「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(2016)
※ネタバレあり
キャプテン・アメリカとアイアンマンの衝突を軸に、アベンジャーズ崩壊を描く本作。
キャプテン・アメリカ派でありアイアンマン派でもある筆者の立場から、どっちが正しいか徹底考察します。
【アイアンマンは、なぜ協定に賛成?】

本作はアベンジャーズとテロ組織ヒドラの交戦から始まります。研究所から、生物兵器を強奪するヒドラ。
アベンジャーズは彼らを打ち倒し、生物兵器を奪還、生物兵器による破壊行為は未然に防がれます。
しかし、キャプテン・アメリカの一瞬の油断の隙をついた、クロスボーンズの捨て身の攻撃は、結果として民間人に犠牲を生みます。
事態を受け、国際組織はアベンジャーズに
「ソコヴィア協定」へのサインを促し
今後のヒーロー活動に国際組織の監査を入れるように迫ってきます。
監査を受け入れれば、今後
国際組織の許可なしの出撃が不可能となります。
しかし、アイアンマンはこの協定に賛成します。
民間人に被害を出したことの責任を形として示すため、協定に参加すべきというのが彼の主張です。
アイアンマンの主張は正当なものです
失敗を犯して犠牲が出たのですから
被害者、及びその遺族の「心」に寄り添う姿勢を見せなければいけない。
かつて、ウルトロンを作成して多くの民間人を犠牲としてしまった「罪悪感」からも、彼は協定を支持します。
一方で、キャプテン・アメリカは協定に反対します。そして彼の選択もまた、正しいのです。
理由を述べます。
【キャプテン・アメリカは、なぜ協定に反対?】

失敗を犯した組織が、その責任として
第三者機関の監査を受け入れるというのは
我々の日常世界でもよく目にする光景です。
例えば、ある企業が会計において不正行為を犯したとします。その責任として、今後第三者機関による監査を受け入れるというのは、正当な責任の取り方であると言えるでしょう。
しかし、アベンジャーズを取り巻く現状は
このような事例と同一とは言えません。
アベンジャーズは市民の命を守るため
対テロ活動を行う自警団です。
つまり、極めて緊急性の高い事例を扱う組織ということです。
監査を受け入れることで、テロ行為への対応が
10分、30分と遅れてしまえばどうなるでしょうか。
救えたはずの大勢が救えなくなってしまう。
そのような事態は想像に難くありません。
本作冒頭のアベンジャーズとヒドラの戦いの際にもし監査があったらどうでしょう。一瞬の対応の遅れが生物兵器による破壊行為という最悪の事態を招いていたかもしれません。
例えば、医療現場ならどうでしょう
組織的に命を扱う以上ある程度監査は必要ですが
緊急で医療措置を行い必要な際に
複雑な監査を受けることで対応が遅れてしまえば
取り返しのつかない事態となります。
犠牲者や遺族の心に寄り添うのは大事なことです
監査が責任の取り方となる場面もきっとあります。
しかし、極めて緊急性の高い事態においては
監査を受け入れることが、今後の被害を拡大させる可能性となる局面もありえます。
「我々の使命は、大勢を救うこと。しかし全員は救えない。」
「その覚悟がなければ、次に誰も救えなくなる」
キャプテン・アメリカはワンダにそう語り
彼の「使命感」が浮き彫りとなります
犠牲を生んだ責任感を彼も痛感しています。
しかし、彼の責任の取り方はアイアンマンとは異なるものです。
救えなかった者達に報いるために
次により大勢の「命」を救うこと。
そのために、常に前線に立ち
自らの命を懸け続けること。
それがキャプテン・アメリカの選択です。
【第二作「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」(2014)の余波】

アイアンマンの考えも決して間違いではありません。協定案への参加も彼の罪悪感そして善意から来るものです。
しかし、キャプテン・アメリカは、そのような善意が悪用される様を目撃しています。
「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」(2014)において、シールド職員およびニック・フューリーは犯罪を未然に防ぐという善意から、ヘリキャリアを用いたリアルタイムの犯罪監視システム「インサイト計画」を立案します。
しかし、その善意は、シールドを内部から侵食していたヒドラに悪用され「インサイト計画」は破壊のための計画へと塗り替えられます。
キャプテン・アメリカ、ブラックウィドウ、ファルコン達の奮闘で計画は未然に防がれますが、あと一歩で市民に甚大な被害が生まれるところでした。
最前線で戦ったキャプテン・アメリカだからこそ
