本田 秀夫:著 ダイヤモンド社 定価1400円 + 税 (2021.9)
私のお薦め度:★★★★☆
信州大学医学部こどものこころの発達医学教授の本田秀夫先生の本です。
本田先生の著書については、これまでもこのコーナーで10冊近く紹介していますし、皆さん方も何冊かは読まれたことがあるのではないでしょうか。
ただ、本書はこれまでの発達障害についての専門書とは違って、「生きづらさ」を抱えて生きている人が、もう少しラクに生きていけるようにとの思いで書かれた、一般の方に向けてのエッセイ本です。
もっとも一番生きづらさを抱えているのは、発達障害を持たれている方でしょうし、そもそも本田先生は発達障害がご専門ですので、事例の登場人物も自閉スペクトラムの特性をもつ方が多い感じです。ですので、本書も育てる会の会員のみなさんにもお薦めできる1冊として紹介します。
さて、本書の内容ですが、まず最初に発達障害をもつ人特有の「生きづらさ」について、説明が始まります(やはりお薦め本ですね)。
私が専門としている精神医学の領域には、「発達障害」という考え方があります。
くわしくは第1章で説明しますが、発達障害がある人は対人関係が苦手だったり、他の人が難なくできるようなことを相当努力してもできないため、いろいろなものに対して苦手意識を持つことが多かったりします。しかし、それは本人の努力の問題ではなく、生まれながらの特性によるものです。
そのような特性の強い人は、周りに合わせることにとらわれすぎるとうまくいきません。むしろ、その人らしいスタイルで世の中と折り合いをつけようとすると、うまくいくことが多いのです。
また、発達障害の特性で生きづらさを感じる人たちは、特性自体がつらいのではなく、周りに合わせようとすることで起こる「二次障害」でつらい思いをしているケースがよくあります。二次障害とは、生活環境からのストレスによつて、二次的に生じる支障のことです。
何事にも意欲を感じられなくなり、熱中できる対象がどんどんなくなっていき、自信がなくなったり、集中力が低下したり、疲れやすくなったりします。「何かよくないことが起きるのでは」と常に心配して、いつも緊張して心が休まらないという状態になることもあります。
このような二次障害を生じさせないためにも、それぞれの特性に合わせた工夫や、必要に応じて周りの方の協力があるといいでしょう。 (「はじめに」 より)
少し長くなりましたが、ここに書かれている「その人らしいスタイルで世の中と折り合いをつける」、「それぞれの特性に合わせた工夫」がちりばめられた一冊となっています。
まずは、自閉スペクトラム症(ASD)の人や、障害(D=Disorder)のまでは診断されない自閉スペクトラム(AS)の特性を持つ方の「生きづらさ」の原因となるパターンを列挙されています。
① 「マイルール」にこだわりすぎてしまう
② 優先順位をうまくつけられない
③ 臨機応変な対応ができない
④ 「正論」を言って、打ち負かそうとしてしまう
⑤ 人の期待に応えたい!
