お宝映画・番組私的見聞録 -154ページ目

遠山の金さんテレビシリーズ

「遠山の金さん」のテレビシリーズは、どのシリーズもだいたいよく知られているように思うのだが、60年代の金さんを覚えている人はあまりいないと思う。
記録上で一番古いのは60年の「遠山の金さん捕物帳」である。金さんを演じるのは、ここでも何度か取り上げた夏目俊二。59年~61年にかけて「若さま侍」や「新吾二十番勝負」「紫頭巾」などの時代劇で主役を連発していた俳優である。この後は地味に脇役になっていき、知る人ぞ知る役者になっていったという感じである。放映期間は1クールで、藤本義一が脚本に参加していたようである。
67年の「遠山の金さん」を演じたのは当時21歳の市川新之助(6代)。といってもピンとこないこもしれないが、この二年後には市川海老蔵(10代)を襲名したといえばわかるだろう、現在は市川團十郎(12代)となっている。おそらく、歴代で一番若い金さんだったのではないだろうか。
共演は御影京子、市川翠扇、武藤英司、中山昭二など。約4ヵ月の放送だったようである。
そして、中村梅之助の「遠山の金さん捕物帳」(70~73年)を始めとした日曜20時からの金さんシリーズ(テレビ朝日系)。梅之助版は三年続いた人気番組だったので、覚えている人も多いだろうが、その翌週から放送された市川段四郎の「ご存知遠山の金さん」(73~74年)は割合死角になっている気がする。この後、橋幸夫、杉良太郎と続くため、どうしても印象が薄くなったと思う。段四郎版の出演者は市川銀之助(團蔵)、桂小金治、工藤堅太郎、松橋登、田坂都、古川ロックなど。ちなみにこの金さんシリーズは77年まで続いた。
主演の市川段四郎は前述の團十郎と同い年で、團十郎(当時は海老蔵)の「宮本武蔵」でも共演していた。本名は喜熨斗(きのし)宏之といい非常に珍しい苗字をもつ。この一族以外には存在しない苗字なのではないだろうか。
ところで、それぞれタイトルが微妙に違っているのにお気づきだろうか。橋幸夫版は「ご存知金さん捕物帳」、杉良太郎版は「遠山の金さん」、後の高橋英樹版も「遠山の金さん」、松方弘樹版は「名奉行遠山の金さん」である。全てを正確に言える人はなかなかいないのではないだろうか。

植木兄弟と田村兄弟

五月に突入し、話題を変えようと思っていたら、CSで「黒田騒動」(56年)をやっていた。以前ここでも取り上げたことはあるのだが、片岡千恵蔵が主演で、その子供たちが勢揃いそている映画なのである。
千恵蔵は長男の植木基晴、長女の植木千恵だけではなく、他にも三人の男児を子に持っているのだ。この作品では一番下の子を除いた四人が出演している(と思われる)。並んでクレジットされており、植木基晴、片岡千恵太郎、植木千恵、植木義晴となっている。義晴は三男ということなので、千恵太郎がおそらく次男(孝臣)だと思われる。何故一人だけ芸名なのかは不明である。男兄弟の仲で一人だけ「晴」の字がつかないし(四男は国晴)。この四人が揃って出演しているのは、おそらく本作だけだと思われる。千恵太郎や義晴は本作以外には1~2本くらいしか出演していないからである。四男の出演記録は見つからなかったので、未デビューだったのかもしれない。
ところで、本作ではこの四人のショットはかなり遠めで撮られていたり、バックショットだったりと、アップはなく顔はほとんど確認できなかった(ざっと見た限りでは)。何でかよくわからないが。
話は変わるが、千恵蔵は9歳の時、片岡仁左衛門(11代)の主催する「片岡少年劇」に入門したのが役者の始まりだったようだが、二歳上の阪東妻三郎も15歳で仁左衛門へ弟子入りしたのがそのスタートで、片岡千久満というのが最初の芸名だったそうだ。
千恵蔵は五人の子を儲けたが、阪妻も実は五人の子を儲けている。田村高廣、田村正和、田村亮の田村三兄弟は有名だろうが、最近は高廣と正和の間に次男の俊麿がいることも知られている。この俊麿は結局実業家になったが、若い頃は他の兄弟と同様に映画に出演していたようである。そして、もう一人はやはり俳優の水上保広。亮の1歳下で彼らの異母弟ということであり、俳優になったのは阪妻の勧めだったという。田村兄弟とは似ていないと思う。

