発達障害の私だからこそ成功できた | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

『 発達障害の私だからこそ、成功できた 』

     似鳥 昭雄:著  祥伝社  定価:1600円+税 (2026.3)

 

          私のお薦め度:★★★★☆

先月号で紹介した『ザ・パターン・シーカー』は「自閉症がいかに人類の発明を促したか」というテーマで、自閉症のもつポジティブな部分にスポットを当てて書かれていましたが、今月もそれに引き続き、74歳で
発達障害と診断された“成功”者の方の自伝です。
著者名を見てお気づきの方もいらっしゃると思いますが、「お、ねだん以上。」のキャッチフレーズでお馴染みの、家具のニトリ、ニトリホールディング会長の似鳥昭雄氏です。

私は74歳の時、あるきっかけから「発達障害」の診断を受けました。ショックや驚きはなく、その診断はしっくりくるものでした。
「なるほど、だから自分は周りと違っていたんだ」
これまでの長い人生における、困難の答え合わせができた気分でした。(「序章」より)


こんな独白から始まる本書です。
すでにニトリの創業者として1店舗から店舗網を拡大し続け、現在は「国内外でグループ3000店舗、売上高3兆円」という目標に向けて頑張られているところです。

そんな似鳥会長、ある日偶然、テレビのADHD(注意欠陥多動症)の解説を見ていて、自分にそっくりと気づかれたそうです。

「似鳥さんは発達障害です」と病院の先生に言われた私は、納得しながら心のどこかでホッとしていました。
子どもの頃、名前を漢字で書けなかったのも、学校の成績が最低だったのも、先生から「落ち着きがない」「人の話が聞けない」「努力が足りない」と怒られたのも、両親から忘れ物や落とし物をするたびに叩かれていたのも、同級生たちの次から次へと変わる話題についていけずにいじめられたのも全部、発達障害の特性があったから。そのことをやっと、知ることができたのですから。
なるほど。だから自分は、周りと違っていたのか。
74歳になって、子どもの頃、若い頃、そして今も抱えている困難の答え合わせができた。だから、「なるほど」としっくりきたのでした。

自分に発達障害があることを、私はまず妻の百百代に、次に家族に、会社の仲間にも伝えました。妻と、長年私を支えてくれている秘書の反応はほぼ同じ。「本当に!?」ではなく、「やっぱりね……」という顔をしていました。忘れ物は多いし、人の話を開いていないし、思いつきで行動するし、手間のかかる人だと思われていたのでしょう


テレビを見てから、数日後、病院で先生から「正真正銘、ADHDです」と太鼓判を押された似鳥会長ですが、その後発達障害について調べていると、自分にはADHDだけでなくASD(自閉スペクトラム症)やLD(限局性学習障害)などの発達障害の特性もあることに気づかされたそうです。


ASDの特性の一つであるコミュニケーションの苦手さにより、これまで初対面の人との会話がうまくできなくて営業面 でつまづいて対人恐怖症になったこともあるそうです。
一方でASDの「物事を突き詰める力」をうまく発揮することにより、ニトリを成長させることもできたということです。

LDに関してはその特性を知り、「ああ~、それで私はクラスでただ1人、自分の名前を漢字で書けなかったのか!」と腹落ちしました。小学6年生になるまで、私は自分の名前を漢字で書けなかった。当時は親も先生も「書字障害」なんて知りません。
「ただただ頭が悪くて、努力不足なんだ」と自分を責めていました。


そんな会長ですから、74歳にして初めて自分の特性に名前があることを知り、腹落ちされたわけですね。
奇しくも私も、現在74歳。

息子に診断名がつかなければ、私もこの歳まで、自分の特性に名前があることに気づかなかったかもしれません。ハイ、結構私もASDの特性が強いですし、妻もADHDと診断されるかもしれないですね。
まだまだ一般社会では、発達障害についての関心はメジャーではないのかもしれません。

さて、書名の『発達障害の私だからこそ、成功できた』に戻って、なぜ「だからこそ」の話です。

それに大きな仕事を進める上では、私たちの特性がプラスに働くこともたくさんあります。例えば、「こうと思ったら、やつてみちゃうところ」です。
学校の勉強がよくできた頭がいい人ほど、何か思いつくのと同時に「できない理由」や「大変そうな展開」も思い浮かべてしまって、なかなか行動に移せません。石橋を叩いて渡るというか、慎重とぃうか、臆病というか。

でも、私はすぐにやっちゃうんですね。浮かんだアイデアは試しちゃうし、まずは取り組んじゃう。仮に出鼻を挫かれるようなトラブルが起きても、「なぜだろう?」と試行錯誤を繰り返して、とにかく前進しょうとします。そういう勇気があるのです。
考えてみてください。いいアイデア、いい発想、いい計画があっても、取り組まなければ成功しませんよね? それは失敗と同じじゃないですか? 
実際に行動に移す前だから失敗していないように見えるけど、何もしなかった分、ワクワクするような成功もないんじゃないかなと思います。
私からは、頭のいい人ほど「やらない失敗」が多いように見えます。だけど、仲間になったら頭のいい人たちはそれぞれの得意な分野で力を発揮して、私を助けてくれました。


ここで、ADHDの特性の一つである「すぐにやっちゃう」ことが成功に繋がることと同時に、仲間の大切さも述べられています。

発達障害は障害というだけあって、弱みであることも間違いないです。
それをカバーするのが仲間の存在です。似鳥会長の場合、その最大の存在が奥様、百百代さんであり、そして家族や会社の仲間であったわけです。