組織を信じすぎることの危険性を痛感しています。
そのような経験の今回の協定案への反対という彼の選択へ繋がります。
【「心」を救うアイアンマン。「命」を救うキャプテン・アメリカ】
さて、複雑になりましたので
ここで一度整理します。
自らの発明(ウルトロン)で多大な犠牲を出したアイアンマンは「罪悪感」ベースです。協定、監査を受け入れることで犠牲者及び遺族感情に寄り添おうとします。
組織の腐敗に抗い、前線に立ち救命活動に邁進してきたキャプテン・アメリカは「使命感」ベースです。救えなかった痛みを抱えながら、次により大勢を救うことで責務を果たそうとします。
つまり、アイアンマンは既に生まれてしまった犠牲者の「心」に寄り添う過去志向
キャプテン・アメリカは今後生まれるであろう犠牲者を一人でも減らし「命」を救う未来志向と言えます。
人を守りたいという思いは2人とも同じです
しかし責任にどう向き合うか、その考え方が異なるのです。
【結局、どっちも正しい】
そもそもキャプテン・アメリカとアイアンマンは
本来対立など、するはずがないのです。
人を守りたいという思いは共通しています。
キャプテン・アメリカも可能なら被害者に寄り添いたい
アイアンマンも予測される被害を未然に防ぎたい。
しかし、状況がそれを許さないこともあります。
シールドなき世界の治安悪化
過激化するヒドラの破壊活動
宇宙からの脅威の襲来
国際組織からの提言
そして、本作の黒幕、バロン・ジモの暗躍・・・
内外を問わない様々な圧力にさらされ
話し合う時間、判断する時間も満足に取れないままに大勢の命を左右する決断を迫られる局面・・・
そんなときに
「被害者に寄り添うこと」
「今後予測される被害を未然に防ぐこと」
一つしか選べないとして、どちらを選ぶか。
その違いこそ
本作のヒーロー対立の本質です。
結局、立場の違いがあるのみ。
どっちが正しいか、というより
どちらも正しいのです。
【キャプテン・アメリカは、私情を優先している訳ではない】

本作の中盤において、国際組織管理下の施設にバッキーが収監されます。
バッキーが破壊活動の冤罪を着せられたためです。
その機会をうかがい遂に本作の黒幕、バロン・ジモが現れます。
彼は精神科医に成り代わりバッキーに接触
ヒドラの洗脳コードを用い「5人の超人兵士」が封印された場所の座標を聞き出し
バッキーを暴走させ、超人兵士の封印されたヒドラの施設へ向かいます。
キャプテン・アメリカとファルコンは暴走するバッキーを抑え込み、混乱の場から引き離します。
そして洗脳の解けたバッキーとの対話により
『バロン・ジモが超人兵士5人を覚醒させて
大規模なテロ活動を行おうとしている』という推測を立てます。
アベンジャーズが分裂し
国際組織や各国政府の助力も望めない中
キャプテン・アメリカは自らの人脈を駆使し
戦闘可能な人材をかき集め
キャプテン・アメリカ、ファルコン、バッキー
ホークアイ、ワンダ、アントマンから成る即席チームを結成し
超人兵士5人の生む被害を未然に防ぐため
バロン・ジモの後を追います。
人々を救うため、脅威と向き合う。
キャプテン・アメリカの
ヒーローの本質に何も変わりはありません。
しかし、この一連の流れで黒幕のバロン・ジモを直接目撃しているのは、キャプテン・アメリカとファルコンのみです。
黒幕を目撃していないアイアンマン
及び国際組織を指揮するロス長官は
キャプテン・アメリカこそが
バッキーを逃がした張本人であり
バロン・ジモという存在しない
黒幕の存在を主張して
罪を逃れようとしていると考えます。
キャプテン・アメリカに不利な状況証拠がそろいすぎてしまう一方、バロン・ジモの狡猾な立ち振る舞いは一切の痕跡を残しません。
この状況下ではアイアンマンがキャプテン・アメリカを疑うのは無理もありません。
『キャプテン・アメリカが施設からバッキーを脱獄させた。私情を優先してバッキーをかばい暴走している。罪を逃れるため、存在しない黒幕をでっちあげている。』
そのように誤解した
アイアンマン一派はキャプテン・アメリカ一派に
空港にて立ちはだかります。
しかし、黒幕の姿を確かに目撃している
キャプテン・アメリカは引くことはできません。
ここで少しでも時間を取られてしまえば
後に生まれる犠牲が、甚大なものとなってしまう。
「どうするキャップ」
「戦う」
キャプテン・アメリカは歩みを止めません。
そして、空港を舞台にヒーロー対ヒーローの「シビル・ウォー」が始まります。
序盤の対立理由が「信念の対立」なら
中盤の空港での対立理由は、バロン・ジモの仕掛けた
「手にした情報量による対立」と言えるでしょう。
集められた情報の量が異なれば
判断に違いが生じるのは必然
その隙を、バロン・ジモは鮮やかについたのです。
1.
