お宝映画・番組私的見聞録 -137ページ目

ある日わたしは その2

「ある日わたしは」(67年)、全28話のストーリーダイジェスト的なものが「想い出の和田浩治」というサイトの中に載っていたりする。
本作では、松原智恵子が四つの恋を体験することになっているが、このサイトに紹介されているくらいなので、その中心は和田浩治なのである。
順番でいえば、川口恒→早川保→和田浩治→津川雅彦となるのだが、最後の津川はおまけのような感じである。早川、和田の弟役である松山省二は、ジュディ・オングといい関係になるようだ。
川口、早川に言い寄られながらも、どうしても不良っぽい和田のことが気になってしまうという感じの展開が繰り広げられるようである。最初の紳士的な男は当て馬で、不良っぽい男とか第一印象が最悪な男とかに次第に惹かれていくのが王道の展開である。
しかも、川口には茅島成美、早川には宗方奈美という自分を思ってくれる存在が都合よくいる。また、松原の友人として登場する梶芽衣子(当時・太田雅子)も早川の思いを寄せるようだ。悪役のイメージが強い早川保だが、デビュー当時はこうした好青年を演じたりもしていた。
川地民夫も和田の先輩レーサーとして登場。和田とは色々あるがさすがに松原に惹かれるという展開はなく、レースで事故死してしまう。川地の恋人として登場するのが池田昌子である。川地の死後、彼女は田舎に帰ることになり、和田は(川地に対する)償いのため、彼女を見守りたいといい、松原と別れる決心をするという理解しがたい展開がまっている。
池田昌子といえばメーテルだったり、お蝶夫人だったり声優としてのイメージが強いと思うが、当時は顔出しの美人女優であった。「特別機動捜査隊」なんかにも犯人だったり、捜査官だったりと主要な役でよく出演していた。結婚を機に声優業を中心に据えたようである。
この辺が22話くらいで、これが最終回でもよさそうな気がするのだが、話はまだ続くのである。
川口と茅島は結婚することになり、ここで紹介されるのが津川雅彦。25話にてようやく登場するようである。性懲りもなく彼に惹かれ始めたところで、母つまり高峰三枝子危篤の知らせ。母が亡くなって、津川のことを諦めて全28回の物語は終わる。つまり津川の登場は最後の4話だけのようで、必要なのか?という気もするのだが、1話しか見ていないので何ともいえない。
半年間に4つの恋愛というとても優柔不断で、ある意味悪女なヒロインなのだが、松原智恵子だと悪い女には見えないのである。

ある日わたしは

今回も日活制作のテレビ映画から「ある日わたしは」(67年)を取り上げる。5年ほど前に、等ブログでも未見状態で取り上げたことがあるのだが、今回第1話のみではあるが見ることができた。
まずタイトルからだが、以前ここで取り上げた際には「ある日私は」と漢字にしていたのだが、「わたし」は平仮名が正解であった。で、今回CSで放送された5本のドラマの中で本作のみカラーであった。番組スタート時に<カラー>と大きく表示されるのが懐かしい。
一つ残念だったのは、OPがノンクレジットであったこと。スタッフ・キャストのネガ原版が不明であるとのことで、主演である松原智恵子のイメージビデオ状態になっていた。そのバックに流れるのがジャッキー吉川とブルーコメッツの歌う主題歌である。原曲はレコード化、CD化されていないようなので、唯一原曲が聴ける貴重な映像ということなる。
ノンクレジットではあったが、大体顔を見ればわかってしまうという豪華なキャストである。
松原智恵子の両親役が佐野周二と高峰三枝子、妹がジュディ・オング、もう1人小学生の妹がいるが、これは「河童の三平」などでお馴染みの松井八知栄である。
第1話の舞台は石川県の山代温泉で、ここが松原の故郷という設定で女子大生の彼女は帰省中。実家として現在も営業中のホテル百万石が使われている。この厨房の板前として登場するのが三遊亭小円遊(当時は金遊)である。彼が亡くなってもう30年以上経っているというのが意外な気がする。
同郷である川口恒とはBF的な関係だが、彼に気がありそうなのが茅島成美。「金八先生」の同僚・国井先生のイメージが強くて、若き日の姿をみても直ぐにはわからないかもしれない。
強引についてきたジュディと東京へ戻る電車の中で出会う無礼な男が和田浩治。実は彼女たちが下宿する隣家の次男坊で、そんな偶然ドラマ以外にはありえないという形で再会することになる。
で、その隣家の顔ぶれだが、父親が大坂志郎で、長男が早川保、次男が和田で、三男が松山省二、そしてもう1人中学生くらいの四男がいるが、これは誰だかわからない。つまり、男ばかりの一家である。
1話には登場していないが、後に梶芽衣子(当時太田雅子)や川地民夫、津川雅彦も登場する。
カラーであることや出演者の顔ぶれをみても、力の入った番組だったと思われる。