⑥ 嫌だと思っても断れない ・・・・
ですね~。自分がASの傾向にあると思っている方には(私を含めて)、思い当たることがいくつかあると思われます。
そして、それを自分の特性であると認めたうえで、自分には合っていないと「しなくてもいいこと」と割り切っていくと、確かに生活は楽になっていきそうです。
もちろん、大人になり、社会生活をおくっていくうえでは、周囲の人との関係が悪くならないように、周りと「折り合って」「工夫」していくことも大事になってきます。
例えば、発達障害の人やASの人が苦手とする「挨拶」についての、本田先生の説明です。
「挨拶の悩み」を相談されたときには、私はよくこんな話をします。
「挨拶だけはできるけど仕事ができない人と、仕事はできるけど挨拶だけはできない人、どちらが会社にとって役に立ちますか?」
会社で大事なのはまず仕事。挨拶が多少苦手でも、仕事ができれば基本的には問題ないはずです。まずは仕事に集中する、次に挨拶をできる範囲でやっていく、と考えましょう。
仕事をきちんとこなしているのに、挨拶がちょっと苦手なだけでいづらさを感じる職場なら、その会社とは相性がよくないのかもしれません。
これが、正論です。でも相性がよくないだけで、簡単にその会社を辞めて、次の仕事を探すというのも現実的ではないですね。
と言って、TPOやタイミング、相手の表情、そもそも顔が分からずすでに挨拶をしたかどうかも分からないため・・・・まったく挨拶をしていないと、学校や会社での人間関係も悪くなってしまいますね。
「挨拶一つもできないのか!! 」 叱責の口実になってしまいます。
そこで、次善の策として、本田先生が挙げるのが、「折り合いをつける」ための「工夫」です。
こちらも少し長くなりますが、「挨拶」に悩まれている方も多いかと思いますので、全文を紹介します。
① 学校や会社に着いたら小声で挨拶をする
学校や会社などに着いたら、会う人に小声で「おはようございます」などの無難な挨拶をしながら、軽く会釈をします。ボソボソッと、相手に聞こえるか聞こえないかくらいの声で話すのがポイントです。最低限の無難な挨拶をするのです。相手からの返事があってもなくてもかまいません。「返事があればラッキー」くらいに受けとめて、挨拶をなんとなくやり過ごしましょう。
このやり方であれば、相手の表情を読み取るのが苦手でも、無難に挨拶をすることができます。
② 人とすれちがうときには、軽く目を伏せて下を向く
学校や会社などの建物のなかで人とすれちがうときには、軽く目を伏せて下を向き
ます。自分の靴先を見ると、いい角度で頭を下げられます。相手が知り合いでも
知り合いではなくても、とにかく下を向いてすれちがいます。
こうすると、相手には 「会釈をしたのか、ただ下を見たのか」 がよくわかりません。
どちらなのかわからないくらい微妙にあたまを下げるのがポイントです。
微妙なので相手もなんとなく通り過ぎていってくれます。
③ 挨拶されたら同じように挨拶する
もしも相手が声をかけてきた場合には、同じように挨拶を返す。この方法であれば、挨拶で大失敗することは基本的になくなります。とくに、相手の表情や仕草を見ながら挨拶するのが苦手な人にはおすすめです。
まずは自分のできるやり方を試してみてください。
②の「人とすれ違う時には、微妙に自分の靴先を見るようにする」、というアドバイスには、思わず笑ってしまいましたが、相手の顔を見たり、タイミングをとるのが苦手なASDの人には、分かりやすい仕草のように思いました。
本書には、このように気軽に試せる方法や、考え方がたくさん書かれていて、しかもとても読みやすい1冊となっていますので、ぜひ一度目を通していただくのをお薦めします。
(「育てる会 会報 305号」(2023.9) より)
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目次
はじめに
第1章 この生きづらさはどこからくるのか?
01 どうしてこんなにしんどいんだろう
・周りに合わせようとしすぎていませんか?
・「他人の目」が気になる理由
・「適度な安心」「適度な評価」がなかった?
・嫌われたとして、どんな損があるか?
・もっと「自分中心」で大丈夫
02 生きづらさの原因に「発達障害」のケースも
・診断されていなくても、「特性」のある人は多い
・本人の努力だけでは解消できないこともある
・苦手を克服するよりも、「生きやすくなる方法」を考えよう
03 生きづらいパターン ① 「マイルール」にこだわりすぎてしまう
・「話が長い」と言われる営業職のAさん
・「全部一から説明したい」
・「やらなくてもいいこと」を義務感でやつている?
