宇宙(89) 遺伝子あれこれ(7)
DNAのコピーミスが遺伝情報を変化させる。
- 突然変異は新しい遺伝子型を生み、 進化へとつながる。
すべての人間が完全に同じ遺伝子を持っているとしたらどうなるだろうか。 誰を見ても同じ顔で、 同じ位の背格好になるだろう。 性格も知能も似たり寄ったり。 つまり、 人間社会から、 目に見える個性のほとんどが消えてしまう。 一人一人が持つ遺伝子に違いがあるからこそ、 人間に(遺伝的な)個性が生じるのである。 とはいえ、 ヒトのDNAにある塩基の約99.9%は誰でも共通であり、 人それぞれで違うのは残りのたった0.1%である(この0.1%について、 一卵性双生児では100%、 親子や兄弟姉妹では50%一致する)。 ではこの0.1%の違いは、 一体どのように生じたのであろうか。 1個の細胞が2個に増えるとき、 細胞はあらかじめDNAを正確にコピーした後、 2個の細胞に分配する。 DNAのコピーが正確だからこそ、 親の遺伝子は変化することなく子に伝わり、 その結果遺伝が起きる。 しかし、 ときにはDNAのコピーにミスが起きることもある。 細胞にはこうしたコピーミスを修復する機能があるが、 まれに修復もれが起きることがある。 こうして、 DNAの遺伝情報に変化が生じる。 もし、 このコピーミスが将来精子になる予定の細胞で起きた場合には、 親が持つ遺伝情報とは異なる精子ができる。 これが受精すれば、 親とは異なる遺伝子が子に伝えられることになる。
何らかの原因で、 DNAの配列が変化することを「突然変異(或いは単に変異)」という。 DNAのコピーミスのほかにも、 紫外線や放射線によって起きる突然変異や、 染色体の構造が大幅に変化する突然変異もある。 こうした突然変異は、 それまでとは機能の異なる新しい遺伝子型を生み出し、 ときにはそれが病気の原因となることもある。 また、 遺伝子の変化が長い時間をかけて積み重なれば、 一つの種が二つの種へと分かれることもある。 これが、 生物の進化である。
●「DNAのコピーミス」はこうして起きる。
これから細胞分裂をしようとする細胞は、 それに先立ってDNAをコピー(複製)し、 2倍に増やしておく必要がある。 このDNAのコピーには、 ときにミスが起きることがある。 多くの場合はミスは修復されるが、 まれに修復されず、 塩基の並びが変化したDNAが生じることがある。 こうして起きる突然変異は、 遺伝子のバラエティーを生み出す大きな要因となる。
※様々な突然変異4種類
DNAの塩基に起きる突然変異には、 [1]文字の置き換え、 [2]挿入、 [3]欠失等がある。 また、 染色体レベルで起きる大規模な突然変異にも、 [4] 欠失、 [5]重複、 [6]逆位等がある。
1)コピー前のDNA
DNAを構成する2本の鎖(リボン)は向かい合い、 それぞれの塩基は、 AとT、 CとGが向かい合ってペアを作っている。
2)コピー中に“誤植”が起きる。
2本の鎖はほどかれ、 1本の鎖のそれぞれに「DNA合成酵素」が結合して、 それに対応する新しいDNAの鎖を作っていく(DNAのコピー)。 このとき、 AとT、 CとGが対応するように塩基が選ばれるが、 まれに誤植(コピーミス)が起きる。
3)異なる配列を持つDNAができる。
コピーミスが起きたのにもかかわらず、 修復がうまく行かなかった場合、 以前はなかった新しい配列を持つDNAが生じる。
4)“誤植”は次の世代へと受け継がれる。
一旦修復しそびれたコピーミスは、 他の配列と区別されることなく正確にコピーされ、 次の世代に受け継がれていく。
●王室に起きた突然変異
- 血友病
19世紀のイギリス王室に突如、 家族性の血友病が発生した。 最初の発症者はビクトリア女王の息子であり、 ビクトリア女王の子孫にも発症者が続出した。 王室にはそれまで血友病は発生せず、 ビクトリア女王の出身家系にも発症者はいなかった。 ビクトリア女王は父が52歳のときの子であることから、 父の精子形成の過程において、 X染色体上にある血友病の遺伝子に突然変異が起き、 劣性の変異型遺伝子に変わった可能性があると推理されている。
