お宝映画・番組私的見聞録 -50ページ目

長崎犯科帳

「十手無用」の前番組だったのが「長崎犯科帳」(75年)である。本作も「必殺シリーズ」の亜流番組だったといえる。主演は萬屋錦之介で、「子連れ狼」といい「破れ傘刀舟悪人狩り」といい、バッタバッタと切り倒す系の主人公が多かったが本作ではチームを組んで、手を下す人数も少ない。
股旅ものとか諸国漫遊ものでなければ、時代劇の舞台は江戸というのが相場だが、本作はタイトル通り長崎が舞台。錦之介演じる新しく長崎奉行として赴任した平松忠四郎は悪徳商人からの賄賂を平気で受け取り、酒好き女好きで昼行灯と揶揄されるような男だった。しかし、その裏では「闇奉行」というチームを組織し、法で裁けない悪を処刑していた。その活動資金は彼らからの賄賂だった。つまり、闇奉行=本物の長崎奉行であり、刀のほか短筒を使うこともある。頭巾で顔を隠しているが、面識のある相手には「冥途の土産に俺のツラァ見せてやる」と素顔を見せ「お奉行!」と相手が驚いた瞬間に斬り捨てる。
闇奉行の仲間として引き入れたのが蘭学医の木暮良順(田中邦衛)。悪徳医者を殺害したのを忠四郎に見破られ、見逃す代わりに強引にその仲間にされる。そのせいか忠四郎には常に反抗的である。武器は手術用のメスであり、手裏剣のように相手に投げつける。遠距離の相手にはメスをボウガンで発射することもある。
他に元々良順の仲間であった出島の三次(火野正平)とお文(杉本美樹)がその一員となる。三次は釵(さい)という十手に似た武器で撲殺。お文は短剣を使う。当初、忠四郎はこの二人にはその正体を明かさず、謎の用心棒として振舞った。18話でその正体を知り、以降三次は忠四郎に心酔するようになる。長崎が舞台で長崎弁が飛び交うなか、田中邦衛と火野正平はいつも通り(他番組と同じ)の喋りで、杉本のみ長崎弁を使う。
他のレギュラーは長崎奉行所の面々で、同心の加田宇太郎(新克利)と猪俣安兵衛(高峰圭二)、あまり出ないが与力の三島与五郎(御木本伸介)、通詞(要するに通訳)の沢田一馬(太田博之)などがいる。加田は忠四郎の世話役のような感じで、猪俣は生真面目な若手同心。与力役の御木本は萬屋版の「鬼平犯科帳」(80年)でも与力・天野甚造を演じていた。
こうやって見ると錦之介、田中邦衛、杉本美樹以外は「必殺シリーズ」でもお馴染みの面々である。当時は杉本美樹がどういう女優か知らなかったが、池玲子と並ぶ東映スケ番映画のスターであった。本作では短パンスタイルではあったが、特にセクシーな場面があるわけではなかった。東映以外の出演(本作はユニオン映画制作)やテレビレギュラーもほぼ初めてだったと思われる。78年に結婚して引退したようである。
OP、EDのタイトルバック演出は実相寺昭雄による。本家必殺っぽくもあるが、いかにも実相寺という感じもして印象に残る。ED曲は日暮しの「坂道」という曲。日暮しには「いにしえ」というヒット曲もあるが(ボーカルは「サンセットメモリー」の杉村尚美)、「坂道」は何故かレコード化されていない。03年に出たCD「ちょんまげ天国」にテレビ音源がそのまま収録されているのみである。

