ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー(2023)
個人的評価:S
※ネタバレなし
【最強、動く。】

温かい季節が、やってきました。夏が近いとか、そういった話ではないです。「ゲームの映画化」の市場が、温まってきたという話です。ここ数年に限っても、「名探偵ピカチュウ」「ソニック・ザ・ムービー」といったゲームの超ビッグネームが相次いで映画化され、どちらも世界的大ヒット、今後の映画業界は「ゲーム原作映画」が席巻するのでは?そんな未来図を予感させる勢いを感じる中、遂に「最強」のゲームタイトルが大予算の元、超大作として映画化。そのタイトルは「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」。誰もが知る、ゲーム界の英雄マリオ、最強の存在が銀幕のステージに飛び込みます。
【ケバい!新世代のビジュアル】

やってくれた!この映画を見て最初に抱いたのはそんな感慨です。ゲーム映画のヒット作として、先ほど「名探偵ピカチュウ」「ソニック・ザ・ムービー」を挙げました。どちらも、原作への深い理解と愛情をもって、人気キャラを映画の世界に落とし込む偉業を達成しましたが、物足りない点もありました。それは、ゲームのキャラクターが再現された一方で、世界観の再現には至らなかった点です「ピカチュウ」も「ソニック」も、私たちの生きる現実世界での活躍が描写されます。ゲームにおける舞台「マサラタウン」「グリーンヒルゾーン」といった世界観は再現されませんでした。アメリカやヨーロッパではフィクションにおいて「リアリティ」が重視されますから、虚構で成り立つピカチュウやソニックを前にしたとき、どのように現実と接点を作るかが論点となり、どうしても、ゲーム特有の世界観の再現は二の次となってしまうのでしょう。
翻って、本作「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」はマリオのゲームの象徴的舞台の「キノコ王国」を、ゲームそのままの形で銀幕のスクリーンに叩きつけます。そこにリアリティは皆無です!地面から生えた極彩色のキノコが椅子やテーブルとなり、果ては家となる。空にはレンガの四角ブロックが物理法則を無視して浮遊しており、その存在理由も不明。移動手段は町中に張り巡らされた「ワープ土管」。あげく、そこに住まう住民たちまでキノコ。リアリティという重力から解き放たれたキノコ王国のビジュアルは、どこまでも荒唐無稽で、自由で、面白い!(そしてケバい!)
街並み、ただそれだけで、ここまでの面白さを達成する映画は稀でしょう。
映画におけるCGは80年代から進化の歴史を辿ってきました。2009年には「アバター」が公開され、映画におけるCGのビジュアルはもはや現実と並ぶものとして広く認識されます。ただ「アバター」のビジュアルは「凄く」はあっても、「面白い」ビジュアルかと問われると疑問符です。「アバター」の舞台、「パンドラ」は世界遺産など地球上に実在する風景をベースに構成されています。つまり、TVや本など、どこかで見たことある光景になってしまっています。確かに絶景ではありますが、ビジュアルそのものに面白さを感じるものではありませんでした。技術革新が限界まで行き着き、最先端の映像技術で次に何を表現すればよいのか、目的を見失った状態と言えます。
そこに来て本作。ゲームを原点とするサイケデリックなデザインを最新技術で再現し、強大なビジュアルインパクトを実現しました。
本作において、任天堂スタッフと共同で制作にあたったのはフランスのアニメーション会社「イルミネーションスタジオ」。「ミニオンズ」「シング」「ペット」など世界的ヒットアニメーション作品を手掛けるスタジオです。
世界レベルの映像技術に、日本的な、リアリティを度外視した、ただ見栄えのみを追求した荒唐無稽にして自由闊達なデザインセンスが融合し、映画におけるビジュアルのステージが一段階引き上げられたといっても過言ではないでしょう。
【キャラクター大渋滞!(良い意味で)】

この映画を見て思ったのは、日本人って何に対しても「顔を付ける」なあ、ということ。空に浮かぶブロックや、雲や丘といった、通り過ぎるだけの風景にまで顔を付け、表情を付ける。そこに一定のキャラクター性を付与します。アメリカやヨーロッパの方法論とは正反対と言えます。英語圏の作劇は無駄をなくし洗練することで成立します。テーマを明確にし、役割を明確にし、無駄な要素をなくし、洗練していく。
一方の、日本的作劇は、とにかく要素を詰め込む。あらゆるものにキャラクター性を付与し、際限なく世界観の風呂敷を広げていく。
その分、日本のストーリーは、失敗した時は、マジで訳の分からないことになるリスクがありますが、うまく軌道に乗ったときは凄まじい爆発力を発揮する。本作も、要素が過多で、ともすればバランスを欠き、失敗するリスクはあったものの、蓋を開けてみれば、斬新で豪華絢爛なビジュアルと普遍的な物語を両立する、密度が高くも非常にまとまりのある映画となっていました。
(あと小ネタが多いです。マリオにまつわるものも豊富ですが、任天堂関係のものが所狭しと詰め込まれます。スターフォックス、バルーンファイト、ピクミン・・・等々。)
【諦めるな!】

テーマ性も明確で力強いものでした。
「僕は、諦めが悪いんだ!」
クライマックスのマリオのセリフが全てです。
ゲームとは「試行錯誤を学ぶ修行場」だと私は思います。
現実では一度の失敗で取り返しのつかないことが多くあり、特に近年の高リスク社会においてはそれが顕著です。しかし、人には誰しも一つのことを目的とし、失敗を繰り返し、手段を変えながら成功へ近づくという体験が、成長に不可欠です。現代においてそのような成長の場となってくれるのは「失敗の取り返しがつく」仮想世界のゲームです。本作のマリオはルイージを救うため、何度失敗してもそのたびに学び、立ち上がり(コンティニュー)続けます。彼の生きざまは、そんなゲームの哲学の体現です。
ゲームの持つ哲学を映画のメディアへ翻訳し、説得力のあるものとして描写する。ゲームの映画化における使命を、この映画は正面から堂々と達成しました。




