お宝映画・番組私的見聞録 -227ページ目

顎十郎捕物帖

あまりコメントのつかない当ブログだが、一番コメントがついているのがかなり初期に取り上げた「新十郎捕物帖・快刀乱麻」なのである。その主役である若林豪がテレビデビューまもなく主役に抜擢されたのが新十郎ならぬ「顎十郎捕物帖」(68年)である。その前に「愛の珊瑚礁」という昼メロに出演しており、おそらくデビュー2作目での主演と思われる。演出があの久世光彦で、脚本は向田邦子が数本担当しているようだ。出演者も志村喬、大原麗子、高島史旭こと竜崎勝など結構豪華なキャストの名が並んでいる。名前を挙げた面々だが若林と大原以外はみんな故人である。

ところで、番組のタイトルだが「アゴジュウロウ」で良いのだろうか。顎という字は「あご」の他には「ガク」と読めるようだが、「ガクジュウロウ」では語呂が悪いし、この字である必要がないと思う。しかし若林豪は正統派の二枚目で、顎に特徴があるわけでもない。まあアゴ勇や門倉健(読売ジャイアンツ)だったらぴったりであろうが。いずれにしろ何故「顎十郎」なのか、大きな謎である。


花のお江戸のすごい奴

前項の「大江戸捜査網」から、何となく思い出したのが「花のお江戸のすごい奴」(69年)である。とはいっても見たことはなく、そのタイトルと存在を知っているだけである。ちょっと前に時代劇の主題歌などを集めたCDが流行ったことがあったが、この番組の主題歌も収録されていた。歌うは番組の主役でもある若林豪。当時はデビュー2年目の若手(といっても29歳)であった。イメージ的には歌はヘタそうに見えるが、予想通りヘタであった。予備知識なしに聴いて若林豪だとわかる人は余程の若林豪通であろう。

ところで、この番組は初の1時間半テレビ時代劇(20時~21時30分)だったそうだが、スペシャルならともかく毎週1時間半の連続ドラマというのは、ほとんど記憶にない。他の出演者は野川由美子、姿美千子、長谷川待子らに加え、当時若林が所属していた新国劇から島田正吾、大友柳太朗など総出演だったという。その新国劇だが、島田正吾、辰巳柳太郎の両巨頭を中心に大友柳太朗、緒形拳、大山勝巳、石橋正次、そして若林豪といった面々を輩出している。昔、大山勝巳が殺陣を披露しているCM(何のCMかは忘れた)を見た記憶があり、歴史の教科書にも登場する新国劇とは剣劇のようなものかなとずっと思っていた。しかし、新国劇とは簡単にいえば、劇団の名前であることを随分後に知った。結構、勘違いしている人もいるのではないだろうか。その新国劇も創立70周年にあたる87年に解散している。


大江戸捜査網

前項でちょっと話題にしたので「大江戸捜査網」について触れておこうと思う。70年にスタートし、約13年に渡って続いたワンパターン時代劇の代表のような作品なので、知らない人はあまりいないと思うが、個人的には嫌いな作品であった。最初に触れた時代劇が必殺シリーズであったため、毎回毎回100人はぶった斬るような番組は好きにはなれなかったのである。子供心には、刃向かうやつは情け容赦なく切りまくるこいつら(隠密同心)の方が悪人だと思ったものである。というわけで意外と知らなかった部分が多い。まずスタート時は日活が制作していたこと。映画でも日活の時代劇というのはほとんどイメージにないが、実際この作品は日活初のテレビ時代劇だったのである。そこで主役に起用されたのが杉良太郎で、日活俳優でありながら他社のテレビ時代劇で有名になっていた。改めて自社の作品でということだったようだが、杉はまもなく日活を離れることになる。その後日活自体が制作から退いた後も三船プロ、ヴァンフィルが制作を受け継いでいる。制作が変わっても番組カラーはほとんど変わっていない(と思う)。

杉良太郎→里見浩太郎→松方弘樹と主役は交替したが、替わらなかったのが2番手ポジションの瑳川哲郎で、13年最初から最後まで出続けていた。中村竹弥もずっと出ていたようなイメージがあったが、三船プロが制作を退いた回をもって降板している。出演期間は11年に渡った。女性隠密同心は結構替わっているが、土田早苗やかたせ梨乃は5年近く出演している。杉良時代に登場した古城都は半年くらい在籍していたが、登場したのはたった4回だったらしい。宝塚男役のトップスターで、おそらく退団直後の出演であったと思われる。幻の隠密同心と一部では言われているようだ。ちなみに夫は本郷功次郎である。

