天の声(228) 散歩(228) 日本国の再生(201) 光(194)
閃き!!!
『震災復興 啓示百八十五』(2013年第二十八信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
「参議院選を前に」、 思うこと。
国民は如何なる投票行動をすべきか。
1)人間として深みのない主張
原発、 新エネルギー、 農業、 教育等何一つ明確なビジョンが見えて来ない選挙戦。 如何なる教育を受け、 育ってきたのか。 国をリードするなど、 とんでもない思い違いである。 国民の税金、 消費税など、 公の資金を玩び、 自らが生きる糧として搾取している有り様が醜く映る。
2)真実を探る
(1)原発
「原発」是認、 もうそこで『真実への道』は閉ざされる。 何故ならば、 「福島原発事故からの教訓」は享受されることはないからである。 先日も、 「真実に最も近いと思われる人物」が逝去されてしまった。 原発の知識を豊富に持つ専門家は多く存在するが、 新エネルギーへの切り換えを英断する人物は存在しない。 他国への輸出を口に者がいるが、 その時点で信頼性・人格は崩壊する。 何故ならば、 そこには自らの自我のみが存在し、 人間としての他者への配慮・優しさが著しく欠如しているからである。
(2)農業
「食」にすべての出発点があることに目覚めない限り、 社会の健全な発展はあり得ない。 有能な人物が人生半ばにしてこの世を去る事例が多いように思える。 色々な要因があるとしても、 「食」への関わり、 「医療」への関わりが大きく占める。 歪んでしまった真実を捉え、 立て直すのに物理的な時間は短くて済むが、 既得権を守ろうとする社会システムを崩すことは容易でない。
(3)教育
「好ましく成長した大人(教育者)」と「好ましく発展した社会(環境)」無くして、 「好ましい子供(人間)の成長」は困難である。 勿論、 悪環境下で立派に成長する子供達は存在する。 好ましい社会を構成する好ましい人間の割合を如何に増やすかに「教育の使命」がある。 しかし、 実際の教育者達が正しい認識の下教育を実践しているのか疑問に思える事例が数多く存在する。
(4)選挙
選挙は、 本来望ましい社会の方向性を決める国民に与えられた選択権であるが、 現実は形だけである。 各党の主張は空しく宙に舞う。 それもそうだろう。 空ろなものから「実のある物」は生まれようがない。 「インターネット選挙」という響きも空ろである。
3)鎮守の森に集う
先のメッセージでも伝えたように、 鎮守の森には学べることが沢山ある。 五感に働きかけ、 五体を覚醒させてくれる。 鳥羽の賀多神社の裏山にある原始林は想像を遥かに超える迫力(パワー)がある。 日本全土に“鎮守の森”は存在する。 その鎮守の森に、 今回の参議院選の投票のヒントがあるかも知れない。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
●本日のメッセージ
素晴らしい ご縁の中で 突き進む
心は決まり 日々の実践
心の決定は既に完了しています。 一つしかない選択肢を迷うことなく前進しましょう。 心の決定は既に完了しています。 あなたは素晴らしいご縁の中で活躍をゆるされています。 迷うことは何ひとつとありません。 悩みは過去のできごとです。 今日はできることを一つ前進させることです。 光の矢はあなたを射し、 決断・実行を確定しています。 あなたを愛する多くの善人が協力の力を確保しています。
Thackery
天の声(227) 散歩(227) 日本国の再生(200) 光(193)
閃き!!!
