、セルフ・スティグマに陥るケースも多いのではないでしょうか。

スティグマとは,個人の持つある属性によって,いわれのない差別や偏見の対象となることを指す。スティグマはマイノリティの属性において生じやすく,そのため精神障害にも生じる。スティグマの諸側面を表す代表的な概念として,パブリック・ステイグマやセルフ・スティグマがある。
パブリック・スティグマは,社会全体が持つスティグマであり,例えば「障害者は能力がない」といった社会風潮を指す(Goffman,1963/1970)。一方,セルフ・スティグマは,パブリック・スティグマを内在化し,「障害のある自分には能力がない」とする個人的な信念を指す。ASDはこの観点から見ると,私の指定難病や,その他の障害よりも, よリパーソナリティに踏み込んだスティグマがあるかもしれない。例えば,「ASDの人は不適切な行いをし,人を不快にさせる」といったものである(Farrugia,2009)。 (大島 郁葉)


本書では、この節に続けてセルフ・スティグマから抜け出して、「より満足のいく人生を送るために」支援者と取り組んでほしいことが列挙されていますが、私たちが取り組むのは、それと同時にパブリック・スティグマの解消であるように思います。
そしてそのためには、自閉スペクトラムに「劣っている」と連想しがちな「症・障害」をつけるのではなく、ASとして「違った種族」と認める、本書のような書籍が広く読まれるようにと、本書をお薦めします。

本書では他にも、ASと関連してみられがちなアタッチメントや強迫、抑うつや双極Ⅱ型障害などとの違いや見分け方や、療育としてのTEACCHやCBT(認知行動療法)、ACTやPEERSⓇなどの紹介等、それぞれの分野の専門家の方が簡潔に説明していただいているので、参考になることも多いと思います。


中でも、私が印象に残ったのは、最後の編者や寄稿者の方による座談会でした。

みなさん(本田秀夫、大島郁葉、青木省三、日戸由刈、桑原斉 各先生)の自己紹介では、それぞれ自分のAS特性について話され、そしてその特性が自分の臨床現場や生活においてどんな風に役立ったか、などと話が弾んでいきます。

本当はみなさんのお話を全部紹介したいのですが、そうもいきませんので、会話の中から2、3紹介して、今月のお薦め本とさせていただきます。

【日戸】 それでも, どちらかと言えばAS特性を持っていることがマイナスに見られてしまうことがあるので,やっぱり隠したくなっちゃうこともあるように思います。どうやったらAS特性を持っていてラッキー! と思えるような空気になるでしょうか。「あなたはAS特性を持ってないの?  かわいそうね」っていうような会話が普通にできるようになるといいのですが……ちょっと飛躍していますかね。

【青木】 胸を張って自分らしくASらしく生きていくことは大事なことです。自分なりのこだわりは大切に,楽しみつつ生きていく。些細なこだわりをいっぱい作りながら,大きな問題を回避するとかね。こだわりは生きる戦略としてすごく役に立つ。

【本田】 そういう文化をわれわれが作っていきたいですね。もちろん,障害として,治療や福祉ケアが必要な人たちには対応していくけれど,そういう人たちがスティグマを抱えなくて済む社会の風土を作っていくことは, とても大事だと思います。


                               (「育てる会会報 299号」(2023.3)より)

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目次

  はじめに  本田秀夫

第Ⅰ部 序論

  特異な選好(preference)をもつ 種族(tribe)としての自閉スペクトラム  本田秀夫

  知ることからはじめる
     ― ASDの診断から自己理解とアイデンティティの再構築へ  大島郁葉

第Ⅱ部 ASを理解する

   自閉スペクトラムのパーソナリティ  青木省三

   ASの人たちの感覚  青木悠太

   AS/ASDをめぐるスティグマ  鳥居深雪

第Ⅲ部 AS/ASDを診断・告知する

   AS/ASDを診断する  内山登紀夫

   AS/ASDの告知  大島郁葉

第Ⅳ部 ASのメンタルヘルスを理解・支援する

   ASとアタッチメント - 症状論・支援論  田中 究

   ASとトラウマ - 症状論・支援論  桑原 斉

   ASと強迫 - 症状論・支援論  中川彰子

   ASと不安 - 症状論・支援論  村上伸治

   ASと抑うつ - 症状論・支援論  阿部隆明

   ASと,双極Ⅱ型障害 - 症状論・支援論  鷲塚伸介

   ASとアディクション  小林桜児

   自閉スペクトラムの子どもや若者とインターネットやゲームの世界  関 正樹

第Ⅴ部 ASのメンタルヘルスをケアする

 心理・行動のケア① [環境調整]

   合理的配慮と環境調整  渡辺慶一郎 榎本眞理子

   TEACCH  岡東歩美 宇野洋太

 心理・行動のケア② [自己理解] 

    CBT/ACAT  大島郁葉

   マインドフルネス/ACT  杉山風輝子 熊野宏昭


 心理・行動のケア③ [行動変容]
 
   PEERSⓇ ― 友だち作りのSSTの可能性  山田智子

   行動活性化/シェイピング  温泉美雪

 社会参加のケア

   就労・生活のケア  志賀利一

   大人の自開スペクトラムにおける産業メンタルヘノレス  横山太範

   学生相談  石垣琢麿 川瀬英理

   デイケア・ショートケアプログラム  太田晴久

   余暇活動支援  日戸由刈

   自助グループ  片岡 聡

   ピアサポート  綿貫愛子

第Ⅳ部 ASの世界を知る

 [座談会] AS特性をめぐるクロストーク
    青木省三 大島郁葉 桑原 斉 日戸由刈 / 本田秀夫 [司会]

