横須賀どぶ板通り巡り人 -42ページ目

横須賀どぶ板通り巡り人

横須賀在住の主がどぶ板通りの飲み屋をメインにどぶ板の魅力を発信するサイド

〝会社を辞めよう〟


俺は、確実にそう思い始めていた。


真砂という人間が自分の中に侵入してきていることを自覚したからだ。



俺は、「あの家から逃げてきた」



そして、自分を知らない場所で生きていこうと思った。




でも…


時が経つにつれ、


仕事を通して


人に触れ、感情に触れ


そして


真砂一郎という人間に出会い、


訳の分からない感情が自分に入ってきた。



不愉快なような


淋しいような


暖かいような



とにかく、処理にさえ困るような代物なのだ。



見たことも、聞いたことも、感じたとこさえない


この感情を常に身にまとっている生活は


なんというか…



つらい。



今の仕事を辞めて、生活はきっと困窮するだろうが


1人で生きていくには最低限のものがあればいい。


元々、贅沢や欲求にあまり興味がないのだ。



ただ、ずっと願っていたこと。


「あの家をでて、自由になりたい」



1人になって、困ることや苦しいことがあっても


1度、自由に空を仰いでみたい。



俺は今それができるのだ。




隣で寝ているカレのおでこに手をあてる。


あたたかい。


起きていれば、わたしの手を


ひんやりと感じるくらいに。



わたしも目を閉じる。



カレにあてている手が


わずかだが、さらに


あたたかく感じる。



〝人ってあたたかい〟



それとも


〝カレだからあたたかい?〟



カレなら、こう言うかもしれない


〝冬だからじゃない?〟




そうだね。



でも、冬でいつも冷たい手足をあたためてくれる。


カレの温度。


冷たく頑な心をあたためてくれたのも


カレの温度。



カレの平熱より少し高い温度と笑顔の温度に


救われている。



眠りの深いカレは、寝息をたてている。



もう、少し起きないで。



もう少し、あなたの温度を感じたいから。







真砂は行き付けのBarにきていた。


年明けに辞令があり、


栗栖は関東中部に転勤。


大手チェーンではよくあることだ。


栗栖はあんな、なりをしているが意外に寂しがり屋な奴だから


社内電話にかこつけて、よく電話はかけてくる。


栗栖がいた頃は、よく店の閉店後にきたもんだ。


今日は一人ジャックダニエルを傾け、のんびり飲んでいる。


そんな中でも、頭を回ることは前島のこと。


正直、あいつにキスしたことはきっかけに過ぎなかった。


理由は少しの衝動と好奇心。


そんな謎の化学反応が俺の中で渦巻いている。



だから休憩室で俺は仕掛けた。


前島の気持ちを探るかのように。


いい大人が何やってるんだか…



なのに、心中の前島自身が


「気にしますよ!!!」


と、大声で宣言するもんだから。


こっちは別件の用で話をずらすことが精一杯で。



〝前島、お前は若いなー〟




なんだか酔えない自分がいる。


まずあいつは男で俺も男で…


ふざけても、あんな試すようなキスをする年齢じゃない。


多分俺はあいつに、かまいたいが為に


逃げ切れないような行為に


あえて及んだ。


あいつからしたら事故みたいなもんでというか。


いや、確実に悩んでるな。先日のアレの様子を見る限り。


完全に都合がいいが。


上司からの酷いパワハラか、なんかと勘違いして責めてくれたほうが、ありがたい。




しかし、実際あいつとの距離に俺自身悩んでいる。


らしくない。と栗栖なら嫌味ったらしく言うだろう。

しかしそんな一押しが今は欲しいと思っている。


かなり俺弱ってるな…

いつもの休憩室。


そして、いつもの昼食のコンビニのパン。


そして、最近の葛藤…



【真砂一郎への関心】


グッ…


このことを考えると、飯が喉につまる。



トン。


目の前にパックタイプの野菜ジュースが置かれた。


その置いた主は


まさに、真砂さん。


「最近、お前顔色悪すぎ」


そういって、俺のテーブルの向こう側に腰掛ける。



〝ヤバイ…〟


頭の中をグルグルしていて


真砂さんが休憩室に入ってきたことすら感知できなかった。


ただでさえ、この時間帯は休憩室を使用する人が少ないのにだ…


って、いうか


少ないどころか、今は真砂さんと2人しか使用していない。



〝フー〟


まずは、深呼吸。


「ありがとうございます」


野菜ジュースをくれたことにお礼を言う。



「ああ…」


同じ野菜ジュースを明後日の方向で飲みながら


真砂さんは生返事をした。



よし!!


お礼完了。


これで、この後の重い空気が続いたとしても


礼儀知らずな後輩になるのはごめんだ。



しかし、俺の予想を大きく反して


真砂が俺に話しかけてきた。



「この、間のことなら気に…」



「気にしますよ!!!」


俺は、下を向きながら多分言うであろう言葉を否定していた。


俺の感情がどんな正体不明なものだとしてでも


これ以上の時間をかけても


否定し続けるのは、限界だ。



認めよう。


俺は気にしている。

意識している。


少なくとも、昼食が喉を詰まる程度には…



「そうだ、もっと気を使えよ。

倉庫伝票の入力ミス多すぎだぞ」


え?今なんておっしゃりました?


真砂はさらに続ける。


「伝票入力とかは、狩野たちには任せ…」




ああああ…


俺、会話かみ合ってない。

というより、激しく勘違いしてるし。




俺が落ち込みながら、ハイハイと適当に返事していると


いつの間にかイスから立ち上がり休憩室を出る際に真砂は



「以前のキスに関しても気にほしいもんだがな」



とさらりといい


去っていった。



おい…


真砂さん、あんた今なんていいました?















つくずく自分は対人ニートだと思う。

家電量販店に就職してから思いのほか多くの人とかかわりかつ、

多分人生であるでなかろう、であろう同姓とのキス…

いや、あれはキスにカウントされるかな?
犬に噛まれた的な感じや罰ゲームともとれる

第一にして、あの不明なことをした本人、真砂さんが沈黙をしているから答えがでないが当然なのだか…


今のところの見解としては

「真砂 一郎」とは自分にとって理解に苦しむ存在であることに間違いはない。

ただ、矛盾も感じる。

理解に苦しむとは、

どこかで理解をしてその苦しみから解放されたいと思っていることだ。

つまり、自分は「真砂 一郎」に関心をもっている。

それを自覚してしまった。


これまで、人に対して

どっちでもない、どうでもいい、憎悪。

そんな3択で人と距離を計ってきた。


それが、初めての感情。
関心。

この感情の抹殺を今は思案中だ。


俺には必要がない。