お宝映画・番組私的見聞録 -72ページ目

新宿警察

「五番目の刑事」は新宿を舞台にした刑事ドラマであたっが、やはり新宿を舞台にした刑事ドラマにその名もズバリ「新宿警察」(75年)がある。自分は長いこと気付いていなかったのだが、このドラマには原作があり、藤原審爾の「新宿警察」シリーズがそれである。レギュラー登場人物の役名はほぼ原作に沿っているようだが、中身を読んだことがないので、原作のエピソードをドラマに使用しているかどうかは不明である。
小説がスタートした時点(68年)では、新宿警察署という名称の署はなく新宿にある署は淀橋警察署という名称であった。つまり架空の署だったわけだが、69年に現在の新宿警察署に改称されている。ドラマのタイトルは「新宿警察」だが、そのまま使うのは都合が悪いようなので、新宿にある架空の角筈署が舞台と設定されている。
レギュラーは次のとおり。北大路欣也(根来刑事)、藤竜也(結城刑事)、財津一郎(山辺刑事)、三島史郎(戸田刑事)、司千四郎(伊東刑事)、花沢徳衛(徳田刑事)、小池朝雄(仙田主任)、多岐川裕美(戸志子:根来の妹)となっており、原作では伊東は伊藤、仙田は主任ではなく課長、戸志子は登志子と表記されているという違いはあるが基本的に原作にも登場するキャラである。
当時、北大路欣也は32歳。時代劇スターのイメージが強く、ドラマでのレギュラーも時代劇が主であった。映画でも現代劇といえば「仁義なき戦い」の印象が強い頃で、やくざ役のイメージがあり刑事役というのは珍しかった。藤竜也は当時34歳で、映画では刑事役の経験はあったかもしれないが、日活のニューアクションでの反体制の若者イメージが強い頃。ドラマでも怪しげな役が多かった。この後、刑事役が多くなる藤だが、レギュラー刑事役はこれが初だったと思われる。
この二人を目玉に、財津、小池、花沢といったベテランがバイブレヤーを務める。花沢は東映の「警視庁物語シリーズ」(56~64年)で、林刑事役を長年にわたって演じていた。この時点で大ベテラン刑事の雰囲気であったが、11年生まれなので、「新宿警察」の時は64歳であったわけである。加えて財津一郎、小池朝雄といった当時40代の個性派俳優に囲まれては、若手刑事役の三島史郎、司千四郎は中々目立つことは出来なかったと思う。
しかし、若手役といっても三島史郎は実は北大路欣也とは同じ年だったようである。ウィキペディアに項目もなく、少ない情報を辿ると42年11月生まれのようなので、43年2月生まれの北大路とは同学年ということになる。67年に公開された成瀬巳喜男監督の遺作となった「乱れ雲」で、主演の加山雄三が演じた役名が三島史郎というのだが、おそらく芸名はそこから取ったのではないかと思われる(本名は三島正基)。次回に続く。

 