  当事者エッセイ ① ― 私のASD性質を周囲が受け入れてくれる理由  なな

  当事堵エッセイ ② ― 就労移行支援所との関わりを中心に  pine
  
 おわりに  大島郁葉

奥田 健次:著  TAC出版  定価1400円 + 税 (2022.6)

 

            私のお薦め度:★★★☆☆

いつもの、このコーナー『私のお薦め本』は、「この本、お薦めですヨ、よかったら買ってみて下さいネ」というスタンスで紹介することが多いのですが、今月は逆に「うっかり早まって買わないようにね」と老婆心からの紹介です。


毎回、セミナーの後のアンケートでの中で、「今後、講演を聴いてみたい先生」にお名前があがってくる奥田健次先生です。

育てる会でも、以前奥田先生が岡山の吉備国際大学にお勤めの頃、保護者のための連続講座をお願いしていたことがありました。ただ、もう20数年前のことなので、当時生でお話を聴いていた会員の方は少なくなっているのでしょうね。
そんな、奥田先生が久しぶりに著書を出されたのを知り、早速アマゾンで注文させていただきました。
なにしろ、コロナ禍でセミナーがZoomに変更になったため、実際に手に取っての会場販売がなくなり、ネット販売に頼っている今日この頃です。


奥田先生が、その後大学を早期退職され、長野県に応用行動分析を取り入れた幼稚園を開設され、現在は小学校開設を目指されている・・・というあたりまでは、テレビ報道やネットなどで知ってはいたのですが、今はどんな風に活躍されているのかも知りたくて、期待してページを開きました。

最後に、私が小学校の設立の準備をしていることを申し上げたいと思います。現在、日本初の『いじめ防止の3R ~すべての子どもへのいじめの予防と対策』プログラムを導入したインクルーシブ小学校の設立を計画しています。
いじめ対策の3Rとは、「認識すること(Recognize)、対応すること(Respond)、報告すること(Report)です。 この枠組みが全面的に教育に組み込まれた小学校はあらゆる面で日本初、世界初の挑戦になると考えています。私は一介の子育て職人であり資産家ではないので、手元に資金がありません。大学教員時代、私は個人で銀行から資金を借り入れ土地と建物を準備し、すべてを寄付して、長野県に学校法人西軽井沢学園サムエル幼稚園を設立しました。
幼稚園と同様に小学校設立は、子どもたちが受けている不当な扱いや、 いじめを受けているのに大人から放置される苦しみを終わらせること、そして健康と安全を脅かす環境から子どもたちを守ることが目的です。
この計画をご理解のうえ、ご支援とご協力をいただけたらと切に願っています。 2022年4月
(「子育てのほんとうの原理原則」 まえがき)


こんな風に「まえがき」や「あとがき」で、先生の近況は知ることができました。


ただ、本書が出版された理由は、以前に書かれた『子育てプリンシプル』(2009年)を上梓していた「一ツ橋書店」さんが廃業されることにより、前著が絶版となることを惜しんだTAC出版さんが引き続き出版したいとの思いから、とのことでした。

奥田先生、曰く 「プリンシプル(原理・原則)というものは、時代が変わっても変わるものではない、変わってしまうならプリンシブルではない」 とのことですので、内容は前著とほぼ変わっていないように(一字一句読みくらべた訳ではないのですが・・・)思えました。
前著に加筆されているのは、まえがきでも触れられている「いじめ防止の3R」の紹介の部分と、携帯電話に代わるスマホへの警告箇所、不登校への対処・サムエル幼稚園の理念ぐらいで、書名は違っていますが、前著「子育てプリンシプル」の増補改訂版と言ってもいいように感じました。


その意味では、冒頭に書いたように、奥田健次先生のファンで「子育てプリンシプル」をすでに持たれている方には、全くの新刊本と勘違いして、(私のように) “早まって” 購入されるよりは、本書でも紹介されている、奥田先生が監訳され次の小学校で導入されようとしている 『いじめ防止の3R』 (ロリ・アーンスパーガー:著、奥田 健次:監訳、冬崎 友理:訳  学苑社  定価3000円+税  2021.9刊)の本の方を購入して読まれることをお薦めしたいと思います。

本書の内容につきましては、前著「子育てプリンシプル」として、以前の育てる会会報 192号(2014.4)
に紹介していますので、( https://ameblo.jp/tochitaro/entry-11943818357.html ) 今回は割愛しますが、発達障害児だけでなく一般の子育てにおいても、その土台づくりに大いに参考になる本だと思います。


ただし、奥田先生が「子育て界のブラックジャック」と呼ばれるように、一度のセッション、それも本人に合わないでアドバイスだけでカズ君の不登校を直したり、その噂を聞きつけた1万人ほどのその町の不登
校児全員を直すことができるのは、奥田先生だからこそできることです。
同じことを本書を読んだだけで、見よう見まねでやろうとしても失敗する危険性がある、ということは理解しておいてほしいですね。
中途半端になってしまう、むしろやらない方がいいというケースも出てきそうです。

