俺は真人と絵玲奈の3人で、初詣にやってきた。

元旦初日ということもあり、いつもは閑散としている地元の神社が、人で溢れ賑わっていた。しばらく待ち、ようやく順番が回ってくると、俺たちは賽銭を投げ入れた。

こちらの世界でも楽しくやっていけるように、そして、現実時間で真希と子どもたちが無事に過ごせるようにと、俺は祈願した。

お参りを済ませると、近くで巫女さんたちの声が響き渡っていた。願掛けやおみくじの声かけであった。

よく見かける、正月の景色だな。そんなことを考えていた時、1組の姉弟が俺たちのそばを通った。厚着でマスクをしており、表情とかはわからなかった。

「一番右のおみくじを引いていきなさい。」

すれ違いざまに、2人から俺にだけ伝えるかのように、そう聞こえてきた。その正体に感づいた俺は、すぐさま真人と絵玲奈に声をかけて、指定されたおみくじを引くことにした。

「総合運:運命の分岐点、選べるのは一方のみ。パワースポット:海辺の一本松」

俺のおみくじの内容を見るなり、真人が突っ込んできた。

「何か、ずいぶん重たいこと書いてあるな」

「単に進路選択のことだろう、文系か理系かで。そこまで気にすることじゃないよ。」

そう言って、その場ははぐらかした。しかし、何を意味しているのか、俺には大体の見当がついていた。

お参りから戻ると、俺はすぐに支度して、以前に一度だけ来たことがある、海辺の一本松に向かった。

「いるんだろ?未来、時也。何かあったのか?」
未来と時也は、現実時間に残されている真希の反応もまた調べていた。
意識が戻らない亮介のことを、真希は本当に心配していた。

生活のこととかも、もちろんないわけではないが、それ以上に、子どもたちへの影響を気にしてであった。やはり、寂しい思いをしているだろうと思っているのだ。早く元気になって、子どもたちと遊んで欲しいのである。

また、今回の件で、真希はもう一つ気づいたことがあった。

何だかんだ言っても、亮介のことを愛しているということだ。

そばにはいるけれど、話ができなくて寂しく感じたり、電話が鳴るなど、ちょっとした瞬間に気になったりして、やはり、私にはまだ、この人が必要だということを改めて思うようになってきていたのである。もっとも、そんなことは照れてしまい、言えはしないとも、真希は思っていたが。

肝心の本人、亮介は今の生活をどう思っているのか?

亮介自身、最初は突然のタイムスリップにとても戸惑っていた。

それでも、こっちでの生活をまずは精一杯やってみようと考え、「過去」の後悔や反省を踏まえて、いろいろ挑戦してみた。そしたら、自分にもまだまた可能性があり、やれば出来るんじゃないかというように、前向きになっていったのではないかと思っていた。

もちろん、過去には無かった苦悩や苦しさもある。

部活一つ取ってみても、バトミントン部に入部したことで、前にはあった時間的な余裕が全く無い。おかげで、毎日が自転車操業状態だ。

自力ではどうしようも出来ないから、今の生活を後悔の無いように過ごしていこうとは思っている。そして、いつかは現実時間に戻らなければならないだろうけど、まずは、今の生活が、このまま楽しく続いくといいなと思っている。

その反面、現実時間に残された家族が心配になってくる。元気にやっているのかなとか、子どもたちは仲良くやっているのかなとか。そして、妻の真希が無理をしすぎていなければいいけどなとも。

そんなことを考えているうちに、こちらで正月を迎えることとなった。
ここでの俺のことを、みんながどう思っているのか。未来と時也は、俺がこの世界に戻ってきた影響を調べる調査の一環で、みんなの心の声を聞きだしていた。

2人はまず、ここの世界で1番接点がある真人と絵玲奈の声を調べ始めた。

真人は、基本は中学時代とあまり変わっていないが、どこか中学時代とは変わっていると思っていた。

迷っているのかと思ったら、決断して、まぁ、そこまでは同じなんだけど、何より、その時の行動力が、これまで見たことのない粘りを見せている。高校に上がって、部活も運動部に入って、内面に変化があったということなんだろうけど。