ルパン三世念力珍作戦

目黒祐樹が主演の映画といえば、やはり「ルパン三世念力珍作戦」(74年)ということになるだろうか。人気コミックの実写版が褒められた例はないが、この作品も知る人ぞ知るカルトムービーといった感じである。やはりキャスティングが重要となるが、ルパンは前述の目黒祐樹、次元大介が田中邦衛、峰不二子が江崎英子、銭型警部が伊東四朗といった布陣で、まあ微妙なところである。じゃあ誰がいいんだと言われると困るが、アニメで声をあてた山田康雄が実写でも似合っていたような気がする。今これを実写化するとしたらジャニーズタレントの誰かがルパンで、グラビア系アイドルの誰かが峰不二子といった感じになりそうだ。この作品で不二子を演じた江崎英子は主に70年代に活躍した人で、「大江戸捜査網」で3年ほど隠密同心を演じていたが、映画はこれ1本だけのようである。元々はNHKの「ステージ101」(という番組)の「ヤング101」(というグループ)のメンバーであった。私も見た記憶はないが、「レッツゴーヤング」におけるサンデーズのような存在であったといえる。ヤング101には、太田裕美や谷山浩子、田中星児、串田アキラなども在籍していたようで、江崎は結構長期にわたって出演していたようだ。

さて、映画の方だが他の出演者は、殺し屋役で天本英世、大泉滉、そして前川清が、女優陣は安西マリア、夏樹レナなどが出演している。ところでこの映画の企画は赤塚不二夫、中山千夏となっている。よくわからん取り合わせである。

いただき勘兵衛旅を行く

3つまでやって、残る1つをやらないのもどうかと思うので、近衛十四郎の素浪人シリーズ第4弾「いただき勘兵衛旅を行く」(73年)である。これ番組名は覚えていなかったのだが、そのオープニングである「コレ アリガトウサン有賀透三」とか「コレ ビンボウガミ貧乏神」という登場人物紹介は妙に印象に残っていた。「天下太平」を打ち切ってスタートした感があるのだが、その目玉はやはり次男坊・目黒祐樹との親子共演であった。全く初めてというわけではないようだが(「天下太平」に目黒祐樹はゲスト出演しているし)、お互いレギュラーとしての共演はこれが最初で最後となったようだ。まあ長男の松方弘樹は、当時すでにどこかの親分という感じの貫禄があり、番組に必要な軽さに欠けていたと思う。今回、近衛の演じる月田感兵衛はただの素浪人ではなく、隠密巡察使という設定で、目黒祐樹演じる仙太こと有賀透三も、その勘兵衛を監視する与力という設定である。他に勘兵衛の金の管理をするお紺に江夏夕子、そして正体不明の貧乏神に吉田義夫というのがレギュラーだ。番組は半年で幕を閉じ、近衛はこの後、数本のドラマにゲスト主演したが77年に61歳で死去した。ちなみに「勘兵衛」で共演した目黒と江夏は、79年に結婚している。さて目黒祐樹は59年の「風小僧」で山城新伍の少年時代を演じるなど子役として活躍していたが、本格的なデビューは大学卒業後の69年である。高校の時、ハワイのハイスクールへ転校し、ボストン大学、カリフォルニア大学それぞれの演劇科で学ぶという経歴を持つ。兄貴と違った軽さはこういったところから来ているのかもしれない。

忍びの者

品川隆二が「月影兵庫」の焼津の半次に抜擢されたのは、元々近衛十四郎と映画での共演が多かったからというわけではない。簡単にいえば、スケジュールが空いていたからということのようだ。直前までやっていたドラマが「忍びの者」(64年)で、東映京都プロの第1回作品なのである。しかも品川は主役の石川五右衛門の役である。五右衛門といえば大泥棒というイメージだが、若い人は「ルパン三世」から剣の達人と思われているかもしれない。ここではタイトル通り伊賀の忍びである。半次をやった後でこの役をやったとしたら、とても違和感があったに違いない。しかし、一般的には「忍びの者」といえば、市川雷蔵主演の映画の方を思い出す人が多いかもしれない。私もテレビ版のほうは見たことがない。映画版の方は大映の作品であり、この時期はまだシリーズが続いていた時期である。しかし主役は石川五右衛門から霧隠才蔵に替わっており、それを狙って東映が石川五右衛門版をスタートさせたのかもしれない。共演は里見浩太朗、山城新伍、栗塚旭と東映テレビ時代劇の主演スターが並んでいた。

