「明日香ちゃんがうちに来ているけど、今日泊めてって…。」

隣町で一人暮らしをしている、いとこの大学生・理沙のところに明日香は転がり込んでいたのだ。電話を受けた最初こそ、明日香が本当に家出してしまったことに肩を落としていた母であったが、すぐに迎えに行く準備をしていた。

「いきなり理沙さんちに押しかけるなんて…。まったく、何を考えているのかしら、あの子は!」

この様子ではきっと上手くいかないと思い、俺が妹を説得しに理紗さんのアパートへ行くことにした。

「母さんは待っていてくれ。俺が明日香の説得に行ってくる。もし先に帰ってきていたら、父さんにも伝えて欲しいけど、明日香が帰って来た時、あまり怒らないでやってくれ。明日香には明日香の事情っていうのがあるだろうし、そういうのに興味持つ年齢だし。」

それだけ注文をして、俺は自転車で明日香を迎えに出発した。

アパートに着くと、理沙さんが出迎えてくれた。すでに事情は聞いているようで、気持ちが落ち着くであろう2・3日程度なら構わないとも言ってくれた。申し出は嬉しかったが、ひとまずは説得して連れて帰ることを前提に、どうしようもなくなった場合にのみお願いすることを伝えた。

俺が迎えに来たことを知ると、明日香はあからさまに不機嫌な様子であった。家に帰りたくないのだから当然の反応ではあった。何はともあれ、まずは説得にあたってみることにした。

「母さん、心配していたぞ。父さんだって心配するはずだ。」

「うるさい!私、帰らないから。」

想定していた通りの反応であった。そうは言っても、そのままにするわけにもいかないので、少し粘ってみることにした。

「理沙さんに迷惑かけるわけにいかんだろう。」

「泊まっていってもいいって言ってくれたもん。」

「そりゃあ、家出しているお前を放って、どこかでなにかあったらまずいからだろう。」

「とにかく、今は帰りたくない。放っといてよ!!」

取り付く島もないな…。俺は一度、出直してくることにした。アパートを出ると、理紗さんの同級生と思われる女性と一緒に、絵玲奈がやってきていた。
秋が深くなってきて、小森家は一つの問題を抱えていた。中学に上がった妹の明日香が、最近、派手になってきたことであった。

「みんなやっているから。」

そう言い張る明日香に、化粧までは家族全員が黙認していた。そういうお年頃だからだと、俺は全然気にしていなかったが、両親、特に母は神経を尖らせていた。

ある日、明日香が美容院に行ってくると言って出かけていった。いつも行っているところではなく、友達が最近通い始めた、若者向けの人気店であった。

いつものところでは2時間くらいで帰ってくるのだか、今日は少し時間がかかっているように思えた。そして、3時間後に帰ってきた明日香を見るなり、母親の怒号が家中に響き渡ってきた。

「何考えているの、あんたは!そんな髪にしてきて、ピアスの穴まで開けてくるなんて!!」

髪を明るくして、両耳にピアスの穴をあけて帰ってきた明日香に、今まで溜め込んできた苛立ちが爆発してしまったのであった。

「可愛いし、みんなやっているからいいじゃん。」

最初、明日香自身はどこ吹く風であった。しかし、そのことが余計に母の神経を逆なでし、さらに怒りを煽っていた。そうなると、次第に明日香の機嫌も悪くなってきだした。

「うるさいなぁ、別に誰かに迷惑かけているわけじゃないんだし。」

次第な険悪な雰囲気が前面に出てきて、とうとう口論にまで至ってしまった。どちらも気が強いので、お互いに引かなかった。

「お母さんだって、私と同じくらいのときには、パーマとかおしゃれしていたくせに、そんなお母さんにだけは言われたくない!」

口論の末、そう言い放つと、明日香は部屋に閉じこもり、荷物をまとめて家を飛び出してしまった。流石にまずいだろうと、俺は連れ戻そうとしたが、

「しばらくすれば帰ってくるだろうから、放っておきなさい!」

そう母は言い、昼食の片付けに戻っていった。俺も一時的なものであり、まぁすぐに戻ってくるだろうと考え、俺も明日香が帰ってくるのを待つことにした。しかし、いくら経っても明日香が戻ってくる気配はなかった。そろそろ夕方になり、いい加減、探しに行こうかと思っていた時、いとこの理紗さんから1本の電話がかかってきた。
その時であった。達也が舞台脇から急いで飛び出した。そして、ステップを踏みながら彼に手を差し伸べると、自分を真似るようにというような仕草を取った。もちろん、当初の予定には無い、完全なアドリブであった。それでも、達也が慎吾の得意な技やステップのみを選んだおかげで、慎吾のソロパートを無事に形にして終えさせた。