犬と麻ちゃん その2

前回の続きになるのだが、「犬と麻ちゃん」のモデルは自分たち家族と原作の阿川弘之はいっているが、阿川は当時横浜市青葉区美しが丘在住であり(今は知らないが)、ドラマのロケもその美しが丘で行われたという。その阿川自身もこの第1話には特別出演している。といってもセリフはなく、千秋実の回想シーンで、千秋と麻雀をしているのが阿川と同じく作家の吉行淳之介、そして芦田伸介だったりするのだ。吉行も芦田もセリフのない特別出演扱いである。
舞台となる野村家には三人の子どもがいるが、長男が沖雅也(第1回は登場せず)、長女が新井春美、次男を演じている少年が山本善朗で、タイトルにある犬を拾うのが彼である。山本は「バンパイヤ」(68年)でチッペイ、つまり水谷豊(デビュー作)演じるトッペイの弟を演じていた子役である。本作は「バンパイヤ」終了から1か月半後にスタートしている。
沖雅也はこの年の1月に映画「花ひらく娘たち」で、吉永小百合、和泉雅子の弟を演じている。和泉雅子とはこの9年後に夫婦役を演じることになる。以前にも書いたが新克利とも縁があり、サスペンスドラマ「高校生ブルース・クラスメート」(71年)でも共演。全6回しかないドラマだが、沖の人気が出始めたのはこの辺りからだという。そして「必殺仕置屋稼業」(73年)で揃って仕置屋を演じることになる。
本作は全20回だったようだが、第1回を始め倉本聰がほとんどの脚本を書いている。前回も書いたように新井春美は本作がデビュー作だったが、やはり倉本がほとんどの脚本を担当した「大都会 闘いの日々」(76年)でも、あまり目立たないがレギュラー(城西署の事務員)、同じく倉本脚本の映画「ブルークリスマス」(78年)にも出演しており、倉本好みの女優なのだろうか。ちなみにNHK朝のテレビ小説のヒロインとなった「風見鶏」はその間の77年の作品である。現在は新井晴みという表記になっており女優兼画家として活動しているようだ。