続々・片岡千恵蔵の金さんシリーズ

さて、片岡千恵蔵の金さんシリーズ、結局全部やってしまうことにする。
14作目ということになるのだろうか。「御存じ いれずみ判官」(60年)。ネタがなかったのかどうか知らないが、タイトルは第1作以来、10年ぶりに「いれずみ判官」というフレーズを入れている。
父であり景晋は明石潮、悪役はまたしても月形龍之介だ。他の出演者は丘さとみ、木暮美千代、千秋実、デビューまもない倉丘伸太郎(当時19歳)などである。東映ニューフェース6期生だが、同期に千葉真一や亀石征一郎などがいたこともあってか、63年には東映を離れ日本電波映画入りし、専らテレビで活躍した。芸名は後に郎を朗にしたり、丘を岡にしたりマイナーチェンジしている。
続いては「さいころ奉行」(61年)。今回の悪役は北龍二で、他の出演者は東千代之介、丘さとみ、黒川弥太郎、花房錦一、青山京子など。青山は東宝のニューフェース出身で、フリーになってから東映にも顔を出すようになっていた。67年に日活一筋だった小林旭と結婚して引退したが、青山は日活作品には出演していないようである。
シリーズの最後を飾るのは「さくら判官」(62年)である。ラストだけあって、ゲストも鶴田浩二をはじめ、品川隆二、伊藤雄之助、水谷良重などが顔を揃えた。悪役と言うか、裁く相手は父である景晋だった。その景晋役は二度目の薄田研二。明石潮では善人っぽいので変えたのだろうか。この年、千恵蔵は還暦を迎えている。薄田は65歳、千恵蔵は別に若く見えるわけではないので、親子は無理な気がした。
とまあ、これで千恵蔵の金さんは終了した(と思う)が、個人的にはほぼ生まれる前の作品ばかりなので、千恵蔵の金さんというのはピンとこない。同じ町奉行ものでも大岡越前の父親(大岡忠高)役のイメージが強い。

続・片岡千恵蔵の金さんシリーズ

片岡千恵蔵の金さんシリーズ(勝手に命名)、前回の続きである。
9作目となるのが「海賊奉行」(57年)。前作までは河部五郎、香川良介が演じていた金四郎の父・景晋を見るからに悪役であった薄田研二が演じている。ちなみに千恵蔵とは5歳しか違わない。他の出演者は入江たか子。植木千恵をはじめ、田代百合子、長谷川裕見子など。長谷川裕見子は長谷川一夫の姪で、船越英二のかみさんなので(この翌年に結婚している)、勝手に大映のイメージがあったのだが、55年以降は東映で活躍していた。
続いて「はやぶさ奉行」(57年)。大川橋蔵がゲスト出演しており、ねずみ小僧を演じている。景晋役は明石潮に交代、悪役は進藤英太郎だ。他の出演者は大河内傳次郎、岡譲司、市川小太夫、千原しのぶなど。
お次は「火の玉奉行」(58年)。江原真二郎やトニー谷などがゲスト出演。今回の悪役は水戸黄門でお馴染み月形龍之介や、市川小太夫、岡譲司という正義役も演じる面々である。千恵蔵の長女・植木千恵は金さんシリーズの出演は本作で最後となっている。ちなみに、この二年後には引退、中学生になる前に映画界を去っている。
続いて「たつまき奉行」(59年)。今回のゲストは東千代之介、佐久間良子、若きベテラン喜多川千鶴など。シリーズ初登場の山村聡が悪役を演じており、いつも悪役の進藤英太郎が善玉である。
久々に奉行ではなく判官がタイトルとなったのが「江戸っ子判官とふり袖小僧」(59年)である。この使い分けの法則はよくわからない。
今回のメインゲストふり袖小僧を演じるのが美空ひばりである。その仲間が片岡栄二郎、そしてひばりの実弟・花房錦一(香山武彦)である。他にも月形龍之介、花園ひろみ、喜多川千鶴、そして当時の人気の漫才コンビ島ひろし・ミスワカサも顔を出している。ちなみにミスワカナはワカサの師匠である。
あと、キャスト表によると赤木春恵(当時34歳)がチョイ役(うどん屋の客)で出演、ベテラン徳大寺伸が山賊の一人を小田部通麿らと一緒に演じているのが不思議な気がした。