十手無用 九丁堀事件帖

桜木健一も必殺シリーズに何回か出演したことがあるが全て被害者(要するに殺される)役だったように思う。そんな彼が殺す側のメンバーとして活躍するのが「十手無用 九丁堀事件帖」(75~76年)である。当時、いくつか存在した必殺シリーズを意識した時代劇の一つである。
主演は高橋英樹。高橋といえば「桃太郎侍」を筆頭に一回につき数十人をバッタバッタと斬り捨てるタイプの時代劇のイメージだが、本作は必殺をインスパイアしているので、高橋とて悪党の親玉一人だけを斬るといったパターンが多かったように思う。正直、本放送以来ほぼ見直したことがないので忘れてしまっているのだ。数年前にCSでも放送したのは覚えているが、録画しても「あとでいいや」と放っておいて、見直すことなくDVD(BD)にダビングしてしまったりする。このパターンが実に多い。
さて、高橋扮する榊夢之介は元同心であり、真の正体は将軍家の隠し子である、などといったことはなくただの貧乏浪人である。九丁堀稲荷と呼ばれる小さな祠に訴状と三両の賽銭をしたためると夢之介とその仲間たちが事件解決に乗り出し、最終的には悪党たちの殺しに発展していくというパターンである。彼の仲間に扮するのが桜木健一(鉄平)、栗田ひろみ(おくみ)、木田三千雄(菊造)、下之坊正道(マサ)、そして重鎮・片岡千恵蔵(からくり仁左衛門)である。基本的に彼らは金目当てではなく正義の味方なので、既定の三両に足りなくても仕事に乗り出してしまうのだが、仁左衛門だけはそこに苦言を呈するということが多い。
殺し技だが、夢之介は普通に刀、鉄平は小判で首をかっ切る、菊造は傘に仕込んだ刃物で刺す、マサは滅多に殺しに参加しないが小さな手のひらサイズの銛のような武器を使う。鉄平の妹であるおくみはサポート役で、仁左衛門は針を仕込んだ煙草入れの筒を使う。押すと針が飛び出る仕掛けになっている。何とか本家で登場した殺し技と被らないように考えられていた。
彼ら以外にもレギュラーがおり、夢之介の元同僚である現役同心の深江章喜(秋山久蔵)、夢之介に惚れている金貸しの児島美ゆき(おしん)、彼らのたまり場となっている飯屋の店主である桂小かん(伝八)などがいる。児島美ゆきと桂小かんと言えば「ハレンチ学園」を思い出してしまう。
後半からレギュラー入りするのが丘さとみである。かつての東映お姫様女優の一人だが、65年に一度引退していた。しかし離婚などにより、この75年前後に復帰していた。芸者おさよ役で彼らの協力者的な役柄である。
この中で異色な感じがするのは木田三千雄ではないだろうか。当時63歳で、殺し屋の役など恐らく初めてであろう。やはり高橋英樹が主演の「ぶらり信兵衛道場破り」(73年)でもレギュラーだったことからの流れかもしれないが、年を取った女形という設定には合っていると思う。「ウルトラセブン」の23話「明日を捜せ」のメインゲストの占い師を演じていたので、個人的には当時から認識はあったと思う。
最終話はニセの九丁堀集団が登場し本物とやり合う。「仕事人」でも似たような話があったと思うが、時系列的に「十手無用」の方が先だろう。最終話のゲストを見ると、黒部進、桜井浩子の「ウルトラマン」コンビをはじめ、浜田晃、山本麟一、島米八といった「本家」でもお馴染みの悪役が並んでおり彼らが偽物役だろうか。
番組は予定通り?半年で終了し「子連れ狼・第3部」を挟んで「桃太郎侍」へと繋がるのである。

