当人しか分からない痛みは、痛みを共有している場合の何倍も孤独で辛い | RYUの生き方、逝き方

当人しか分からない痛みは、痛みを共有している場合の何倍も孤独で辛い

現実が許容範囲を超えている。

到底受け入れられない事象ばかりだ。

俺はなぜか人生我慢を強いられる事が多いが、

我慢するとことは、大嫌いだ。

人の痛みは他者には計り知れない。

たとえ親子、兄弟、親友でも当人しか痛みは分からない。

当人しか分からない痛みは、痛みを共有している場合の何倍も孤独で辛い。

昨日も書いたが狂人の中で1人覚めているよりは、狂ってしまった方が楽だ。

この場合狂ってない事が不幸なのだ。

大勢の中で狂ってる人が1人いる場合は、今度はその人が不幸だ。

幸せ、不幸は相対的な側面もある。

生きるとはなんとめんどくさいものなのだろう。

もっと楽に生きれないものだろうか?

これでは人生生き残りを賭けたサヴァイバルゲームではないか。

俺には何かが欠けている。

それが何かは分からない。

こんな夜は寝ちまうに限る。

おやすみなさい。

RYU