片岡千恵蔵の金さんシリーズ

片岡千恵蔵の金さんシリーズの続きである。
四作目となるのが「飛びっちょ判官」(52年)で、ゲストに伴淳三郎、堺駿二、花柳小菊、清川虹子、阿井美千子など。阿井美千子は大映のイメージが強いが、デビューは東映で、これは二作目のようである。宝塚歌劇団の出身で(当時は百ちとせ)、八千草薫は同期であった。翌53年には大映に移っている。
続いて「血ざくら判官」(54年)。ゲストは三浦光子、千原しのぶ、悪役は進藤英太郎、吉田義夫、澤村國太郎などである。
次に「喧嘩奉行」(55年)。タイトルが判官ではなく奉行になった。ここでの悪役は「水戸黄門」でお馴染みの月形龍之介である。他の出演者は高千穂ひづる、浦里はるみ、そして千恵蔵の長女・植木千恵など。植木千恵は当時6歳で、デビューは3歳のとき。しばらく、この金四郎シリーズにはいろいろな役で顔を出すことになる。
続いて「荒獅子判官」(55年)。何故かタイトルが判官に戻っている。今回の悪役は岡譲司。つまり金田一耕助対決である。他に千原しのぶ、浦里はるみ、そしてベテラン入江たか子。実は千恵蔵と入江はこの20年以上前にロマンスの噂(古い表現だが)が囁かれていたらしい。入江は後に当時は実際に千恵蔵に恋心を抱いていたことを告白している。かなり久しぶりの共演だったと思われる。ちなみに本名は東坊城英子といい子爵家の出である。
八作目は「長脇差奉行」(56年)。今回、千恵蔵は国定忠治との二役を演じる。今回の悪役は進藤英太郎、三島雅夫などで、千原しのぶ、植木千恵が姉妹の役を演じる。その父親役が片岡栄二郎で、この直前までは島田照夫を名乗っており6歳の頃から子役(当時は尾上助三郎)として活動していた。日活時代の千恵蔵とも共演しており、彼に従うように東映入りしている。芸名は千恵蔵に肖ったものであろう。この金四郎シリーズのほとんどに出演している。

とりあえず次回に続く。

いれずみ判官

さて、水戸黄門の次は何をやろうかと考えた結果、遠山の金さんこと遠山金四郎景元がいいだろうという結論に達した。
しかし、テレビの金さん番組は、中村梅之助をかわきりに、橋幸夫、杉良太郎、高橋英樹、松方弘樹、西郷輝彦とだいたい有名であろう。そこで映画版に目を向けてみる。
映画で金さんをシリーズで演じた役者といえば片岡千恵蔵である。まあ個人的には、このシリーズを見たことがないせいもあってか、あまりイメージになかったりするのだけれども。
千恵蔵が最初に金さんを演じた最初の映画が「いれずみ判官」(50年)である。千恵蔵が金さんを演じた作品のタイトルに「遠山」とか「金さん」とかが入っている作品はないが、東映作品で「判官」とか「奉行」とかが入っていれば、だいたい遠山金さん映画なのである。
東映と書いたが、この「いれずみ判官」は東映の前身である東横映画である。東映誕生はこの翌年の話である。「投花乱舞の巻」と「落花対決の巻」の二部に構成で、他の出演者は花柳小菊、旭輝子、大友柳太朗らに、益田喜頓、坊屋三郎、山茶花究のあきれたぼういず、そして月形龍之介といった面々である。
続く「女賊と判官」(51年)も東横映画である。他の出演者は宮城千賀子、高田浩吉、加賀邦男、小林重四郎など。
そして東映となってからの初金さんが「お馴染み判官 あばれ神輿」(51年)である。エノケンこと榎本健一が共演している。この映画の制作にはエノケンプロの名前もある。
とまあ戦後のことを書いたが、実はそれより以前にも千恵蔵が遠山金四郎を演じていた作品がある。「弥次喜多道中記」(38年)で、若き日の金四郎が弥次さんに間違えられたという珍しい設定の話らしい。千恵蔵が日活京都時代の作品だが、それとほぼ同時期に「水戸黄門廻国記」という作品が公開されている。そこで千恵蔵は格さんを演じていたのである。東映での黄門映画にはあまり縁の無かった千恵蔵だが、日活京都時代には二本ほど参加していたようである。ちなみにこの時の助さん役は阪妻こと阪東妻三郎であった。

