夏休みが終わり、校内は文化祭モードに入っていった。
俺の高校では、文化部が日頃の活動の成果を披露する以外にも、有志で何か出し物を行ってもいた。

元々、俺はこういった行事に対してさほど熱心ではなかった。冷めているわけではなかったが、自分から何か積極的に取り組むわけでもなかった。

そんな折に舞い込んできたのが、部活内での出し物の話であった。何をやるのかという話になったとき、音楽、コント、それに手品と、いくつか候補に挙がってきた。

そして、最終的に決まったのが、その時流行っていたダンス、その中でも動きが激しいブレイクダンスであった。

メンバーの達也は、上の兄たちの影響で、小学生からブレイクダンスをやっていた。また、初心者でも頑張れば出来る技と振り付けにあった音楽で、魅せる組み合わせを作るのが上手かった。

当初、俺自身は、出し物そのものにさほど乗り気ではなかった。しかし、すでにその方向で話が進んでいったため、俺も練習を始めることにした。そして、せっかくなら楽しんでみようと、部活後や昼休みにやっていた全体での練習だけでなく、自宅でも練習や研究に取り組んだ。

練習開始から1週間、他のメンバーがある程度習得している中、俺と慎吾だけまだ完成には程遠い状態であった。個々の振り付けは何とか形になってきていたものの、いざ組み合わせていくと、順番や振り付けそのものを間違えてしまっていたのだ。

ある日、部活後に残って振り付けの練習している俺を見つけた絵玲奈と真人が話しかけてきた。
2人は文化祭の実行委員で、この日はたまたま遅くまで打ち合わせをしていたのであった。
コースが甘かったのかと思い、その後も何度かスマッシュを試みた。しかし、ことごとく返されてしまい、とうとう16-17と試合をひっくり返されてしまった。

「先輩、何があったんですが?鳥羽のやつ、急にさっきまで反応していなかったスマッシュに反応できるようになって。」

そう尋ねてきた同級生の井口に、生野先輩は自身の見解を話した。

「推測だけど、今までわざとスマッシュでポイントを取らせていたんだ。恐らく、鳥羽にとって苦手なショットとコースだというのは間違いない。だから、読みやすいように誘導したんだ。浮いたシャトルが来れば、小森君は当然、ここまでポイントを一番とってきたスマッシュを打ちたくなる。あとは打たせる位置を誘導してそこに飛びつくだけ。今度は小森くんが不十分な態勢で返すことになり、逆に失点するっていうわけだ。」

さらに、そのことによる別の影響も話した。

「立て続けに返されたことで、気持ちも中途半端なスマッシュになってしまい、簡単に返される。こうなってしまったら、どこかで気持ちを切り替えないと、このままズルズルとゲームセットだ。」

生野先輩の想定通り、俺は精神的にも打つ手を封じられてしまい、効果的な攻撃に転ずることが最後まで出来なかった。

16-21

結局、最後の最後でゲームを落とし、俺は試合に敗れてしまった。

「亮介君、頑張って最終ゲームまで持ち込んだのに…。」

あと少しのところで勝利がこぼれてしまったことに、絵玲奈は残念がっていた。しかし、真人は試合内容に満足しており、喜んでいるようにも見えた。

「成長したよ、亮介。以前なら試合前に諦めて、消化試合になっていたのにな。」

試合終了の握手のあと、すれ違い際に鳥羽は俺にこう言ってきた。

「今度は勝ってやる、圧倒的にだ…!」

大会は当初の予想通り、鳥羽の優勝という結果で幕を閉じた。

帰り道、生野先輩は俺たちに今日の試合の感想を話していた。

「君のせいだよ、小森君。最初の試合で鳥羽を強くしちゃったから、準々決勝で僕もやられちゃったじゃん。」

同じようなゲームメイクを考えていた生野であったが、鳥羽との準々決勝は午後からの試合であった。俺との初戦の苦戦から、それまでに対策をたてられてしまい、上手く長期戦に持ち込めなかったのであった。立て続けにフルセットで優勝候補クラスの新人を相手にしなければならなかったのも、想定外の展開であったようだった。

「でも、それだけいい試合だったよ、小森君。」

敗れはしたが、俺にとって後悔のない、全力を尽くせた試合であった。そして、諦めずに勝負所を探せば、自分でも強敵に勝負することができると実感できた大会であった。
しかし、無情にもシャトルは俺のコートに落ちていた。運悪く、一か八かで前に詰めていた鳥羽のラケットのフレームにシャトルが当たり、ネットを超えてコートに入ってしまったのだ。