成功経験を積むと、自分に自信をもて、やる気が生まれる。反対に失敗をくり返すと、自尊心が弱くなり、やる気のない子に育つ。これはある一面では事実です。だから、「子どもには成功経験をどんどん積ませましょう」と言う人はいくらでもいます。
最近の親の九割が、「わが子に失敗をさせたくない」と言ぃます。かゎいいわが子が転んで怪我するのを見てられないから、子どもがつまずく前に失敗の原因になりそうな石をとりのぞこうとします。
そんな親の援助つき、 セーフティネットつきの成功に何の意味がありますか? 失敗を回避して子どもは傷つかずにすんだかもしれないけど、逆に「俺って、何でもできる」とカンちがいさせることになりませんか? 成功はいいこと、失敗は悪いこと。そういう単純な思い込みがあると、子どもの失敗経験を成長の機会Lしてとらえることはできないでしょう。
人間は、痛い日にあって大事なことに気づきます。成功経験と同時に失敗経験も重ねることで、よりよく成長できるのです。ノーベル賞を受賞した科学者たちは、まちがいなく人一倍、失敗経験を重ねているのです。


たしかにノーベル賞を受賞した科学者の方たちはそうかもしれませんが、自閉スペクトラム症児の場合、失敗をくり返さなくても、たった一度の失敗でそれがトラウマになってしまうことがあります。自閉症とは、“忘れる”ということができない障害というように、フラッシュバックのように、何度も苦しめられている人もいます。
ある先生が、「人はどんなに気をつけていても、すべての小石をとりのぞくことはできません。それなら親として、できるかぎりつまずきそうな石は拾っておいてあげましょう」 という風な話をしてくださいました。
失敗した時、それを適切にフォローしてくれるブラックジャックのような先生がそばにいないとしたら、失敗体験をできるだけさせないようにするのが、親としての優しさのようにも思えます。


奥田先生は、徳島県では継続して学校支援を行なっていらっしゃるそうですし、サムエル幼稚園ではインクルーシブ教育を実践されていらっしゃいます。そんな奥田先生のフォローのない岡山で、ましてまだ告知を受けたばかりで、しっかりした子育ての「プリンシプル」を持たれていないお母さんには、この本に書かれている外見だけを取り入れることに、危うささえ感じてしまいますね。

もちろん、「子育てプリンシプル」をまだ読まれたことがない人には、本書「子育てのほんとうの原理原則」を “参考書” として読まれることをお薦めします。ハッと気づかされることも多く、大変な自閉症児の子育てにおいても「やりようはある」と希望を持たせてくれる本だと思います。


根っこは同じ応用行動分析(ABA)に基づいた原理・原則だと思いますが、これまでもここで紹介してきたTEACCHプログラムやPECSⓇに基づく構造化・視覚化など “無理をさせない” 療育姿勢で行なうか、本書の奥田流の子育てを採用するか、それとも、いいとこ取りするか・・・また、みんなでワイワイ話し合いたくなってくるような本でした。


                  (「育てる会会報 298号」(2023.2) より)

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目次

  子育てのほんとうの原理原則  まえがき

  子育てプリンシプル  まえがき

PART1 これだけは、絶対に守りたい20のこと ①

  親に求められる姿勢

     世の大人たちは、「子どもがダメになること」ばかりやっています。
     「私の子育てはまちがっていません!」と意固地にならず、
     まずはお母さんが“聞く耳”をもってください。
     親が行動を変えないと、子育てはいい方向に向かっていきません。
  
    ・不登校児のお母さんに、私がだした処方箋
    ・私はブラックジャック!?
    ・家庭出張型セラピーで出会った子どもたち
    ・まずは聞く耳をもってください

  典型的なダメ親とは

     たとえば、「今は1個だけ」と決めたら、何が何でも守るのです。
     ムードや気分に流されず、どんなときも「金太郎飴」のように
     同じ態度、姿勢でいることが必要です。
     子育てはすべてそこから始まります。
     “金太郎飴お母さん” を目指してください。

    ・ムードに流されるお母さんたち
    ・世間に漂う風潮を疑ってみたことがありますか
    ・大切なのはわが家のルール
    ・病気になるのはとてもかんたん

  わが家のルールのつくり方

     親を脅かしたら恐喝犯、親の財布から100円でも盗んだら窃盗犯、
     たとえ4歳の子どもでもやってはいけないことを教えなければなりません。
     社会のルールに照らして考えれば家庭内で定めるべきルールが見えてきます。

    ・ルールをつくるのはむずかしいことじゃない
    ・決めたルールを日々伝えよう
    ・「手がかからない子」なんていない
  
  家庭でのルールの守らせ方

     子育ては練習の連続です。
     ルール(お約束)を設けて何度も練習してください。
     そして子どもがきちんとルールを守れたら、
     赤飯を炊いてお祝いするくらい大げさに褒めまくってあげるのです。
     ルールを伝えて終わりでは不十分。練習を重ねることが大切です。

    ・たった1時間でルールは教えることができる
    ・親も成長できる
    ・まずは他愛のないことをルールに
    ・ルールが守れたら大絶賛せよ

  親と子の立場と役割

     家庭を航海中の船にたとえるなら子どもは新入り乗組員。
     新米が成長するまで、主導権は親が握るのがあたり前です。
     おろかな親は、嵐がきているのに舵とりを投げだして、
     ぐずるわが子の世話を優先してします。
     子どもが主導権を握るような船は沈没してしまうでしょう。

    ・子どもの言いなりになる親や祖父母
    ・新米の乗組員を船長にしてはいけない
    ・子どもの将来のために考え方を変えてみよ

  目指すべき家族のあり方

     親が一方的に命令し服従させる『煉瓦塀家族』、
     親の言動に一貫性がなくゆらゆら揺れる『クラゲ家族』、
     どちらもダメな家族のあり方です。
     どんなときも家族全員で共有する「枠組み」をもつ『土台家族』になってください。

    ・子どもが友達との約束を破ったら?
    ・コロローソの「3つの家族」とは
    ・目指すべきは「土台家族」です
    ・「自分が好き」という自己肯定感をもてる子に
    ・「土台親」は子育てに手間を惜しまない
    ・「いじめ防止の3R」とは?
    ・いじめを放置するとエスカレートする

