※ネタバレあり。

 

本作のテーマは「ワーカホリック」

 

「ノーウェイホーム」にて自らの行動の結果メイおばさんを失う事となったピーターは、MJやネッドを自分の戦いに巻き込み、傷つけないように遠ざけた。

 

孤独となり、全てを失ったかに思えたピーターだったが、メイおばさんに託された「救命活動」という理想だけは、その心に残った。

 

自らの心の空白を埋めるかのように、失った目的に代わる道しるべのように、ピーターはスパイダーマンとして救命のために出撃する。

 

そして数年後、ピーターはスパイダーマンとして、NYに不可欠なヒーローとして受け入れられた。

 

しかし終わりなき戦いへの疲弊、偶然の再会から目の当たりにした、自分の不在にも関わらず幸福な人生を歩むMJとネッドの姿から、ピーターは自身の変化を自覚する。スパイダーマンとしての力が強まり、自らの意識が弱まっていく。

 

そう、これは人生を仕事に捧げ、自らのプライベートを見失うオトナの悲哀を描く物語だ。

 

学生としてのピーターを掘り下げた、ホーム三部作とは明確に作風を転換した。

 

だからこそ、本作の舞台が徹頭徹尾NYであることも示唆的だ。NYとはすなわちピーターにとっての職場であり、ピーターは職場から離れられないほどに仕事に埋没しているのだ。彩度を落とした撮影や作中通して曇りの天候も、ピーターの仕事に憂鬱な心情の反映とも読み取れる。

 

『サンダーボルツ』が「仕事に身が入らない」心情なら『ブランドニューデイ』は「仕事以外を失う」心情だ

 

ピーターはラストに自分が救った市民達の喜ぶ光景を見て自らの行動が報われたと感じる。「守るべき」市民のことを忘れなかったことがピーターの矜持だ

 

一方、ピーターと同様に救命の使命を持ちながらも守るべき者の存在を尊重出来なかったのがダメージコントロールだ。システム化された救命の腐敗。ダメージコントロールとピーターは対比の関係性で描かれる。守るべきものと向き合えなかったものと、向き合ったもの。

 

クライマックス。病院の外で市民がスパイダーマンをどれ程信頼しているかをピーターが目の当たりにしたシーン。仕事にのめり込み力を暴走させかけたピーターが、守るべきものを目にして心の安定を取り戻した。本作はスパイダーマンとピーターの、仕事とプライベートの適切な距離感を見つける物語なのだ。