救急車に乗ったのは・・・
自分が運ばれたのは1回。
同乗したのが3回。
今思い出したら4回も乗ってるのか。
一番記憶にあるのは、
初婚の時の夫のこと。
夫は2回運ばれている。
1回目は仕事中に泡拭いて倒れて、
病院に駆けつけるだけだった。
2回目は休日の朝、
隣で急に叫び声がして、
唇がゆがみ、真っ青になり、
目は上を向き、唸りながら、
全身こわばって痙攣し始めた。
掛け布団を跳ねのけて、
電話を取りに行く。
震える手で119番通報。
電話したのがやっとで、
質問にちゃんと答えたかどうかは覚えてない。
でも、救急車来てくれたから通じはしたんだなと。
寝室に戻ると、夫は別途から落っこちていて、
起き上がってくるところだった。
「なんで落ちたんやろ」とか言いってるから、
とりあえず別途に寝かせた。
救急車が来る前に2回目の痙攣。
1,2分だったと思うけれど地獄のように長かった。
その後、落ち着いて眠ってしまった。
(当時細かいメモを残していたんだけれどな。
もう捨ててしまった・・・)
救急隊の人が来て、説明。
保険証とかお金のほかに、
着替えやすいスウェットのようなものと
履きなれたスニーカーを持参するよう言われたので、
慌てて用意した。
用意する間、夫をストレッチャーに乗せる。
救急隊に続いて家を出て、エレベーターに乗る。
こういう時ってなぜか変なところは冷静で、
エレベーターの壁側の下半分が開いていて、
ストレッチャーがすっぽり収まっていることに気づき、
「へぇ。エレベーターすごいな」みたいなことつぶやいたら
救急隊の人に微笑まれた。
彼らは、寝ている夫だけでなく私のことも観察しているんだと思った。
救急車に乗り込んで、よし、出発。と思ったら・・・
なんと・・・休日ということもあり救急を受け付けてくれるところが
見つからない。
過去に行ったと思われる病院も電話してもらったのだけれど。
結局どこの病院に行ったかもう覚えてないけれど、
救急隊の人が5件くらい連絡して折り返し待ちしたりして、
なんだかんだ30分くらいは動けない救急車の中にいたんじゃないかな。
受け入れ先が決まってからは速かった。
夫は落ち着いていたし、休日で検査などはできないので、
診察してもらって緊急性は低いだろうということで夕方には家に帰ったと思う。
この時覚えたことは、
受入れ先の病院はすぐには決まらない。
住所・電話番号・氏名・年齢・診察券の番号はメモを読み上げる方が間違いない。
通院しているとかでなければ病院のリクエストを受付てもらえる可能性は低い。
まして、初診は聞かれることも多いのでスムーズにはいかない。
救急受付してくれている病院で、カルテを作っておくことは重要だなと。
その後は痙攣することもなく暮らしていたし、今も元気だと思う。
一過性のストレス。ってことで終わった。
痙攣にはパターンがあるらしく、
よく観察して症状を記録することが病気の特定の鍵になるらしい。
そんなこと言われても、あんなの目の当りにしたら無理でしょ。
その時はそう思ったけれど、冷静になる手段でもあるのかもしれない。
どうせそばに居ても何もできないなら、
観察して、細かい記録を付ける。
全身?腕だけ?次第に場所が変わる?
何分くらい続いている?
もし長引くようなら口に何かくわえさせる。
とか。素人でもできることはある。
医師が何を判断するにしても、
できるだけ客観的な情報があるほうがいい。
私がどう感じたとかどう考えるとかはむしろ邪魔なんだよね。
それはまぁ、普段仕事してて後輩とかに思うことでもあるしね。
医療従事者の方々の頭の中ってすごいことになってるんだろうな。
観察して情報収集して知識や経験と紐づけて今の最善を導き出す。
健康に生きる。というのがどれだけエコロジーか。と今改めて思う。
自分にとっても、周りにとっても、社会にとっても。