  「子ども」の奥田流分類

     0歳児はもも組さん、1歳児はりす組さん、3歳児はらいおん組さん。
     子どもを「子ども」としてひとくくりにするのではなく、
     段階的に受け入れ方を変えていくべきです。
     「子ども」とひとくくりにしているから
     接し方がわからなくなるのです

    ・受け入れるだけが愛情じゃない
    ・段階的に要求を聞きわけることが大事
    ・「子ども」とひとくくりにしてはいけない
    ・要求充足率を段階的に変えていきましょ

  自立をうながす育て方

     「20歳になったら家からでてけ」。
     これを思春期に入ってから言っても遅いのです。
     3、4歳から言い聞かせてください。
     時がきたら、自分の翼で羽ばたく覚悟が子どもの中に育ちます。
     わが子の自立の邪魔をするのは人間の親くらい。
     その証拠に、鳥にニートはいません。

    ・ニートは社会問題ではなく家庭問題
    ・人間の親は子どもの翼の羽をむしりとってしまっている
    ・夢や希望だけでなく、現実のきびしさを教える
    ・ちょっとだけ私の場合を

  ストレスを乗り越えさせる

     子どもに苦労をさせない子育ては子どもを軟弱にします。
     「かわいい」と思うのはいいけれど「かわいそう」と思うなかれ、なのです。
     わが子を大事にしすぎて試練を乗り越える練習を家庭で経験していないと、
     社会にでてからたいへんな思いをするのは子どもです。

    ・子どもをダメにするセンチメンタルな父母、祖父母
    ・ストレス悪玉説を捨てましょう
    ・大学生なのに、わが子は4歳?

  子育てに役立つ催眠,魔法

     子どもの「しんどい」「疲れた」をいつも鵜呑みにするとロクなことはありません。
     鵜呑みにすると「疲れやすい子」になるからです。
     そんな子どもの言葉を深刻に受け止めず、
     子どもを冗談で笑わせて、誘導するくらいの技を身につけておくべきです。

    ・「10代は疲れない!」
    ・「病は気から」と思っていればいい
    ・“がばいばあちゃん”になろう

PART2 これだけは、絶対に守りたい20のこと ②

  失敗経験から学ぶこと

     ほとんどのお母さんが、子どもがつまずきそうな石を

               前もってとりのぞいてしまいます。
     転んで怪我するのはかわいそうだし、泣かれるのも面倒だからです。
     でも子どもは親のセーフネットつきで一生、生きてはいけません。
     「失敗}=「成長のチャンス」と考えてください。

    ・わざと失敗させてみることができるか
    ・成功経験と失敗経験をバランスよく
    ・おつかいで失敗の意味を教える方法とは

  効果的な目標設定の技術

     5メートルしか泳げない子に50メートルを強制しても、

               怖がって、やる気を失うだけです。
     人に謝ったことがない青年に心から相手に謝罪しろと言っても余計に反発します。
     親は一足飛びの成長を期待するのではなく、

     スモールステップで見守る辛抱強さが必要です。

    ・最初は完璧でなくてもいい
    ・少しずつ×(バツ)の数を減らし○(マル)を増やしていく
    ・不良の心を動かしたすごい武道家

  うまい叱り方とダメな叱り方

     「今度やったらおしおきよ」「もう二度としないね」
     こうした「説得」をくり返すことが最良の子育てと     

     カンちがいしている親がたくさんいます。
     イエローカードをちらつかすだけの大人を子どもは見ぬいています。
     やってはいけないことを教えたいならときには一発レッドカードをだす勇気も

     必要です

    ・「説得」のカードで切りぬけようとするおろかな親
    ・子どもにレッドカードの存在を教えよ
    ・親はフェアな審判であれ

  動因と抑制のバランス

     人間は生まれながらに「わがまま」なもの。
     それはちゃんとエンジンがついた車である証拠です。
     でも暴走したり、事故を起こさないように「がまん」という

     ブレーキを教える必要があります。
     どちらも必要ですし、どちらも同時に育てていかなくてはならないものです。

    ・子どものわがままにどう向き合うか
    ・わがままとがまんを両方育てましょう
    ・心理カウンセラーの思い込み
    ・葛藤させることの大切さ

  公共心と私心

     あの人ばっかり得してずるい、こっちはいつも損ばかりしている。
     ねたみやひがみの目で世の中を見ていると、子育ても子どもの将来もゆがみます。
     目先の損得勘定だけで幸-不幸を決めつけるのはよくないことです。
     子どもの「幸せ感」を育てるのが、家庭教育の最大の課題です。

    ・社会へでて行ける子に育てるには?
    ・「私心」ばかりの大人たち
    ・「幸せ感」はお金でははかれません

  演出家、プロデューサーになる方法

     “子どもだまし”が通用する10歳までに親の威厳を植えつけるのです。
     親を「すごい!」と感じるように“はったり”も上手に利用すればいいのです。
     子育ての目標は心から「ごめんなさい」、心から「ありがとう」の態度を
     子どもがとれるようにすることです

    ・子どもは破壊する存在です
    ・子どもの期待をふくらませる嘘
    ・10歳までの大切さ

  感情コントロールの大切さ

     怒りやすい性格、キレやすい社会。性格や社会のせいにするのはかんたんです。
     しかし、これらの性格はのほとんど形成されたもの。
     つまり、感情のコントロールは育て方ひとつです。
     子どもの頃からの適切な練習によって、