この番組では火あぶりのシーンで立川さゆりが足に1ヶ月の火傷を負うという事故があった。足とはいえ、若い女優にとっては大変ショックな出来事であったと思うが、彼女は松川純子と名を替え、その後も女優を続けている。円谷プロの「怪奇大作戦」で京都を舞台にした23話「呪いの壺」にも出演している。ちなみに彼女は東映ニューフェースの9期生。一期上に「赤影」の坂口祐三郎や藤江リカ、一期下に小林稔持や「キカイダー01」の池田駿介がいるが、9期生には無名の人ばかりが並ぶ(私が知らんだけかもしれんが)。しかし一番出世したのは松川純子で間違いないと思う。

素浪人天下太平

「月影兵庫」「花山大吉」とくれば「天下太平」である。「花山大吉」終了から約2年を経てスタートした素浪人シリーズ第3弾が「素浪人天下太平」(73年)である。勿論主役はもうすぐ還暦の近衛十四郎だが、今回は半次こと品川隆二は登場せず、相棒として起用されたのは仮面ライダー2号として人気を得ていた佐々木剛で、もう一人女性レギュラーとして加茂さくらが加わった。当時の評判は不明だが、半年で終了し、その翌週から「いただき勘兵衛」が始まったところを見ると、さほど人気を得られなかったのではないかと思われる。まあ品川の穴も大きかったのだろうが、よく考えてみるとこの頃既に「必殺シリーズ」や「木枯らし紋次郎」といったアウトロー的な時代劇が人気を得ており、素浪人シリーズのような明朗快活なもう古臭いという感覚だったのかもしれない。実際、素浪人シリーズは60年代の番組というイメージが自分にはあり、「天下太平」が「必殺」や「紋次郎」より後に始まった番組だったが意外に感じてしまった。当時小学生ながら時代劇を見ていた自分だが、素浪人シリーズはリアルタイムでは見ていなかったと記憶している。

話は変わるが、品川隆二の本名は俳優名鑑などでは「奥村潔」となっているが、前項で紹介した「品川隆二と近衛十四郎~」の中で、それが間違いであることがわかった。「奥村」ではなく「奥秋」だそうである。長年訂正されないままだったのであろうか。一見珍しい苗字だが、全国に500件近くある意外と存在する苗字のようだ。どうでもいい話だけれども。


素浪人花山大吉

今日、本屋へ行ったら「品川隆二と近衛十四郎 近衛十四郎と品川隆二」という長いタイトルの本が発売されていて驚いた。そんなことは全く知らずに「素浪人シリーズ」の話題を取り上げようとは、タイミングが良いのか悪いのか。本の内容は品川隆二へのインタビューで構成されている。もうすぐ74歳だが、まだまだ元気なようだ。まあ高いので買わなかったが、元々今日ここに書こうと思っていた内容とその本の内容がだぶってしまったりするのは、大目に見ていただきたい。

「月影兵庫」とくれば次は「花山大吉」である。兵庫が終わった翌週である69年1月から間髪入れずに始まっている。月影が終了したのは原作者である南条範夫がクレームをつけたからだとよく言われているようだが、これは多少ニュアンスが違っているようだ。番組内容がどんどん原作から離れていってるのに、原作料をもらっているのが我慢できなくなったということらしい。それで原作者を降ろしてもらうことになり、タイトルを変えざるを得なくなったということのようだ。「月影兵庫」の方が南条にとっては得だったわけなので、その辺は作家精神というやつだろうか。「花山大吉」は兵庫と別れた直後に兵庫と瓜二つの浪人と半次が出会うという、とても強引な始まり方でスタートする。嫌いな物(蜘蛛)、好きな物(オカラ)の設定が変わったくらいで、後はi特に月影とは変わらない。ただ半次は全作よりもっと喋るようになり、コメディ色はさらに強まったようだ。番組の終盤、近衛は糖尿病が悪化し、撮影もきつい状態だったらしい。品川は近衛のその時の演技が一番よかったと語っている。番組は丁度2年で終了し、近衛は闘病生活を送ることになる。素浪人シリーズの復活は73年のことである。