『震災復興 啓示百八十四』(2013年第二十七信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
「10日間の非日常生活を体験し」、 思うこと。
そこには、 奥深い日本の息遣い・歴史があった。
1)伊勢神宮
今年は、 20年毎に古より繰り返されている神宮式年遷宮の第62回の年に当たり、 特別な神氣が漂っていた。 内宮の正宮参拝前に、 伊勢神宮手前にある「月讀宮」参拝。 ここには、 “月讀荒御魂(月讀荒御魂宮)“、 ”月讀尊(天照大神の弟神: 月讀宮)“、 ” 伊弉諾尊(伊佐奈岐宮)“、 ” 伊弉冉尊(伊佐奈弥宮)“が祀られている。 次に、 天照大御神の御杖代として鎮座賜る安住の地を探して旅していた倭姫命に伊勢の五十鈴川の地を案内した大田命の先祖・猿田彦命が祀られている猿田彦神社参拝。 ここには、 「御神田」が神社続きにあり、 青々とした水稲が育っていた。 次は、 宇治橋を渡り、 御手洗場を越えた先にある風日祈宮(かざひのみのみや)、 ここには級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)が祀られており、 ご祭神は、 伊弉諾尊の御子神で、 特に風雨を掌(つかさど)られると伝えられる神々である。 雨風は農産物に大きな影響を与えるので、 神宮では古より正宮に準じて丁重にお祭りしている。 次はいよいよ『正宮』参拝。 ここには天照大御神が祀られている。 御垣内参拝ができる”特別参宮章“を持っているが、 今回は背広を持って来ていないので一般参拝とし、 日本国家の繁栄をお祈り申し上げた。 また、 国内外の戦争を乗り越え、 日本国民が立派に神宮をお守りしてきたことに対し、 日本人としての誇りと畏敬の念を覚えた。 現在の日本は、 国のリーダーを始めとして、 乱れに乱れているが、 いつの日か人間らしさを取り戻せることを願い、 自らの出来る事に日々精進していくことを誓った。 次は、 荒祭宮(天照坐皇大御神荒御魂)参拝。 ここでは、 家族のこと、 友人のこと、 私に繋がっている全ての人々のためにお祈りした。 神宮(内宮)を後にする頃には、 すっかり世の穢れが祓われ、 清々しい心持ちになっていた。
http://www.sengu.info/video.html
http://www.sengu.info/pr.html
※記録によれば神宮式年遷宮は、 飛鳥時代の天武天皇が定め、 持統天皇の治世の690年(持統天皇4年)に第1回が行われた。 その後、 戦国時代の120年以上に及ぶ中断や幾度かの延期などはあったものの、 1993年(平成5年)の第61回式年遷宮まで、 およそ1300年にわたって行われている。
※スペイン・日本交流400周年でスペイン訪問された皇太子様が帰国報告のため、 皇太子様代理が参拝されている一行に遭遇した。 宇治橋前に黒塗りの車でお着きなり、 一般参拝者とは程良い距離が皇宮警察誘導の下保たれ、 厳かな参拝風景を目の当たりにすることができた。
2) 内宮参拝後の順路は名称だけ簡単に記すこととする。 倭姫宮(倭姫命: 第十一代垂仁天皇の皇女) → 神宮美術館 → 神宮農業館(古よりの稲作の歴史が学べる) → 神宮微古館 → 外宮(豊受大御神)。
3)伊雑宮
別の日に、 鳥羽市内から自転車で出かけた。 『今では禁書となっている「先代旧事本紀大成経」には、 皇室と直結する伊勢神宮・内宮の別宮である伊雑宮の方が、 本宮(内宮)よりも社格が上である事を示す記述があったり、 本当の伊勢神宮は伊雑宮である等と書かれており、 “伊雑宮”は興味深い神社である。』 また、 『元々天照大神を祀っていたのは伊雑宮であり、 その後に内宮・外宮が造られたと言う見解も存在する。 伊雑宮の御田植えの祭りの日には7匹の龍が、 的矢湾から川をさかのぼって伊雑宮の大御田橋まで上がってくるという言い伝えもあり、 謎の多い宮である事は確かである。』 今回の伊雑宮参拝でとても重要な啓示を受けた。 それは、 「乱れに乱れている日本国を立ち直らせるシステムは、 既に日本の中に存在する。 鎮守の森の中に。」ということである。
http://www.youtube.com/watch?v=-c1ArS8hi8c
4)鳥羽グランドホテル
今回は、 鳥羽グランドホテルでお世話になり、 色々な人々と出会うことができた。 その方々の中には、 私の施術(刮痧による反射区への手当)に対し、 最大の賛辞を頂いたご婦人もおられた。 また、 遠方から来られたご婦人に「健康に於ける玄米の重要性」をお伝えすることもできた。 日本国を立ち直らせるためには、 「健康な食」「健康な考え方」がとても重要である。 鳥羽では他にも意味ある出会いがあった。 その一つは、 鎮守の森にある賀多神社(724年[神亀元年]に創建)で、 裏山には原始林が聳え立っていた。 もう一つは、 伊良子清白氏(医師で詩人)で、 復元された邸宅を訪れることができた。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
●本日のメッセージ
陽々と 光が当たる 畦道を
一人静かに 歩む人生
魅力ある人生を開拓していきましょう。 あなたの能力が活かされる道を選んでください。 太い大きな道を歩むより、細くて誰にも邪魔のされない畦道(あぜみち)を歩みましょう。 あなたの歩む畦道はいつも陽々と光があたり、 大切な役割を世のために送り出しています。 多くの人が競争している大きな道を歩む必要はありません。 あなたしかできないことは、 あなたの進む道を開拓していけばいいのです。
Thackery
天の声(226) 散歩(226) 日本国の再生(199) 光(192)
閃き!!!