     自分の怒りをマネジメントすることができるようになります。

    ・ケンカから学ばせよう
    ・人を殺せる人、殺せない人
    ・自分の怖さを知ること
    ・社会のせいにしないこと

  スマホ、携帯電話との向き合い方

     テレビ、パソコン、スマホ、携帯電話・・・・・・。
     主導権がイマイチな親、楽観的な親が相手なら、子ども部屋に“完備”するのは
     子どもにとってむずかしいことではないでしょう。
     本来、子どもに“専用”は不要なのです。
     あったとしても、親のきびしい統制つきであるべきです。

    ・とても危険な“子ども専用”
    ・スマホや携帯は親の安心のため?
    ・ネット依存のリスク
    ・スマホをもたせない親たち
    ・子どもは親を揺さぶります

  不登校のリスクを高める子育て

     常に子どもの要求が優先されること、これは本当に危険なことです。
     家庭の中では「常に」ができたとしても、子どもが一歩外にでたら
     「常に」自分の要求が優先されるわけがないのです。
     このことを理解していなければ、子どもの将来を危ういものに導きます。
     不登校のリスクを高める行動をしていないか、
     親が意識をしておくことが大切です。

    ・どんな子育てが不登校リスクを高めるか
    ・「慰め」が必要か、「叱咤」が必要か

  「親子ともによい育ち」、日本初の幼稚園で行われている教育

     「親子ともによい育ち」、サムエル幼稚園で掲げている理念です。
     子どもをどう育てるかよりも、親がどう育つか。
     これこそ、子どもがうまく育つために大切なことなのです。
     親が子育でによろこびと充実感を覚えることこそ、

     原理・原則を育むために必要なことなのです。

    ・学校法人を設立、幼稚園を運営することに
    ・サムエル幼稚園のちょっとしたファインプレー
    ・高学歴の引きこもり
    ・親の姿勢として、もつべきプリンシプル
    ・私の目指すところ

  子育てプリンシプル  あとがき

  子育てのほんとうの原理原則  あとがき


 

鹿野 佐代子:著  翔泳社  定価1600円 + 税(2022.10)

 

       私のお薦め度:★★★★☆

育てる会も発足してから25年、当時は幼かった我が子たちも成人して地域で暮らし始めました。
育てる会にはその後入られた若いお母さんたちも多いですが、成人した子を持つ親たちの一番の関心事は、やはり「親亡きあと」でしょうか。


「うちには障がいのある子がいます。子どもが将来も安心して暮らすためには、お金をいくら残しておけばいいですか?」という質問をよくいただきます。
ほとんどの親御さんが、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。 (「はじめに」より)


そうですね。親なきあと、我が子がその後の人生を安心して、豊かに暮らしていくためには、親が元気なうちに、どのような準備をしておけばよいのでしょう。
本書は、支援者として、またファイナンシャルプランナーとして、その疑問に応えてくれるノウハウの詰まった本だと思います。筆者の鹿野佐代子氏は親ではありませんが、ある意味親以上に、冷静な視点から子どもたちの人生を最優先に考えてくれています。
本書を読めば、親が漠然と不安に感じていること、中でもお金に関することの80%ぐらいは解決してくれる・・・そんな1冊でした。

「親亡きあと」がいよいよ現実味を帯びてくるのが、親が80代、子が50代あたりではないかと思います。では、そのときまでに障がいのある子にいくら残せたら、みなさんは安心できるでしようか?
①     200万円  ② 500万円  ③ 2,000万円以上
成人した子がいる親御さんを対象にした講演でこの質問をすると、①~③それぞれに手が挙がります。


「子が一般就労していて本人名義の預貯金がそこそこあるので、200万円あれば十分」という人もいれば、「2,000万円以上ないと不安」という人もいます。安心感は人それぞれということです。
だから、誰にでも当てはまる正解の金額などもありません。重要なのは、なぜその金額が必要かという根拠です。根拠が明確でないと、いくら貯めても将来への不安が消えません。
使途を明確にした上で老後資金を考えると、親が子のためにやみくもに貯蓄に励むことなく、現在の生活を豊かにすることができるはずです。そのためにも、「本人のお金でどこまで生活できるのか?」を把握しておくことが大事です。「親亡きあとの子の暮らし」を具体的に想像しながら、子の老後資金を考えてみましょう。


そこで筆者が提案されているのが、子どもが50歳になったときの状態を想定してみることです。
子どもが成人して働きだしたとすると、50歳ぐらいまでの生活の様子は、まずまず想像できるのではないでしょうか。一般就労、A型、B型、生活介護など、働き方はいろいろですが、まだ親も子も元気なケースが多いと思います。でも、子どもの体力が落ちはじめる50歳ぐらいで、それまでの生活が維持できなくなったとして、それから85歳ぐらいまでの、「老後生活」にかかる収支を計算してみることになります。
ファイナンシャルプランナーとしての腕の見せ所ですね。
本書にも、例としていろんなケースが載っていますが、リタイア後の年金等の収入と生活費を、年数を考慮して計算して、もし不足が出るようなら、それまでに貯蓄を積み増ししたり、それこそ親からの遺産相続を充てれば安心という訳です。

また、セーフーティーネットや、障害をもつ人が利用できる各種制度も網羅されていますので、参考にしていただければと思います。
中には、私の知らなかったものもありました。例えば「障がい者扶養共済制度」、保護者が毎月掛金を納めておけば、親が死亡または高度障害になったときは、子どもに一定額の年金を一生涯支給してくれるそうです。もちろん、子どもが早く亡くなればそれまでですが、長く生きれば生きるほどもらえる年金も増えるわけで安心です。・・・ただし、加入時に親の年齢が65歳未満の条件があるそうなので、残念ながら私はもう入れませんが・・・


