今こそ、すべての闇が一気に明ける、最大の気づきを得ることができるチャンスです。
光と闇は、表裏一体です。
だから、光だけではなく、闇をも無条件に許容することによって、光が見えてくるのです。
目に見える形のあるものが、すべてであると思い込んだときに、闇を恐れます。
闇をも無条件に許容し、形への囚われを捨てれば、闇だと思い込んでいたものから光が見えてきます(=闇世が明けていく)。
闇をも無条件に許容することによって、フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブからポジティブに転換することができます。
なぜなら、闇から学んだことも、フリーエネルギーEをポジティブな方向に使うことに生かされるからです。
今こそ、人類が歴史上、闇から学んできたことのすべてを、フリーエネルギーEをポジティブな方向に使うために生かす、最大のチャンスなのです。
今まで、人類が流してきた血と涙は、すべて無駄ではなかったということに、気づくことができるときなのです。
今ここに、創造の源(=すべて)が在るのです。
すべてを超えて、形のあるものもないものも、光と闇も、すべてを包込む、思考の範囲を超えた本当の自分が在るのです。
そこには、光と闇のすべての経験から学んだ叡智があります。
その叡智は、形に囚われた、思考の範囲にインプットされた、単なる知識ではなくて、思考の範囲を超えた、フリーエネルギーEをネガティブまたはポジティブな方向に使うことによる経験から得た知恵です。
その叡智を、今、思考の範囲に限定されたネガティブな思い込みではなく、思考の範囲を超えて意識を拡大させることによって生じる、ポジティブな思いつき(=インスピレーション)により得て、フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブからポジティブに転換することができるのです。
単なる思い込みの、思考の範囲に限定された知識(=記憶=目に見える形のあるもの)ではなくて、思考の範囲を超えた(=記憶を超えた、目に見える形のあるものを超えた)叡智なのです。
だから、光だけではなく、闇をも無条件に許容することによって、光が見えてくるのです。
目に見える形のあるものが、すべてであると思い込んだときに、闇を恐れます。
闇をも無条件に許容し、形への囚われを捨てれば、闇だと思い込んでいたものから光が見えてきます(=闇世が明けていく)。
闇をも無条件に許容することによって、フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブからポジティブに転換することができます。
なぜなら、闇から学んだことも、フリーエネルギーEをポジティブな方向に使うことに生かされるからです。
今こそ、人類が歴史上、闇から学んできたことのすべてを、フリーエネルギーEをポジティブな方向に使うために生かす、最大のチャンスなのです。
今まで、人類が流してきた血と涙は、すべて無駄ではなかったということに、気づくことができるときなのです。
今ここに、創造の源(=すべて)が在るのです。
すべてを超えて、形のあるものもないものも、光と闇も、すべてを包込む、思考の範囲を超えた本当の自分が在るのです。
そこには、光と闇のすべての経験から学んだ叡智があります。
その叡智は、形に囚われた、思考の範囲にインプットされた、単なる知識ではなくて、思考の範囲を超えた、フリーエネルギーEをネガティブまたはポジティブな方向に使うことによる経験から得た知恵です。
その叡智を、今、思考の範囲に限定されたネガティブな思い込みではなく、思考の範囲を超えて意識を拡大させることによって生じる、ポジティブな思いつき(=インスピレーション)により得て、フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブからポジティブに転換することができるのです。
単なる思い込みの、思考の範囲に限定された知識(=記憶=目に見える形のあるもの)ではなくて、思考の範囲を超えた(=記憶を超えた、目に見える形のあるものを超えた)叡智なのです。
ネガティブなパラレルワールドから、ポジティブなパラレルワールドへ移行するショートカットを利用する
既存のネガティブなもの(=闇=ブラックホール)にしがみついて、行き着くところまで行って一緒に崩壊していくか、それとも、自らの意志で、形への囚われを捨てて、フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブ(-m)な方向から、ポジティブ(+m)な方向に転換して、既存のネガティブなものから抜け出し、新たなポジティブなものを創造していくかのどちらかなのです。
フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブ(-m)からポジティブ(+m)に転換できずに、既存のネガティブなものに、形に囚われたまま、これしかないと思い込んでしがみつくと、行き着くところまで行って、一緒にネガティブな崩壊を経験することになります。
その場合、形が崩壊することによって、気づくことになりますから、痛い目にあうということになります。
逆に、フリーエネルギーEを使う方向を、自らの意志で、形への囚われを捨てて、ネガティブ(-m)からポジティブ(+m)に転換できれば、気づきのための崩壊は経験せずに、新たなポジティブなものを創造することによって、気づくことができ、喜びを感じることができます。
既存のネガティブなものを創造している、今までのネガティブな思い込みではなく、新たなポジティブな思いつきにより、新たなポジティブなものを創造していくことができるのです。
そして、まず、それに必要なことが、自らの意志で形への囚われを捨てて、ネガティブなパラレルワールドから、ポジティブなパラレルワールドに移行するショートカットを選択することなのです。
まず、自らの意志で形への囚われを捨てることによって、既存のネガティブなもの(=闇)の中に存在する、新たなポジティブな光の一点が見えるようになりますから、それを選択することにより、フリーエネルギーEを使う方向が、ネガティブ(-m)からポジティブ(+m)に転換し、ポジティブな喜びと生成を経験することができるパラレルワールドへ移行します(=ポジティブなパラレルワールドへのショートカットを利用する)。
逆に、既存の光の中であっても、形に囚われてしまえば、否定される恐れから自分を守るために、光の中の闇の一点を選択してしまい、フリーエネルギーEを使う方向が、ポジティブ(+m)からネガティブ(-m)に転換し、気づきのために、恐れと崩壊を経験するパラレルワールドへ移行します。(=ネガティブなパラレルワールドへのショートカットを利用する)。
2012年を境(=目安=個々人の選択により異なってくるため)に、ポジティブなパラレルワールドへ移行するショートカットも、ネガティブなパラレルワールドへ移行するショートカットも、どちらとも、だんだん利用することができなくなっていきます。
つまり、2012年の前後で、ポジティブなパラレルワールドに行く選択をした場合には、フリーエネルギーEを、ポジティブな方向(+m)に使う経験しかできなくなっていき、ネガティブなパラレルワールドに行く選択をした場合には、フリーエネルギーEを、ネガティブな方向(-m)に使う経験しかできなくなっていくということになります。
なぜなら、2012年を境(=目安=個々人の選択により異なってくるため)に、地球自体がネガティブ(-m)からポジティブ(+m)なパラレルワールドへ移行し、ポジティブ(+m)な地球で、ネガティブ(-m)な経験はできなくなるということなのです。
フリーエネルギーEを使う方向を、ネガティブ(-m)からポジティブ(+m)に転換できずに、既存のネガティブなものに、形に囚われたまま、これしかないと思い込んでしがみつくと、行き着くところまで行って、一緒にネガティブな崩壊を経験することになります。
その場合、形が崩壊することによって、気づくことになりますから、痛い目にあうということになります。
逆に、フリーエネルギーEを使う方向を、自らの意志で、形への囚われを捨てて、ネガティブ(-m)からポジティブ(+m)に転換できれば、気づきのための崩壊は経験せずに、新たなポジティブなものを創造することによって、気づくことができ、喜びを感じることができます。
既存のネガティブなものを創造している、今までのネガティブな思い込みではなく、新たなポジティブな思いつきにより、新たなポジティブなものを創造していくことができるのです。
そして、まず、それに必要なことが、自らの意志で形への囚われを捨てて、ネガティブなパラレルワールドから、ポジティブなパラレルワールドに移行するショートカットを選択することなのです。
まず、自らの意志で形への囚われを捨てることによって、既存のネガティブなもの(=闇)の中に存在する、新たなポジティブな光の一点が見えるようになりますから、それを選択することにより、フリーエネルギーEを使う方向が、ネガティブ(-m)からポジティブ(+m)に転換し、ポジティブな喜びと生成を経験することができるパラレルワールドへ移行します(=ポジティブなパラレルワールドへのショートカットを利用する)。
逆に、既存の光の中であっても、形に囚われてしまえば、否定される恐れから自分を守るために、光の中の闇の一点を選択してしまい、フリーエネルギーEを使う方向が、ポジティブ(+m)からネガティブ(-m)に転換し、気づきのために、恐れと崩壊を経験するパラレルワールドへ移行します。(=ネガティブなパラレルワールドへのショートカットを利用する)。