犬と麻ちゃん

さて、月も替わったことだし話題も変えていこうと思う。
現在、CSのチャンネルNECOで「日活発掘史~日活テレビ映画の世界」という特集をやっており、60年代に日活が制作したドラマ5本(第1話のみ)が放送される。
その中から、今回は「犬と麻ちゃん」(69年)という作品を取り上げてみたい。原作は阿川弘之の小説だが、モデルは阿川自身の家族だという。
ヒロインの麻ちゃんを演じるのは和泉雅子(当時21歳)。美人というか可愛らしさ全開の頃である。現在の彼女しか知らない人はさぞ驚くと思う。
主役こそ日活の人気女優だが、他のレギュラー陣は、中山千夏、八千草薫、千秋実、新克利、松山省二と日活色のほとんどない役者ばかりである。千秋実の出演映画はほとんどが東宝または東映で、八千草もほぼ東宝で、彼女の場合この時点では日活の映画に出演したことはなかったはずである。中山千夏も東宝の専属だったことがあり、和泉がいなければ東宝の作品と勘違いしてしまいそうである。
ストーリーは、和泉演じる麻子が上京し、親の知り合いである作家・野村(千秋実)の家にお手伝いさんとして住み込むことになるが、麻子と一緒に上京してきた友人えい子(中山)もそこに居候すると言い出して…、というようなホームドラマである。
中山千夏(当時20歳)は、ドラマの中とはいえ「女中」といわれて反発するなど、その後の主張する女としての彼女の片鱗が見える気がする。八千草薫(当時38歳)は、千秋(当時52歳)の妻という役。年齢差があるが、八千草の実の夫である映画監督の谷口千吉はさらにその上、当時57歳である。
本作でデビューしたのが、その娘役の新井春美(当時16歳)だ。NHK朝の連続テレビ小説のヒロインとなるのは、この八年後(77年)のことである。新人女優が抜擢されるようなイメージがある朝ドラのヒロインだが、彼女の場合デビューから結構な年数が経っていたのである。
そして、もう一人。本作がテレビドラマデビューとなったのが、当時は日活に所属していた沖雅也(当時17歳)である。野村家の息子役だが、入院しているという設定で初回には登場しない。何話から何回くらい登場したのかは不明だが、あまり登場回数は多くなさそうである。
東映のように第1話しか現存していないというわけではなさそうなので、もう少し放送してほしいものである。

水木襄の晩年について

さて、水木襄だが「魔人ハンターミツルギ」(73年)がちょうど放送されていたと同時期に、ゲスト出演した「恐怖劇場アンバランス」が放送されている。といってもこの番組の撮影は69~70年に行われたものだという。
「ミツルギ」が終了した後は、元々レギュラー入りしていた「特別機動捜査隊」の水木刑事としての活動以外、記録上は見当たらない。終盤の三船班はメンバーがほぼ固定されており、青木義朗(三船主任)、伊沢一郎(関根部長刑事)、早川雄三(松木部長刑事)、宗方勝巳(畑野刑事)、吉田豊明(石原刑事)、そして水木襄というのが多かったパターンのようだ。水木も既に30半ばというところだったが、年下は吉田豊明(41年生まれ)だけ。年齢は3つしか違わないが、東映ニューフェースで言えば、水木4期、吉田10期とかなり離れている。
ほぼラストまで出演していたはずだが、記録上確認できたのは771話「新宿海峡」(76年9月)というエピソードまで。サブタイにもなっている「新宿海峡」とは、実は水木の歌のタイトルでもあり、この回で挿入歌として使用されたという。ちなみに、この回は三船班ではなく葉山良二が主任を演じる日高班の回だったようだ。水木の歌といえば、やはり自ら出演し主題歌も歌った「緊急指令10-4・10-10」(歌のタイトルも同じ)が印象に深い。
「特捜隊」の最終話である801話(77年3月)だが、番組後半を支えた三船班でも、最後の1年だけ登場した日高班でもなく、亀石征一郎が主任を演じる矢崎班の担当であった。最終回のメンバーは亀石に加え、和崎俊哉(谷山部長刑事)、倉石功(田坂刑事)、佐竹一男(桂刑事)、三宅良彦(三宅刑事)、山口暁(当時あきら、神谷刑事)という布陣であった。亀石と和崎は水木と同じ38年生まれだが、東映に入社した時期は少しづつ違う。「忍者部隊月光」で水木と共演していた山口も最終回メンバーであった。
三船班の最終エピソードは第800話だったようだが、そこに水木が出演していたかどうかは確認できていない。いずれにしろ、この番組が終了すると、水木は表舞台から姿を消していく。
その後、東映が経営するホテルの支配人などをやっていたようだが、詳しい状況は不明だが91年に自殺したという。53歳であった。しかし、この記事が出たのはつい二年前のことで、それまでは亡くなったらしいということしかわかっていなかったと思われる。波島進や「忍者部隊月光」で水木と共演していた石川竜二なんかもいまだに没年は不明だったりする。
かつてのスターが人知れず死んでいくというのも悲しいものである。