※女性の場合、 変異型遺伝子を1個持つだけでは発症せず、 「保菌者」となる。
※男性の場合、 変異型遺伝子を1個持つだけでは発症してしまう。
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宇宙(88) 遺伝子あれこれ(6)
「野菜嫌い」は遺伝子のせいか。
- 「苦味に敏感な人」や「酒の飲めない人」は、 遺伝子で説明できる。
苦味への敏感さには個人差があり、 遺伝子の影響を受ける。 その研究は、 80年ほど前に起きた“偶然”から始まった。 1931年のある日、 デュポン社(アメリカの化学メーカー)のアーサー・フォックス研究員は、 「PTC(フェニルチオカルバミド)」という化合物の粉末を誤ってこぼしてしまった。 舞い上がった粉末を吸い込んだ同僚は「ひどく苦い」と怒ったが、 当の本人は何も感じなかった。 こうして、 PTCを苦く感じる人とそうでない人がいることがわかった。 2003年、 アメリカのデニス・ドレーナ博士らのグループは、 ようやくその原因遺伝子を突き止めた。 7番染色体にある「TAS2R38遺伝子」である。 舌の細胞の表面で、 PTC等の苦味物質を受け取るタンパク質の設計図である。 このタンパク質には、 感度の異なる三つの型があり、 それに応じて遺伝子も三つの型がある。 高感度型の遺伝子を持つ人は苦味に敏感になり、 逆に感度の低い型だけを持つ人は苦味をあまり感じない。 最近では、 ブロッコリーやキャベツを苦く感じるかどうかに、 この遺伝子型が関係することを示すデータが報告されている。 「酒に強いかどうか」も、 遺伝子の影響を受ける。 なかでも決定的な影響を与えるのは、 二日酔いのもととなる有毒物質アセトアルデヒドを分解するタンパク質の設計図である「ALDH2遺伝子」の型である。 東アジアには、 分解効率の悪いALDH2遺伝子を持つ人の割合が多い。 日本人の約4割は、 この効率の悪いALDH2遺伝子しか持っておらず、 酒の飲めない体質となる。 こうした人は体内にアセトアルデヒドが残りやすく、 二日酔いになりやすい。
●苦味への敏感さを決める遺伝子がある。
舌にある「味蕾」には、 味を感じるための細胞(味細胞)が集まり、 口に入って来た化学物質を待ち構えている。 苦味を感じる細胞の表面には、 苦味物質PTCを受け取る役割を果たす「TAS2R38」というタンパク質が埋め込まれている。 このタンパク質を作るための遺伝子は7番染色体にあり、 高感度の「PAV型」と感度の低い「AVI型」の二つの型がある(記号はアミノ酸の並び方に由来する)。 この内高感度型の遺伝子を1個も持たない人は、 PTCをなめても苦味を感じない。
●酒の強さは遺伝で決まる。
血液に入ったアルコール(エタノール)は肝臓に運ばれ、 「アルコール脱水素酵素」のはたらきでアセトアルデヒドへと変えられる。 このアセトアルデヒドもやはり有害な化学物質であり、 同じく肝臓にある「アセトアルデヒド脱水素酵素」のはたらきで酢酸へと変えられてようやく無毒化される。 アルコール脱水素酵素を作る「ADH1B遺伝子」(4番染色体)、 アセトアルデヒド脱水素酵素を作る「ALDH2遺伝子」(12番染色体)にはいずれも活性のことなる型があり、 特に低活性型のALDH2遺伝子だけを親から受け継いだ人はアセトアルデヒドの分解速度が著しく遅くなるために、 酒の飲めない体質になる。
― - - つづく
宇宙(87) 遺伝子あれこれ(5)
遺伝と言えば「メンデルの法則」。 だがヒトの遺伝はもう少し複雑だ。
- 数多くの遺伝子がかかわる「多因子遺伝子」とは何か。