2012年を境(=目安=個々人の選択により異なってくるため)に、ポジティブなパラレルワールドへ移行するショートカットも、ネガティブなパラレルワールドへ移行するショートカットも、どちらとも、だんだん利用することができなくなっていきます。
つまり、2012年の前後で、ポジティブなパラレルワールドに行く選択をした場合には、フリーエネルギーEを、ポジティブな方向(+m)に使う経験しかできなくなっていき、ネガティブなパラレルワールドに行く選択をした場合には、フリーエネルギーEを、ネガティブな方向(-m)に使う経験しかできなくなっていくということになります。
なぜなら、2012年を境(=目安=個々人の選択により異なってくるため)に、地球自体がネガティブ(-m)からポジティブ(+m)なパラレルワールドへ移行し、ポジティブ(+m)な地球で、ネガティブ(-m)な経験はできなくなるということなのです。
名利(=形作られた自分)を守るために、愛(=フリーエネルギーE)をネガティブな方向に利用してきた
よく
「愛を守るために名利を得てきたんだ。」
と言う人がいますが、
本当は、愛(=フリーエネルギーE)を守るために、名利(=形作られた自分m)を得てきたのではなく、
名利(=形作られた自分m)を守るために、愛(=フリーエネルギーE)をネガティブな方向(=-m)に利用してきたのだと思います。
+mは、喜びを分かち合う方向(=光=ホワイトホール)、
-mは、否定される恐れから自分を守るために、喜びを奪い合う方向(=闇=ブラックホール)
です。
だから、本当は、愛を守るためになら、
-mで喜びを奪い合う方向にではなく、
+mで喜びを分かち合う方向になる
はずなのです。
愛を守るためになら、名利(=形作られた自分)を捨てて、喜びを分かち合う方向(=+m)に、フリーエネルギーEを使うことができる、
というのが本当でしょう。
しかし、実際、そうなっていないのは、愛を守るためにではなく、名利(=形作られた自分)を守るために、愛(=フリーエネルギーE)を利用してきたから、-m(=闇=ブラックホール)となり、喜びを奪い合う方向に生きてきたということになるのでしょう。
形作られた自分が否定される恐れから、その自分を守るために、自分の側を愛(=正義=善)として、相手の側を、自分を否定して恐怖を与えるもの(=不正=悪)として、相手を否定し排除しようとすることは、結局は、形作られた自分mを守るために、愛(=フリーエネルギーE)を、ネガティブな方向(=-m)に利用するから、闇(=ブラックホール)となり、喜びを奪い合い、形に囚われた世界から抜け出すことはできないのです。
今までの人類の歴史上で、「愛を守るために・・・・・」という、一種の、愛をネガティブな方向に使うための許可宣言により、一体どれくらいの人々が、涙と血を流してきたのでしょうか?
「愛を守るために・・・・・」というときに、まず、本当は、自分が何を守ろうとしているのかを、ちゃんと見て、気づかなければならない、ということが、今、最も問われていることだと思います。
形に囚われた-mのブラックホール(=闇)から、抜け出すためには、ブラックホールの重力により、引っ張られないくらいに、形への囚われを捨てて、質量mを軽くし、+mに方向を変え(=フリーエネルギーEをポジティブな方向に使う)、光の速度Cを速くする必要があります。
簡単に言えば、ブラックホール(=闇)から抜け出すためには、自ら光るしか方法はない、ということです。
相手の方を否定し、排除しようとする方向に、フリーエネルギーE(=愛)を使ってしまうと、自分もブラックホール(=闇)になってしまいますから、抜け出すことはできません。
この簡単な理屈さえわかれば、なぜ、肯定も否定もせずに、すべてを無条件に許容しなければならないのか、ということがわかると思います。
愛(=光)を守るためだと言いながら、実際は、名利(=形作られた自分)を守ろうとして、自分の正義をふりかざして、相手の方を否定し、排除できたとしても、自分は光になるのではなく、闇になるのです。
だから、ブラックホール(=闇)から抜け出すためには、相手の側を否定し排除するのではなくて、自分も相手も含めたすべてを無条件に許容することによって、自らが-mから+mに変わり、光となる必要があるのです。
自らの意志で、そこから抜け出すことさえできれば、思考の範囲に限定されていた自分の意識が、思考の範囲を超えて拡大しますから、闇の中にいたときは、愛を守るためには、これしか方法がない、愛を守るためには、相手の喜びを奪うことも仕方のないことだと思っていた、その思い込みから、抜け出し、思いつき(=インスピレーション)と、シンクロニシティにより、相手の喜びを奪うことなく、すべてと喜びを分かち合う方向に、自分の意識の向かう方向(=エネルギーを使う方向)を転換させることができるのです。