魔人ハンターミツルギ その2

さて、「魔人ハンターミツルギ」(73年)だが、さそり座のサソリ魔人率いるサソリ軍団が、何故か江戸時代の日本に襲来し、天下獲りを目論む。ミツルギ三兄弟は合体変身し、巨大神ミツルギになって宇宙怪獣に立ち向かうというのが大筋だが、わずか1クール全12回の放送であることや、ミツルギと怪獣の戦闘シーンは、アニクリエーションと呼ばれる人形アニメ手法で撮られたことから非常にカルト的に見られる作品である。
イメージ的には「サンダーマスク」や「魔神バンダー」と同様なものを感じるのだが、大きな違いといえば、この二作は見ることが非常に困難なのだが、「ミツルギ」はソフト化もされており、比較的簡単に見ることができるという点であろう。
マイナーなイメージの強い「ミツルギ」だが、制作はメジャーといってもよい国際放映である。話数が短いことも幸いしソフト化しやすかったのであろう。
国際放映-フジテレビ-監督・土屋啓之助というラインは「忍者部隊月光」と同じである。ヘルメットをかぶった忍者スタイルも共通しており、水木襄の起用はその流れによるものではないだろうか。
50年代あたり海外の怪獣映画などでよく見かけたストップモーションアニメだが、着ぐるみ怪獣に慣れた私も含めた当時の少年たちには、異様というか貧相なものにしか見えず、番組は人気を得られなかった。着ぐるみでやったほうがずっと楽だったと思うのだが、それがあったから今でも印象に残る作品になっているといえるかも。まあ、特撮ファンくらいしか知らない作品であることには変わりないが。
主演の三人以外にレギュラーは、服部半蔵役の大木正司くらいで、ゲストでも名を知っている役者は当時人気だった村地弘美や、福山象三、久野征四郎、亀谷雅彦くらいであろうか。ナレーターの伊武雅之とは勿論、現在の伊武雅刀のこと。
主題歌「走れ!嵐の中を」を歌い、作曲も担当しているのは水上勉という人だが、作家の水上勉とはやぱり別人とのこと。こちらの水上勉がどういう人物かは不明だが、「走れ!嵐の中を」は中々の名曲であると思う。

魔人ハンターミツルギ

さて、水木襄の話題は続くのだが、63年以降はスクリーンから遠ざかり始め、自らの意思かどうかはわからないが、活躍の場をテレビに移していく。
「忍者部隊月光」の終了した66年以降は、様々なドラマのゲストとして顔を出していたようだが、おそらく久々のレギュラーとなったのが「特別機動捜査隊」の役名そのまんまの水木刑事役である。第501話(71年)から登場し、ほぼラストまで三船班の刑事として出演し続けたようである。
現在、CSでの放送は450話で中断しているのだが、その450話のゲストがまさに水木襄であった。早く再開してその勇姿を見たいものである。レギュラーといっても中山昭二や伊達正三郎がそうだったように、長く出演しない期間もあったようだが、その時に出演していたのが「緊急指令10-4・10-10」(72年)であり、「魔人ハンターミツルギ」(73年)であった。
昔、本ブログでも取り上げたのだが、「10-4・10-10」は約六年ぶりの特撮番組出演で、電波特捜隊の隊長であり、内容的にはほぼ主役といっていいと思うが、主役扱いは「顧問」の黒沢年男であった。当時の人気や勢いからすれば、しょうがないかもしれない。
この「10-4・10-10」が終わった直後にスタートしたのが、「魔人ハンターミツルギ」である。こちらは、文句なく主役で、水木襄34歳にして特撮ドラマの主役に帰り咲いたのである。
ミツルギ三兄弟の長男・銀河という役で、次男・彗星が佐久間亮、妹・月光が林由里(当時18歳)である。月光が妹の役名でなく水木の役名だったら面白かったのに、と思ったのは私だけではあるまい。
佐久間亮も林由里も役者としての活動期間は短かったようで、どちらも本作が一番の大役だったといえるようだ。林に関しては「ウルトラマンA」のヒロイン夕子の候補の1人であったが、敗れたとある。選ばれたのが関かおり(当時20歳)だったが、2話の撮影中に骨折してしまい、星光子(当時24歳)に交替したという経緯があるので、若すぎたということであろうか。林由里は大役を逃したともいえるが、星光子も結局は「A」を、テコ入れのため途中降板させられたりして、75年には一度引退しているので、あまりいいことはなかったようである。
話がそれてしまったので、次回に続くということで。

