その後は、2人でとりとめもない話をして時間を過ごしていた。外が暗くなってきたので、俺たちは店を出て駅に向かうことにした。

「18時半か、着いたら19時だな。」

「2人でミスドなんて、随分久しぶりで、すごく楽しかった。でも、ちょっと遅くなっちゃったみたいだね。」

絵玲奈が乗る電車がそろそろ来ると思い、俺は駐輪場に戻ることにした。

「じゃあな、絵玲奈。」

そう俺が言った刹那、絵玲奈は奇妙な感覚に襲われた。このまま、俺と会えなくなってしまうかのような、そんな凍てつくような、絶望的な感覚であった。

『ダメ…。行かないで、亮介君…!!』

思わず、絵玲奈は俺のコートの端を掴んで、全力で引き止めた。その瞳は、まるで何かに怯えた少女のように、大きく見開いていた。

「どうした、絵玲奈?」

その言葉で我にかえり、絵玲奈は慌ててその手を離した。

「あ、ううん、ゴメン、何でもない。何か、急に、私の目の前から亮介君がいなくなってしまうような気がして…。そんなこと、あるわけないのにね。」

はっきりとは気づかれてはいないが、絵玲奈は俺の異変を感じているようであった。見送った絵玲奈は、どこか不安な表情を浮かべているようにも見えた。

『最後は、自分で決めなくちゃいけないんだ。真人でも、絵玲奈でもなく、自分が。』

部屋でそのことについて、どうすればいいのか考えては思考が堂々巡りしていた。そんな悶々とした日々が続き、あっという間に期限の日が迫ってきていた。

いつものように、部屋を暗くして考え込んでいると、次第に考えるのが面倒になってくる時もあった。

『いいじゃん、もう、そんな、あの時にこだわらなくたって。こっちで楽しくやっていければそれで。真希とも、こっちで出会えればいいんだし。』

だが、次の瞬間、また別の考えも浮かんでくるのであった。

『そんなに上手くいくのか?仮に真希と出会えたとしても、そんな半端な気持ちで、ちゃんと真希と向き合っていけるのか?そもそも、元の世界の子どもたちはどうなる?向こうの世界で、何一つしてやれないままじゃないか。』

一体、俺はどういう未来を選ぶべきか。どう今までの自分と過去に、そして、関わってきた人達に向き合うべきか。今までにないほど、俺は自分の将来というものについて向き合い、考えていた。

そして、期限が翌日になった夜、悩み、考え抜いた末、俺は結論を出した。
「あ、亮介君。どうだった?」

「うーん、まぁ、特に進展は無しっていうところかな。歴史科目を選択して理系を勧められたけど。」

「そっか。3月末までに提出しないといけないとはいえ、早めに決めたいよね。」

「まぁ、もうしばらく考えてみるよ。」

「それじゃ、私、次の授業は移動教室だから、もう行くね。」

絵玲奈がそう言って立ち去ろうとした時、俺はふと思いったって、絵玲奈を放課後に誘ってみることにした。もちろん、それで何かが解決に向かうというわけではなかったのだが、誰かに話して、気を紛らわせたかったのだ。

「絵玲奈、久々に2人で、ミスドにでもいかないか?」

「いいよ、行こう行こう!」

絵玲奈は2つ返事でOKしてくれた。その日はテスト期間のため部活もなく、俺たちは久しぶりに2人きりで放課後の時間を過ごすこととなった。

「何か久しぶりだね、こうして過ごすの。」

「ああ、そうだな。」

ここに来たばかりの頃の久々の感覚を、俺は懐かしんでいた。すると、絵玲奈が悩ましそうな表情で尋ねてきた。

「亮介君、ちょっと聞きにくいんだけど…、悩んでいることって、本当に文理選択だけなの?」

「え、何でそう思ったんだ?」

ひやっとした。まさか俺の状況が絵玲奈にバレているんじゃないだろうか、そんな予感が脳裏をよぎった。

「ううん、ただ何となくなんだけど…。私たちの知らない、別の何かで悩んでいるような気がして。」

「そうか…。大丈夫だって、気にしすぎだよ。」

「そうだよね、ごめん、なんか変なこと聞いちゃって。」

そう言ってその場ははぐらかした。どうなるか分からないため、事情を知らない絵玲奈に、状況を話すわけにはいかないと思っていた。
3学期が始まり、進路選択もいよいよ迫ってきていた。昼休み、いつものように真人と教室で昼食を食べていた。食事を終えると、実際の状況は悟られないように注意を払いつつ、俺は真人に尋ねてみた。