水戸黄門 天下の副将軍/助さん格さん大暴れ

さて、そろそろ水戸黄門ネタにも飽きてきた頃だと思うのだが、今回も黄門ネタである。
それでは問題。水戸黄門、佐々木助三郎、渥美格之進のすべてを演じた俳優は誰?
考えなくても、すぐ見当はつくと思うが里見浩太朗である。ずっと助さんをやっていた里見が、ついには黄門に昇格したのは大体の人は知っているだろう。ではいつ格さんを演じたか?
それは「水戸黄門 天下の副将軍」(59年)においてである。おそらく、これ一度だけと思われる。
黄門は月形龍之介、助さんは東千代之介。東は57年からの月形黄門シリーズの3作で助さん役を演じている。他にも中村錦之助、大川橋蔵、丘さとみ、若山富三郎といった若手スター、そして山形勲、進藤英太郎、そして大河内傳次郎といったベテラン勢、そして美空ひばり。多くの時代劇映画に出演している彼女だが、「水戸黄門」映画は意外にも本作だけのようである。映画はヒットし、配収はこの年の邦画第8位になっている。
そして月形黄門映画の最終作となったのが「水戸黄門 助さん格さん大暴れ」(61年)である。
とはいっても、タイトルどおり助格の二人が主役という感じで、若き日の二人が描かれる。月形黄門は年を重ねているが、二人は若返り、助さんを近衛二世の松方弘樹が、格さんを右太衛門二世の北大路欣也が演じる。共に当時19歳であった。ちなみに千恵蔵二世の植木基晴は彼らより年下だが、既に引退していた。
他の出演者は、当時「東京ドドンパ娘」で大ヒットを飛ばした渡辺マリ。この年6本もの映画に出演しているが、他にはなくヒット曲も生まれず短い活躍に終わっている。美空ひばりは前述のとおりだが、本作にはその弟である花房錦一(香山武彦)が出演している。
ネタバレすると、本作は夢オチだったりする。前述のとおり本作で月形の映画版黄門は終了するが、この後テレビ版の月形黄門が64年よりスタートするのである。

水戸黄門 天下の大騒動

前回、「水戸黄門漫遊記 怪魔六尺坊主」(60年)について取り上げたが、その同じ年、第二東映ではもう一本黄門ものが制作されている。「水戸黄門 天下の大騒動」である。
こちらの黄門は大ベテラン大河内傳次郎(当時62歳)であった。大河内は、昭和の初期である34年に日活京都で黄門を演じた(当時36歳)経験がある。また、大映時代の51年「水戸黄門漫遊記 飛龍の剣」で黄門を演じたこともあった。東映入りは57年だが、「過去の栄光は忘れて下さい」と言われたそうである。脇役に徹していたので、東映では唯一の主演だったかも。
格さんは山城新伍、助さんは品川隆二とコミカルなイメージのするコンビだが、当時は共にまだ二枚目路線である。彼らをサポートする役回りで近衛十四郎、里見浩太郎、そして当時NHKドラマ「月下の美剣士」で主役を演じていた加藤博司も出演している。加藤は元々は日活で、この翌年には大映入りし成田純一郎となるので、東映映画の出演は珍しい。
本作で悪役を務めるのが、新東宝では黄門を演じていた坂東好太郎である。悪党一味の一人である阿部九洲男は前述の大河内黄門では格さんを演じていた役者だ。
他にも山城のカミさん花園ひろみ、堺駿二、園佳也子、そして殺されてしまうニセ黄門一行に高松錦之助、中村竜三郎、そして和崎隆太郎(和崎俊哉)である。
ところで、主演の大河内はこの二年後に他界してしまうが、東映に在籍した五年間で70本もの映画に出演したという。第二東映は本作のみである。本名は大辺男とかいておおべ・ますおと読む。