スマッシュを返され、俺は精神的に動揺を隠せなかった。それでも、俺が勝機を見出すにはそれしかなく、鳥羽のスタミナをさらに奪うことに徹した。

5-15

ここで返せなくては勝機がない、祈るような気持ちで、俺は当初の作戦通り、スマッシュを打てる体勢まで鳥羽の攻撃を返していた。すると、鳥羽の足が動かず、再び甘い球が俺に返ってきた。

『これが、ラストチャンスだ!』

俺は渾身の一撃でスマッシュを打った。足が止まりだしていた鳥羽は対応できず、この試合、初めて俺は攻撃から得点を奪った。

この1点は大きかった。その後、試合の流れが大きく変わった。鳥羽は俺のスマッシュに最大限の警戒を払っていた。そのことが、クリアや、それとほぼ同じ動作で手前に落とすドロップといった、ほかのショットへの反応を遅らせていた。

『利いている、練習不足のための持久力不足っていう弱点と、相手のスマッシュへの苦手意識を最大に突いていて、他のショットも活きてきている!』

28-26

第2ゲーム、ジュースの末、最大で10点差あったのをひっくり返し、俺はこのゲームを鳥羽から奪った。鳥羽がゲームを落とすのは、今年になってからは初めてであった。

会場がどよめき、絵玲奈と真人はガッツポーズをしていた。

第3ゲーム、先ほどのゲームでの勢いで、俺は5-1まで試合を進めていた。このまま押し切ることができれば、俺にとって理想的な展開であった。

しかし、それからが混戦であった。お互いが力のない返球で精一杯であり、試合はもつれにもつれ、10-7まで試合が進んでいた。ここまで混戦になってきた原因について、生野先輩は見抜いていた。

「どうにかイーブンまでは持ち込んだけど、ここからが勝負だ。小森君だって、ここ最近になってようやく練習の成果が出てきていて、中学時代は練習不足、十分なスタミナがあったわけではないんだ。」

俺にとっても予想以上に試合が長引き、そのことで動きが鈍くなり始めていた。それでも、主導権はまだ俺の方にあり、リードした展開で試合を進めていた。

「よし、いける。俺の方がまだ若干体力が残っている。スマッシュにはさっきから反応すらできなくなってきている。苦手コースを徹底的に攻めれば勝機がある!」

シーソーゲームであり、精神が削られるような緊迫した展開が続いた。そんな中、生野先輩は鳥羽のある動きが気になっていた。

「どうもおかしい、さっきから右前スミへのスマッシュに反応すらしていない。来る可能性が高いことは、鳥羽くらいの選手ならば確実に分かるはずなのに、どうして…」

15-12

中盤に差し掛かり、勝利が目前になってきた。すると、後方で鳥羽が態勢を崩した状態で、甘い返球が帰ってきた。この上ない、絶好のチャンスであった。

「よし、この一撃、渾身のスマッシュで試合の流れを決めてやる!」

そう考え、俺はスマッシュの態勢に入った。その瞬間、生野先輩があることに気がついた。

『足とラケットの動作がすでに開始している、まずい。』

鳥羽の動きに気づき、生野が俺に向かって叫んだ。

「いけない、これは罠だ!スマッシュじゃなくってクリアか左側へのドロップにするんだ!!」

その声が届く前に、既に俺はスマッシュを打っていた。そして、決まったと思った渾身の一撃は、俺のコートに返されていた。それまでとは異なり、明らかに狙って返されたものであった。
その日は午後から雨が降りだし、体育館も他の部活が使う日であったため、全体で筋トレをした後、解散の運びとなった。

「おーい、小森君。一緒に鳥羽の試合でも見てみようか?この間の米久高との練習試合ならビデオに撮ってあるし。」

順当に行けば準々決勝で鳥羽と当たるため、生野先輩が部室の資料の中から探し出してくれたのであった。どこかスキはないか、俺は一緒にビデオ研究をしてみることにした。

見始めて5分後、俺はビデオを見てしまったことを若干後悔していた。見れば見るほど強さが分かる選手であり、俺に勝ち目なんてあるのかという気持ちにすらなった。

強いて気になったのは、意外にも初戦でも苦戦も見られるところくらいであった。その試合の傾向としては、長時間の試合であることであり、根っからの練習嫌いである鳥羽のスタミナ不足によるものであると思われた。