五街道まっしぐら

桜木健一は「熱血猿飛佐助」以外でも忍者を演じている作品がある。「刑事くん」シリーズが終了した後の「五街道まっしぐら!」(76年)である。
ストーリーを大雑把に言うと、忍者が必要とされなくなった元禄時代に三人の忍者と一人のくノ一が諸国を漫遊し、奇怪な事件に立ち向かっていくというようなものである。主役となるのは若き二人の忍者で村野武範(御堂の小次郎)と桜木健一(下柘植の木猿)が演じている。役者歴は子役あがりの桜木の方が長いが、村野が3歳上(当時31歳)ということもあってか、トップクレジットは村野になっている。ところで、桜木の役にはまたも「猿」がついている。
彼らの師匠役が進藤英太郎(望月一心斉)で、彼らに武者修行の旅を命じる。その結果により、自分の娘であるかがりを嫁によるという。かがり役が安西マリアで、彼女と何故か先輩忍者である田中邦衛(音羽の重蔵)も旅に同行し、四人組のご一行となる。こういった時代劇の旅ものは二人連れというパターンが多いが、四人以上となると水戸黄門様ご一行くらいしか思い浮かばない。
1話と2話の脚本が葉村彰子となっている。知っている人も多いと思うが、これは個人名ではなく逸見稔プロデューサーを中心とした創作集団(向田邦子、松木ひろし、津田幸夫などで番組によって参加者も違う)のこと。逸見は当時は松下電器の所属で月曜夜20時の「ナショナル劇場」でのみ使われる名前と思いきや本作や石立鉄男&ユニオン映画の一連のシリーズにも使用されている。逸見は岡田裕介(後の東映社長/会長)を俳優としてスカウトした人物でもある。その岡田が葉村彰子に参加したこともあるようだ。
OP&EDは堀江美都子の歌唱だが(クレジットは平仮名でほりえみつこ)、1話と2話は峰ひろみとなっている。
毎回のように妖怪が現れたり奇怪な現象が起こったりするのだが、実はそれらは悪人たちのトリックであるというオチが毎回つくという現実主義の番組であった。二年後の「翔べ!必殺うらごろし」でのオカルトや超自然現象は被害者の恨み等が引き起こす現象として描かれていたが、どちらがいいとも言えない。
しかし。土曜夜8時の放送で強力な裏番組(8時だヨ全員集合)の存在もあり、低視聴率だったため年内全11話で打ち切られた。77年明けからは、村野、桜木、安西、田中の四人がそのままレギュラー出演する捕物帳時代劇「駆けろ!八百八町」が放送されるが8話で終了している(全10話だが残り2話は再放送にて初披露された)。
進藤英太郎は「五街道まっしぐら」への出演が遺作となってしまったようである。心臓病を発症し、約1年後(77年)に亡くなっている。安西マリアは当時23歳。歌手としてデビューし、レコード大賞新人賞を受賞。女優としても「バーディ大作戦」(74年)のレギュラー出演するなど順調であったが、78年に事務所とのトラブルで裁判沙汰となり、そのまま引退しハワイに移住していたという。2000年に芸能界に復帰していたが、13年に急性心筋梗塞のため亡くなっている。60歳であった。

熱血猿飛佐助

前回に続いて猿飛佐助の話題だが、桜木健一も「熱血猿飛佐助」(72~73年)で演じている。これは「刑事くん」1部と2部の合間に放送された「ブラザー劇場」枠での番組で、桜木が現代劇から一転して時代劇主人公を演じたわけである。小柄で機敏に見える桜木には合っている役という感じがする。本作は真田十勇士に入る前の佐助を描いているということだが、ライバル役として霧暮才蔵(篠田三郎)が登場し、この対決が軸になっているという。次番組となる「刑事くん(第2部)」のOPにレギュラーでもない篠田が出ているのは、本作からの流れであろう。篠田は本作の終了直後に「ウルトラマンタロウ」(73~74年)の主役として脚光を浴びることになる。
他のレギュラーだが、戸沢白雲斎(露口茂)、小夜(上村香子)、とよ(丹阿弥弥津子)、海野義隆(山形勲)、運海和尚(山田吾一)、六助(川口英樹)、熊五郎(穂高正伸)、真田正春(神有介)となっている。
露口茂は本作放送中に「太陽にほえろ」がスタートし、掛け持ち状態だったと思われる。川口英樹は本作前には「帰ってきたウルトラマン」、本作終了後は「仮面ライダーV3」と立て続けにレギュラーが続いていた売れっ子子役だった。穂高正伸は「不良番長」シリーズ第1作(68年)では梅宮辰夫率いるカポネ団の一員であった(保高正信表記)。17年発行の「不良番長浪漫アルバム」という本での谷隼人のインタビューでは「覚えていない」と言われていた。神有介は当時19歳で、この年に日本大学芸術学部に入学しているが年内に退学している。本作のためかどうかは不明。「男組少年刑務所」(76年)では主人公(舘ひろし)の宿敵・神竜剛次を演じている。
ゲストに目を向けると第1~2話に桜木とは「柔道一直線」からのコンビ吉沢京子、14話に当時放送中だった「ウルトラマンA」の高峰圭二と「ミラーマン」石田信之、17話に高峰と共に「ウルトラマンA」で合体変身していた星光子、最終話には目黒祐樹が真田幸村役で出演している。
桜木も高峰も元々は関西を拠点にして活動していた子役であり、やはり関西が拠点だった近藤正臣も含め親交があったという。高峰が「刑事くん」にゲスト出演した際に橋本洋二プロヂューサーの目に留まり、次のウルトラマン主役候補になったという。カメラテストに合格し、そこで上京して桜木や近藤と同じ事務所に所属した。
高峰もかつて「真田三銃士」で猿飛佐助を演じた経験があり、そういう意味では新旧猿飛の共演だったと言えるが、この時点で同番組から約10年が経過していたので、そういう視点で見ていた人はあまりいないだろう。
「刑事くん」の合間の番組ということもあって印象に残りづらいが、この「ブラザー劇場」枠では最後の時代劇だった。主題歌はやはり桜木健一が歌っていた。