そして、その転換点(=目安)が、2012年ということになっていますから、自らの意志でブラックホール(=闇)から抜け出す選択をした人々は、地球と一緒に、-mから+mとなり、フリーエネルギーEを、すべてと喜びを分かち合う方向に使える、パラレルワールドに移行し、
自らの意志でブラックホール(=闇)にとどまる選択をした人々は、-mのままとなり、フリーエネルギーEを、喜びを奪い合う方向にしか使えない、パラレルワールドに移行することになります。
「愛を守るために名利を得てきたんだ。」
と言う人がいますが、
本当は、愛(=フリーエネルギーE)を守るために、名利(=形作られた自分m)を得てきたのではなく、
名利(=形作られた自分m)を守るために、愛(=フリーエネルギーE)をネガティブな方向(=-m)に利用してきたのだと思います。
+mは、喜びを分かち合う方向(=光=ホワイトホール)、
-mは、否定される恐れから自分を守るために、喜びを奪い合う方向(=闇=ブラックホール)
です。
だから、本当は、愛を守るためになら、
-mで喜びを奪い合う方向にではなく、
+mで喜びを分かち合う方向になる
はずなのです。
愛を守るためになら、名利(=形作られた自分)を捨てて、喜びを分かち合う方向(=+m)に、フリーエネルギーEを使うことができる、
というのが本当でしょう。
しかし、実際、そうなっていないのは、愛を守るためにではなく、名利(=形作られた自分)を守るために、愛(=フリーエネルギーE)を利用してきたから、-m(=闇=ブラックホール)となり、喜びを奪い合う方向に生きてきたということになるのでしょう。
形作られた自分が否定される恐れから、その自分を守るために、自分の側を愛(=正義=善)として、相手の側を、自分を否定して恐怖を与えるもの(=不正=悪)として、相手を否定し排除しようとすることは、結局は、形作られた自分mを守るために、愛(=フリーエネルギーE)を、ネガティブな方向(=-m)に利用するから、闇(=ブラックホール)となり、喜びを奪い合い、形に囚われた世界から抜け出すことはできないのです。
今までの人類の歴史上で、「愛を守るために・・・・・」という、一種の、愛をネガティブな方向に使うための許可宣言により、一体どれくらいの人々が、涙と血を流してきたのでしょうか?
「愛を守るために・・・・・」というときに、まず、本当は、自分が何を守ろうとしているのかを、ちゃんと見て、気づかなければならない、ということが、今、最も問われていることだと思います。
形に囚われた-mのブラックホール(=闇)から、抜け出すためには、ブラックホールの重力により、引っ張られないくらいに、形への囚われを捨てて、質量mを軽くし、+mに方向を変え(=フリーエネルギーEをポジティブな方向に使う)、光の速度Cを速くする必要があります。
簡単に言えば、ブラックホール(=闇)から抜け出すためには、自ら光るしか方法はない、ということです。
相手の方を否定し、排除しようとする方向に、フリーエネルギーE(=愛)を使ってしまうと、自分もブラックホール(=闇)になってしまいますから、抜け出すことはできません。
この簡単な理屈さえわかれば、なぜ、肯定も否定もせずに、すべてを無条件に許容しなければならないのか、ということがわかると思います。
愛(=光)を守るためだと言いながら、実際は、名利(=形作られた自分)を守ろうとして、自分の正義をふりかざして、相手の方を否定し、排除できたとしても、自分は光になるのではなく、闇になるのです。
だから、ブラックホール(=闇)から抜け出すためには、相手の側を否定し排除するのではなくて、自分も相手も含めたすべてを無条件に許容することによって、自らが-mから+mに変わり、光となる必要があるのです。
自らの意志で、そこから抜け出すことさえできれば、思考の範囲に限定されていた自分の意識が、思考の範囲を超えて拡大しますから、闇の中にいたときは、愛を守るためには、これしか方法がない、愛を守るためには、相手の喜びを奪うことも仕方のないことだと思っていた、その思い込みから、抜け出し、思いつき(=インスピレーション)と、シンクロニシティにより、相手の喜びを奪うことなく、すべてと喜びを分かち合う方向に、自分の意識の向かう方向(=エネルギーを使う方向)を転換させることができるのです。
そして、その転換点(=目安)が、2012年ということになっていますから、自らの意志でブラックホール(=闇)から抜け出す選択をした人々は、地球と一緒に、-mから+mとなり、フリーエネルギーEを、すべてと喜びを分かち合う方向に使える、パラレルワールドに移行し、
自らの意志でブラックホール(=闇)にとどまる選択をした人々は、-mのままとなり、フリーエネルギーEを、喜びを奪い合う方向にしか使えない、パラレルワールドに移行することになります。