何か、後悔したくないっていう思いが、亮介の行動を後押ししているのを強く感じていた。小学校からずっと過ごしてきているが、そうした悔いが残るような過去は特にないはずだから、そこはずっと疑問に思っている。それでも、それ自体は良いことだし、あまり深くは考えないようにしている。

亮介が高校に入って、少し変わったとはいっても、2人の関係に大きな変化をもたらしたわけではないし、これからも、2人で変わらずにやっていければいいと思っている。

絵玲奈は亮介との恋仲には区切りをつけ、信頼できる親友の一人として捉えていた。もちろん、亮介が望めば、そうした関係に戻ることもあるとは思っていたが、自分からはまず動かないだろうと考えていた。

あと、どこか、亮介自身の決断について、ほかの高校生には見られないような、揺るがない決意と覚悟があると思ってもいた。

あの一件の時も、普通の高校生ならば、噂を鵜呑みにして、距離をとっていたのに、

「絵玲奈を信じる」

という、自身の考えを最後まで貫いてくれた。もちろん、絵玲奈にとってそれは救いになったし、それがあったから、無理に意地を張って強がらずにすんだ。

だから、等身大の自分でいられることに、今でも亮介に感謝している。ただ、この年でそうした考え方や行動ができるというのが、絵玲奈にとって、亮介が少し、いや、かなり他の同級生には真似できない、違った考え方のように見えた。

そして、その行動の裏には、まるで、なにか過去に大きな挫折や後悔を経験しているような、そんな印象もあるようにも見えていた。

それは、絵玲奈たちくらいの年齢が経験してきた、例えば、大会でレギュラーには入れなかったというようなものとかじゃなくて、その段階ではまだ経験していない、もっと人生の深い部分に関わってくるようなものが背後にあるような気がしていた。そして、それこそが、今の彼の行動を決定しているように思えた。

亮介との今後をどうしていきたいのか―。

そう尋ねられた絵玲奈は、少し考え込んだ。そして、楽しくやっていけたらいいな、とだけ答えた。

そういうと、また少し沈黙した。そして、先ほどの言葉を少し訂正した。

未練がないわけではない。やはり、高校に入ってから初めて胸の高鳴りを感じた相手だから、あの頃の2人に戻れるものなら戻りたい。事実、亮介が他の女の子と楽しそうに話していると、つい妬いてしまう自分がいる。それで、つい意地悪したり、そういうことじゃないと分かってホッとしたり。ただ、無理につなぎとめようとも思わない。

それでも、亮介の心を掴んでいる相手の人が誰なのか、気にはなるし、羨ましいと思っている。
3時間後、すでに辺りは暗くなってきていた。俺はようやく買ってきたいちご大福と飲み物を片手に、理紗さんのアパートに向かっていた。なぜか知らないが、今日に限ってどこでも売切れていて、結局買って戻ってくるまでに3時間も掛かってしまった。

「よう、待ったか?」

「遅い。」

玄関に現れるなり、明日香はそう言って俺が買ってきたいちご大福を受け取った。すでに家に戻るために荷物はまとめてあった。

「今回は帰ってあげてもいい。でも、もしお兄ちゃんが絵玲奈お姉ちゃん泣かせたら、今度はお願い聞いてあげないからね!」

理沙さんにお礼を言い、眠そうな明日香の手を引きながら、俺たちは家路に着いた。怒られるだろうなと、うつむきながら歩く明日香を、元気付けたり、なだめたりしながらの帰宅であった。

そんな妹を見ながら、俺は昔と未来の記憶を思い出していた。

この時間から10年前のお祭りの夜にも、明日香が駄々をこねて迷子になっていた。その時も説得に苦労したし、俺もそろって迷子になって、結局2人して怒られたな、と。そして、現実時間では、今でも時々、姪っ子たちのことでたびたび真希と長電話していていることも思い出していた。