真田三銃士

猿飛佐助を演じた役者って結構いるかもしれないが、前回の高峰圭二も「真田三銃士」(62~63年)で猿飛佐助を演じているのである。制作は「竜巻小天狗」と同じで、宝塚映画と関西テレビである。
真田といえば十勇士であり、番組タイトルで検索をかけても「真田十勇士」関連ばかりであり、真田三銃士については2つ3つしかひっかからないのである。それくらい知られていない番組だともいえる。
10人出すのは面倒だから3人にしてしまおう、というノリだったかどうかは知らないが、前述の少ない情報から三銃士とは猿飛佐助、三好晴海入道、穴山小助のことらしい。彼らに真田の百合姫をからめた四人がメインとなる番組だったようである。
で、佐助役は高峰圭二で、晴海入道は頭師孝雄だったようである。小助役は不明なのだが、テレビドラマデータベースにある出演者一覧から孝雄の弟である頭師満だったのではないかと予想する。当時は頭師四兄弟というのが存在しており、長男を除いて次男の正明、三男の孝雄、四男の満、五男の佳孝が子役をしていたのである。このうち正明は高校卒業、満は中学卒業のタイミングで芸能界を引退。孝雄と佳孝のみ俳優を続けたのである。
末弟の佳孝は黒澤映画「赤ひげ」や「どですかでん」に出演し、天才子役と言われていた。特に後者は主役だったりするので輝かしい実績を誇っているのだが、それ以降は「飛び出せ青春」(72年)での穂積ペペとのコンビでの生徒役が目立っていたくらいである。孝雄の方はずっと地味にバイブレイヤーとして役者を続けていたイメージ。佳孝はひょろっとした雰囲気だが、孝雄は四角い顔にメガネのイメージが強く見た感じでは似ていない。
話がそれたが、孝雄は高峰と同じ46年生まれ。佳孝は9歳下の55年生まれなので、満はその間ということになるが50年生まれくらいになるのだろうか。出演作も少なく情報も少ないので何ともいえない。
真田の姫さま役は宝塚歌劇団の安芸ひろみ。59年入学の47期生ということで、一番若く想定したとしても18歳以上ではあったと思われる。宝塚では男役ということで、本作でも男装して敵と戦ったこともあったとか。彼女が主役扱いなのか高峰圭二が主役扱いなのか微妙だが、「竜巻小天狗」で主役だった高峰が主役なのではないかと思う。
他の出演者だが、天王寺虎之助、茅島成美、土田早苗、海老江寛、万代峯子など。
ところで、この番組70年に東京12チャンネル(現テレビ東京)で再放送されたことがあったという。宝塚映画というところは基本的にはテレビ作品でもフィルムを保管していたという。しかし、東映の一部の番組のように保存しておいても修復不可能レベルにフィルムが劣化してしまうこともある(溶けてしまうらしい)。当時の会社は経営不振で解散し、現在は宝塚映像となっているようだが保管も引き継いだかどうかは不明だ(映画は大丈夫だろうが古いテレビ作品はどうだろうか)。