『震災復興 啓示百八十三』(2013年第二十六信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
「神道と日本人 - 魂とこころの源を探して」に接し、 思うこと。
日本のみならず、 全世界を包み込むパワー。
1)自然の中から生まれた神道
八百万の神と言うように、 “神道”は日本の森の中で生まれた。 日本の原初では、 鎮守の森そのものが神社であった。 神社の社殿が造られるようになる以前の遙か古代における神社とは、 神奈備(かんなび: 神の鎮める場所、 特に森や山のこと)、 磐座(いわくら: 古代から神を招いて祭りをした岩石。 厳かなる岩や石の存在は聖域とされていた。)・神籬(ひもろぎ: 古代からの臨時の祭祀施設)などの聖なる中心と、 それを取り囲む「森」があってはじめて、 神社になり得た。 つまり、 神社の本来の姿は、 魂の宿る鎮守の森、 すなわち「杜」であった。
2)人が自然に生かされる
神道は、 エコロジー、 つまり地球環境問題との関係で語ることができる。 神道には、 この地上の生き物すべてと連帯し、 それぞれが自然の生態系と生命連鎖の中で生きているという考え方がある。 一方、 西欧科学は、 自然は人間の力によって抑えられるものだと考え、 豊かな物質文明を作り上げてきた。 ところが、 自然に対する神道的な考え方が正しかったことが、 今正に自然科学の事実としても明らかになってきている。 つまり、 この世界の中で偉いのは人間だけだ、 という人間中心主義の発想は、 もう科学の世界でも通らなくなっている。 万物に命があり、 霊性があるとする神道の捉え方が、 現代の地球上の環境破壊に対する積極的なメッセージとなる。 地球上の各地で環境破壊が止まらず、 森林は破壊され、 土壌は流出し、 局地的な集中豪雨など、 気候変動は年々激しさを増している。 地球温暖化による異常気象のみならず、 生態系は危機に瀕しているのが実態。
3)「トイレの神様」が解き明かす「禊(みそぎ)」の精神性
なぜ日本人は、 世界でも例を見ない程「きれい好き」と言われているのだろうか。 ひとつの典型的な例をあげれば、 「おしぼり」である。 今はかなり簡素化されているものの、 喫茶店や酒場で出されるおしぼりは、 日本人独自の清潔感で相手を「もてなす」文化である。 また、 日本人は「世界一風呂好きの民族」とされる。 更に、 日本の道路が、 「世界一きれいな道路」と言われている。 日本列島を縦横に走る道路は、 アメリカやカナダ、 中国や韓国、 そしてフランスやイギリスなど、 どの先進国の国々よりも、 常に整然とし、 きれいに整備されている。
4)連鎖する災厄にどう向き合うか
東日本大震災で、 地震と津波からの連鎖的な爆発や火災によって放射能漏れを引き起こした福島第一原子力発電所の事故。 そもそも原子力発電の原理とは、 簡単に言えば、 原子炉内でウランの核分裂を起こさせ、 大量の電力というエネルギーに換えるものである。 更に、 わかりやすく言えば、 人工的に「燃焼の原理」を原子炉内で起こし、 「原子力の火」を作って燃やすという仕組みである。 いいかえれば、 原子力発電の大元には、 「人工の火」があるということになる。 原子力の「火」が沈静化しない福島第一原発の異常事態は、 原子力発電が想像以上に事故によって起こる「火」に弱かったことを示している。 象徴的に表現すれば、 現代科学は、 原子力という「火の神」の災禍を鎮められていなかったと言える。