また、一般就労して厚生年金に加入していれば、65歳からは障害基礎年金に“上乗せして”、老齢厚生年金がもらえるそうです。ですが、これを併給するには「年金受給選択申出書」なるものの提出が必要になるそうです。その頃は、おそらくもう「親亡きあと」でしょうから、支援者の方へしっかり引き継いでおかなければいけませんね。


他にも、すでにいろんな制度が用意され、またこれからも新しい制度が出来てくると思いますので、「親亡き後にいくら残すか」よりも、各種制度をうまく使ったり、残したお金を確実に子どもに渡してくれる「支援
者を確保しておくこと」の方が大切なようです。

最後に、これもよく話題にあがる成年後見制度についても触れておきたいと思います。

障がいのある人のためにつくられた制度でも、それが必要な人もいれば、まったく必要としない人もいます。そして、必ず利用しなければならないわけでもありません。
実際に、筆者が現役で支援をしていたときに、「この方には成年後見制度の申立てが必要だ」と思う場面は一度もありませんでした。なぜなら、他にも対策や方法があるからです。
どちらかというと、「後見人がついたことで、本人のためにしてあげたいことがあっても、家族の意見が通りにくくなり後悔している」という話を聞くことのほうが多いのです。中には、親子の絆までもが判決によって割かれてしまう例もありました。


そして、成年後見制度を使わないで目的を果たす方法が、具体的に列挙されています。
「本人に生活費を定期的に渡したい」、「本人に代わって預貯金や現金の管理をする」、「親名義の不動産を処分する」、「遺産分割をする」、「見守りなどの身上監護をする」、「施設の利用にあたって『後見人が必要』と言われた」・・・・どれも、成年後見制度を使わなくてもやりようがあるそうです。


なにしろ、一度後見人をつければ生涯取り消しはできないので、慎重に判断することが求められますね。後見人をつけないでも乗り切れる方法については、詳しくは本書をお読みください。

そしてなにより大事なのは、成年後見人の指図より、本人の意思表示を大切にすること。
そのために役立つ方法としてPECS®、中でもタブレットを使って自発的な親子のやりとりを行なっている中谷正恵さん母子の紹介などもされています。

重度の知的障がいのある人のほとんどは、老後の生活を福祉にゆだねることになります。
自宅から施設に移ると、それまでのやり方が通用しない場面も多々あります。親子で長年取り組んできたことが、生かされない場合もあるかもしれません。
PECS®のようなツールの利用も、施設に移行したタイミングで途絶えてしまう可能性もあります。

それは、言語理解が困難な人にとって、コミュニケーションや共感の機会が極端に減ることにつながります。
そのようなことがないよう、今後、支援の現場にもさまざまなテクノロジーが導入されていくことを期待しつつ、重い障がいがある人の自発性を伸ばす取り組みを進めるために、支援者自身も使いこなせるように事業所内で学ぶ仕組みが増えることを願います。


             (「育てる会会報 297号」(2023.1)より)

 

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目次

  はじめに

1章 50歳になった子を想像してみよう

  いくら残したら安心できますか?
    お金を貯めるなら使う目的を明確に

  子が50歳でリタイアしたときの暮らしは?
    さまざまな暮らし方で老後資金を試算
    ケース1 50歳で就労継続支援B型から生活介護に移行
    ケース2 一人暮らしをしている人が50歳で退職
    ケース3 障がい年金の支給がなく、実家で自立して生活
    ケース4 もし生活に不安のある人から相談されたら・・・・・・

2章 障がい者を支える制度を知ってから備える

  お金の心配の前に、使える制度を知っておく
    何層にも設けられたセーフティーネット

  病気やケガをしたときは?
    公的医療保険
    自立支援医療制度(精神通院医療)
    重度障がい者医療費助成制度
    訪問看護サービス

      Column 障がいのある人は保険に入りにくい?

  障がいのある人がもらえるお金とは?
    障がい年金

  失業したとき、再就職したいときは?
    まずはハローワーク(公共職業安定所)へ!

  生活が苦しくなったときは?
    経済的なセーフテイーネット

      Column 福祉支援につながり、たくましく生きる人たち

  罪を犯してしまつたら?
    地域生活定着促進事業

  民間のサービスにも目を向けよう!
    公的サービス+民間サービス
    家事代行サービス

      Column 民間サービスを併用して食生活を充実

  公的サービス以外の障がい者就労支援
    中小企業家同友会(同友会)の取り組み
    同友会に所属する企業の取り組み例

  障がいのある人の65歳以降の生活とは?
    65歳になると対象となる法律が変わる?
    障がい福祉と介護保険のサービスは似て非なるもの?
    介護保険サービス施設の特徴
    よい施設に巡り合うためには

  親の相談ができる窓口も活用しよう
    高齢の親は「自分」の心配も
    地域包括支援センター

  相談や見守り機能が期待できる身近な組織
    社会福祉協議会
    民生委員
    民間企業

  支援者への不満を感じたときは?
    「残念な支援者」に当たつてしまった・・・・・・
    「支援の質」のためにも、不満は言ったほうがいい
    「不満」は改まった場で話すと「意見」に変わる

  支援者は「不満を抱かせないやり取り」を心がける
    支援者が押さえておきたいコミュニケーションのポイント

      Column ある親の嘆き「機転がきかない」

3章 移り変わる暮らしに合わせて備えを見直そう

  親元を離れてグループホームヘ
    さまざまな金銭管理サービス

  グループホームに入らないという選択 ①
    障がいのある息子よりも親の今後のほうが心配?
    もっと先の将来は?