竜巻小天狗、小天狗小太郎

「天兵童子」から遡ること4年、同じ関西テレビと宝塚映画制作の少年向け時代劇が「竜巻小天狗」(60年)である。
内容だが、豊臣秀頼の子で忍術を取得している峰の小太郎が旅先で「たつまき小天狗」に変身して、悪物を退治するというものだったらしい。
主演は一般公募で選ばれた当時13歳の高峰圭二であった。この12年後に「ウルトラマンA」(72年)でヒーローを演じることになるとは、当人も思わなかったであろう。
他の出演者の名前を見ても知らない人ばかりである。かろうじてわかるのが市川小金吾くらい。天知茂と一緒に出演していることが多かったので、天知のプロダクションに所属していたのかもしれない。弘世東作という人は初耳だが、かつては御園セブン(矢代セブン)という名で香島ラッキーと漫才コンビを組んでいたという。コンビ解消後に名を改め役者となったようだ。コンビは通称で「ラッキー・セブン」と呼ばれていたようだが、個人的にはポール牧と関武志の「コント・ラッキー7」を思い浮かべてしまう。ちなみ両者の活動時期はかぶっていないようだ。
主題歌は子供が歌っているらしいが、当時から表記がなく誰かは不明だという。今聞けるものはオリジナルのものではないらしく、ネット上の情報によれば半年の番組にかかわらず主題歌は二度の変更があり、つまり3つ存在しているという。コミカライズもされており森田繁、後の森田拳次が担当していた。
高峰圭二は「ウルトラマンA」以降は悪役が多くなっているが、現在も活動中である。
ところで、この「竜巻小天狗」が始まる2カ月前から放送されていたの番組に「小天狗小太郎」(60~61年)というのがある。どちらもタイトルに小天狗がつき、主人公の名は小太郎なのである。ちなみに制作およびキー局はフジテレビで、前者も関東ではフジテレビで放送されていた。前者は18時台という子供時間タイムでの放送だったが、こちらは19時台というゴールデンタイムでの放送だったようだ。
こちらの小太郎は月影流の使い手で、当時22歳の藤間城太郎が演じていた。姉は藤間紫で、香川照之の母だ。城太郎はこの翌年に歌舞伎入りし、現在は中村東蔵(6代目)となっている。
こちらの出演者は現在でも名の通った役者が多く、小太郎の子分である三平役が千葉信男、他の出演者は岩下志麻(当時19歳)、鈴木光枝、浮田佐武郎、池田昌子、大塚周夫などである。主題歌は三橋美智也と上高田少年合唱団で、三橋が「怪傑ハリマオ」を歌っていたのもこの頃である。
かたや子供、かたや成人が主人公ということで当時は普通に区別できたと思うが、既に60年が経過しており、同じ時期で同じようなタイトルで、どちらも主人公が小太郎ということで、両者がゴチャまぜになっている人も結構いるのではないだろうか。