市川崑劇場・追跡 その2

前回の続きである。ここから先は割合有名な話かもしれない。予定されていた13回までは、順調に放送されていた「追跡」(73年)だったが、追加された15話放送予定の「汚れた天使」の監督として選ばれたのが、若者に人気のあったアングラ演劇の演出家である唐十郎であった。これは市川崑の要請もあったからだという。しかし、完成品を見た関西テレビのプロデューサーたちは、内容に問題ありとして放送を見送りを決定したのである。当然、唐十郎は激怒し「放送しなければ今後、関西テレビとは絶縁する」と宣言した。これに、主演の中村敦夫や共演者、スタッフが呼応し、何故か中村がかつて所属していた俳優座の重鎮・東野英治郎までもが「中止を強硬すれば、今後番組に出演しない」と宣言したのである。しかし、関西テレビは差し替えを強行し、「汚れた天使」は放送されなかったのである。
関西テレビはその中止理由をプリントして配布している。そこには「(間単にいうと)不破万作が演じるオカマが気味悪いなど」六つの不適格場面が挙げられ、「独特の演出法によって、大方の視聴者にとっては、そのテーマ性を十分理解されないまま、いたずらに不快感、嫌悪感を抱かせる恐れが出てきたため」中止にしたとのことだった。ちなみに、ゲスト出演者は不破の他、李麗仙、大久保鷹に加え、当時は状況劇場(唐十郎の劇団)に所属していた小林薫や根津甚八も出演していたという。
結局、局側と出演者サイドの溝が埋まることはなく、撮影済みだった16話までを放送して、番組は打ち切られることになった。そうまでして放送を中止することに意味があったのであろうか。放送して視聴者から抗議されたら対処すればよいではないかと思ったりする。あの「太陽にほえろ」にも、再放送されることのない封印されてしまった話が何本か存在するが、あくまでも局側(プロデューサー)の自主的な判断なのである。
「汚れた天使」の代わりに15話として放送されたのが「灰色の天使」で、監督を務めたのが能楽師で俳優の観世栄夫である。当時は能楽を離れて俳優業に専念していた時のようだ。小柄でちょっと池上彰に似た感じの人である。最終話となってしまった16話のゲストは番組主題歌も担当する上条恒彦、渥美国泰、荒谷公之などであった。上条恒彦は「木枯し紋次郎」第1シリーズの最終話でもゲストであった。中村ドラマの最終話に縁のある人である。
二作連続で不慮の事態により番組打ち切りとなってしまった関西テレビ(フジテレビ)の火曜夜10時枠だが、翌週からは海外ドラマ「痛快自動車野郎」を三週にわたって放送し穴埋めした後、スタートしたのがあの「どてらい男」だったのである。同枠では75年3月まで、78回に渡って放送されることになる(日曜日に移動し、77年3月まで続く)。
さて「追跡」だが、未放送となった「汚れた天使」の回は唐十郎が上映会を開いたりしているのだが、逆に放送された16回分については、再放送されたという話は聞かない。されたことがあるかもしれないが、現状は幻のドラマと化しているといえよう。これらは再放送したりソフト化することに問題はないはずだが、番組そのものが封印されているよな形になっていると思う。

 

市川崑劇場・追跡

まずは訂正から。前回の「真夜中の警視」で、菅野菜保之と菅野直行は同一人物であるかのように書いたのだが、二人は別人であるとの指摘を受け、ちゃんと調べたところ別人でありました。完全な思い込みで書いたためによるミスであり、該当部分を訂正(削除)させていただきます。

さて、本題に入るが「真夜中の警視」とくれば、「市川崑劇場・追跡」(73年)となる。何故かといえば、「真夜中の警視」の急な打ち切りにより、繰り上がって放送されることになったからである。しかも、13回の予定が「真夜中の~」の残り6回を合わせた全19回の予定となったのである。
「追跡」は監督(監修)が市川崑で、主演は中村敦夫。製作はCALで、主題歌は上条恒彦ということで、まさしく「木枯し紋次郎」の顔ぶれが揃ったわけである。個人的には、本作も一度も見たことはないが番宣でスクーター(ベスパ)に乗っている中村敦夫の姿は見た記憶がある。中村敦夫扮する新聞記者が事件の真相を追い求めるという社会派ドラマだが、主人公の名前は設定されておらず、「私」で通しているらしい。小説なら何とでもなるが、ドラマでは名前がないとキツいシーンもあると思う。自分から名乗る時は、名刺でも渡してごまかすのだろうか。
レギュラー陣は中村敦夫の他は、常田富士男、日下武史、山本紀彦、ジョエン・ガレッキ等のようだが、常田はデスク役で、山本は香月という役のようで、同僚記者だろうか。ジョエン・ガレッキに関しては何者か全く不明である。出演記録も本作以外なさそうだ。
市川崑劇場となっているが、監督を担当したのは初回のみである。その初回ゲストは波乃久里子、篠田三郎、デン助こと大宮敏充など。脚本の鴨三七は本名を日高真也といい、市川崑作品での脚本家として知られる。鴨三七の名は「木枯し紋次郎」などでも見られる。また、久里子亭の名で市川崑と共同出筆も多く行っている。久里子亭は、市川とその妻である和田夏十との共同ペンネームとしても使われている。
ゲスト出演者には、先代の三遊亭円楽や田中小実昌、はかま満緒など俳優が本業ではない人の名も見られる。また10話「天使の祈り」は中村敦夫が監督を担当。中村は「木枯し紋次郎」でも監督を担当したエピソードがある。10話のゲストは蜷川幸雄、小松方正、片岡五郎など。ちなみに片岡五郎は、原田芳雄と同様に俳優座花の15期生の一人で、07年にお笑いコンビ品川庄司の品川祐の母(マダム路子)と結婚している。以下は次回に続く。