幾つになっても、妹は妹で、何だかんだで、楽しくやっていけているのは、幸せなことなんだなと感じていた。

同時に、現実時間の子どもたちのことを思い出していた。子どもたちにも、いつかきっとこういう時期が来る。その時に、「お父さんには言われたくない!」と、絶対にどこかで言われるだろうけど、そうならないための努力は、もう少ししないとなと、そんなことを考えていた。
「あれ、亮介君?理紗さんの知り合いなの?」

「いとこだよ、理紗さんは。妹の明日香が家出してきたんで、連れ戻しにきたんだけど、帰らないの1点張りでな。しょうがないから、明日香の好きないちご大福でも買って、機嫌直してからもう一回やってみるよ。」

そう言って、俺は近くのコンビニに向かった。1時間くらいで、もう1回戻ってくる予定でいた。その頃、4人はガールズトークに花を咲かせていた。恋愛トークに話が移り始めると、明日香が絵玲奈に、以前から気になっていたことを尋ねた。

「絵玲奈さんって、お兄ちゃんのこと好きなの?前には良く一緒に出かけているようだったけど。」

尋ねてきた明日香に、丁寧に言葉を選んで、絵玲奈が答えた。

「好きっていうよりも…うーん、一緒にいて安心できる人かな?」

「どういう意味?私にはまだ良く分かんない。」

「信頼できる親友、って言い方のほうが、明日香ちゃんにはしっくりくるかな?」

顔を赤らめながら、そう話す絵玲奈に、明日香はさらに突っ込んだ質問をした。

「手をつないだりとか、キスしたこととかあるの?もっと大人がするようなことしたりとか…!?」

「ちょっと、恥ずかしくなっちゃうから、あまり聞かないでよ…。私たちは、まだそこまでいっていない、手をつないでくれたまでだわ。」

明日香の質問に、絵玲奈は完全に動揺していた。

「絵玲奈さん、お兄ちゃんのこと、本当は好きなんじゃないの?さっきから、ずっと顔赤くなってきているし。それなら、付き合っちゃえばいいのに。絵玲奈お姉ちゃん、すごく可愛いし、スタイルいいし、おしゃれだし、私も、絵玲奈さんみたいなお姉さんに早くなりたい!お兄ちゃんにはもったいないくらい。」

憧れの眼差しで、明日香は絵玲奈を見ていた。明日香くらいの年齢にとって、高校生は大人への階段を上り始めている、まさに「理想のお姉さん」であった。

「亮介君にその気が無いから、それは無理よ。」

「えー、お兄ちゃんなんて全然冴えないのに、超・上からじゃん。何かムカツク。」

やや不機嫌にそう言う明日香のそばに行き、絵玲奈は答えた。

「亮介君には亮介君の、私たちには知らない事情があるのよ、きっと。それより、亮介君、心配していたよ。」

そう言う絵玲奈に、明日香はふくれっ面で今日あった不満な出来事を話した。

「お兄ちゃんも、お母さんも関係ない!だって聞いてよ、みんなが髪染めたりピアスしたりして、大人っぽく見せているのに、私はだめだって…。そんなんじゃ、みんなに乗り遅れちゃう!」

そう愚痴をこぼす明日香の頭を撫でながら、絵玲奈は自分の考え方を話し始めた。

「そうね、私もそうだけど、明日香ちゃんも、大人に見せたくなる年よね。その気持ち、すごく分かる。でもきっと、無理に背伸びするよりは、そのままの自分でいたほうが良いと思う。その方がきっと、心も体も落ち着いて、もっと魅力的な女性になれると、私は思うの。」

それは、絵玲奈自身の、数ヶ月前の苦い経験を乗り超えた経験から出てきた言葉であった。自信を持ってそう言い切った絵玲奈が、明日香にはかっこよく映っていた。そして、明日香は、ますます絵玲奈に興味が湧いてきた。

「ねえ、もっと絵玲奈さんのお話聞かせて!」