04 生きづらいパターン ② 優先順位をうまくつけられない
・「それ、いまやる仕事じやないでしょ」と指摘される
・「焦ると判断ミスしやすい」と周りに伝えておく
05 生きづらいパターン ③ 臨機応変な対応ができない
・「私の仕事のやり方が間違っているのかも・・・」
・反省するのは「叱られたときだけ」で十分
06 生きづらいパターン ④ 「正論」を言って、打ち負かそうとしてしまう
・「私が正しい! あなたが間違っている!」
・相手にも事情はある
・「人の気持ち」よりも「事実や論理」に意識が向きやすい
07 生きづらいパターン ⑤ 人の期待に応えたい!
・完璧主義でつらくなることも
・途中段階なら何度間違えてもいい
08 生きづらいパターン ⑥ 嫌だと思っても断れない
・反射的にOKしてしまう
・頼まれないように、場所を移動する
・「やることをひとつ減らす」にチヤレンジ
第2章 対人関係の「しなくてもいいこと」
[POINT] 「協調性」よりも「ルール」を優先しよう
・これで人に振り回されない!
・人の評価を気にしすぎない。受け流すことも大切
CASE 01 社交的な場だと、うまく話せない
CASE 02 意見を言うのが苦手
CASE 03 挨拶が苦手
CASE 04 親しい人が少ない
CASE 05 飲み会が苦手 ① お酌などの気遣いが苦手
CASE 06 飲み会が苦手 ② テンションが上がりすぎて失敗する
CASE 07 人の顔色を気にしすぎてしまう
CASE 08 人の顔や名前を覚えられない
CASE 09 人とかかわりを持つこと自体がストレス
CASE 10 自分だけがみんなとちがぅ気がして、疎外感がある
第3章 仕事の「しなくていいこと」
[POINT] できないことは無理せず手放す
・意外と「しなくていいこと」はたくさんある
・「自律スキル」と「ソーシャルスキル」を身につける
・相談相手を探すことが、とても重要
CASE 01 うっかりミスが多い
CASE 02 片付けられない
CASE 03 スケジュール管理が苦手
CASE 04 いつも苦手なことを後回しにしてしまう
CASE 05 忙しくても頼まれごとが断れない
COLUMN 仕事のしすぎは必ずしも悪くない
CASE 06 仕事しすぎて倒れそう
CASE 07 失敗を引きずる
CASE 08 協調性がない
COLUMN 「置いてきぼり」が生まれても気にしない日本社会
CASE 09 怒られすぎてつらい
CASE 10 会社を辞めたいけど辞められない
第4章 日常生活の「しなくていいこと」
[POINT] オン・オフを切り替えよう
・プライベートは多少乱れていても大丈夫
・「やりたいこと」と「やるべきこと」のバランスをとる
・「ワーク・ライフ・バランス」をとるのが苦手な場合は?
・「ファン・デューテイ・バランス」がおすすめ
・「やりたいこと」を最優先にする
・できないことは「できない」と言っていい
CASE 01 生活リズムが崩れている
CASE 02 金銭管理が難しい
CASE 03 どんな服装がいいかよくわからない
CASE 04 体調不良になりやすい
CASE 05 感覚過敏なところがある
第5章 「しなくていいこと」を決めて、ラクになろう!
01 「やってみよう」「ラクになった」を続けていこう
・私が子どもの頃、試しに手放してみたこと
・「理想像」や「日標」の調整を意識してみよう
・家族や友人に相談すると、解決策が見えてくる場合もある
02 気が晴れない場合は、「メンタルヘルス」を気にかけてみる
・睡眠や食事の不調が続く場合は、エネルギー不足かも
・メンタルヘルスの相談は、精神科や心理の窓□に
03 生きづらさ」の背景に、精神疾患がある場合も
・苦しさが続く場合は、早めに医療機関の受診を検討
04 「繊細な人」と「生きづらさ」
・発達障害の特性がある人のなかには、「繊細すぎる人」がいる
・「気にしすぎてしまう」場合は、助言者を探そう
05 生き方は千差万別
・他人の評価に振り回されずに生きるには?
・自分のやりたいことを貫くかどうか
・あなただけの人生を生きよう!
おわりに