 

真夜中の警視

原田芳雄が撮影中に交通事故を起こし、しかも無免許だったことががばれて打ち切りになってしまった番組が「真夜中の警視」(73年)である。放送回数はわずか7回。こういった打ち切りになった番組が再放送されることはほぼないはずなので、当時小学生だった自分も当然見たことはない(はず)。見ていた人や内容をしっかり覚えている人はごく少数ではないだろうか。
というわけで、ネットなどから情報を集めるしかないのだが、「真夜中の警視」と言っても原田芳雄が警視のわけではないし、刑事ドラマでもないようだ。
原田演じる西条五郎は、元警官で現在は有線放送を経営している。その一方では、事件屋として様々な事件を独自に解決していく。そんな西条を過去に犯罪を働いた連中からは「真夜中の警視」呼ばれ、恐れられているという設定だ。つまりは、あだ名というかキャッチフレーズみたいなものである。
レギュラーは原田の他は、アシスタントのルポライター・ミキに中野良子、原田の仕事を手伝う男に花田に門岳五郎、松木組の組長に菅貫太郎、榊警部補に菅野忠彦という顔ぶれだ。中野良子、菅貫太郎はわかると思うが、門岳や菅野はwho?という人も多いかもしれない。門岳五郎は本名・三木敏彦という。こちらの名前なら知っているという人もいるかも。元々本名で活動していたが、この番組に出演するにあたって門岳五郎と改名したのであるが、77年頃には元の三木敏彦に戻したようである。当時の新聞には民放初出演の33歳の新人といったような書き方をされていたが、正確には新人ではなかったと思われる。レギュラー出演は初めだったかもしれないが、デビューは67年頃のようだ。原田のいた俳優座ではなく文学座の所属だが、おそらく原田と繋がりがあり、そこからの抜擢ではないだろうか。菅野忠彦も当時は文学座に所属しており、39年生まれだが40年早生まれの原田、門岳とは同級生ということになる。菅野忠彦が本名だが、現在は菅野菜保之を名乗る。。
ちなみに、スガカンは俳優座の先輩であり、71年に俳優座幹部との対立で、原田や中村敦夫、市原悦子らと共に俳優座を退所している。
主題歌「真夜中は青いバラ」の歌はA・ケーシーとなっているが、ケーシー浅沼のことであり、「チキチキマシン猛レース」の唄を歌っていた人だと言えばわかるだろうか。
日本シナリオ作家協会が企画した作品であり、協会所属の13人が1話ずつシナリオを担当する予定だったという。ちなみに第1話は橋本忍、第2話は新藤兼人、第3話は池田一朗というように豪華なライター陣だったのである。監督も小野田嘉幹、長谷部安春、松尾昭典など有名どころが並んでおり、打ち切られ闇に埋もれてしまうには勿体ない作品だった気がする。しかし、共演の中野良子も怪我をし、カメラマンは重体、加えて無免許となれば打ち切りは仕方なかったと思われる。「五番目の刑事」でも堂々と無免許だったわけである。ばれなかったけれども。
今後も映像が残っていても、地上波はもちろんCSなどでも放送されることは難しいと思われる。可能性があるとすれば、どこかの会場で有志による上映会くらいだろうか。

