※ネタバレあり。

 

【「バタフライエフェクト」と「マイクロアグレッション」】

久しぶりに「X-MEN:フューチャー&パスト」を見た。

X-MENに「タイムトラベル」要素。一見突飛な発想だが必然性がある。

「バタフライエフェクト」。小さな影響が波及し、時間を経て強大な力で歴史の流れを変革する現象。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)『バタフライ・エフェクト』(2004)等タイムトラベルものお馴染みの要素を本作も題材とするが、その中心に、本作は『X-MENシリーズ』ならではの要素を導入する。

「マイクロアグレッション」。始まりは、無自覚で小さな差別的振る舞い。それが時間を経て深刻化していく。歴史の過ちを本作は「タイムトラベル要素」を活用し寓話的に描く。

修正前の歴史におけるミスティーク=レイブンの報復の一発の銃弾が、反ミュータントの世論を煽る象徴的な事件となり、その後何十年に渡る「ミュータント殲滅兵器センチネル」開発の原動力となる。

センチネル開発者であるボリバー・トラスク一人に向けられた銃弾が長きを経て、大勢のミュータントへ向けられる脅威として帰ってくる。報復の連鎖の脅威が描かれる。

第一次世界大戦のきっかけとなったのは『サライェヴォ事件』(1914)。オーストリア皇位継承者夫妻が犠牲となった事件だ。強大な戦乱のきっかけは一発の弾丸から始まる。

現実の歴史を題材としてきたX-MENシリーズだからこそ、報復にまつわるレイブンの葛藤は重みあるものとして描かれる。

ただ一発の銃弾が、後々強大な犠牲を生むかもしれない。一方で、復讐心を克服する素朴な決断が、歴史を良い方向へ向けるかもしれない。

だからこそ、プロフェッサーX=チャールズの掲げる「理想」の重要性が際立つ。本作において未来パートと過去パートで唯一対面したのは未来と過去のチャールズであり、そこで伝えられたのは「理想」。長きに渡る歴史を横断し支えとなるのは「理想」なのだ。

ボリバー・トラスクはミュータントという「仮想敵」を名指しすることで、冷戦期混迷の社会秩序の安定化を試みた。一方のチャールズは相互理解という理想で、誰も犠牲にしない平和を模索するのだ。

本作の過去パートは1973年。泥沼化した「ベトナム戦争」。その終結のための「パリ和平協定」を背景に描かれる。報復の連鎖による戦いを如何に終わらせるか。現実の歴史の流れをなぞりつつ本作はミュータント達の独自の決断を描く。

【センチネルの象徴する「工業化」】

「X-MENシリーズ」は「ギフテッド」の理念に基づく。「ギフテッド」とは社会的なマイノリティは困難を抱える特性を持つが、その特性を才能として活用できるという理念だ。

そんなマイノリティの受け皿となったのが「職人としての立場」だ。社会に馴染めずとも「才能」を活かし「技術」を研鑽し「職人」となることで未来を拓ける。

しかし、そのような「受け皿」を奪ったのは「工業化」だ。技術の核心により「職人」の技術は機械的に再現されるようになり、マイノリティは自らを活かせる「職人」としての立場を奪われる。

「ギフテッド」の理念でマイノリティを支えたのはアメリカだが、「工業化」の推進でマイノリティの居場所を奪ったのもアメリカだ。

そしてその「工業化」を象徴するのが「センチネル」だ。

一人一人かけがえない才能を象徴する「ミュータントの能力」。それを工場で大量生産されたセンチネルが模倣し、数の優位で蹂躙していく。マイノリティの苦しみがアクションシーンの中で象徴的に描かれる。

マイノリティの苦しみをリアリティを持って描くのは本シリーズの特徴だったが、本作のセンチネルの描写はその頂点と言えるだろう。

【歴史の「縦軸」】

クライマックス、マグニートー=エリックがカメラを前に演説し、徹底抗戦を呼びかける。しかしその結果としてのセンチネルの猛威とミュータントの犠牲という50年後の光景がカットバックで描かれ、未来の争いに疲れ切ったエリックの表情が映し出される。闘争のむなしさが胸を打つ。

エリックという一人を中心に50年に渡る差別と報復の顛末がこのワンシーンに凝縮される。「タイムトラベル」を活用し「テーマを描く」本作の作風がここに結実する。

アベンジャーズに代表されるMCUは様々な社会的背景、異なる職業に就くもの達の横の繋がりの強さを描く物語だった。一方『X-MENシリーズ』は縦軸の物語。歴史に根差す差別を描きつつ、それにどのように向き合うか。ミュータント達の選択と成長が描かれるのだ。

長きに渡るシリーズにおいて本作『フューチャー&パスト』はそのような『X-MENシリーズ』と特性を最も色濃く反映した作品と言えるだろう。