キャプテンアメリカ/ウィンターソルジャー(2014)

【過去の正義、現代の正義】


第一次世界大戦末期。ナチスから離反した科学部門ヒドラのテロ活動を阻止した超人兵士キャプテンアメリカ=スティーブ・ロジャース。彼はヒドラ首領のレッドスカルとの激闘の果てに、南極へ墜落。70年の後の現代に蘇るが、彼を待ち受けていたのはこれまでとは異なる新たな秩序だった。

効率が重視される現代では、兵士の現場の判断は軽視され、指令を下す上層部の分割化された命令に、ただ従うことが求められた。指揮系統の不透明さに疑念を抱くスティーブだったが彼の疑念はシールド内部で推進されていた極秘計画「インサイト計画」の存在を知ることで決定的となる。

「インサイト計画」とは、「犯罪を未然に防ぐ」ため国民の個人情報、通信記録等を秘密裏に傍受し、そのデータを解析することで「将来的に犯罪を犯す可能性の高い人間」をリストアップし、ヘリキャリアからの爆撃で未然に抹殺するという計画だった。

「犯罪者を裁くのは、罪を犯した後のはずだ。この計画は自由ではなく恐怖をもたらす。」

「君は甘い。我々シールドは理想ではなく現実と向き合う。」

テロ対策の名目で、強大な武力がまだ犯罪を犯したわけでもない国民に向けられる。急進的すぎる計画に異議を唱えるスティーブ。ほどなく、正体不明の刺客たちが、スティーブと、彼に同調する仲間たちに差し向けられる。

過去の正義と現代の正義の競合の果て、スティーブの見た真実とは・・・

【9.11とインサイト計画】


本作において推進される「インサイト計画」。

その根拠としてニック・フューリーは「ニューヨークの一件」。つまり「アベンジャーズ」第一作のロキとの戦いを引き合いに出す。

ニューヨークの大規模襲撃があったからこそ、今後のそのような案件の対応のために、未然の犯罪抑止システム「インサイト計画」の必要性があるとの主張だが、これを現実に置き換えると次のようにも解釈できる。

「ニューヨークの一件」=「2001年アメリカ同時多発テロ(9.11)」

実際、9.11の後、当時のアメリカ政府はテロ対策の名目で「米国愛国者法」という法律を可決した。「米国愛国者法」とは「テロ対策」の名目でアメリカの国民の通信記録等を、政府が傍受できるという法律。

自由について強い関心を持つアメリカにおいて、そのような法律の成立は本来難しいはずだが、テロへの脅威下にあった時代性から、可決されたという背景がある。

本作の「インサイト計画」は、そのような9.11以後のアメリカ情勢を風刺するものと言える。

テロ対策の名目で軍備が増強され、ひとたび陰謀により、その軍事力が無実の人々に向けられることとなったら。本作のスティーブ、サム、ナターシャ、フューリーの逃亡劇と戦いはそのようなリスクを表現する描写だ。

【悪の凡庸さの指摘】


本作では、効率を重視し不透明な指揮系統にただ従ってしまうことの危険性をも指摘される。

ドイツ出身のユダヤ人思想家、ハンナ・アーレントは「悪の凡庸さ」という著作で、ナチスの起こした虐殺について、そのトップに立ったヒトラーの残虐性の問題を指摘しつつも、凡庸な人々がヒトラーの命令に従ってしまった問題点も重大なものとして指摘した。

強力なシステム化で、分割化されたプロセスに携わること。それは一人一人の責任感を減退させ、重大な過ちに加担させるリスクを内包する。

ヒトラーという巨悪を批判する重要性はありつつも、一人一人の個々人が「命令されたから仕方なかった」とシステムを言い訳にして巨悪に加担しないように、自らを省みる重要性が「悪の凡庸さ」で指摘された内容だ。

本作においても、そのような視点が共有され、指揮系統に下った人々がスティーブ達に牙をむく様が描写される。

ヒドラ兵の「効率」を重視し、どこまでも敵の命を奪うことを目的とした、無駄のない人間性を排除した襲撃。

 スティーブの、バッキーと戦うことの抵抗から迷いに揺れる拳。

 相反する二つのアクションは本作のテーマの体現だ。「アクションが良い。ドラマも良い。」そのように表現されるものの、一歩先。本作は、「アクションを通じて、ドラマを語る」新時代のアクションの可能性を開拓した作品なのだ。