 

五番目の刑事 その2

前回の続きである。「五番目の刑事」(69~70年)の12話にて、メンバーチェンジが行われている。
ベテラン桑山正一(牛山刑事)から、さらにベテランの殿山泰司(野呂刑事)に交替となったのである。牛山刑事の本庁への栄転が決まる。こういう場合、何かしらの事件が起きるものだが、牛山刑事も刺されて重傷を負う。事件解決後に原田(原田芳雄)が見舞いに行くと、牛山と昔からの知り合いという野呂刑事が現れ、その後任であることが告げられる。ちなみに当時、桑山は47歳、殿山は54歳だったが、どちらも(この頃の人は大体そうだが)実年齢よりは老けて見えるタイプに加えて、共に善人にも悪人にも見えるタイプであろう。にしても刑事役は珍しい印象である。桑山のスケジュールの都合なのだろうが、映画やテレビ出演はもちろんだが、劇団の代表でもあったので多忙であったことは間違いないだろう。
中村竹弥(山田部長刑事)は当時51歳。歌舞伎界では、下積みに終始していたが、テレビ創成期からテレビ界に進出。「半七捕物帳」「右門捕物帳」「旗本退屈男」「新選組始末記」「丹下左膳」といったお馴染みのTVシリーズ時代劇の全てで主演を務めたのは、彼ぐらいであろう。歌舞伎出身で、テレビが生んだ時代劇スターの第一号と呼ばれている。そんな中村竹弥の現代劇なので、珍しいことは確かだが特に違和感はない。珍しいと書いたが、60年代後半から70年代にかけては、結構現代劇にも出演しているのである。お馴染みの「大江戸捜査網」の隠密支配・内藤勘解由役はこの「五番目の刑事」が終了した半年後からである。ちなみに、「特捜最前線」の第1話(77年)には中村竹弥、殿山泰司が共にゲスト出演している。
ゲストに目を向けると、9話に登場する渡辺文雄演じる早野警部だが、まんま「非情のライセンス」の橘警部である。ここからキャスティングされたこともありうる。15話に登場する青木義朗演じる暴力団担当の影山刑事。やはり「特別機動捜査隊」の三船主任を思わせるが、その三船主任は登場したばかりの頃であり、まだ番組の顔として定着はしていなかった頃である。13話の高津住男演じる凶悪犯というのも中々珍しい。どうしても凶悪に見えないし。菅井きんも普通に悪徳ばあさん(といっても40代)として登場し、立花刑事(工藤堅太郎)に殴られていた。やはり目立っていたのは、丸山(美輪)明宏で、役名も万里小路霞というそれらしいものであった。「雪之丞変化」(70年)という主演作もあるが、ドラマ出演はそれほど多くない。美輪を名乗るのは71年からである。
放送は後、10回ほど残っているのでそれを見てから、また取り上げるかもしれない。
本作でジープを乗り回していたりする原田芳雄だが、実は無免許であったことがわかるのは、この3年後のことである。

 