天兵童子

今回は少年向け時代劇から「天兵童子」である。10年ほど前にも取り上げているのだが、そこは気にしないように。
東映娯楽版と言われる少年向け映画版三部作(55年)もあるのだが、ここでは二作あるテレビドラマ版を取り上げたい。
1作目は59年に放送され、主演は当時13歳だった尾上左近で、後の尾上辰之助(初代)である。ちなみに今話題の尾上右近と血縁関係はないようである。かなりの酒豪だったといい、それが祟り肝硬変となり、40歳の若さで亡くなっている。
他の出演者だがおそらくヒロイン役と思われるのが、当時高校三年生だった三田佳子である。翌60年に高校を卒業して第二東映へ入社しており、公式には60年がデビューとなっている。しかし、学生時代から数本のドラマには出演していたようである。ちなみに映画デビュー作となった「殺られてたまるか」(60年)の主演予定だった波多伸二は、バイクシーンのための練習中に事故死。梅宮辰夫が代役主演となったという経緯がある。
他に稲葉義男、北村和夫、清水一郎らも出演していたようだ。この当時だと生ドラマだった可能性もある。関西テレビ制作だが、関東地方にも同時ネットされていたようだ。
2作目は64~65年の放送である。主演は当時16歳の宮土尚治、後の桜木健一である。本作には彼と同世代である土田早苗(当時15歳)や、やはり15歳の二瓶康一、後の火野正平も出演しており、大人になってからも活躍する顔ぶれが揃っていた。他の出演者も中々に豪華で、松山容子、小笠原弘、徳大寺伸、原建策、菅井一郎、千葉敏郎などが出演していたようだ。何と言っても映画版の主演であった伏見扇太郎も登場。レギュラーかゲストかは不明だが、通常なら夢の競演と言われそうなものだ。
伏見は当時28歳とまだ若かったが、60年代に入りまもなく主役の座から退くようになっていたのである。その背景には黒澤映画などのリアリズム時代劇が主流になってきたというのがあった。伏見は華奢であり、普通なら弱そうに見えるということだった。そして彼のフィールドであった少年向け時代劇が制作されなくなったということもあり、脇に追いやられるようになり、65年にはスクリーンから姿を消すのである。
ところで、桜木の子役時代つまり宮土尚治で活動していた頃については、あまり語られていない気がする。この「天兵童子」でさえ、桜木のウィキペディアのページでは触れられていなかったりするのだ。もっとも主演だったのは、この「天兵童子」だけのようで、「新選組血風録」や「銭形平次」など東映の時代劇にゲストで出演していたのが「柔道一直線」に抜擢されるきっかけだったかもしれない。
「天兵童子」以前では、「がんばれ‼ヒデヨシくん」「進め!ヒデヨシくん」(60~62年)といったNHKの子供向け番組に出演していたようだ。ただし主役ではなく、主演は子役時代の島米八だったようである。島は個人的には「必殺シリーズ」の悪役の印象が強い。しかし、中村梅之助主演の「遠山の金さん捕物帳」(70~73年)では、約三年に渡って下っ引き半次役でレギュラー出演していた。
話がいろいろそれたが、「天兵童子」はあまり話題にならないが、後の人気役者を多く輩出している番組だったのである。

