この何も考えていないのに相手を倒す無敵の奥義を、武道では「無我の境地」と言う
サトリという妖怪がいたらしい。
正確には覚(さとり)と書く。
覚(さとり)は、飛騨や美濃(現在の岐阜県)の山奥に住むと言われている妖怪。人の心を見透かす妖怪として知られる。
このサトリという妖怪は人の考えている事が分かるのが特徴だ。
ある日、木こりが斧で木を切っていると、サトリが現れたらしい。
木こりが「いやな妖怪にでくわしたな」と思うと、たちどころに今「いやな妖怪にでくわしたな」と思っただろうと木こりをからかう。
「なんとかこの斧で仕留められないものか?」と思うと「俺を仕留めたいと思っただろう、ケッ、ケッ、ケッ」と木こりをあざ笑った。
馬鹿らしくなった木こりが、サトリを無視して作業に戻ると、偶然斧が折れて斧の切っ先が、サトリの方へ飛んでいった。
そしてサトリの眉間を割りサトリは死んだ。
木こりにも斧にもサトリを倒そうという意志はない。
この何も考えていないのに相手を倒す無敵の奥義を、武道では「無我の境地」と言う。
サッカー日本代表もこのまま「無我の境地」で勝ち進んで欲しいものだ。
R YU
正確には覚(さとり)と書く。
覚(さとり)は、飛騨や美濃(現在の岐阜県)の山奥に住むと言われている妖怪。人の心を見透かす妖怪として知られる。
このサトリという妖怪は人の考えている事が分かるのが特徴だ。
ある日、木こりが斧で木を切っていると、サトリが現れたらしい。
木こりが「いやな妖怪にでくわしたな」と思うと、たちどころに今「いやな妖怪にでくわしたな」と思っただろうと木こりをからかう。
「なんとかこの斧で仕留められないものか?」と思うと「俺を仕留めたいと思っただろう、ケッ、ケッ、ケッ」と木こりをあざ笑った。
馬鹿らしくなった木こりが、サトリを無視して作業に戻ると、偶然斧が折れて斧の切っ先が、サトリの方へ飛んでいった。
そしてサトリの眉間を割りサトリは死んだ。
木こりにも斧にもサトリを倒そうという意志はない。
この何も考えていないのに相手を倒す無敵の奥義を、武道では「無我の境地」と言う。
サッカー日本代表もこのまま「無我の境地」で勝ち進んで欲しいものだ。
R YU
俺は今度得たものは、悪魔と取引しても手放さないつもりだ
自分の人生を振り返ってみて思うのは、
貴重なものを得ては失うの繰り返しだったような気がする。
これは辛い。
貴重なものの、すぐれた美や機能性、何よりかけがえの無さを知った上で、
失うのだ。
それなら何も知らない方が幸せだ。
人生はコイルのようなものだ。
上から見ると同じ円の中をぐるぐる回っているように見えて、
よこから見るとぐるぐる回りながら段々登っていってるのだ。
つまりコイルの高さは、時間軸だ。
何度も言うが神はサディストだ。
与えては奪う。
出会っては別れる。
一期一会なんて敗北思想だ。
俺は今度得たものは、悪魔と取引しても手放さないつもりだ。
RYU
貴重なものを得ては失うの繰り返しだったような気がする。
これは辛い。
貴重なものの、すぐれた美や機能性、何よりかけがえの無さを知った上で、
失うのだ。
それなら何も知らない方が幸せだ。
人生はコイルのようなものだ。
上から見ると同じ円の中をぐるぐる回っているように見えて、
よこから見るとぐるぐる回りながら段々登っていってるのだ。
つまりコイルの高さは、時間軸だ。
何度も言うが神はサディストだ。
与えては奪う。
出会っては別れる。
一期一会なんて敗北思想だ。
俺は今度得たものは、悪魔と取引しても手放さないつもりだ。
RYU