この一連の流れでは、キャプテン・アメリカは私情を優先している訳ではありません、ただバッキーのみ守りたいなら、彼を保護した時点でともに逃亡すればよいのです。しかし、バロン・ジモの暗躍を知るからこそ、被害を未然に防ぐため、自分の、更にはバッキーの命までもかけて超人兵士5人と戦う決断をします。
2.
キャプテン・アメリカがバッキーを庇うのは、友人であるからというわけではなく、彼が冤罪の被害者だからです。キャプテン・アメリカは誰であれ、大勢の大義のために少数が犠牲となることを容認しません。
「インフィニティー・ウォー」においては、ヴィジョンが自ら一人を犠牲にすることで大勢を救えと提案しましたが、キャプテン・アメリカはそれを認めず、世界とヴィジョンの両方を救う方法を最後まで模索しました。
3.
本作の序盤で、突撃チームの襲撃を受けるバッキーをキャプテン・アメリカが庇う場面がありますが、この時点で爆破テロの冤罪を着せられていたバッキーに対して「殲滅指令」が下っていたことがシャロンより明言されています。
ソコヴィア協定に反する形であっても、突撃チームとバッキー双方に犠牲を出さないためにキャプテン・アメリカ自身が介入するしかないという判断です。
4.
最終的にバロン・ジモの超人兵士5人はブラフだったと判明します。しかし、バロン・ジモはバッキーの所在を突き止めるためだけに爆破事件を起こす危険人物です。どの道、迅速に逮捕する必要はありました。
【アイアンマンのために、アイアンマンを止める】

「外側から破壊された帝国は再び立ち上がる」
「しかし、内側から崩れた帝国は二度と戻らない」
クライマックスで明かされるバロン・ジモの真意
彼の目的は超人兵士5人の覚醒ではなく
同じ施設に封印されていた一つの「記録映像」
洗脳されていたバッキーがアイアンマンの両親の
命を奪うさまの記録映像でした。
そして、キャプテン・アメリカはその事実を
元より知っていてアイアンマンに黙っていた。
真相を知ったアイアンマンは激高し
バッキーの命を奪おうとします。
この場面のアイアンマンの真意は解釈の分かれるところですが、アイアンマンは拘束したバッキーの顔めがけてミサイルを撃ち込み、軌道の逸れたミサイルは超人兵士一人の遺体を破壊しています。この描写から、一瞬だったとしても、バッキーの命を奪う意図があったと考えられます。
そして、その光景を目の当たりにしたキャプテン・アメリカは命を懸けて2人の間に割って入ります。
両親とバッキーの件を黙っていた点は、衝突を避けるためとはいえ、キャプテン・アメリカに全面的に非があります。
しかし、その後の行動はアイアンマンに配慮したものでした。
もし、キャプテン・アメリカが止めず
アイアンマンがバッキーの命を奪っていたら
アイアンマンもまた後悔にさいなまれるでしょう。
そもそもアイアンマンは自らが作成した兵器が
大勢の犠牲を生む現実に直面し贖罪として生まれたヒーローです。
アイアンマンが最も恐れることは
自らの発明で犠牲が出ること。
バッキーはヒドラに洗脳され兵器とされていた被害者です。
強い正義感を持つアイアンマンが自ら作ったスーツでバッキーの命を奪えば、やがてアイアンマンは自分を責めかねません。
また、洗脳の被害者バッキーの命を奪ったとなれば
様々なメディアでアイアンマンが糾弾され
社会的に失脚という最悪のシナリオも考えられます。
そのことを瞬間的に判断したからこそ
キャプテン・アメリカとバッキーは
アイアンマンに「命を奪う過ち」をさせないために
全力でアイアンマンと戦います。
キャプテン・アメリカの立場から見れば、これはバッキーの「命」を守りつつ、アイアンマンに「罪」を犯させないという「二人の友を同時に守るため」の戦いです。
しかし、守るためであっても友に拳を向ける自らの「罪」を自覚するからこそ、キャプテン・アメリカは最後に盾を手放す選択をします。
1.