崑ちゃんのとんま天狗、009大暴れとんま天狗

60~70年代によく見かけたコメディアンの一人に大村崑がいる。まあ89歳の今でも現役のようだが、田舎では今も残るホーロー看板のせいか、今でもオロナミンCのオジサンというイメージが残っている。
当初の芸名は山かんむりのない大村昆だったらしいが、崑と誤植された際に字面が気に入り、そのまま芸名にしたという。デビューして数年で「やりくりアパート」(58年)「番頭はん丁稚はん」(59年)等で人気を得て、それらの作家であった花登筺が東宝から独立。芦屋雁之助、芦屋小雁、由美あづさらと「劇団・笑いの王国」の結成に携わり、大村崑が座長についた。そんな中でスタートしたのが「お笑い珍勇伝頓馬天狗」(59~60年)である。時代劇コメディであるが、タイトルは後に「崑ちゃんのとんま天狗」に改題された。出演者は「笑いの王国」メンバーが中心で、雁之助、小雁、由美あづさ以外では大屋満、花紀京、芦田まゆみ、谷口完、春日井真澄等である。由美は花登と結婚し(後に離婚)、春日井は音楽の加納光記と結婚したという。大屋満は後に「マイティジャック」(69年)に隊員として出演している。
スポンサーは大塚製薬で、当時の主力商品はオロナイン軟膏。故に大村演じる天狗の名前も尾呂内南公となった。南公の父親(鞍馬天狗)役として出演したのは三木のり平であった。元々、よく似ていると言われておりメガネずらしも、三木から譲り受けたものだという。個人的には桃屋のCMは大村崑をアニメ化したものだと子供の頃は思っていた。
当初は生放送で、途中からVTRが導入されたというが、当時のほとんどがそうだったようにテープは上書きされていたといい、映像は大村本人が所蔵しているもの以外には残っていないと思われる。
番組終了後、約5年を経てスタートしたのが「009大暴れとんま天狗」(65~66年)である。同じ放送枠(土曜19時)で、スポンサーも大塚製薬ということで、とんま天狗続編であるといえる。ただ、笑いの王国は63年に解散しており、継続キャストは大村崑と芦屋小雁のみである。解散の原因は雁之助と花登、大村との間に確執が起こったためのようだ。実弟の小雁も一緒に花登のもとを離れたようだが、何故か本作には出演している。制作会社も東宝テレビ部から東映京都へと変更になっている。
新キャストはレギュラーかゲストかは不明だが左とん平、柴田昭彦、森山加代子、ルーキー新一、手塚しげお、東山明美らの名が記録にある。009は当時流行っていた007から来ているが、009を強引にオロナインと読ませたりもしている。ちなみに、この65年にオロナミンCが発売されており、大村崑はそのイメージキャラクターへと就任することになる。この土曜19時といえばアニメ「巨人の星」(68~71年)だが、大村によるオロナミンのCMはその時に散々見ている。オロナミンCを卵で割ってオロナミンセーキとかマネしたことはなかった。
009と言えば、石ノ森章太郎の「サイボーグ009」だが、こちらは64年スタートであり、アニメは66年に東映動画によって制作されている。

長屋の諸君!、大安小僧、脱線大江戸三人男

1960年代初頭の時代劇に目を向けて見ると、お笑い芸人が主役となる番組が結構多かったりする。最近は人気芸人の冠バラエティはよく見かけるが、映画やドラマが作られることは少なくなった気がする。
この60年前後に目だっていたのが脱線トリオである。メンバーは由利徹、南利明、八波むと志で、正確に言うと彼らはお笑い芸人ではなく喜劇俳優であり、事務所も異なっていた。つまり売れていなかった喜劇俳優がくんだユニットだったのである。56年に結成され、「お昼の演芸」という番組で人気を得たという。正式なグループではなかったため八波が抜けることがよくあったといい、その穴を埋めたのが佐山俊二だったという。
そんな中で作られた彼らが主演の番組が「長屋の諸君!」(60年)、「大安小僧」(60~62年)、「脱線大江戸三人男」(61~62年)などである。いずれも詳細が不明で、番組の形式もわからないのだが、時代劇スタイルのコメディだったことは確かだろう。ちゃんとしたドラマ形式か舞台形式かどうかも不明だが、勝手な予想では吉本新喜劇スタイルとでもいうのだろうか。スタジオに固定したセットを作り、そこで登場人物が入れ替わり立ち代わりのスタイルではないかと予想する。
「長屋の諸君!」はお昼からの放送で、テレビドラマデータベースの記録では由利、南と前述のように八波ではなく佐山が出演していたようだ。他の出演者についてはレギュラーかゲストは不明だが、牟田悌三、ジェリー藤尾、五月みどり、若水ヤエ子、南条マキ、桜京美、坊屋三郎、そして後に映画監督となる森田芳光が子役として出演していたらしい。
「大安小僧」は番組タイトルに「脱線トリオの」が付いていたかもしれない。夜21時からの15分番組ということで、ショートコント的な番組だったかもしれない。脱線トリオ+佐山がレギュラーで、ゲストとしては市川和子、千葉信男、有島一郎などの名前が挙がっている。
「脱線大江戸三人男」は19時半からの30分番組で、本来の三人が出演。他の出演者についてはやはりゲストかレギュラーかは不明だが、中村是好、森川信、佐川満男などの名が記録にある。
ウィキペディアなどによれば、トリオは61年に解散したとなっているが、ここに挙げた「大安小僧」や「脱線大江戸三人男」は62年まで放送されていたようなのである。62年に解散ということなら話は早いが、真相はわからない。
いずれにしろ解散後はそれぞれ個々で喜劇役者として活躍している。由利徹や南利明は知っていても八波むと志は知らない人もいるかもしれない。それもそのはずで八波は64年に交通事故で亡くなっているのである。37歳の若さであった。ゆえに自分も存在は知っていても動いている姿をほとんど見たことはない気がする。
佐山俊二はかつて八波むと志とコンビをくんでいたこともあり、その縁で八波の代役をすることが多かったようだ。佐山は70年代に見かけた時は爺さんっぽく見えたが1918年生まれで、由利徹の3歳上。八波の8歳上であった。
ちなみに、八波のマネージャーをしていたのが浅井良二で、後に浅井企画を設立しコント55号を世に出している。