水戸黄門(57年版、60年版)/水戸黄門漫遊記 怪魔八尺坊主

さて、57年に公開された「水戸黄門」は、漫遊記シリーズのようなカルト的なものではない、豪華キャストの作品である。月形龍之介の映画生活38年記念作品らしい。40年とか切れのいい数字ではないので、何年でも良かったのだろう。
今回は、助さんに東千代之介、格さんに大川橋蔵という若手スターを起用。漫遊記シリーズで、助格を演じてきた加賀邦男、月形哲之介、三條雅也、そして大友柳太朗も違う役で出演している。
他にも中村錦之助、伏見扇太郎、千原しのぶ、長谷川裕見子といった若手スター、進藤英太郎、入江たか子、大河内傳次郎といたベテラン勢、そして片岡千恵蔵、市川右太衛門という両重役スターというスター総出演作品であった。
ちなみに原作は直木賞で御なじみ、直木三十五だったりする。「黄門廻国記」という黄門ものを書いているのである。
以後、公開される東映の月形黄門映画はオールスター作品となっている。
60年にも同タイトルの「水戸黄門」という映画が公開されたが、同様のオールスターキャスト映画である。助さんは東千代之介だが、格さんは中村嘉津雄が演じた。その兄・錦之助や大川橋蔵、伏見扇太郎、丘さとみといった若手スター、千恵蔵、右太衛門、大友柳太朗、東宝のイメージが強い千秋実や左卜全といったところも顔を見せている。
この60年は、他にも二本の黄門映画があるのだが、いずれも二年間だけ存在した第二東映(ニュー東映)で制作されている。その一本が「水戸黄門漫遊記 怪魔八尺坊主」である。
カルト臭のするタイトルといい、前項であげた漫遊記シリーズの流れを汲んでいるのは明らかだが、シリーズ第11作とするかどうかは疑問である。何しろ黄門役が宇佐美淳也なのである。特撮番組ではほぼ博士の役だったりする宇佐美だが、見た目の違和感はないが何か違う気がした。助さん役は南郷京之助で、格さん役は石井一雄である。南郷は「里見八犬伝」で八犬士の一人を演じたりしていたが、石井は知らない人も多いかも。東宝ニューフェースだが、デビューしてすぐに東映へ移り、主に東宮秀樹の名で活躍したが、この頃は石井に戻していたようだ(後に再び東宮名義になるらしい)。石井も南郷もまもなく映画界からは姿を消している。
本作でスターといえるのは山城新伍くらいで、同じ東映の「水戸黄門」ものでも大きな差(面白さは別として)を感じるのである。

水戸黄門漫遊記シリーズ(東映)

東映映画で水戸黄門といえば、ほぼ月形龍之介である。以前ちょこっと触れたことがあるので、今回も簡単に触れるが、まず54年~56年にかけての「水戸黄門漫遊記」シリーズというのがある。全部で10作あり、月形と格さん役の加賀邦男は固定されていた。加賀は志賀勝の父ということで知られる。
一方の助さん役は結構、変わっている。
第1作「水戸黄門漫遊記」、第2作「副将軍初上り」(54年)の助さんは主演スターでもあった大友柳太朗である。東映では52年にも市川右太衛門が黄門を演じる「水戸黄門漫遊記」があったのだが、大友はそこでも助さんを演じていた。ちなみに加賀と大友は同い年で共に当時41歳、月形はその10歳上ということで、それほど差はなかった。
第3作「地獄極楽大騒ぎ」、第4作「闘犬崎の逆襲」(54年)の助さんは明智十三郎(当時は三郎)であった。新東宝の時代劇スターというイメージが強いが、元々は東映の前身である太泉映画のニューフェースで、波島進などと同期であった。この翌年日活に移り、さらに56年に新東宝に移って十三郎となり活躍することになる。
第5作「火牛坂の悪鬼」(55年)のみ助さんを演じたのが三條雅也。大映で活躍していた小柴幹治が、54年に東映に移り三條雅也となった。専ら少年向け時代劇の敵役が多かった人である。
そして第6作「幽霊城の佝僂男」(55年)以降、「怪力類人猿」「人食い狒々」「怪猫乱舞」「鳴門の妖鬼」(56年)という怪しいタイトル群の助さん役は月形哲之介である。名前から分かるとおり龍之介の息子である。以前にも書いたが、この人が「赤影」の敵忍者役で出できた時、頬の随分ふくらんだ人だなあという印象を受けたのだが、この頃はそんなことなかったはずである。どうやら宍戸錠と同じように、頬にシリコンを入れる手術をしたらしい。仲の良かった潮健児は著書で「もったいないことを…」と語っていたが、実際その後あまりいい役はこなくなったようである。
翌57年にはずばり「水戸黄門」というタイトルの映画が、やはり月形の主演で公開されているが、これはこのシリーズとはやはり別と考えるべきだろう。