序盤で突撃部隊とバッキーが交戦しその間にキャプテン・アメリカが割って入るというアクションシーンがあります。この場面においてキャプテン・アメリカはバッキー勢い余って突撃部隊員の命を奪わないように配慮する場面が散見されます。
ラストの対アイアンマン戦においてもキャプテン・アメリカはアイアンマンに同様の、「命を奪わせない気遣い」をしている構図です。
【アークリアクターの破壊でスーツは停止する】

ここで一つ、分かりにくいポイントを解説します。本作におけるアイアンマンスーツは「アークリアクターを破壊すると機能が停止」します。
空港での戦闘シーンの終盤、ヴィジョンの誤射でウォーマシーンのリアクターが破損し、スーツの全機能が停止します。今回のアイアンマンのスーツも同様の構造です。
だからこそ、ラストバトルにおいて
キャプテン・アメリカとバッキーは一貫して
アイアンマンのアークリアクターの破壊を目的としていて
アイアンマンの命を奪うことや
痛めつけるといった意図はありません。
1.
ただ、そこに至るまでのキャプテン・アメリカとバッキーの判断が早すぎる点。戦闘描写が激しすぎる点、アークリアクターについての説明が一瞬すぎる点から、キャプテン・アメリカとバッキーの行動が冷酷に見えてしまう点は否めません。キャプテン・アメリカとバッキーも複雑な状況下で犠牲を最小限にしようという意図は一貫して入るのですが・・・
2.
バッキーの謝罪の言葉がないという指摘も多いです。しかし、バッキーが罪悪感を抱いている点はキャプテン・アメリカとのクインジェット内での会話シーンで描写されていますし、アイアンマンに後ろから首を抑えられた際「犠牲者はすべて覚えている」と自らの罪を正面から認めている場面でも彼なりの誠意が示されています。
アイアンマンの判断一つで首を折られかねない状況下で罪を認めるのは覚悟の現れです。取り返しのつかない罪を犯した自覚があるからこそ適切な謝罪の言葉を見つけることができなかったという心情でしょう。
3.
第一作「アイアンマン」(2008)においてアークリアクターの破壊はアイアンマンの致命傷となりますが「アイアンマン3」(2013)での手術を経た今、アークリアクターの破壊はスーツ機能を停止させるのみでアイアンマンの命を脅かしません。
【本作における正義とは】

バロン・ジモの暗躍とすれ違いのエスカレートが
アベンジャーズを分断しました。
そして、バロン・ジモもまた被害者と判明します。
はっきりとした悪がいない本作において
それでも悪を定義するとしたら「復讐心」という形のないものになるでしょう。
キャプテン・アメリカは
アイアンマンのリアクターを破壊し
戦いをバッキーとアイアンマン双方に
犠牲を出さずに終結させます。
ウルトロン、バロン・ジモ、アイアンマン
連綿と続く復讐の連鎖を断ち切ることで
キャプテン・アメリカはヒーローとしての信念を示します。
正義の見えにくい時代において
正義と定義できるものがあるとすれば
「復讐の連鎖を止めること」ではないか
本作の結末には、そのようなメッセージが込められているように思えます。
「ファースト・アベンジャー」にてスティーブはアースキン博士にこう言います。
「悪を倒したいわけじゃない。戦いを終わらせたいのです。」
本作での犠牲を出さずに戦いを終結させるという結末は変わらぬスティーブの信念の体現です。
戦いののち、逃亡者となったキャプテン・アメリカからアイアンマンへ手紙が届きます。
「進む道を分かつことになったが
君が呼べばいつでも駆けつける。」
そんなキャプテン・アメリカの信頼に応えるように、アイアンマンはロス長官の電話を保留にするという抵抗を見せます。
後の「アベンジャーズ/エンドゲーム」(2019)において劇的な和解の場面が控える2人ですが
和解の兆しはすでに本作で示されていたのです。
【まとめ】

