『 自閉スペクトラムの人の社会的カモフラージュとメンタルヘルス 』
大島 郁葉:編著 田村 真樹・管 思清・佐藤 奈緒・和田 惠:著
本田 秀夫 監修 金子書房 定価:1800円 + 税 (2026.8)
私のお薦め度:★★★★☆
自閉スペクトラム症の人が、自分の障害を“隠して”社会の中で生きていこうとする社会的カモフラージュについては、近年話題になることも多く、その弊害についても議論されるようになってきました。
育てる会の会報の中でも、このお薦め本コーナーの前にある「ちゃーちゃん日記(あるASDの女の子の話)」の中でも取り上げられることがありますね。
もちろん障害の有無に関係なく、だれでも初対面の方と会う時や、就職などの面接の際には、少しでも自分を良くみせたいと、普段とは違う自分を演じることがあります。
相手に好印象を与えたいと、少し真面目な顔をしたり、快活にハキハキ答えたり、丁寧な言葉遣いをしたり、と・・・いわゆるヨソユキな顔で印象操作を自然にやってしまいます。
でも、似てるようでも、それとASDの人の社会的カモフラージュは大きく違います。
一般的に「印象管理(impression management)」と呼ばれる行動は、誰もがある程度は行うものである。たとえば,初対面の場で礼儀正しく振る舞ったり、自分の魅力を強調したりすることは、多くの人が無意識のうちに行っている。しかし自閉スペクトラムの人が行う社会的カモフラージュは、単なる印象管理や印象操作とは異なり、 もっと切実で深刻な背景に基づいていることが研究によって明らかになっている。つまり、それは単なる「印象をよく見せる」ための技術ではなく,「差別されないため」「排除されないため」「自分の存在を脅かされないため」の、生存戦略に近いものである。(大島 郁葉)
高機能な自閉スペクトラム(注:本書では、このシリーズ「こころの発達インサイト」を監修されておられる本田秀夫先生が使用される“障害”よりも“状態”を意味する「自閉スペクトラム(AS)」の表現を使われているので、以下は私もASと表記します)、ASの人にとっては、この社会から排除されないための手段であるのですね。
それは学校生活や社会生活において、マイノリティであるゆえにとってしまう、とらざるをえなかったライフハックといえるでしょう。
ですから、ASの人の社会的カモフラージュは、一概に批難されるものではなく、定型発達者中心の社会の中で生きていくために、周りを観察しながら、必死に身につけたものなのですね。
もしかすると、4:1と言われるASの男女差も、幼い頃には女の子の方が“おしゃま”で社会的な意識が高いため、早めに社会的カモフラージュを身につけているため大きくなっているためかもしれません。
もっと女の子の率は高いのかもしれませんね。
それはさておき、短期的にはいじめや仲間はずれを防ぐためには有効とされる社会的カモフラージュなのですが、ある意味自分を偽って生活しているわけですから、長期的にみるとどうしてもひずみがでてきてしまいます。
社会的カモフラージュには一見すると適応的な側面もある。通学や就労といった社会的参加の機会を拡げ、対人関係における摩擦を回避する上では有効に働くこともあるだろう。しかし、その背後には大きな心理的コストが伴う。というのも、定型的なふるまいを演じ続けることは,自らの自閉特性を抑圧し、「本来の自分」を常に演出の背後に隠すということを意味する。それは長期的に見ると、 自己のアイデンティティの拡散や喪失、慢性的な疲労感、不安、抑うつといった精神的負担を引き起こすことが報告されている(Hull et al.,2019; Livingston et al.,2019)。(大島 郁葉)
先日、参加した社会的カモフラージュに関するセミナーの中でも、登壇した初老のAS当事者の方が「長年そうしていたので、今となっては、カモフラージュしていない本当の自分の姿がわからない」というような発言をされていましたが、アイデンティティの喪失に繋がるということでしょう。
では、そんなデメリットのある社会的カモフラージュをしなくてもいい状態を実現させるためには・・・という「第3章 自閉スペクトラムの人が社会的カモフラージュから解放される道へ」なのですが、この章、正確に研究成果を伝えようとされているためか、研究論文の直訳や解釈が続き、専門的な用語も頻繁に出てくるため、残念ながら、私の読解力では、みなさんに上手く要約して伝えられません。
と、いうことで、「第4章 自閉スペクトラムの人が社会的カモフラージュをしなくてもよくなるために」に跳ばさせてもらいます。そこでは・・・
自閉スペクトラムの人が社会的カモフラージュをしなくてもよくなるのは、どのような時だろうか。それは、「ふつう」とされる価値観や振るまいに無理やり自分を合わせる必要がなく、 自分のありのままの姿で受け人れられ、尊重されるという確かな安心感が得られたときである。
