太陽を目を閉じて見るとポカポカあたたかさを感じる。


まぶたにうつる光が美しくて、それから鏡で自分の姿を見ると、肉をまとった姿が醜く感じる。


そう、人間は肉の塊。その奥にはきっと太陽のような光の玉がある。


魂は光なんだ。


心を輝かせて、つらい世の中を生きましょう。


整形したり、ダイエットしたり。


外見をきれいにする。


外見には価値があるように見える。


でも、それは飾りなんだ。


どんな美人でもモデルでも、太陽の美しさには敵わない。


純粋な光の美しさ。


肉の塊の奥にもそれがある。


魂が光輝くとき、太陽のような美しさがある。


内面の美しさは、心をあたたかくする。



学ぶことなんてやめたらいいんだ。悩むだけだから。

「はい」と「ああ」と答えるのは、そんなに違うかな?

美しいとか醜いとか、それもどちらでもいいことだ。

みんながこらえてることは、こらえなければならないが、このぼんやりした空白は、こらえきれないほど、果てしなく広い。

みんな楽しそうにウキウキして、リア充。

春の日に展望台から見晴らしてるみたいだ。

私だけボッチで、無口で、じっとしているばかりで、笑うことのできない赤ん坊みたいだ。

下を向いてうずくまっているだけみたいだ。

私だけひとり、何も持っていないみたいだ。

バカすぎて、ぼんやりしていて、はっきり話せない。

みんなキラキラ光ってるが、私だけぼんやり暗い。

みんな賢くてキレがあるけど、私だけひとりモヤモヤしている。

海のような波にゆられながら、ヒュウヒュウと止まない風のようにそよいでいる。

みんな役に立つ人ばかりなのに、私だけポンコツで役立たない。

私だけひとり、他人と違う。

そして、母なる根本の「道」に養われてる。

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老子の一節を自己流に訳して見ました。

みんなと違う私。

愚かで、ぼんやりしていて、ふらふらしているけれど、「道」に養われている。

その一点で、救われる。

そういうものがあれば、ポンコツでも大丈夫。

自分のためなら、自分の分しか行けない。人のためなら、人の分まで歩いて行ける。人は、ひとりで生きられるほど強くないから、誰かと力を合わせて一緒に生きていく。







神様が本当にいるのなら、蜘蛛の糸を伸ばしてくれているだろう。

カンダタはそれを不意にしたが、カンダタにならなければ救いはあるはず。

カンダタは、なぜ、失敗したか? 

自分のことしか考えなかったこと。



生きるとは死んでゆくこと目覚めては眠りにつく夢をまとう今


生まれた日から、死へ向かう。

成長し、成熟し、老いてゆく。

目覚めては、眠りにつく日を3万回繰り返して死ぬ一生は

138億年の宇宙に比べたら、雨の水滴が生まれて消えるような一瞬。

今、夢をまとっている。




何度も何度も直観することは、間違いない。一度や二度なら間違いもあるかもしれないが、何度もあるなら、その奥にある真実に気づいてるんだ、無意識が。





不安でいっぱいなとき、どうしたらいいか、答えました↓


不安な考えが頭をめぐるとき、マインドフルネスという方法で、不安を鎮めることができます。

マインドフルネスは、呼吸などの感覚に意識を集中します。

息を吸うときの鼻に空気が入る感覚。お腹や肺が膨らむ感覚。


息を吐くときの鼻から空気が出ていく感覚。お腹や肺がへこむ感覚。


それぞれに意識を向けます。


不安な考えを止めるには、それ以外の感覚で頭をいっぱいにすることです。


意識を向けるのが難しいときは、息を吸っている、息を吐いていると呼吸と共に思うことや呼吸の数を1、2、3、4、5と数えることも効果があります。


意識が呼吸と共にあるとき、頭が呼吸の感覚だけになり、不安が入り込む余地が無くなります。

うまくできなくても焦らないでください。

挫折する人は多く、難しい方法です。

でも、これができるようになれば、おそらく、人生が変わります。


1日5分、のんびり、マイペースで続けてみてください。


はやく効果が出なくてもあきらめないでください。


呼吸と共になり、呼吸を楽しみ、身体という自然を楽しめるようになってください。

あるのが当たり前になると、失うリスクを忘れてしまう。いつ無くなるかわからないリスクを想う。それが大切に想うこと。





エリック·バーカー「残酷すぎる成功法則」にこんな話がある。

登山中、滑落してしまい、運良く命はとりとめたが、怪我をしてしまった。キャンプ地までは距離がある。そこまで歩いていかないと死ぬ。

登山家は、キャンプ地までの道中をゲームにしようと考えた。

よし、あの地点まで○時間で行こう。クリアできるかな?

そうやって、困難を「ゲーム化」することで、無事にキャンプ地までたどり着いた。

面倒な仕事、退屈な仕事。

ただ、やるには刺激が足りない。

イヤイヤやっているとストレスがたまり、疲労も増える。

心理的に葛藤があるとき疲れる。やりたいことをやっているとき、自然に流れて、あまり疲れを感じないものだ。

仕事や家事や育児がめんどうなとき、ゲームにしてみよう。

○分でやってみる。

歌いながら、楽しくやってみる。

課題を見つけ、クリアできるか挑戦してみる。

ただ、やるときとは何かが変わる。

人間には心がある。

心を敵にすると厄介だけど、味方にしたとき、成功が近づく。




藤田和日郎先生の「うしおととら」にこんなセリフがある。

「満足する死とは?」

それに対する真由子という女の子の答えは…

「泥なんてなんだい!よ」

泥をかぶるのはイヤなことだ。でも、それが誰かのためなら、泥なんてなんだい。

自分が汚くなっても、それで助かる人がいるなら、泥をかぶろう。

自分の命を失うことになっても、それで助かる人がいるなら、命を捨てよう。

それが…満足する死ではないか?

メメントモリは、死を思え。

死に面するとき、自分のこれまでの人生を振り返る。

満足できる人はいるのだろうか。

ほとんどの人は、後悔や未練や不満足な思いを駆り立てられるだろう。

満足する死は、それほど難しいものだ。

人のために生きることは美しい。

それは、そうすることが、難しいとわかっているから、そうするべきだとわかっていても、できない。

仕事で、お客さんのため、精一杯がんばる。

家族のため、身を尽くして働く。

自分のやりたいことをやりながら、それが誰かを喜ばすことにもなっている。

生きるのは、死ぬためだ。

どんな思いで死を迎えるか、そのときのために生きている。

メメントモリ。

死を思いながら、生きることを考える。