なんでも引きうけ候

もう一つ、誰も知らなさそうな時代劇として「なんでも引き受け候」(69年)がある。15年ほど前にもここで取り上げたことがあるのだが、特に新たな情報はない。放送枠は21時から40分というもので、1クール13回が放送された。
内容は仕官を嫌って長屋に住み「なんでも引きうけ業」を始めた浪人が、様々な事件解決に乗り出すといったもののようだ。今でいう便利屋(何でも屋)ということになるが、いつの時代から存在していたのかは不明だ。
主演は落語家の三遊亭小円遊で、他のレギュラー(と思われるの)が中村玉緒、中村是好、岸久美子、神戸瓢介、二木てるみそして子役の堀川亮といったところ。堀川は現在は声優として知られ、特に「ドラゴンボール」のベジータ役は有名であろう。
ゲストは割合豪華なようで、伴淳三郎、村田英雄、大友柳太朗、大村崑、月形龍之介、杉良太郎、里見浩太郎、大原麗子、舟橋元といったが挙がっている。レギュラー陣の顔ぶれからして、軽いコメディタッチなものと思われるが、大友柳太郎や月形龍之介が出演しているのは意外である。落語家も出演していたかもしれないが、名前が挙がっているのは古今亭志ん馬くらいである。ちなみに第11話のサブタイは「上げ底経営法」というようだ(脚本・浅見安彦)。
本作に関してわかっていることと言えばこれくらいである。映像が存在しているかどうかも不明である。そもそも三遊亭小円遊のことを知らない人も多いかもしれない。何しろ亡くなって40年になるのである。
今も続く「笑点」は66年スタートだが、その第1回から出演しており、当時の名跡は三遊亭金遊であり、68年に小円遊(4代目)を襲名している。69年に初代司会者であった立川談志とレギュラーメンバーとの対立があり、「笑点」を一時降板しているのだが、「なんでも引きうけ候」はまさにそのタイミングで放送されたドラマである。どうひいき目に見ても二枚目ではないが、ドラマ主演に抜擢されるくらいだから人気はあったのだろう。「笑点」には談志が司会者を降板したタイミングで復帰している(69年11月)。
自分が見ていた頃(70年代)の「笑点」の大喜利メンバーといえば、司会は三波伸介で、画面左からの並びが桂歌丸、林家木久蔵、三遊亭円窓、三遊亭円楽(5代目)、林家こん平、三遊亭小円遊というものだった。木久蔵は現在の木久扇で円楽は先代である。今も健在なのは円窓と現在も出演している木久扇だけである。
歌丸と小円遊の「ハゲ」「化け物」という罵り合いは番組の名物の一つであったが、80年10月に小円遊が急逝。元々糖尿病を患っていたが、中々飲酒をやめなかったことも原因となったようだ。43歳の若さであった。彼は4代目小円遊であったが、実は初代は32歳、3代目も30歳か31歳で亡くなっていた。2代目は円遊を襲名したが、57歳で亡くなっており、小円遊の名は4代目を最後に空き名跡となっている。今後、使われることはなさそうである。