五番目の刑事

長いことOPとEDしか見たことがなかった番組が、昨年末から東映チャンネルで放送が開始された。それが「五番目の刑事」(69~70年)である。記憶になかったとかではなく、中身は全く見たことがなかったのである。
主演が原田芳雄(原田刑事)で、他のメンバーは工藤堅太郎(立花刑事)、桑山正一(牛山刑事)、常田富士男(庄田刑事)、そして中村竹弥(山田部長刑事)という五人が東新宿署捜査一課の面々である。リアルに新宿の街を舞台にしている。通常は№3くらいの部長刑事が一番偉いのか?と疑問に思ってしまったが、まあ画面には登場しない上司がいるのであろう、と勝手に解釈。現場レベルなら部長刑事が責任者ということもあるだろう。西部警察とかもそうだし(渡哲也の大門部長刑事)。
「五番目の刑事」というタイトルからは新人・原田刑事と四人の先輩という関係を想像したのだが、工藤堅太郎演じる立花刑事は先輩ではないようである。実年齢でいえば、原田は当時29歳で、工藤は28歳と原田が1つ上なのだ。第1話では立花刑事は原田刑事を先輩扱いしているのだが、第2話になると「原田君」と呼ぶようになり、二人は同期という感じになっている。上下関係の逆転は「特別機動捜査隊」のような長い番組ではよくあったのだが、2話でいきなり設定が変わったようである。ちなみに二人とも俳優座の出身だが、原田は花の15期生なのに対し、工藤は11期生なので俳優座では工藤が先輩だ。工藤の役名は立花刑事だが、東映の刑事ドラマはタチバナという名前が大好きなのである。「特別機動捜査隊」の橘部長刑事(南川直)、「非情のライセンス」の橘警部(渡辺文雄)、「Gメン75」の立花警部(若林豪)、「特捜最前線」の橘警部(本郷功次郎)などがいる。№2クラスが多く、若手のタチバナは珍しい。
原田刑事のフルネームだが、芳雄ではなくて原田康三というようである。ウイキペディアでは康二となっているが、何話だったが、処分のため張り出された紙に「原田康三」と書かれていたのである。どこからきた名前かと思えば、番組プロデューサーの名前が勝田康三なのである。
見ていて思ったのは、72年開始の「太陽にほえろ」が始めたと思われていたことが、実はこの「五番目の刑事」が悉く先んじていたことがわかる。原田刑事は皮ジャンGパンスタイルで、パトカーではなくジープを乗り回しているのだ。「太陽にほえろ」の第1話ファーストシーンはジープを運転しているマカロニ刑事(萩原健一)だ。松田優作といえば、言わずもがなのジーパン刑事である。これらはすでに原田芳雄がやっていたのである。また、部長刑事を「長さん」と呼ぶのは「五番目の刑事」でもそうなのだが、これはもっと昔から「特別機動捜査隊」や「七人の刑事」でも部長刑事は「長さん」と呼ばれていたのである。「特別機動捜査隊」の第1話(61年)で、妹尾部長刑事(佐原広二)は「長さん」と呼ばれているのを確認できる。ひょっとしたら映画の「警視庁物語」シリーズ(56~64年)でもそうだったかも。つまり、これらは「太陽にほえろ」が最初ではなかったわけである。
「五番目の刑事」では、当初はスーツ姿なのは工藤だけで、原田以外にもベテランの桑山や常田までチンピラのような恰好をしていたのである。それでは、原田が目立たないし、誰が刑事だかわかり憎いと思われたのかもしれないようで、5話くらいからは常田も(細身の)ネクタイ姿になり、桑山もおとなしめのYシャツ姿に変更されている。三つ揃いの工藤だが、エリート意識が強いわけではない。原田と一緒に暴れまわることもしばしばである。
次回に続く。

 