「なぁ、真人。文理選択はもう決めたか?」

「ああ、俺は理系。薬学部にいきたいからな。」

「ちょっと変な質問なんだが…もし未来が分かるなら、行ってみたいと思うか?」

すると、興奮気味に真人が話してきた。

「もちろんだよ。それで、希望の新薬開発の研究職になれていたら、最高じゃないか!」

意気揚々と話す真人に、これ以上聞くのは悪い気がしてきたため、俺は話題をそらして、それ以上は深く聞かないことにした。

次の授業のために移動していると、ちょうど授業を終えたばかりの絵玲奈を見つけた。

「絵玲奈は決めたのか、進路選択?」

「うん、私は文系。国際関係が第一希望だよ。亮介君、まだ迷っているの?」

「え、ああ。まあな…。」

「先生に相談してみたら?何かいい案が出てくるかもしれないし。」

本当に迷っていることは違っていたのだが、話題のつじつまを合わせるために、昼休みに担任の先生と進路相談をすることにした。

「文理選択で相談か。小森、将来何になりたいのかとかあるのか?」

「経済分野の仕事が出来ればいいかと考えています、銀行員とかSEとか。」

「とりあえず、歴史科目を選択して理系にしてみたらどうだ?そうすればどちらでも対応できるし。まぁ、負担はその分大きくなるけどな。」

文理どちらにも対応できる方法を担任の先生は示してくれたが、自分が実際に迷っているのは別のことであった。当然、結論に対しての進展はなく、相変わらず迷いを抱えたまま教室に戻った。しばらくして、絵玲奈が状況を聞きにやってきた。
こんばんは、藤川です。

いつも本ブログの作品を楽しみにしてくださり、ありがとうございます。

さて、毎週土曜日にお届けしている「Another Past―もし、過去をやり直せるとしたら―」ですが、筆者の都合のため、次回は年明けの1/18(土)にお届け予定となります。

しばらくお待たせすることとなりますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

皆様、良いお年を。
今後ともよろしくお願いいたします。

藤川貴大
俺の声に応じて、木の陰から、先ほどの格好にマスクをとった姿で2人が現れた。

「完成したのよ、現実時間に戻る装置が。テスト済みで、決行は年度末、3月31日よ。」

そう未来から告げられ、俺は安堵の気持ちがこみ上げてきた。ようやく元の世界へ戻るメドが立ったからである。新年早々に朗報が届き、俺は気持ちが舞い上がっていた。

「そうか、じゃあ、これからは、ここと行き来できるようになるっていうことなのかな?」

「…」

俺の問いかけに、2人は黙り込んでしまった。先程の浮かれ気分は吹き飛び、その空気に耐えかね、思わず2人に尋ねた。

「どうしたんだ?設計図とかあるだろうし、それを使えば出来るんじゃないのか?テスト済みって言うことだし。」

すると、単純にそう考えていた俺に対して、2人は思いもしなかった現実を告げた。

「前にも話したけど、私たちは、ただ史実を記して記録していくだけの存在であって、運命をコントロールする権限なんて存在しない。この装置は、本人にだけでなく、運命や歴史そのものを歪めるリスクが大きすぎるの。今回の件に関して、1回限り、上層部から使用を認められたのよ。」

「つまり、元の世界に帰るのか、ここの世界に残るか、決行日までに、あんたが決断しなくちゃいけないんだ。」

「すぐに返答はいいわ、また聞きにくるから。」

そう言い残し、2人はまたどこかに行ってしまった。

残された俺は、ただその場に立ちすくしていた。

ここに来たばかりの時は、とにかく早く元の世界に戻ることだけを考えていた。しかし、こちらでの生活も順調に回っている今、俺はどのような未来を選択するべきか、すぐには決めることができなかった。