先輩が途中で切り上げた後も、俺はどうにか他に良い手がないか探していた。

下校時刻も近づき、最後にもう一度だけ見ていくかと思い、もう一度、鳥羽の試合を確認することにした。1ヶ月間の練習期間で、鳥羽から得点を取るためには何が必要かを見出すためであった。

『とにかく拾って勝機を見出す』

スタミナ不足を突いた長期戦に勝機を見出そうと考えたが、どうやってその展開に持っていくのか、俺は見当もつかないでいた。そして、いくら拾ったとしても、ゲームを取るためには、決め手となる攻撃が必要であった。

鳥羽にも当然失点することはあり、ゲームを落とすこともあった。俺はその場面を中心に見ていた。すると、鳥羽のもう1つの意外な弱点が浮かび上がってきた。

それからの1ヶ月、他の出場する選手たちと違い、俺は鳥羽に勝つための準備だけに専念した。そして迎えた試合当日、外は快晴で、体育館の中は非常に暑くなっていた。

早めに会場に到着した俺たちがウォームアップしていると、他校の選手たちも続々と会場入りしていた。米久高の選手たちが会場入りした時、近くで話し声が聞こえてきた。

「サクッと勝負決めてこいよ、鳥羽。」

「たりめーだろ。こんなかったるい試合、さっさと決めてやるよ。」

組み合わせが決まった時の心構えであったならば、まぁ、そうなるだろうなと、最初から勝負を諦めていたであろう。しかし今は、その時と違い、俺は勝つつもりでこの試合に臨んだ。

第一試合が開始する直前、絵玲奈と真人も到着した。

「亮介君、頑張れー!」

「頑張れよ、亮介!」

2人からの応援を背に、鳥羽のサーブで試合が始まった。

第一ゲームは、予想通り、俺はほとんど攻撃に移ることができなかった。とにかく拾い、相手を動かすことに意識を置いていた。スコア自体は3-21であったが、粘って返すという長期戦の試合展開は、俺の狙い通りであった。

第二ゲームが始まり、スコアは1-5まで進んでいた。

他のコートでは第2試合も中盤に差し掛かっている中で俺たちの試合はまだ続いていた。鳥羽のスタミナが大分無くなってきているようであり、疲れの色が見え始めていた。

すると、鳥羽の足が止まりだし、甘い球が返ってきた。

ここで、俺はこの試合で初めて攻撃に転じた。渾身の力で、鳥羽の右脇にスマッシュを打った。

鳥羽は後ろに下がるクリアからのスマッシュ、特に右前スミへのコースへの対応が不得手のようであり、失点の多くがそこからであった。
夏休み直前、俺はインターハイの地区予選に出場できることになった。
苦労してようやく得た出場機会は、何とも言えない到達感を俺に与えてくれた。

そんな浮かれ気分であったが、それは長くは続かなかった。

「ゴメン、小森君。クジ運がなかった…。」

生野先輩が全員分のくじを引きに行ったのだが、運悪く、俺の対戦相手は優勝候補の一角である米久高の鳥羽という選手に当たってしまったのだ。

これは既に消化試合だな…。

そう考え、俺はテンションが下がったまま帰宅していた。途中のコンビニに寄ると、偶然、絵玲奈とも鉢合わせた。

「どうしたの、亮介君?せっかくデビュー戦が決まったっていうのに浮かない顔して。」

そう尋ねてきた絵玲奈に、ため息混じりに俺はその理由を話した。

「まぁ、対戦相手が決まったんだが、相手が優勝候補の一角で、こりゃ厳しいなと。」

そう言うと、思ってもいなかった反応が絵玲奈から返ってきた。

「1ヶ月後の土曜日だったよね?じゃあ、亮介君が勝てるように、私、応援に行くよ!」

「いや、会場も米久高で遠いし、そこまでしてもらうのは悪いから…!!」

実際には、絵玲奈に無様な姿を見せたくないというのが本音であった。しかし、絵玲奈は
そんな俺の考えにはお構いなしであった。

「遠慮しないでって。私、全力で応援するよ!」

翌日、真人にもそのことを話すと、ちょうどその日の午後から米久高で合同練習があるということで、2人で応援に来るという展開になった。

これは流石にあまりにも情けない試合はできない、せめて一矢報いるくらいの試合にはしないと。

そう考え、藁にもすがるような気持ちではあったが、どこか鳥羽に隙がないか探してみることにした。