達也のソロパートは圧巻であった。俺たちがまだできない技を次々と繰り出して、見に来ている生徒たちのテンションを最高潮にまで高めていった。

最後の全体でのパートも上手くいき、俺たちはどうにか無事にステージを終えることができた。ステージ脇では、慎吾が涙を流していた。

「ありがとう…ごめん、俺、自分のパートを最後の最後で…。」

「気にすんなって。あそこは達也が上手くまとめて、慎吾もベストを尽くしたし、終わり良ければ全て良しっていうことよ!」

互いに余韻を噛み締めつつ、その後の文化祭を楽しんだ。

文化祭も終わり、真人が閉幕の挨拶をしていた。
隣にいた絵玲奈が、小声で話しかけてきた。

「ステージ見てたよ、かっこ良かったじゃない!」

「ありがとう。まぁ、無事に終わってよかったよ。」

「何か、この前の夜や朝の時と違って、リラックスしているね。」

「緊張していたからな、こう見えても。」

俺は照れ隠しのように、さらっと絵玲奈に言った。一方で、心地良い疲れとともに、心の中は、達成感と充実感に満ちていた。

『みんなで何かやり遂げるって、こんなに楽しいものだったんだな』

向こうの世界でも、しばらくは個人で動くことがほとんどであったため、チームで何かを成し遂げるというのは、本当に久々の感触であった。

仲間を信じること、支えること、共に喜びを分かち合うこと―。俺にとって、忘れていたものを思い出させてくれる、そんな一日となった。
『ソロパートを外されるんじゃないか―。』

正直、その気がかりは大いにあった。
現実時間でも、そうしたことはよくあったことであった。全体の足を引っ張るわけにもいかないし、ベストは尽くし、それ自体はあっても気にしないようにしようと思っていた。

しかし、達也はそれを却下した。最初に決めたことだから、少なくともその意思は貫徹しなくてはいけないというのが、彼の言い分であった。そして、2人の成長は自分も見てきていて、個別のパート毎ならばできているから、後は練習あるのみで、成功への勝算は十分にある、何かあったときには自分が入るから心配は要らないと話した。


達也は俺たちの可能性を信じてくれた。誰かに期待されることなど、現実時間では久しくなかったため、俺は嬉しかった。真人も絵玲奈も、このステージを楽しみにしてくれている。

それからの最後の追い込みで、俺は苦手とするソロパートのうち、特に苦手とする箇所を中心に練習を組んでいった。達也が俺たち2人には付きっ切りで指導してくれたおかげで、どうにかソロパートも形になってきた。

文化祭前日、俺たちはリハーサルに臨んだ。通しで3回行い、初回の俺と慎吾の軽微なミスを除けば全て成功しており、俺たちは自信を持って当日を迎えた。

当日、俺は久々の感覚に若干の戸惑いを覚えた。「責任」という重圧がのしかかってくる中で、あれだけ練習したんだ、練習通りやれば大丈夫だ、そう何度も自分に言い聞かせて、俺たちは本番のステージに上がった。最初の全体パートの後、彰人、健二に続いて、俺の順番が回ってきた。

出たしの全体パートが上手くいき、2人がソロパートを成功させて場を暖めておいてくれたおかげで、俺もその勢いを借りて自分のソロパートを何とか最後まで通すことができた。

ステージの熱気が一層高まっていく中、俺は慎吾にバトンをつないだ。

メンバーの中で一番苦しんだ慎吾が、次々と技を決めていった。その度に、会場からは感嘆の声が聞こえてきた。その姿に、俺はなんとも言えない感動が沸き起こってきた。

慎吾のソロパートも終盤に差し掛かり、残すは達也のソロパートと最後の全体パートのみとなった。難しい箇所は無く、あとは基本的なものの組み合わせのみであり、もう大丈夫だ、5人の誰もがそう思ったときであった。

「うわっ!」

不運にも、ステージのくぼみに、慎吾の足が取られた。倒れてからすぐに戻れればよかったが、予期せぬ事態に、慎吾は頭が真っ白になってしまい、その場に倒れこんだままであった。俺も、そして、ほかのメンバーも、想定外の事態に、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
「亮介、練習のほうはどうだ?」

「ああ、ばっちりさ!…といきたいところだが、なかなか難しいよ。」

「ねぇ、ちょっと見せてよ!」

2人のリクエストに応じて、俺は得意な技を最初に見せた後、苦手としている技を2人の前で見せた。やはり、1つずつならば上手くいったが、組み合わせると上手くできなかった。

「何か簡単にやっているように見えるけど、意外と難しいんだよな、きっと。」

「違う組み合わせを連続で繋げる場合は、特にだけどな。」

「頑張ってね。亮介君たちのステージ、絶対に見に行くよ!」

「楽しみにしているからな。」

2人に励まされ、俺は練習に一層力を入れていった。本番が迫ってきて、俺はどうにか全体でのパートについては、何とかマスターすることができた。周囲の動きに合わせての修正が、ある程度可能であったからだ。しかし、ソロパートではまだまだ課題が山積していた。

本番までに日にちが近づく中、なかなか完成しない状態に、俺は焦りを感じ始めていた。
そしてそれは、他のメンバーも同じであった。

「俺と慎吾のソロパートはカットしたほうがいいんじゃないか?」

そんな意見は、こうした焦りの中の状況で出てきた。
無理に全員にソロパートまで覚えさせるより、全体パートを完璧にし、できる者でソロパートまでやるべきだというものであった。