それは単なる「知識として理解されている」という状態を超えて、「そのままでいても損をしない」「不利益を受けない」「人間関係が壊れない」と心から実感できる状態を意味する。
社会的カモフラージュは、周囲の期待に応えようとする適応戦略の一つである。人との摩擦を減らし、場の空気に馴染み、拒絶されないために行う自衛の工夫である。だが、それは決して「楽な選択」ではない。
むしろ長期的に続ければ、慢性的な疲労や不安、 自己否定感、 さらにはアイデンテイテイの喪失へとつながりうる。人に合わせ続けることで、 自分自身の感じ方や欲求がわからなくなり、「本当の自分がどこにいるのかわからない」と感じる人も少なくない。これは、多くの当事者が口にする「カモフラージュの代償」である。
このような状況を変えるには、「自閉スペクトラムの人が変わるべき」という考え方を見直し、「社会の側こそ変わらなければならない」という視点への転換が求められる。これまで社会は、「空気を読むこと」「みんなと同じであること」「自己主張しすぎないこと」を善とし、マイノリテイの側に適応を強いてきた。しかし、これからはマジョリティ側こそが、「その人がその人らしくいるために、何ができるか」を問い、環境や制度を変えていく責任がある。 (大島 郁葉)
と結論づけられています。すなわち今解決するためのボールはマジョリティ側に預けられています。
しかし、これが難しい。今日(8/24)の山陽新聞の記事にも、こんな日本財団の調査が載っていました。
『就活で障害伝えず 76% ASD、精神疾患 不採用を懸念』 伝えなかった理由の最多は「開示して不採用になったことがある 66%、不採用を危惧。 就労経験のある人が障害の診断を職場に伝えたかの質問には、最多は「誰にも伝えていない」38%、理由は「差別・偏見が怖い」。
日本でのマジョリティ側のASへの理解は、まだまだ・・・・のようです。
残念ながら、わが国は自閉スペクトラムの人に対する社会的スティグマ(偏見・烙印)が世界的に見ても強い国であることが知られている。染木らが日米の大学生に対して行った研究では、 日本の学生が自開スペクトラムの人に対して持つスティグマは、米国の学生と比べ有意に強かった(Someki et aL., 2018)。また日本や英国、米国、ベルギー、南アフリカなど8カ国を国際比較した研究でも、 日本は自閉スペクトラムの人に対する外的な受容が最も低いことが示されている(Keatinget aL., 2024)。
一般的に日本はグループ内の調和を重視する集団主義文化の国であるとされ、個人の独立性や独自性を重視する個人主義文化の国々と比べて社会的マイノリティに対するスティグマが強いとされる。
日本において社会的スティグマに対する介入は、他国と比べても重要であると言えるだろう。(田村 真樹)
確かに日本では、“みんなと同じ”が美徳され、“出る杭は打たれる”、“どこの馬の骨”などと自分たちとは違う者を排除する傾向があるように思えます。
ここでそれを解決する手段としては、本書で提唱されている「オールマイノリティな社会」という考え方は興味深いですね。
この世に、完璧な人間はまずいないように、すべての面においてマジョリティに属する人もまずいなくて、誰もがある面でマイノリティとなる社会であると認識するという考えです。たとえば私は「男性」・「正規雇用」・「父親」などではマジョリティに属するかもしれませんが、「後期高齢者」・「メタボ」・「前立腺肥大」などでは弱者、マイノリティな存在になりますね。このように、自分のマイノリティを意識することで、相手のマイノリティな部分も、「特性」「多様性」として尊重できる社会です。
「お互い様」の社会になれば、社会的カモフラージュをしなくても、お互い生きやすい社会になりそうな気がします。
そして、そうなることを願って、本書を今月のお薦め本とさせていただきます。
(「育てる会 会報 340号」2026.8 より)
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目次
「シリーズ こころの発達インサイト」の刊行にあたって 本田 秀夫
CONTENTS
第1章 自閉スペクトラムにおける社会的カモフラージユとは何か
大島 郁葉
第2章 自閉スペクトラムの人における社会的カモフラージュがメンタルヘルスに与える影響
田村 真樹
第3章 自閉スペクトラムの人が社会的カモフラージユから解放される道ヘ
管 思清
【エッセイ 1】
当事者の立場から考える社会的カモフラージュ
社会的カモフラージュについて思うこと
佐藤 奈緒
【エッセイ 2】
当事者の立場から考える社会的カモフラージュ
社会的カモフラージュは必要なのか?
和田 恵
第4章 自閉スペクトラムの人が社会的カモフラージュをしなくてもよくなるために
~オールマイノリティな社会をめざして
大島 郁葉


































