フラワーアクション009ノ1 その2

前回の続きである。「フラワーアクション009ノ1」(69年)の脚本家に目を向けると全13回でありながら、19人もの名が見受けられる。要するに全回で脚本家が違うということであり、二人で担当している回も結構あるのだ。13回なら伊上勝とか佐々木守あたりなら一人で全話書いてしまいそうだが、本作ではそういう方針だったのかそうせざるを得なかったのか裏事情はわからない。辻真先とか石森史郎とか筆の早い人の名もあるが、個人的にはよく知らない人も数名いる。また、プロデューサーの村上光一は、01年にはフジテレビの社長にまでなった人物である(現在は相談役)。
レギュラー陣だが、全員揃うことは少なく、特に由美かおるは不在の回が多かった。人気もあったし、ソロ歌手としての活動が忙しかったのかもしれない。金井克子もいないことがあり、活躍が目立ったのは原田、奈美、江美といった印象がある。
ゲスト陣は第1話の鶴岡雅義と東京ロマンチカは珍しいが、梅宮辰夫から始まり、中丸忠雄、山城新伍、葉山良二といったいかにもこういう番組にでそうなメンバーが並ぶ。吉田輝雄と高宮敬二のハンサムタワーズコンビが同じ回に登場したり、万里雅代、松原光二、江見俊太郎、沼田曜一、明智十三郎といった新東宝出身メンバーも多い。
番組は69年12月30日に終了、つまり二日後に70年代を迎えるわけだが、原田糸子はこれが引退作となったようである。まだ20歳だし、人気も当然高かったのだが、おそらく本人の中で決めていたのであろう。現在は千葉で陶芸家として活動しているようだ。
江美早苗は「新婚さんいらっしゃい」(71年~)の初代司会者に抜擢されるなど順調であったが、72年に一度引退して故郷(松江)に帰っている。しかし、翌73年には再び上京し作詞家・中里綴として再スタートしている。有名な作品としては、「春うらら」(田山雅充、補作詞)、「人恋しくて」(南沙織)、同名アニメの主題歌である「はいからさんが通る」(関田昇介)などがある。81年に音楽プロデューサーである屋代昭彦と結婚するが、85年に離婚。しかし屋代は復縁を迫り、その後もつきまとい続け、88年ついには彼女を殺害するに至ったのである。彼女は36歳の若さでこの世を去った。
若くなくなったといえば、「009ノ1」のレギュラーでは引田天功が79年に45歳で、松山英太郎も91年に48歳でそれぞれ亡くなっている。ちなみに、引田の弟子であった朝風まりが二代目を襲名したのは死後約一年で後援会からの要請によって、であった。
金井克子は「他人の関係」という大ヒット曲があるものの、82年以降新曲は出ていない。しかし、芸能活動は継続しており、最近では映画「おやしい彼女」(16年)に出演している。
由美かおる、奈美悦子は現在も順調で共に68歳とは思えない容姿を保っている。奈美悦子は、翌70年に19歳にして結婚している。お相手はビレッジシンガースのドラマーだった林ゆたかである。林はこの後俳優として活躍するが、結婚生活はうまくいかなかったようで、72年には離婚している。奈美はその後も再婚、再々婚と三度の結婚をしているが、由美かおるは一度も結婚しておらず独身のままである。今はもう結婚に興味はないと言っているらしい。

 