遺伝と聞いて、 真っ先に思い出すのはメンデルの名前である。 19世紀のオーストリアの修道士、 グレゴール・メンデル(1822~1884)。 19世紀のヨーロッパでは、 農業や園芸のための品種改良が盛んだった。 メンデルは、 より良い品質改良のテクニックを得るためにエンドウマメの交配実験を行い、 親から子へと伝わる「何か」があることを突き止めた。 メンデルはその何かを「要素(element)」と呼んだが、 これが今でいう「遺伝子(gene)」である。 尚、 遺伝子という呼び名は、 デンマークの遺伝学者ウィルヘルム・ヨハンセン(1857~1927)が1909年に提案したものである。 メンデルは1866年までに、 親の特徴が子に遺伝するときの法則を三つ見つけた。 「優性の法則」「分離の法則」「独立の法則」であり、 これらをまとめてメンデルの法則と言う。
血液型の遺伝は、 ヒトの遺伝にメンデルの法則が当てはまる典型的な例である。 だが、 ヒトの遺伝は、 メンデルの法則で単純に説明できるものばかりではない。 例えば、 身長の遺伝がそうである。 身長の高さは一卵性双生児の間でほとんど一致することから、 遺伝子の影響が強いことがわかる。 しかし、 たった1個の「身長を高める遺伝子」があり、 その有無だけで身長の高さが決まるわけではない。 実際には、 身長に関わる遺伝子は数十個から数百個ほど存在すると考えられており、 それらが持つ小さな効果の重ね合わせによって身長の高さは左右される。 このような遺伝は「多因子遺伝」と呼ばれている。 身長だけでなく、 病気になりやすい体質や性格等、 ヒトの個人差にまつわる遺伝の多くは多因子遺伝の例である。
●遺伝の基礎 - メンデルの法則
オーストラリアの修道士だったメンデルは、 種屋で買ったエンドウの種子を修道院の庭に蒔いて交配実験を繰り返し、 優性の法則(1)、 分離の法則(2)、 独立の法則(3)を突き止めた。 メンデルはこれらをまとめた論文を1866年に発表したが、 当時の学者にはその価値がわからず、 ほとんど無視された。 メンデルは「私の時代がきっと来る。」という言葉を残して1884に世を去った。 その16年後の1900年に、 同じ法則が3人の学者によって改めて発見され、 メンデルの法則は遺伝学の基礎として広く認められることになった。 また品種改良や遺伝子組み換え技術等の基礎として、 メンデルの法則は広く今日の社会を支えている。
(1)優性の法則
メンデルは、 豆の色が黄の純系(遺伝子型AA)と緑の純系(aa)を交配してできる子世代のエンドウ(Aa)には、 常に黄の性質が現れ、 緑の性質は現れないことを発見した。 これを優性の法則といい、 黄を優性形質、 緑を劣性形質という。
(2)分離の法則
Aaのエンドウから配偶子(花粉及び卵細胞)ができるとき、 Aとaは分かれて、 別々の配偶子に入る。 これを分離の法則という。 分離の法則がはたらく結果、 Aa(黄)同士の子は、 黄と緑が3:1の比に分かれる。
(3)独立の法則
豆の形には丸(優性形質)としわ(劣性形質)がある。 メンデルは「豆の色の遺伝」と「豆の形の遺伝」には、 優性の法則と分離の法則がそれぞれ独立にはたらくことを発見した。 このように、複数の種類の形質が独立して遺伝することを「独立の法則」という。
→ 独立の法則がはたらく結果、 AaBbのエンドウ(黄・丸)同士の子は、 黄・丸と緑・丸と黄・しわと緑・しわが9:3:3:1の比に分かれる。
●多因子遺伝のしくみ
身長の遺伝は「多因子遺伝」の例である。 ここでは身長の程度が「身長を高める遺伝子」の個数で決まる(不完全優性)と仮定する。 身長を高める遺伝子4個を持つ父親と2個持つ母親がおり、 それらの遺伝子が3ペア(計6本)の染色体上に配置しているとする。 この父母の子は、 遺伝子を2~4個持つ確率が高くなり(合計87.5%)、 両親と似た長身の子が生まれやすい。 一方、 1個や5個の子もそれぞれ6.25%の確率で生まれる。
●遺伝子の個数で赤さが決まる - アサガオの色の遺伝
アサガオの花の色を決める遺伝子にR(赤)とr(白)がある。 その両方を持つ(Rr)とき、 花の色は赤と白の中間(ピンク)になる。 これは、 赤と白の優劣関係が完全ではないために起きる現象であり、 これを「不完全優性」という。 このとき、 アサガオの色はRの有無ではなく個数で決まる。
― - - つづく