本当の愛に目覚めるまでの流れを考察する
2000年の12月に本当の愛に目覚めた、ただのフリーターが、日々、本当の愛について考察したことを綴ります。
2000年の12月に本当の愛に目覚めるまでは、本当に愛について考えてもみなかった。
本当の愛に目覚めたときから、すべてを本当の愛の視点から見るようになった。
僕の本当の愛に目覚めるまでの流れは、以下のようになる。
高校卒業後、就職したが、自分が本当にしたいことを探すために、最初の仕事を辞めた後は、職を転々として、自分が本当にしたいことではないことに囚われることによって、心身に異常をきたした。
本当の自分がしたくないことを、自分自身で自分に強制することによって、自分の心身のコントロールができなくなって、不調となり、心の苦しみが身体に痛みとして生じる、自律神経失調という症状に悩まされた。
23歳から29歳までの6年間、もうこれ以上はないというくらいの心身の痛み苦しみに耐え続け、2000年12月に本当の愛に目覚めたときに、その最大の痛みと苦しみから解放された。
本当の自分が望んでいないことを、自分の頭の中に無理やりプログラムして、それを忠実に実行しようと、いくら努力しても、それは、本当は自分が望んでいないことだから、心身に痛み苦しみ不調として現われ、それを自分の意志で取り除くことができないほどに囚われてしまった。
本当の自分の感覚は望んでいないのに、自分の思考が、本当の自分の気持ちを押し殺してでも、頭の中に組み立てられた本当は望まないプログラムを実行しようとする。
苦痛を和らげるために痛み止めを飲んでも、痛みはけして消えなかった。そして苦しみ抜いた末に、外側のこと、物理的なことばかりに目を向けていた自分が、やっと、自分の内側、目には見えない形のない、心に目を向ける日がやって来た。
催眠療法の先生にお願いして、今まで、自分を苦しめていた、自分のネガティブな思考パターンを、自己暗示により解除することができた。
本当の自分が望まない、ネガティブな思考パターンを解除することによって、どんなに強い痛み止めでも消えなかった痛みが70%くらい和らいだ。
その時点で100%ではなかったのは、ネガティブな思考パターンを取り除いても、それが自動的にすべてポジティブな思考パターンに置き換わるわけではなかったからだ。
なぜなら、ネガティブな思考パターンを取り除いた直後は、じゃあ、これから自分はどうしていったらいいのかということがまったく思い浮かばない状態になっていたからだ。
今まで自分がいかに、自分自身で自分にネガティブなプログラムを強制して行動していたのかが、このときほどよくわかったことはなかった。心身の苦痛という形で、それは本当は望んでいないことだよと教えてくれていた、本当の自分の心の声に長い間気付かなかった、その鈍さが、自分が本当に望むことは何なのかを、すぐには、気付けない状態にしていたのだ。
例え、頭で考えて答えを出そうとする自分が、頭で考えて何もすることがなくても、本当の自分の感覚が望まないネガティブなことを、無理やり思考パターンを頭の中に刻み込んで実行させることはしない。
以前のように、自動的に、ネガティブな思考パターンを頭の中にプログラムして実行させようとする自分にそうさせないために、自己暗示により、本当の自分が望むことをすると言い聞かせて、痛み止めを飲む替わりに苦痛を作り出す元となるネガティブな思考パターンに再び囚われないようにしながら、自分自身の心の持ち方により、100%苦痛から解放されることを目指した。
そして、2000年の12月に、両手が近づくという、運動暗示現象を利用して、完全に心身をリラックスさせ、すべてへの執着心を無くし、自分の存在のすべてを、すべてに委ねたときに、自分ではまったく意図していなかったのだが、体外離脱現象がおき、自分の魂が肉体を抜け出し、本当の自分である、自分のすべてである、オーバーセルフと融合した。
この現実の世界に存在する、すべてのものを使っても説明しきれない。この現実の世界で感じることができるあらゆる感情を超えて、優しく、強く、暖かく、広く、澄み切って、本当の幸せ、本当の喜びに満ちた感覚。魂のレベルではすべてはひとつであること。本当は自分と他のものを分けて考えることはできないということ。人間は本当は善良であること。本当は自分に自分の思うような敵はいないこと。本当は時間や空間というものは存在せず、それらを超えた存在であることなどを思い出した。
この体験の後、僕は今まで、本当の愛が何かなんてまったく考えたこともなかったが、これが本当の愛で究極の真実であると、自然にわかった。
そして、今のこの現実の世界に、これを超えるものが存在しないのなら、自分はこれから先、何に喜びを感じて、この現実の世界を生きていけばよいのか?と考えたら、今、この現実の世界に本当の喜びがないのなら、本当の愛、本当の喜びがあるということを、伝えていくことが、自分の生きる意味であり、喜びであると答えが返ってきた。
ネガティブな信念から解放されただけでは、自動的には、本当の喜びは手に入らないようだ。本当の愛の視点を使って、自らの責任で選択し、ポジティブな信念を持つことによって創造し、自ら本当の喜びを手に入れていかなければならない、というのが決まりらしい。
というわけで、本当の愛について考察したことを、これから綴っていきたいと思います。