フラワーアクション009ノ1

今回は無理矢理だが、奈美悦子繋がりで「フラワーアクション009ノ1」(69年)である。以前やったネタだが、前とは違う視点にするつもりである。と言いつつもダブってしまう内容もあるとは思うので、容赦願いたい。
原作は石ノ森章太郎の漫画で、ヒロインはサイボーグだが、本作では普通の人間である。タイトルを借りただけで、内容は原作とは関係ないと言ってもいいと思う。
主演は「レ・ガールズ」こと西野バレエ団の5人娘、金井克子(24)、原田糸子(20)、由美かおる(19)、奈美悦子(19)、江美早苗(18)である。音楽バラエティ「レ・ガールズ」(67~68年)の時は、みんなセクシーに踊っていたと思うが、金井を除けば、みんな10代だったわけである。金井と原田は本名で、後の同級生3人組は由美、奈美、江美と韻を揃えた芸名になっているが、いずれも本名からきている。由美(本名・西辻由美子)、奈美(本名・並川悦子)、江美(本名・神田恵美)というわけである。いずれも子供のころから西野バレエ団に参加していたようで、金井や江美は8歳のころから在籍していたようだ。
フラワーアクションとは何ぞや?という疑問はさておき、OPではずっと、「オーオーナインワン」と歌っているので、タイトルの読み方も「オーオーナインワン」かと思いきや、普通に「ゼロゼロくのいち」でいいようだ。しかし原作の方は「ゼロゼロナインワン」と読むのが正解らしい。
それぞれのコードネームは、金井(スペード)、由美(ハート)、原田(クラブ)、奈美(ダイヤ)、江美(モンキー)となっており、他にも彼女らのサポート役として松山英太郎(ジャック)、そして司令官の初代・引田天功(ジョーカー)がレギュラー陣である。みんなトランプの名称だが、何故か江美だけモンキーである。まあ小柄な短髪で猿っぽくはあったのだけれども。
松山英太郎と由美かおるは月~土で放送されていた情報番組「ヤング720」(66~71年)の初代司会者でもあった。江美早苗も短期間ではあるが、同番組の司会を担当している。最近、ここで話題にした大石悟郎や小山ルミ、Kとブルンネンもやはり同番組の司会を担当した時期があり、他にも関口宏、竹脇無我、岡崎友紀、大原麗子など当時の人気者が顔を揃えていたわけである。
話がそれたが、注目はやはりジョーカー役の初代・引田天功であろうか。本業はマジシャンなので、ドラマ出演は珍しいのである。本名は引田功であり、天を間に入れただけでそれっぽい名前になっているわけである。現在の二代目・引田天功ことプリンセステンコーは彼の弟子である。普通の手品師ではなく、危険なところから脱出する人というイメージが強い。「死のジェットコースター大脱出」「油地獄水面炎上大脱出」など68~75年まで7回にわたって脱出イリュージョンを行っていた。本作でそんなシーンがあったかといえば、ない。基本的には別撮りで、他のメンバーと直接絡むことはほとんどなかった(と記憶している、改めて映像を見直してはいないので)。
次回に続く。

 

ターゲットメン その2

前回の続きである。「ターゲットメン」(71年)の見どころといえば、やはり小林旭のアクションということになろうか。彼の身体能力は中々のもので、飛んだり跳ねたり回転したり、スタントマンを使わず縦横無尽に動き回る。デビュー当時よりは多少の貫禄はついていたが、それでも十分に身軽さをアピールしていた。
前回も書いたが、この71年に日活はロマンポルノ路線に転向したため、ほとんどの所属俳優が日活を去っている。小林旭も71年まで日活に在籍していたようで、ゲスト出演者もその人脈からか日活出身者が結構いるのだ。
第1話の近藤宏、上野山功一、浜かおるに始まり、宍戸錠、清水まゆみ、弘松三郎、武藤章生、野呂圭介、郷鍈治、柳瀬志郎、小見山玉樹、杉江廣太郎、葉山良二といった面々である。彼らの中にもこれが東映初出演という者もいると思う(調べてないが)。
対してレギュラー陣は、おそらく全員が小林旭とは初共演である。しかも、若林豪は新国劇、上月晃は宝塚歌劇団、奈美悦子は西野バレエ団、大石悟郎はGS出身で映画会社出身の役者はいないのである。
中でも大石悟郎(現・吾朗)は、ドラマデビューしたばかりだったようである。46年生まれで、本名は輿石秀之という。66年にGSの寺内タケシとバニーズのギタリストとしてデビュー。67年に脱退するとジ・エドワーズにヴォーカリストとして参加している。しかし、エドワースはシングルを2曲出しただけで、翌68年に解散。本名で活動していたこともあり、大石がGS出身者という認識は世間的にはあまりないかもしれない。
71年に「オレンジの季節」というドラマで役者デビューしたようで、その終了直後に「ターゲットメン」が始まっている。大石といえば、「コッキーポップ」を思い浮かべる人も多いかもしれないが、71年はそのラジオ放送がスタートした年でもある。大石はそのパーソナリティーを15年に渡り務めた。テレビ番組の「コッキーポップ」(77~82年)も大石が司会であったが、個人的にはテレビの方は見たこともあったが、ラジオの方は存在すらしらなかった。
さて、気合十分で番組に臨んだであろう小林旭だったが、上月の降板の影響などもあったのか、期待されたような視聴率にはならなかったようで、「ターゲットメン」は1クールで終了した。ちなみに最終話の放送は72年の元旦であった。当時でも正月は特別番組ばかりだったと記憶しているが、何故か「ターゲットメン」はそのまま放送されたようだ。小林はこの「ターゲットメン」を含めた事業の失敗により14億もの負債を背負ったという。小林は72年に東映に入社し、俺の活躍場所は映画だと言わんばかりに、次のテレビドラマ出演は80年の「旅がらす事件帖」まで待たなければばならない。ちなみに、借金は歌手・小林旭の力で返済したようだ。ドラマには出ないが歌番組にはよく出演していたのである。