日本に於いて「火の神」とは、 古事記では、 火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ: イザナミが最後に産んだ御子神)といい、 日本書紀では火産霊神(ほむすびのかみ)と呼ばれる。 この火の神は、 古代から日本人に深く崇敬された自然の神でありながら、 ときに恐ろしい災厄をもたらす神とされてきた。 ギリシア神話に於いても、 「火」は神の領域に属していた。 それ故、 人類に火をもたらしたプロメテウスはゼウスの怒りに触れた。 原子力発電が、 ときに「神の火」、 「第二のプロメテウスの火」と喩えられるのも、 人類が神の領域に踏み込んだことを意味している。 洋の東西を問わず、 人間が「火」をいかに扱うかは、 神への畏敬を抜きには考えられなかった。 「火」を人間の都合だけで軽視することは、 正に神をも畏れぬ所業であった。 原子力の「火の神」の暴走こそ、 現代科学技術が排除してきた、 「神の怒り」と見て取れるからである。
5)凶事を再生に転化する祓への力
秋葉原の通り魔事件について、 多くの神職が指摘した事実がある。 それは、 秋葉原に火の神を祀る神社がない、 という点以上に、 むしろ重大なのは、 秋葉原の事件現場では、 慰霊や鎮魂、 そして「祓へ」の儀式がまったく行なわれていない、 という点だった。 つまり、 被害者を祀り、 災いを祓う機能が秋葉原には存在しないことになる。 秋葉原通り魔事件など、 悲惨な厄災が起きても、 「お祓い」を依頼する日本人がいないのは何故か。 ひとつには、 「お祓い」が人々の日常から遠ざけられてきたからである。 とくに都市部では、 「非科学的な単なる習俗」であるとして、 その価値が軽んじられてきた。
今の日本人の生活から、 祓への精神性が次第に忘れられ、 神を祀り、 祈願することが少なくなってきた。 通り魔事件で国や行政が考えた再発防止策は、 「ダガーナイフの所持禁止」や「秋葉原の歩行者天国の中止」であった。 そのことは、 過去の日本人の伝統的な生活思想が失われている状況をいみじくも物語っている。
甲斐奈神社の高原玄承宮司(「祓への研究 - 修祓に関して」の著者)は、 「天災」と「人災」が連鎖する危険性と、 「公的な祓へ」の必要性を次のように説く。 「私は常々、 先の戦争においても、 本当は公的な祓へとして、 戦争後に『大祓』を行なうことが必要であったと思ってきました。 また、 東日本大震災でも、 今度は人間がそれを相対的な罪として、 人災へとかたちをかえる恐れがありますから、 それを日本人の誰かが大祓へを行なう必要があると思います。 それには、 まずは災害を何としても鎮め、 清めること。 そして、 自分のためだけではなく、 被災地の復興のために、 国家的に政治家も『大祓』を行ない、 それを祈る気持ちが大事です。 その罪穢れを人災にかえないようにするためには、 何よりも自分が人としての節度を守り、 何でも貪るような心を捨て去ることです。 その理由は、 究極の大意としての“祓へ”は、 人々が天意を知り、 これから世の中全体が良い方向へと改まるようになることを祈り、 自分の生活のなかの役割として考えることが何よりも大切だからです。」
6)神道の「三つのF」
神職と精神科医の両方の視点を併せ持つ賀陽濟宮司(田無神社)は、 神道について興味深いことを語っている。 神道には、 「三つのF」があると言う。 「ひとつは、 フエイスフル(Faithful)、 つまり人が誠意をもって神や自然と向き合い、 交流することです。 これは日本人のもてなしの心につながります。 ふたつめは、 フレキシブル(Flexible)。 つまり、 柔軟な“揺らぎ”の精神をもって、 寛容に構えること。 根無し草のように、 ただ漂うのではなく、 日本人としての歴史、 伝統、 文化、 風土に根ざすことが大事だということです。 