  グループホームに入らないという選択 ②
    福祉サービスの金銭管理を頼らず自己管理
    生命保険と共済で老後資金対策

      Column 一生分のお金を封筒に小分けして相続

  障がいのある子にどうやってお金を残すか?
    障がい者扶養共済制度(しようがい共済)

      Column 結婚して支え合う暮らしもある

4章 残したお金を子が使うために必要なこと

  「お金を残せば安心」ではない
    お金があるのに使えない? 使わない?

  第三者による金銭管理サービスを利用する場合
    サービスに任せきりにはしない
    お金を使う(使わせる)ことへの心理的抵抗
    お金が貸金庫で眠っている?
    預かつていた通帳をお返しします
    生活費以外の「お金の引き出し」を希望すると・・・・・・

  残したお金を使ってもらうためにやっておくこと
    支援者が「お金を使う判断」をしやすくする
    本人の「やりたいこと」を見つけるには?
    お金を託すときは「使い道」という名札をつける

  家族や親族が金銭管理をする場合
    家族が金銭管理をするときの注意点

  子が自分でお金を管理する場合
    大人になってからも、お金トレーニングはできる
    子ども時代のやり方が大人になっても続いていないか?

      Column お金は持たせて使わせる

      Column 就労継続支援の工賃は本人管理させやすぃ

  大人になってからのお金トレーニング
    「現金が目の前から消える」のが嫌な佑美さん
    ケース1 銀行にお金を預けると安心
    ケース2 ATMの使い方を覚えよう
    ケース3 予算を立ててお買い物(練習編)
    ケース4 予算を立ててお買い物(実践編)


      Column 小さな積み重ねが成長につながる(佑美さんの母・美恵さんの感想)

  本人が意思表示できると支援はよリスムーズに
    障がいのある人に自己決定権はありますか?
    障がいの重い子が意思表示できる取り組み
    自発的なやり取りを増やすPECSⓇ
    自発的なやり取りが可能になることの重要性

  「成年後見制度を利用してください」と言われたら?
    予備知識がないまま利用するのは禁物
    「障がいがある」の程度はさまざま
    制度を利用している家庭の話も判断の参考に

  成年後見制度以外の方法を考えてみよう
    本当に後見人等をつけないと目的を果たせないのか?

      Column 法定後見と任意後見

5章 親自身の老後と親が亡くなったあとの手続き

  一人暮らしの親(あなた)に頼れる身内がいない場合
    一人暮らしで「もしも」が起きたら?
    一人暮らしで親(あなた)が亡くなったら?

  死後のことを頼める人がいない場合は死後事務委任契約
    相続以外の死後の事務処理を頼める
    冠婚葬祭互助会に加入している場合

      Column 障がいのある子が施設やグループホームで亡くなったら?

  親自身に「もしも」のことがあったとき
    悲しみの中で怒涛のように押し寄せる手続き
    「縁起の悪い話」は楽しく導入する

  臨終~葬儀・法要
    死後のことを頼める親族がいるならば
    臨終のとき
    葬儀はどうするか?
    「遺影不要」「式は質素に」では家族が困る?
    遺骨はどうする? お墓はどうする?
    お墓がない、お墓の承継者がいない場合

      Column 遺影は15年前の写真?

  相続で必要な手続き
    相続手続きの流れ

  死後の手続きにかかるお金と受け取るお金
    お金の支払いでもめないための対策
    障がいのある子が保険金の受取人になる場合

  遺言書がない場合の相続
    相続人の確定―戸籍謄本は自分でそろえる
    相続財産の確定―ネッ|バンキングや体眠口座に注意
    相続放棄―相続の開始を知ったときから3か月以内
    遺産分割協議―全員の合意が必要
    子の実印を作って印鑑登録をしておく
    名義変更―手続きの放置は禁物
    準確定申告i・相続税

  遺言書がある場合の相続
    遺言書はなるべく作成しておこう
    遺言書の種類
    遺言執行者を決めておく
    遺言書は「遺留分」への注意も
    遺言書の有無は必ず伝えておく

  生前整理・遺品整理をしておこう
    遺品整理の手順
    家族でやるか? 業者に依頼するか?
    生前整理のすすめ
    捨てられない思い出の品はどうする?

  エンディングノートは買ったけれど
    今すぐできる3つの終活
    エンディングノートを書くコツ

      Column 「きょうだい」たちの想い

  おわりに

筑波大学DACセンター:監修 佐々木銀河:編・解説 ダックス:著  

金子書房  定価:1600円 + 税(2022.10)

 

         私のお薦め度:★★★★☆

クリスマス~お正月、発達障害のあるお子さんのいるご家庭でも、この時期はクリスマスプレゼントやお年賀、お年玉など楽しい行事が続く日々ではないでしょうか。
そこで、今回のお薦め本は肩のこらない、気軽に読める本を紹介させていただきます。

この本は、障害のある大学生を支援する筑波大学DACセンターで働く発達障害当事者のダックスさんから見た「発達障害」について、専門家の監修・解説を加えて、正しく、わかりやすくまとめたマンガです。
ダックスさんの「自分の発達障害や支援について、もっと早く知っていたらと思う。発達障害の理解・啓発に携わる仕事がしたい」という言葉をきっかけに、この本が生まれました。
(はじめに:佐々木銀河)