 

ターゲットメン

「ゴールドアイ」は再放送を目にして以来だったが、確か本放送を目にして以来、一度も目にすることがなかったのが「ターゲットメン」(71年)である。OP以外に映像が残っていないという噂もあったが、17年東映チャンネルにて陽の目を見たのである。つまり、46年ぶりということになるだろうか。
主演は小林旭だが、小林は極端にテレビドラマ出演が少ない。記録によるとデビューまもない57年に「人命」というスペシャルドラマに出演しているが、それ以来二度目のテレビドラマ出演のようである。無論、連続ドラマへの出演も初めてのようだ。本作のスタートは71年10月。つまり日活がロマンポルノ路線に転向するため、一般映画製作を打ち切った直後というタイミングなのである。特にクレジットはされていないが、このドラマは小林が主宰するアロー・エンタープライズが製作に関わっていたという。
ちなみに設定だが、「ターゲットメン」とは、警察が表立って動けない時に出動する5人の腕利き特命刑事からなる秘密捜査隊である。劇中で悪人を殺しまくったりするが、れきっとした警察の人間というわけである。メンバーはリーダーの小林旭(中西五郎)、若林豪(新山伸吉)、奈美悦子(芳村かおり)、大石吾郎(北川屯二)、そして上月晃(秋月真理子)である。しかし、そのOPには小林、若林、奈美、大石の四人しかいない。残る上月は新メンバーというわけでもなく、第1話から普通に出演しているのだ。しかし、その後の上月の出演は2話と5話のみ。つまり3回だけの出演だったわけである。その辺の事情も調べたらすくわかった。
上月晃は40年生まれで、本名を原口貴美子という。宝塚歌劇団の男役であった。ちなみにコウヅキノボルと読み、ウエツキアキラではない。彼女には熱狂的なファンが多かったというが、そのファンが暴走したのである。証券会社に勤めるそのファンOLが横領を行い、その金で彼女へのプレゼントを贈っていたのである。放送開始直前に、その事が判明したため道義的責任を感じた彼女は引責引退したのである(後に復帰)。そのため、彼女の出演は撮影済みだった3回のみになり、OPからも外されたのであろう。
ちなみにOP映像だが、すべて劇中のカットで構成されており、それ用の新規カットはない(と思う)。OPといえば「殺られる前にやっつけろ」という巻舌ナレーションだが、ナレーターの表示はない。ウィキペディアでは大宮悌二となっているが、テレビドラマデータベース等では政宗一成となっている。どっちの声にも聞こえるが正解はどちらかといえば、大宮悌二であろう。なぜなら政宗は70年当時はデビューしていないからである。養成所に通いだしたのが72年のようだ(俳協養成所1期生)。ちなみに、政宗の母は東映岡田茂の従兄弟であり、岡田裕介現東映グループ会長は政宗とは、はとこになるらしい。その人脈でも当時は無理だろう。
次回に続く。