「自分の弱点を認めたら、それを補ってくれる仲間を集めて、あとは任せる」 それが成功の秘訣だったわけですね。
本書では、、発達障害の診断を受けてから、改めてこれまでの人生を振り返っての話や、奥様や秘書の方など周りの方からのエピソード話など、結構大変だったけど、明るく振り返っての人生が綴られているので、読み終わって元気のでる本だと思い、お薦め本とさせていただきました。

それでは、最後に似鳥会長から“あなた”へのメッセージです。

私は自分が診断を受けた時、「そうだったのか」と納得しました。
でも、それを知ったからといって何か特別なことが変わったわけではありません。ただ自分自身をより理解できるようになっただけです。
大切なのは「診断名」ではなく、自分自身を知り、長所を伸ばし、短所と上手に付き合っていくことなのです。診断を「制限」と感じるのではなく、自分自身をより理解し、自分に合った生き方を見つける「きっかけ」にしてほしいと思います。

そして、何よりも大事なのは明るさです。
人生には苦しいことやつらいことがたくさんあります。発達障害の特性があると、そうした困難に直面する機会も増えるかもしれませ。でも、明るく前向きな姿勢でいると、不思議と助けてくれる人が現れるものです。私はいつも、誰に会っても笑顔でいることを心がけてきました。
落ち込んでいる時こそ笑顔を。困難にぶつかった時こそ前向きに。そうすることで、自分の心も軽くなりますし、周りの人も協力してくれるようになります。
私は「明るくいる。それで乗り切る。すると運が向いてくる」と信じています。明るく積極的にいようとしていれば、苦しい時に救いの手が伸びてくる。これは私の実感です。

 

            (「育てる会会報 335号」(2026.3)  より)
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目次

序章 74歳、発達障害であることがわかった

  ショックはなく、ただただしっくりきた
  3つの特性が見事に当てはまった!
  ADHD、ASD、LDという種類
  だから、自分は周りと違っていた
  自分の特性を言うか、言わないか
  発達障害の人が持つ可能性

第1章 ほんとうに、発達障害はできないことばかり?

  苦手、不得意はそのまんま。でも、長所を伸ばせば、短所は隠れる
  特性は、普通の人には見えないものが見える特殊能力
  弱点は認めて、さらけ出して、誰かに任せる
  特性のある人を見守る側になった時、大事なこと
  苦手は直らない。だから長所を武器に変えていく

【 障害じゃない、個性がすごく強い人
    似鳥百百代さん×秘書Oさん×秘書Iさん コラム前編 】

   仕事での集中力はすごいけど
   1つのことに集中すると、他を忘れてしまう
   あけすけな明るさがうらやましい

第2章 不思議だった自分自身

  何でもかんでも忘れ物。名前が書けなかった小学生
  通信簿は1と2ばかり。でも絵は上手で、集中できた
  つらかった家の手伝いと「ニタリくん」
  続く地獄の日々。その中で見つけた活路「人とは違う道」
  自分の得意を見つけて、人生が上向いてきた!
  特性の裏表。つらくて泣いても、翌朝にはケロリ
  「できない」を「できる」にしたくて、ナンパ師に弟子入り
  家出、のち、人と話せないダメダメ営業マン
  失敗だらけ、職を転々。だからこそ訪れた転機
  発達障害の診断を受けたあとの暮らし

 【 数字へのこだわり、その理由とは?
    似鳥百百代さん×秘書Oさん×秘書Iさん コラム後編 】

   夢ばっかり語るけど働かない夫に訪れた転機
   ニトリ最大のピンチに交わした夫婦の会話
   「すぐにできないと言うな」、ブレないお客様目線
   特性のプラス面を感じる集中力と数字へのこだわり

第3章 「できないだらけ」との付き合い方

  持って生まれた特性を抱えたまま、どう生きていく?
  お客様と話せない!  いきなりぶつかつた「できない」の壁
  妻が私の苦手を担ってくれた
  苦手は頼れる仲間に任せるのが一番
  信じて任せた先にあった地獄と学び
  苦手は直らない。でも、慣れていくことはできる
  アメリカで芽生えた「ロマン」が自分を変えた
  交渉事は断られてからがスタート。お客様の喜ぶ顔が力に
  「人よりのろまで頭が悪い」と育てられた私と思師の出会い
  ロマンの実現に欠かせない、ビジョンという地図
  思いばかりが空回り、やっと掲げた30年計画
  ニトリ本州進出を前に、私の心は振り子のように揺れていた
  その「できない」は、「やってない」ではないか?
  特性と一緒に人生を歩んできた経営者なりの人の育て方
  かつての自分が重なる子どもたちと学ぶ「LEARN with NITORI」
  先回りして限界を決めないこと
  明るさと好奇心が壁を越える力になる

 【 一挙手一投足から目が離せない存在
         白井俊之社長インタビュー 】

   苦手も弱みもあけすけに全部を見せてしまう人
   本州進出日前、深夜に交わした会長とのやりとり
   「心配の8割は現実にならないんだ」
   誰もが努力を続ければ自分のようになれると僣じている

第4章 とにかくやっちやう。そういう勇気がある

  人が喜ぶ顔を見たい。それが私の原動カ
  札幌でサンバの王様に?!
  好きを極めていく。とにかくやってみる
  逆算の経営で喜ばれる商品を開発し、社員に還元する
  私の人生はサスペンス劇場

おわりに  「できること」を見つけていく、伸ばしていく


  巻末解説: ADHDが世界をつくる ― 岩波 明(精神科医、昭和医科大学特任教授)