南太平洋波高し

今回は水木襄も出演したオールスターキャスト映画「南太平洋波高し」(62年)を取り上げてみたい。
タイトルからなんとなく想像できるかもしれないが、戦記物である。こういうのは東宝の得意技なイメージがあるが、これは東映の作品で、神風特攻隊と人間魚雷回天の両方を取り上げた作品となっている。
特攻隊の隊長といえばやはり鶴田浩二で、回天側つまり潜水艦の艦長が高倉健である。主役扱いはこの二人(というより鶴田)ということになるのだろうが、ストーリー的に主役となっているのは梅宮辰夫で、若者では他に千葉真一、そして水木襄が話の中心となっており、ポスターにも鶴田・高倉/梅宮・千葉・水木という順に名が並んでいる。
その次に並ぶのが、小野透、曽根晴美、小川守、水原一郎で、小野と水原は本作の直前まで存在したニュー東映では主役、曽根は準主役、小川は期待のニューフェース8期生であった。しかし、小野はまもなく引退、水原も姿を消し、小川も60年代半ばには引退してしまったようである。
他にも、東宝でもよく軍人役をやっている田崎潤をはじめ、中山昭二、波島進、南廣、大村文武、亀石征一郎、今井俊二(健二)、そして丹波哲郎。女優陣は三田佳子、水上竜子、久保菜穂子。三田が絡むのはやはり梅宮である。後は、当時12歳の住田知仁こと子役時代の風間杜夫も顔を出している。
とまあ、当時の東映若手スター総動員といった作品だが、上映時間は92分で、大作という長さではない。
視点を変えて見ると、ヒーロー役者が並んでいる。大村文武(月光仮面)、梅宮辰夫(遊星王子)、波島進(七色仮面)、千葉真一(新七色仮面、アラーの使者)、小嶋一郎(ナショナルキッド)、そして水木襄も二年後には「忍者部隊月光」で月光となる。
「特別機動捜査隊」でみると、波島進(立石主任)、中山昭二(藤島主任)、亀石征一郎(矢崎主任)の三主任が顔を揃え、他にも菅沼正(南川部長刑事)、滝川潤(岩井田刑事)、轟謙二(桃井刑事)、小嶋一郎(村上刑事)そして水木襄(水木刑事)が刑事役を務めている。
本作では特攻隊役の鶴田と梅宮は六年後の「ああ回天特別攻撃隊」(68年)にも出演している。