もうひとつは、 フレッシュ(Fresh)。 神道は古いようでいて、 常に新しい。 常に新鮮さを保っているのです。 これは仏教の無常観にもつながりますね。」 更に、 賀陽濟宮司は次のように語った。 「いまの科学の三つの大きなテーマである『ゲノム論』、 『素粒子論』、 『宇宙論』のそれぞれに神道は深く関係してきていると言えます。 例えば、 生命科学のゲノム論は、 塩基の組み合わせという“つなぎ”で成り立っていますし、 遺伝子の二重らせん構造そのものが、 神道の生命観に似ている、 という指摘もあると思います。 何より神道の原型といわれているものは、 人間の“へその緒”に象徴されているのです。 神社の社殿の前にある“鈴のひも”(注連縄)は、 人間の“へその緒”であると私は思っています。」
7)今回の結び
神道の源は、 日本の自然、 鎮守の森にあると説いてきた。 そのことは、 現代の日本でも実証されているので、 一例をご紹介したい。 昨日、 ロードショーの幕開けとなった「奇跡のリンゴ」(主演: 阿倍サダヲ、 管野美穂)の中に、 自然の真実が語られていた。 木村秋則さん(自然栽培農法実践者)の実話に基づくもので、 農薬から来る奥様の健康被害に対処すべく、 無農薬・無化学肥料による「リンゴ作りに挑戦し、 成功した」物語である。 リンゴの花が咲くまでに11年を要し、 その間無収入で極貧生活を強いられることとなった。 しかし、 家族の愛と木村氏の自然への研究心・愛から最終的には『素晴らしいリンゴ』を育てることに成功した。 木村氏の著書の中で、 「リンゴを育てるようになって、 私が学んだいちばん大きなこと。 それはこの地球上に生きる生き物は、 みんなお互いに深く関わり合いながら生きているということでした。 人間もその例外ではありません。 けれど今の人間は、 そのことを忘れて生きている。 自分が地球の主人公だと錯覚しているわけです。 私自身もそうでした。 農薬を使わずにリンゴを育ててみようとなんて常識はずれもいいことを思いついて、 リンゴ畑を滅茶苦茶にして、 気の遠くなるほど長い間苦労しなければならなかったのも、 今考えてみればそのせいでした。 私は、 自分がリンゴの実をみのらせるんだと勘違いしていたのです。 そんなバカな話はありません。 リンゴを実らせるのはリンゴの木であり、 リンゴの木の命と自然の中の無数の命のつながりなのです。 人間にできるのはせいぜい、 そのお手伝いをすることくらいのもの。 そのことに気づいて、 ようやく何年間も花を咲かせなかったリンゴの木が、 花をさかせてくれるようになりました。 どんなに科学が進歩しても、 人間はリンゴの実の一粒も作り出すことはできません。 私たちを生かしてくれている無数の生き物とのつながりが断たれてしまったら、 人は生きていくことができないのだということを、 リンゴの木が私に教えてくれました。 そのことを心の底から理解できるかどうかで、 人間がこれから先にもこの地球で幸せに生きていけるかどうかが決まると私は思っています。」
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
●本日のメッセージ
団結の 力は偉大 進みゆく
得意分野で 一致団結
成就への道は協力者の団結で開けます。 力を結集させ、 協力体制を築きましょう。 人の結団の力は偉大です。 役割分担を明確にして、 一致団結しましょう。 与えられた仕事を忠実にこなし、 得意とする分野に積極的に取り組み、 自らが進み出て使命を全うしましょう。 成就への道は協力者の団結で開けます。
Thackery


