素浪人月影兵庫

先日よりCS東映チャンネルで、近衛十四郎の素浪人シリーズの第1弾である「素浪人月影兵庫」が始まった。素浪人シリーズは四作品あるが、個人的に見ていたのはおそらく「花山大吉」や「いただき勘兵衛」だったようで、「月影兵庫」を見るのは多分初めてだと思う。これには第1シリーズ(65年10月~66年4月)と第2シリーズ(67年1月~68年12月)が存在していたのも初耳で、今放映されているのは貴重な第1シリーズである。近衛の相棒といえば、品川隆二扮する焼津の半次だが、当初からその掛け合いはあるのだが、それほどコメディぽかったわけではない。というより、この第1シリーズにかぎって言えば、かなりシリアスな路線だったといえるようだ。もともと品川は二枚目路線の人なのだが、半次を見たあとで二枚目な品川を見るととても違和感を感じてしまう。品川も半次みたいな役ばかり来るようになったということもあり、決して好きな役ではなかったと語っている。

さて、第7話「赤鞘だけが知っていた」が個人的に面白かったので紹介したい。これは簡単にいえば、兵庫が武芸者揃いの五兄弟に勝負を挑まれ死闘の末、彼らを倒すというものだが、その五兄弟の顔ぶれが、尾上鯉之助、千葉敏郎、堀田真三、宍戸大全、大里健太郎(役柄上の兄弟順)というもので、名の知られた面々が並んでいる。千葉敏郎は以前にも書いたが腕の立つ浪人をやらせれば、右に出るものはいないと勝手に思っている役者で、ここでも剣の達人だ。宍戸大全は役者としてよりスタッフとして名を見かけることが多い、スタントの人である。必殺シリーズでは「特技」という肩書きでその名を連ねていた。今回は手裏剣担当。尾上鯉之助と大里健太郎は59年の映画「里見八犬傳」で、八剣士のメンバーとして里見浩太郎や伏見扇太郎とその名を連ねていた役者だ。尾上などは主演映画も製作されたのだが、さほど人気を得られず脇にまわり、この頃(四年ほどしかたっていないが)には太ってしまい悪役を演じるようになっていた。そして堀田真三(当時は脇中昭夫)だが、この時はデビュー直後で当時まだ20歳だったはずだが三男坊の役である。ドスの利いた声は当時からで、妙に貫禄がある。ちなみに千葉は38歳、年下役の宍戸は35歳、尾上は32歳、大里は不明だがおそらく尾上と同じくらい。つまり堀田だけ10歳以上離れていた新人役者だったのだが、ベテランたちに混じっていても違和感はなかった。ラストの四兄弟との死闘(大里は冒頭で斬られている)も、中々迫力があり長兄役の尾上が最後の相手となるだろうと思いきや、一番に斬られるという展開も意表をついていた。

60年代のテレビ時代劇をさほど面白いと思ったことはなかったのだが、このシリーズはある意味70年代の時代劇っぽくて(逆か?)好みである。

10人の目撃者

前に「あなたは名探偵」というクイズ形式のドラマを紹介したことがあったが、そういった形式の番組は60年代の初期には存在していた。まずは、NHKで放送されていた「ぼくもわたしも名探偵」(61年)。冒頭にドラマがあり、それを見た参加者である全国の少年少女たち(豆探偵)が推理を展開するというもの。二元中継も行われたという。そして「10人の目撃者」(62年)も、途中でドラマを止め、スタジオの解答者たちが犯人を推理するというものだ。子供向け大人向けの違いはあるが、まあやっていることは同じであろう。「10人の目撃者」は解答者が10人ということであろうか。出演者に高松英郎、二本柳寛、牟田悌三、山下洵一郎といった結構豪華なメンバーの名が見られるが、おそらくドラマ部分のメンバーであろう。役柄が刑事、探偵など毎回同じなのか、1回ごとに違ったりするのかは不明である。もちろん現在でもVTRの後で、クイズに答えるといった形式の番組は普通にあるが、ドラマとクイズを融合した本格的推理形式のものは意外にない気がする。「名探偵コナン」とか「金田一少年の事件簿」とかいったアニメの人気などを考えても、犯人当てというジャンルは今でも根強い人気があると思われる。勿論、こういった番組を再現したものはあったはずだが、あまり人気にはなっていないようだ。うまくやればヒットするような気がするのは私だけであろうか。