キャプテン・アメリカ派でもあり、アイアンマン派の双方の考えから、どっちが正しいか、シビルウォーの戦いを徹底考察しましたがいかがでしたでしょうか。
アイアンマンは「アイアンマン3」(2013)及び「エイジ・オブ・ウルトロン」(2015)で一先ずの完結を見たドラマが、本作を持って再起動。スパイダーマンとの新たな関わりからドラマが生まれ、「インフィニティー・ウォー」(2018)「エンドゲーム」(2019)への布石となります。
アイアンマンとスパイダーマンの絆のドラマは、アイアンマンと両親の間の心残りを埋めるかのようです。
キャプテン・アメリカの「ファースト・アベンジャー」(2011)「ウィンター・ソルジャー」(2014)で描かれた、組織と個人の関係を問うドラマが本作「シビルウォー」にて完成します。
スティーブ・ロジャース3部作完結を経て、彼は盾と国を棄てたスティーブ・ロジャース個人として人を救う戦いを続け、その旅路は「インフィニティー・ウォー」(2018)「エンドゲーム」(2019)へ続きます。
2人の人生のターニングポイントとなる本作。再見の上、新たな魅力を見出してくれれば幸いです。
1.
「インフィニティ・ウォー」(2018)ではワンダとヴィジョンが襲撃を受けた際、「ソコヴィア協定」を守っていたローディが出撃できず、逃亡者となっていたキャプテン・アメリカが即座に行動できたという対比の場面があります。
2.
様々なヒーローの参加する戦いにおいて、どっちが強いかは過度の立つ話題です。本作ではヒーロー強さの明確な優劣がつかない工夫が凝らされています、中盤での、空港での戦いでは「逃亡」目的のキャプテン・アメリカ陣営と「捕獲」目的のアイアンマン陣営と、両陣営の目的が異なります。
ラストバトルにおいてはバッキーへの「復讐」目的のアイアンマンと、それを両陣営に被害を出さない形での「制圧」目的のキャプテン・アメリカと目的が異なります。つまり、強さに明確な優劣が付きにくい形で構成されているということです。
3.
本作のキャプテン・アメリカが明確に間違えた点はアイアンマンに両親の死の真相を黙っていた点ですが、興味深いのはそのことが明るみとなる直前に、バロン・ジモがキャプテン・アメリカに向けて「君の眼はずっと青いと思っていたが、近くで見ると少し緑が混ざっていると分かる」と言います。
緑というのは英語圏において疑惑の色、幻惑の色としての意味を帯びます。これまで数度にわたって映画化もされた米文学の傑作「グレート・ギャツビー」では主人公の思い人を象徴する色として緑がもちられています。正義の象徴たるキャプテン・アメリカの瞳に疑惑の色が指摘され、その直後に彼の唯一の欺瞞が暴かれる。文学性とスペクタクルを両立するクライマックスといえます。
4.
本作ではアベンジャーズの戦いの巻き込みの被害者が取り上げられます。「エイジ・オブ・ウルトロン」の戦いに巻き込まれたチャールズ・スペンサー。本作の冒頭のラゴスで巻き込まれたワカンダの人々。
彼らの犠牲が「ソコヴィア協定」のきっかけとなりますが、彼らの生前の「理想」に注目すると興味深い点があります。チャールズ・スペンサーは貧しい人の助けになろうと、ボランティアで家を建てに行きました。ワカンダの人々は他国での救助活動に取り組んでいました。共通するのは、「遠く離れた場所の人々の助けとなろう」としたという事。
本作のキャプテン・アメリカも、自らの立場の悪化を顧みず、バロン・ジモが接触を目論む5人の超人兵士の脅威から「遠くの人々の命を守るため」、バッキーを始めとうする仲間達と命をかけて、共にバロン・ジモを追跡します。
犠牲者遺族の悲しみに寄り添うアイアンマンの行動はもちろん正義です。一方で、犠牲者本人の生前の「理想」を引き継ぐキャプテン・アメリカの信念もまた、正義と言えます。
細やかな描写の繋がる本作のシナリオは実に巧妙なものです。