故郷は緑なりき/草の実

さて、水木襄は同期のスター女優・佐久間良子の相手役を務めるまでになっていた。
「故郷は緑なりき」(61年)では、水木と佐久間の役柄は高校生である(当時23歳)。高一の時、通学電車の中でお互いの顔は知っていたが、言葉を交わすこともなく一年が過ぎ、あることをきっかけに親しくなり、ついには結婚の約束を交わすまでになる。しかし、彼女は病死してしまうという絵に描いたような純愛物語である。
他の出演者だが、中山昭二、加藤嘉、大川恵子、須藤健、三國連太郎など。あと、ポスターには恐らく高校生の役だと思うが、ニューフェイスとしては水木、佐久間の1期後輩となる滝川潤(「特別機動捜査隊」の岩井田刑事)の名も載っていた。
「草の実」(62年)は、小豆島を舞台に本家と分家が対立する中で、その息子と娘が愛を育むという、要するに「ロミオとジュリエット」である。もちろん、その二人を演じるのが水木と佐久間で、他の出演者は神田隆、宮口精二、岡本四郎、杉村春子など。
ちなみにポスターでは、「故郷は緑なりき」は水木、佐久間の順番だが、「草の実」では佐久間、水木の順になっている。
とまあ、いずれも東映カラーらしくない作品で、日活の純愛路線を意識したものかとも思ったが、この時期の日活はまだアクションが中心でお馴染みの吉永小百合・浜田光夫コンビが定着してくるのが62年頃からなので、そのコンビを意識したペアとはいえないようだ。
62年までは、主役も含めスクリーンで活躍していた水木だが、翌63年は1本だけとパッタリと映画出演がとだえる。その辺りの事情はよくわからないが、客を呼べなかったということなのだろうか。次第に活躍の場をテレビに移していき、主演した「忍者部隊月光」(64年)が大ヒットする。その劇場版が東映で制作され、水木は久々の映画主演を果たすのだが、以後彼がスクリーンに登場することはなかったようである。

坊っちゃん野郎勢ぞろい

さらに水木襄の話題である。
水木が活躍し始めた翌60年、第二東映が誕生し、最近ここでも話題にした波多伸二、小野透、そして松方弘樹や梅宮辰夫と並ぶ彼もその主役ラインナップの一人となる。といっても第二東映専門ではなく、東映本体の作品にも出演していた。相手役が本体の時は佐久間良子や春丘典子、第二の時は北原しげみや梶すみ子というケースが多かった。
そこで水木が松方や梅宮と共演した作品が「坊っちゃん野郎勢ぞろい」(61年)である。中心となるのは大学生三人組とその先輩三人組なのだが、学生三人組を演じるのが水木襄、松方弘樹、池山浩史で、先輩三人組が梅宮辰夫、今井俊二(健二)、山田真二である。
ポスター上では中心にいるのは水木で名前の方も水木、松方、池山、梅宮の順になっており、水木が梅宮、松方を抑えて主役扱いになっている。松方は前年にデビューしたばかりで当時18歳、水木と梅宮は前項で書いたとおり生年月日は一緒で、梅宮も既に主演スターであったが東映では一年水木が先輩なので、顔をたてたということだろうか。
ところで、池山浩史って誰?ということになると思うが、東映ニューフェイスの8期生で、まさにデビューしたばかりである。同期には「赤影」でお馴染みの坂口祐三郎がいる。後は小川守、嶋田景一郎、女優では藤江リカが目立つ程度だ。池山だがおそらく本作が一番の大役で、映画も記録に残る限りではわずか4本だけで姿を消してしまったようである。
山田真二は50年代は主に東宝で活躍していた二枚目だが59~61年は東映と契約していた。
相手役となる女優陣は三田佳子、宮園純子、北原しげみ、梶すみ子。北原と梶は水木の相手役だけでなく、松方のデビュー作である「十七歳の逆襲 暴力をぶっ潰せ」(60年)などで、松方の相手役も務めていたのである。しかし、梶は第二東映(ニュー東映)の終焉とともに姿を消し、北原も66年頃には姿を消したようである。
お馴染みの三田と宮園は共に60年のデビューだが、宮園は第7期ニューフェイスに対して、三田はスカウト入社でスタートから第二東映の看板女優として活躍する。相手役は主に梅宮辰夫だが、本作でも相手役は梅宮で、内容的には主役は梅宮だったといえるかもしれない。