ここで紹介されている筑波大学DACセンターとは「ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター」の略で、性別、国籍、年齢及び障害の有無にかかわらずすべてのヒトの人権、尊厳、個性、能力発揮などが確保できるダイバーシティ(多様性・共生)社会の実現を目指して設立されたそうです。
その中で最初に取り組まれたのが、大学における発達障害を持つ学生への支援でした。その後は、発達障害学生だけでなく、身体障害学生・LGBTQ学生への支援も始まっていくわけですが、そのDACセンターの中でも、発達障害学生支援プロジェクト(RADD:Project on Reasonable Accommodation for Developmental Disabilities:発達障害(学生)への合理的配慮)に携わる、通称ダックスさん、発達障害をもつ当事者でもあるダックスさんが描かれたマンガです。

横文字が並んでしまいましたが、これまでもWebマンガとして人気のあった、ダックスさんをはじめとする面々が発達障害について悩みながらも・・・わかりやすく説明してくれています。
それでは、本書に登場するキャラクターのみなさん(?)を紹介します。

○   ダックス:一見、普通のダックスフンドに見えるけれども、他者の気持ちを理解できない、忘れ物が多いなど、実は目に見えない問題を抱えている。


○ ネコ(アサダ):空気を読むのが古手で、友だちができないことが悩み。肌触りのよいものとお話を考えることが好き。


○ トリ(エドヒデ):忘れっぽくて、 じっとしているのが苦手。突然突飛な行動をしがちだが、思ったことをズバッと言える。


○ サカナ(ルディ):文字を読んだり書いたりするのが苦手。ゲームにはものすごい集中力を発揮する。


○ グレー:自分のことを普通のトカゲだと思っていたが、大学に入ってから心と体の不調に悩んでいる。


○ ニュート:グレーの幼なじみ。グレーのことをあたたかく見守っている。

こんなキャラクターたちです。

いろんな発達障害をもつ動物たちですが、ちなみに括弧の名前は、トリさんが途中でつけたアダナで、ネコくんはASDなのでアサダ、トリさんは自分でADHDのエドヒデ、サカナくんはLDなのでルディという訳です。

グレーくんは、後半の主人公なのですが、大学に入ってから自分が発達障害ではないか、と気づくグレーゾーンのトカゲです。そして、ニュートくんは定型発達・・・と言うか、発達障害としての特性の薄い、ニュートラルと思われるグレーくんの友だちのトカゲです。


自閉スペクトラム症(ASD)の子どもたちだけでも、十人十色、いろんな特性の違いがあるわけですから、発達障害全体でみると、ホントに一つにまとめていいのか、というぐらい、いろんなタイプの子たちがいますね。

前半はそんなキャラクターたちのエピソードが続きます。
例えば、LDのサカナくんとASDのネコくん(アダナがつく前)のやり取りです。

サカナくん:あ―ん この本文字が多すぎて目で追えない!
誰か昔読してくれればいくらかは理解しゃすぃのに

あっネコくん私本を読むのが苦手で・・・ここ読んでくれない?
ネコくん:うんわかった ・・・ 『 じ~~~っ 』 ・・・ 読みました
ダックスネコく~ん、この場合の『読んで』は『音読して』という意味だと思うぞ

いかにもASDアルアルですね。こんな風に話はすすんでいきます。

ところで、サカナくんが「ルディ」、ネコくんが「アサダ」くんとアダナをつけられたように、本書の題名ともなっている、彼らの様子はどのような理由で「発達障害」と名づけられたのでしょうか?

もし「発達障害」という言葉がなかったら、彼らはどうなっていただろうか。「発達障害」は生まれつきなのだから、「発達障害」というネガティブな言葉などなくても、彼らの「個性」とでも言いかえればよいのではないかと思うヒトもいるかもしれない。だが、「個性」と言ってしまうことで、彼らが戦っている「障害」の存在を忘れてしまわないだろうか。これまでの苦しかったこと、周りに認められなかったことなど、言葉で表しきれなかったさまざまな経験と感情に「発達障害」という言葉が組み合わさって、パズルが解けたかのように感じたキャラクターもいたかもしれない。

そうですね。「個性」と呼んでしまえば、ニューロダイバーシティという言葉に代表されるように、 ”当事者のそれぞれの個性を活かし、その多様性を尊重し、そのままで共生して行こう” という方向に進んでいきそうです。
それはそれでいいとも思うのですが、「発達障害」と名づけることで、その場合はそれぞれの障害特性に適した支援を考えることができますね。「名づける」ということは、単なるレッテル貼りではなくて、共通する部分を抽出して、それに応じた療育方法、子育てをしていくということになります。
そう考えると、ものごとや現象に、「名前をつける」というのは大切なことなのでしょう。
「ヒトはそれを『発達障害』と名づけました」この題名、結構深いですね。名づけたところから、支援のスタートです。

なお、このキャラクター達、本の表紙の面々ですが、逢いたくなったら、筑波大学DACセンターのRADDのページで待っていてくれます。発達障害をもつ学生への支援の情報が他にもいろいろ載っていますので、ぜひ一度覗いてみてください。


また、本書の元になった、同名の「ヒトはそれを『発達障害』と名づけました」のマンガも、このページの「教育関係共同利用拠点」の「発達障害啓発マンガ」のページにデジタルブックとして載っています。前半55ページ分までのマンガの部分は無料で読めますので、大いに参考にしてください。

 

       (「育てる会会報 296号」2022.12 より)

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目次

  はじめに

  「発達障害」という言葉に、私たちはどのように向き合うのか

  『発達障害とは?』

  「発達障害」と名づけられることで、変わること、変わらないこと 

  『発達障害のグレーゾーン』

  『当事者さん達の自己紹介漫画』

  『まとめ』

  大きな「苦手」の森の中にある小さな「得意」の芽を見つけ、育てる